hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

危機一髪!

長月に入ってから、bird sanctuary しっとりとした秋模様です。

それでも、陽のある方へ陽のある方へと、丈高く競い合うように伸びて、花穂をつけ実を結び大地に種を落とそうとする草たちの勢いはまだ衰えておりません。草の実は鳥たちの頼りにする冬の食糧ですし、すべての命が愛しいので、隣地に接していてご迷惑になりそうなところ、ヒトの出入りする場所以外、草木はなるべく刈らないのが sanctuary の基本方針です。それ以外にも、木々の成長のためには陽当たりや風通しを良くし、あまりにも増殖する外来種や他の生命を駆逐する植物には少し遠慮してもらいます。そして、なるべく多種多様な生き物が棲める場所へ、将来的には沢山の野鳥たち野生生物たちが頼りにできる場所へ向かうベクトルを模索しながら、必要な草刈りや剪定をするのは夏をピークとした大仕事です。

・・・ と、理想の響きは良いのですが ―― 草刈り大変です~(溜息)。孟宗竹や藤や葛やセイタカアワダチソウの勢いは、何もかもを圧倒するほどで、対処追いつかないです~(悲鳴)。体力切れです~(涙)というのが、春から夏の現状でもあります。

今年は春から、何故か畑地のところの草刈りに手をつけられなくて ――  というのも、隣地との境と通路の草刈りと、どんどんと手前に前進してくる孟宗竹を何とかするのに兎に角精一杯だった、ので ―― ずっと、畑地に植えた木々を覆っているであろう葛や藤やヤブガラシを払ってあげなければ木々たちが可哀想、その奥にそびえてしまった竹を整理しないと、全く陽が当たらない、というのが気になっていて ――  そのために、そこに辿り着ける径を開くだけは下草を刈らなければと、昨日ようやく枝を払いながらエンジン刈り払い機で草刈りを始めました。

下枝を払いながらほんの少し進んだとき、大変なことが起こりました。

「あッ!」と叫ぶのと、

何者かが強いエネルギーを発するのと、

枝の下草のあたりに何かを感ずるのと、

がほぼ同時に起こりました。

その次の瞬間、

刈り払い機の丸い刃の近くに異形の「何か」が見えるのと
(わずかグレー/土色の大きめの箱のようなもの)

強いエネルギーを発した何者かの攻撃スイッチが入るのと、

全身が驚愕と危機感に囚われたのが、

これもまた同時で、とんでもない事態となったのが見て取れました。

ほんの1秒くらいの出来事です。


そこにあったのは、スズメバチの巣!
二年前にそこから2mくらいのところにある、物置小屋に巣を造ったあの蜂(キイロスズメバチ)です。

2017suzumebachi
 (二年前に造られた巣)

まさか、こんな、地面と接して木の下枝と地面との間に隠すように巣を造るなんて、知らなかった!!(後で調べると、木のうろとか、地面際とか、色んな所にも巣を造るようでした。二年前に巣を造られて、どうするかで散々迷い、共存することにしたときも、いろんな方のご意見を伺い、調べるには調べたのですが、こんな場所に彼らの巣があるなんて想像もしていなかった ―― 良い勉強となりました。)

2017suzumebachi
 (地面際に造られた巣。
 写真では見えにくいですが、
 写真真ん中の緑の茂みの中です。)

しかも、物置小屋に出入りしていて、すぐ近くの樹の剪定までしていたのに、何のサイン(警告、威嚇)もなく、姿も見せなかった。二年前の経験から、ここまでひっそりと暮らしているとは、思いもしなかった!! (二年前に、共存を決めたときも、巣を攻撃しなければ/されると感じるようなことをしなければ、基本はおとなしい [勿論、それでも事故がないとは限らないので、重々注意が必要です。] と教えてくださる方がいて、事実そうだったので、今年もわたしが近くを行き来しても彼らの「敵」となることはなかったのだろうと思います。むしろ、人に知られず春夏秋の間の短い一生を無事過ごしたかったに違いありません ―― こちらが、うかつだったのです。本当に良い勉強となりました。)


その次の瞬間、手遅れにも、既に刈り払い機の刃が軽く彼らの巣に当たり、“ぼよん”という何とも言えない手応えがあり、巣の警備団たち(6~7匹の彼ら)がボアーンという警戒音を挙げて一斉にわたしに向かってきました。何故、刈り払い機の刃に向かわずに、わたしの頭や首や肩のあたりにやってきたのか、今思うと不思議ですが、彼らには攻撃元も何に立ち向かえばいいかも的確に分かっていたのです。

「キャッ」と悲鳴を上げましたが、同時にわたしは蜂や虻が威嚇してきたときの体勢 ―― ひたすら姿勢を低くする、手を振りあげたりしない、おとなしくして気配を鎮める ―― をとっていました。いえ、その体勢をとったのは確かですが、地べたにペタンと低くなって、事実から言えば、もう腰が抜けた感じでした。

半分幸運なことに、この時期は蚊が多いので、わたしは防虫網つきの帽子をかぶっておりました。しかし、蚊よけしか考えていなかったので、帽子も深くかぶってはおらず、髪が帽子からはみ出ている状態で、着ているのも薄手でやわらかい長袖のシャツで、座り込んだときシャツがズボンから出るかでないかの状態でした。

その状態で、ハチたちのあの黒い姿、黄色の顔が、自分の帽子の網越しにこちらに向かってくるのが ―― 恐怖からこうなるのでしょうが、スローモーションのようにじっくり、はっきり眺められました(よく映画で、誰かがピストルの引き金を引くと、弾丸が飛んでくるさまがスローモーションになりますが、あれって、リアルにそう感じられるのかもしれませんね。) 「刺される!」と思いました。「スズメバチに刺され死亡。草刈り中の女性。三日後に発見」という新聞記事の見出しが浮かびました。ハチたちは頭の上、首の後ろ、肩や背中のあたりにやってきました。シャツは薄いので、背中を集中攻撃で刺されれば一発で終わりです。しゃがんだときに、帽子が緩くなりかぶり直しましたが、頭や首の周りにいるハチがその隙間から入ってくれば、顔までやってくるかも知れない。どこを刺されてもおかしくない。シャツとズボンの隙間は大丈夫だろうか。ああ、つくづくもうちょっとしっかり帽子をかぶり髪も結わえ、厚手の服を着て、ズボンをひきあげておくべきだった。

ここまでが、たった三秒の出来事でした。


彼らの怒りのままに(怒るのは当然です。わたしのうかつさで自分たちの巣が攻撃されたのですから)、ブンブンたかっています。そのままじっとしていました。その気配は遙か長いこと続くように感じられました(実際は5分少しだったと思います。) それから、永遠に続くか、それとも実はもう刺されていて痛みを感じないほどの意識となっていてこのまま意識が遠のいていくのか(←すごい想像力です)と思ったその時間が過ぎて、音がせず気配がなくなったので、そっと地面を這うように、ゆっくりゆっくりそこから遠のきました。2~3m離れた上空を、警備団、偵察隊が飛ぶブーンという音が聞こえます。ですが、巣から離れなければなりません。這うようにして移動、というのは振り返れば正解だったと思いますが、どこかで立ち上がろうにも、腰の力が抜けてもいたのです。

―― 彼らは、刺さなかったのです。

何とか玄関まで這っていって、家に入って、お風呂場まで行きたいと思いました ―― (あまりのショックで、背中にまだ一匹いないだろうか、防虫網に一匹潜伏していないだろうか、という過剰な恐怖が消えなかった。) ―― が、怒りの警備団がどうするのか見届けなければという気持ちもありました。

二年前に彼らが巣を造ったときは、ネットで調べると、ハチの知識がない人が巣を叩き落としたりすると、攻撃のスイッチが入ったハチがその信号を仲間に伝え、信号を受け取った仲間たちが近隣の人たちまでも襲うことがある、という記事がありました。怒って出てきた6~7匹の彼らの怒りは鎮まるのだろうか。彼らは巣に戻ってくれるんだろうか。

―― 案の定、攻撃に出たらしい一匹が、敷地入り口にまだペタンと座り込んでいるわたしの帽子に再び止まりました。巣からの距離は十分にあるその場所からは、道路を隔てて稲刈り作業をしている近隣の方や道路を歩く人の姿が見えます。どうやらそこまでは飛んでいきそうもない、でも、まだ安心できそうもない。その一匹は、帽子の上を歩いているのですが、「カチカチ、カチカチ」という威嚇音が聞こえます。まだ、この帽子?あるいはその下のわたしの匂い?が、巣を攻撃してきた敵だと分かるようです(ごめんなさい)。 早くシャワーを浴びて匂いを落とし、帽子も替えたいです …?

道路まで飛んでいきそうにないので、いったん家の中に入って実際にシャワーを浴び(!)着替えて(厚手のレインコートを着て)、双眼鏡をもって敷地入り口に戻りました。ペタンと座ったまま双眼鏡で巣を観察すると、平常活動をしているハチたちもいました。(全員戦闘態勢、全面攻撃、とはなっていないようです。)刈り払い機の刃が当たった蜂の巣も、大丈夫なようです。ということは、あの、怒って飛び出てきたハチたちの怒りが鎮まれば、大丈夫そうで、後は、しばらくの間は重々気をつけ、今シーズンは極めて慎重に(ハチたちの記憶があるので)振る舞えば大丈夫でしょう。ちょうど合宿で、菅平に行ってきたばかりですが、『自然との対話』をするにあたり、参加して下さった方に直に色んな自然に触れていただくので、当然こうした危険に対しての下見や下調査が必要です。前日にロッジの支配人S様に今年のスズメバチの様子も伺いました。その時に出た話ですが、支配人のS様は、ロッジの安全性を考えて毎年ロッジの石壁に造られる蜂の巣を取り除く係で ―― それ故、ハチたちは‘覚えていて’彼を見ると、(他の誰でもなく)彼に向かって攻撃してくるそうです。そういうことは、ここでは起こっていないので、ハチには記憶があるのでしょう。気配(そのヒトが自分の巣を壊そうとしているのか)を読む力もありそうです。

一匹、二匹、警備団かも知れないハチを眺めると、飛び回っているけれど、もう怒りの気配は消えていました。近隣に飛んでいって刺す、ということはないでしょう。

ここまでで、約1時間の出来事です。


あ~!! ショックだった。

何年か前に、夜中に特大のムカデがふくらはぎのあたりまで登ってきたことがあったけれど、それを遥かに超える危険でした。あの時もそうだったけれど、奇跡的に事故になりませんでした。

それでも、だからこそ、気を引き締めていこう。今回の教訓として、草刈りの時には慎重に下見をして、危険回避をしよう。あんな場所に巣を造るとは予測していなかったけれど、まだまだ知識不足、経験不足のところがあると胆に銘じて、それらを少しでも埋めていこう。あそこまで来て、彼らが実際には刺さないでくれた ―― というのは運が良かったのだけれど、わたしはまだ彼らのことが分かっていない。振り返れば、圧倒的な恐怖の中でもじっと低くしているという、とっさに無意識にとれた行動(生命の智慧)もありがたかったけれど、わたしが彼らの声を聴き取り、互いの危険を回避し、互いにベストの道をとる、という意味では、そもそも巣に気づけなかったというのは、大いに反省の余地がある。


最後になりますが、 ‘腰が抜ける’という感覚も文字通りそうなるのだなあ、と分かりました。そのままにしていても腰に力が入らない状態が続きます。拳で仙骨の辺りをトントンと叩いたり、拳骨をつくって丹田をぐっと押したりしてようやく力が入るようになりました。丹田に力が入るようになったら、そこに力を入れて大股で歩いていると、腰全体にも力が戻ってきました。


―― 彼らは、刺さなかったんだ。

何が生きものに、そうさせたのでしょう。
彼らが刺して、わたしが殺されたら、発見した誰かに彼らも駆除されたことでしょう。
わたしは巣を破壊するつもりはなくて、ただ、うかつに壊すところだった。分かった瞬間、止めて退いた。二年前、彼らと共存する決意をして、ひと夏の間、物置小屋付近を彼らに貸した。その時のわたしの姿と匂いを知るのは、昨年の女王蜂だけのはず。今年は、一切気づかないまま物置小屋に出入りをしていた。刃が巣に当たったとき、強い信号に素早く飛び出し一斉にやってきてわたしの周りを飛び交ったのに、彼らは刺さなかった。最後に帽子に留まったハチは、カチカチと威嚇音を鳴らした。でも、刺さなかった。(一方で、何もしなかったのに、事故としか言えない状況で刺された、という話も耳にしますので、皆様はくれぐれも、重ねてご注意をされてください。) ―― 彼らはどこで、何を見極めたのでしょう。




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自然との対話 2017 (1)

この夏も、菅平高原に夏合宿に行って参りました。

合宿担当の(下っ端)理事として、昨年から合宿スタッフなのですが、≪頭のいい and 体育会系≫の先生方の組織なので、わたしにはハードでオーバーワーク過ぎるお仕事です。本年度は3役こなす必要があって、本番では半分寝込みそうになりながらヘタって帰ってきました。

それでも!!
今年もまた、二日目の早朝、『自然との対話』の時間を担わせていただけました。
二年目となり、担当時間も少しだけ増えて、<stage2>と名打って、今回は「対話した相手の声を聴く」に焦点を当てました。お一人お一人が、どのような自然や生きもの、生命、生態系を相手に、どのような声を聴き取ってくださるか -- 身体技法や座禅の達人や専門家の先生方もいらっしゃり、繊細で敏感な方、柔らかく優しい対し方をされる方も多いので、楽しみであり、緊張もするステージです。

スタッフのお仕事や前日のとても大切なインタビューのお仕事で、実はからだはヘロヘロ、意識は朦朧状態です。心は投げやりではありませんが、心身の準備段階としてはやけくそ?にならざるを得ません。ちゃんと、皆様にもっとも相応しい感覚で、菅平の自然の何か、草木や花や昆虫たちと出逢っていただけるのか --。皆様も、そしてそれ以上に自然や生きものたちも、きっと待ち望んでいるに違いない響き合いが生まれるのか --。

スタンバイの状態で、前日の言葉の仕事のインタビューで、感知できないもの、言葉にならないものを模索しすぎていて、ナビゲーションがうまくいきそうもありません。せっかくの日の出を待ちながらの気功も、練習で出遅れて -- 大変申し訳なかったのですが -- ここで、天から助けがやってきました。

sugadaira-sun

わたし以外、ロッジの修行僧のような支配人S様と、他お一方しか見られなかった、ラウンジからの朝陽の出です。山の峰からではなくそこに被った雲から太陽が現れたので、ゆっくりと雄大に朝の陽が空に広がる時間を感じることができました。陽の触手が薄暗いラウンジに伸びるに従い、肌に暖かな、明るい何かが染み込んできます。

光で、洗われる。

光で、温まる。

光が、からだの中に息づく。

そんな体験でした。


さあ、また一歩進むしかありません。

hotarubukuro2017

五感で感ずる。

からだで触れ合う。

ヒトとのお喋り、ヒトへの気遣いは一端置いて、ひたすら自然と対峙する。
図鑑の知識や、観念、思い込み、思い入れは一端置いて、ありのままの姿にふれる。
からだを澄ませて、静かな集中をして、相手の声を聴く。

色々大変なことや反省点もありましたが、感動する出逢いをして下さった方、素晴らしい感覚で捉えてくださった方、優しいものや豊かなこと、精妙なエネルギーを響かせて下さった方、美しい聴き手の方々が登場しました。

ちょっと大変だったので、大切な方々のためにと想わないと続かなかったのですが、何よりわたしが‘自然と対話する’ための沢山の気付きや叡智を与えていただきました。

そして、菅平という場所を越えて、地球上の自然や命の根源にある、祈りを捧げたいその存在のために、ほんの少しでもできることがあるのなら -- その何かのヒントやインスピレーションを溢れるように頂いているに違いありません。





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新涼

枯れ葉


また随分と間が空いてしまいました。
いつもながら … 申し訳ありません。

この場所を介して繋がっている大切な方を想い、何とか更新を繋がねばと想います。


放任するしかなかった bird sanctuary の荒れ放題も、何とか良い流れの場所として再起させるべく、奮闘しています。大学の春学期が終了してしばらくはどうしようかと惑うほどの荒れ様でしたが、天の援け手のおかげで、苗木や山草や薬草たちの世話、出入りの場所の片付けと草刈り、そして蔓延るまま迫ってきている太い孟宗竹の整理を進めています。完璧とはいきませんが、少しでも生きものたちが棲みやすくなるように ―― 小雀たちも独り立ちし、二日前にようやく、しばらく出逢っていなかったタヌキたちとも出逢えました。文庫本サイズの真っ黒な仔タヌキが親の警戒の声に何を間違えたかわたしの方には知ってきました!

自分のハートの芯から、聖地を拡げていくことしかありません。

少し、更新にも精を出せればと想います。






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空の豆

春先に水戸のA様の弟さまより空豆の苗を7本も頂きました。

スナップエンドウは育てた経験がありますが、「え~ あんな大きなお豆が、この痩せ地で(わたしの世話のしかたで)育つの?」と不安でした。可愛い苗たちをグリーンカーテンの緑を育てる場所や、大きく育った栴檀の木の下など、あちこちに分散して気を付けて様子を見ることにしました。

思ったよりも成長はしなかったけれど、可愛い薄い青紫のお花をつけてくれてそれからしばらく ―― 普通にあの空豆の鞘ができて、大方は虫さんたちに齧られてしまったけれど、今朝これだけの収穫ができました。


soramame


量から言ったら野菜作りのうまい方には笑われてしまいそうですが、鞘の中にはとても立派な綺麗な緑色の豆が育っていて、奇跡の宝石のようです。(写真にはスナップエンドウも二鞘、入っています。)何という恵み!

お豆としては、大きいので育てるのは難しいと思っていましたが、空豆(マメ科ソラマメ属)は、先史時代から栽培され、エジプトの墓の中でも発見されており、スイスでは青銅器時代の遺跡と一緒に見つかっているそうです。歴史がとても古く、世界のあちらこちらに多様性が見られ、サハラ砂漠南東部では、やせた農地で原始的な在来種が育てられているそうです。また、無肥料でも育ち、自家受粉してくれる、つくりやすい作物だとのことです。

それなら!! ここから自家採取して子孫を繋ぎ、少しずつ上手に育てられれば嬉しいな。
マメ科の植物は土を豊かにしてくれると言います。ソラマメは、自然食品店で見かけると、そこそこお値段が張るので頻繁には頂けませんが、からだにとても良いので、毎年この時期、是非いただきたいですね。

今宵は、春キャベツと一緒にお塩とオリーブオイルを振りかけてシンプルに蒸して、独特の甘いお豆の味をゆっくりいただきました。ありがとう -- 最高のお味です。



緑のものは、血をきれいにし、からだもこころもすっきり清く流れるようになれる気がします。
ぜひ召し上がってくださいね。





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光の花

mullein


とても長い間、念願だったマレイン(ビロウドモウズイカ)の花が咲いてくれました。

マレインは背丈1.5m以上となる二年草で(ゴマノハグサ科)、とても大きな、柔らかくてふかふかの葉っぱを持つ薬草です。古来、呼吸器系、熱さまし、利尿剤、関節炎、耳の不調、神経系など、多くの症状に用いられてきました。特に、精神的な原因による不調には有効でした。茎の中には白い髄があって葉も茎も燃えやすいので、オイルに浸して蝋燭としても用いられてきました。

更には、古代から、災厄や病気から身を守ってくれる、暗黒の力から身を守ってくれると信じられていたようです。また、魔女が儀式のときにマレインを使うと言われたことから、「魔女の蝋燭」と呼ばれていたという説もあります(アン・マッキンタイア『花のもつ癒しの魅力』産調出版 1977)。

マレインは、その凛と伸びる姿勢からも、薄い金色の花弁からも、内にある強い光を留めて芯から発する花であり、まるで進んでいく道を照らし示してくれているようです。

長年この花に憧れて、sanctuary の荒れ地のあちこちに、いろんな方法で植え育ててみましたが、二年目に光の花をつけてくれたのは、今年が初めてです。しかもこれだけ大きく、悠然と、光を発しながらこの地を守護してくれています。




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