hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

2017 春分・種

皆様、今朝の春陽を浴びられましたか。

equinox1


旧暦新年あたりから、天からの陽射しがすっと届くようになり、今日は昼と夜、光と闇が等分となって、均衡をとっています。

春休みの bird sanctuary には、時折素敵な方が訪れて下さって、これから未来に向けて、とか、今世の集大成となるお仕事に向けて、とか、根本にかかわる大切なお話のご相伴をさせていただくことが多くなっています。本年の念頭に、今年は「生命のおおもと(根源)」や「(多様なものが各々自由に素のままに輝くような)調和」をテーマに過ごしたいなあ、と願ったからかもしれません。野鳥をはじめとする命あるものたちが、これからもわたしたちと共に健やかに生きてゆける未来を想うと、現社会情勢やわたしたちを取り囲む集合意識の現状は、とても切迫して厳しいです。でも、この地で感じ取る祈りのベクトルは、静かに揺るがず希望に向かっています。

光と闇の精妙な均衡をとりながら、それを昇華させ透き通っていくところにある何か ――

この春分の鍵は、わたしにとって、「種(たね)」!

現実的にも、比喩的にも、種です。

今朝一番の仕事は、

seed1


マリアアザミ(ミルクシスル、オオアザミ)の種を蒔くことと決めていました。マリアアザミ(キク科)は、西洋の薬草で、肝臓の特効薬です。わたしは肝臓がちょっと弱いので、いつか自分の居場所で自然の力に必要なだけ助けてもらうことができるよう、探して種を求めました。若い葉や蕾は食用にもなります。

この地で5年、少しでも自給自足をと野菜を色々育ててみましたが、地植えはほぼ、南瓜さん以外は収穫なし(涙)、ポットに植えた苗たちも青々茂ったりはするのですが、食べられるまでの収穫には届きません。育てるのは楽しいですが、野菜の栽培技術の幾つか ―― 例えばトマトなど摘芯して芽を誘導して、葉を茂らせずに水もあげずにして実をつけさせる、など ―― は苦手で、葉っぱが茂るだけなのです。水菜や春菊に花が咲いたり、大根が引きぬけないまま花が咲いたり、すくすく育ってくれても(育ってくれたがために)、ちゃんと収穫するぞという根性がなくて、真面目に農業をするには自分がお話にならぬほど甘いことをおもい知ります。それでも、健気に命を繋いでくれたキュウリや唐辛子やエンドウ豆の、種とりは好きです。

野菜が育つ土地にはなっていませんが、そのような場所に育ってくれたのが薬草・ハーブで、昨年くらいから色んな種類の薬草たちと暮らしています。こちらは、ほとんどが原種に近くて適応力があるのか、生き残ってくれるものがあります。野菜よりも無農薬無肥料で元気だし、その恵みは少しずつ頂けて奥が深いし、何より素晴らしいエネルギーの植物たちです。

ミシェル・ファントン、ジュード・ファントン『自家採取ハンドブック』(現代書館)や自然農法国際研究開発センター『自家採取コツのコツ』(農文協)で種の発芽させ方を勉強して、野菜やお花の種を蒔いてみるけれど、F1種のものは次に繋ぐのが難しく、在来種の種を頑張って探しても、種蒔きして命を繋げるかというと、依然力不足です。でも薬草やハーブは、こぼれ種でも、折れた小枝を差し芽するだけでも、どんどん増えて、命を繋いでいってくれます。こうして薬草たちを相手に、‘植物の声を聴く’ことをもう少し学んで、聞き耳頭巾ができたら、少しずつ野菜たちとも響き合っていきたいです。(最近新たに、岡本よりたか『野菜は小さい方を選びなさい』(フォレスト出版)、高橋一也『古来種野菜を食べてください』(晶文社)を読みました。もし、ここで、少しずつでも、santuary に適応してくれた在来種の野菜の種が、毎年毎年、自分で命を育むようになってくれて、協力して共に生きていけたら、どんなに嬉しいでしょう。)


種、は象徴としても、想います。

そこから育ってゆく何か、育ってほしい何か ――

循環の中で命が次に残してゆく命の核のようなもの、わたしたちが生きていることの実り、世界の起源、大本から差し伸べられる一つ一つの仏性、はじまりを包むおわりとおわりの中のはじまり、等 ――

そのことは、もう少し進めてみないと、何も表現できないのですが ―― 

どんな時にも、どんな場所でも、なるべく根源のところと繋がって ―― 根源のところの「目」、根源のところの「感覚」で、観て、感じて、存在していたい。今は、できることから行動し、大切なことを表現したいから、その根源と繋がったところから、ありったけの行動をしたり、表現をしたい ―― と、いうあたりで、「種」というのは掴みきれないのですが、希望の源泉であるような気がしています。(← 何を書いているのでしょうか。済みません、自分でもわかっていません。)


昨年後半あたりから、発信するということについて焦点が定まらなくて ―― このブログも、それを引きずって、何だか書けなくて、申し訳ありません! ブログでは、色んな「種」を丁寧に蒔いていけたらと望み、力が追いついていなかったことに気づきました。まずは肩の力を抜いて、駄目なところからでも続けます(済みません)。

equinox2


春分を起点に、光は一層濃くなり、種は柔らかい根を伸ばしてゆきます。

equinox3
 (土地とご縁があってすぐ、助けるために
 遠方からいらして下さった先生方と先輩方、
 大事な仲間の方々が植樹してくださった
 スダジイの木。土地の水はけの悪さや栄養不足に負けて
 一時はどうなることかと心配しましたが、無事に
 成長してくれました。今日の光を一杯に浴びています。)




貴方にとってこの起点からの時間が豊かなものとなってゆきますように!






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黄金色の香り

toukibi

 (3日の今日は、こんな素敵な唐黍を
 野鳥たちにプレゼント!)


(論文が煮詰まっていて他のことがままなりませんが、)初山仕事に、今朝は千両の苗木を植えました。
穴を掘ったら、沢山の瓦礫が登場しましたが、そこをふかふかの土に替えて注意深く苗木を植えます。紅い実をつけてくれる来年を楽しみに ―― とても可愛い苗で、日陰でも健気に育ってくれます(センリョウ科センリョウ属)。土の凍る時期なので、この後沢山の落ち葉を寄せておきました。

senryo


これまでお正月の花として水仙の写真を見ていただいていましたが、この冬は、寒いのか、まだ蕾が小さい状態です。その代わり、昨年25日過ぎあたりから、蠟梅の花が得も言われぬ芳しい香りを漂わせて開いています(ロウバイ科ロウバイ属)。(元旦にupしたかったのですが、接写がうまく行かず、今日になってようやくピンボケでない写真が撮れました。)

roubai

まだ1メートル少しの高さで、一つ二つの花が開いているので、かがんで花に近づかないとこの素晴らしい香りを感ずることはできません。それでも何はともあれ瞬時に至福の境地に至れるほど素晴らしい香りです! 何度も出ていっては、かがんでうっとりしています。黄金の小さな春が灯りました。

今晩あと少しで流星群が見られるそうです(23時頃)。

凍えそうな寒さですが、少しだけ外に出て一緒に宇宙を感じてみませんか。
どうぞ温かく着込んでいらして下さい。
(見逃された方、明日深夜もチャンスがあるようです。)









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太陽神の指先

昨夜遅く今年最後の都心行きに sanctuary から出発するはずだったのが、一部で暴風がひどいとの報告に気持ちがくじけ、何だかそれだけでない直観で一日延期しました。明日からの日程が体力勝負になってしまいましたが …


taiyoushin1


朝陽を浴びながら、ああこのためだったのだと腑に落ちました。

冬至からたったの二夜で、この光 ―― 

透明感 ――

taiyoushin2


大いなる太陽神がここに触れ

taiyoushin3


一瞬にしてわたしは恋に落ちました。





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宵待ち月 October, 2016

皆様、どうぞ窓辺か外から、今宵のお月様を見上げてみてください!

yoimachiduki



昨夜は十三夜で特別な宵でしたが、今宵の宵待ち月(十四日月)は神聖な白い輝きを放っています。

神無月の十三夜は、月を愛でる日本ならではの風習があります。昨夜もお月様を見上げてぼうっと眺めていたのですが、今宵の宵待ち月は更に … 何かただならぬほど美しいです。

あまりに美しくて、皆様にも感じていただきたくて、急ぎ(笑)更新しています。


ようやく秋深くなりました。冴えた秋夜は月を眺めるのに良いです。明後日(16日)は満月です。




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十四日月

susuki


今度いらっしゃるのは十五夜の日にしましょう。小豆を煮てお月見団子をご一緒しましょうか。今度は何も持たないでいらして下さい。あ、そちらは芒がいっぱいだろうから、五本、お願いします。それだけ持って、後は何も持たないで。

―― いつも大変お世話になっている水戸のA様と電話でやり取りしました。この夏、お料理の仕方、暮らし方の博士、大先生であるA様のお母様が入院されて、その前あたりから気功マッサージに度々お伺いさせていただいていました。命が心地よく、苦痛なく、回復されてゆくのに寄り添わせていただき、とても勉強になりました。
 手術がうまく行って、ゆっくりとですがご回復に向かわれる中、久しぶりにお伺いします。

十五夜の日には芒の穂は五本供えます。十三夜の日は三本です。古くは、両方の夜にお供えをして、お月見をしたそうです。お団子も、十三夜は十三個。日本で始まった風習だそうです。

菊の花で祝う重陽の節句に次いで、文月は風流な催しが多いですね。

juyokkaduki


もう終わりかけだけれど、暑い夏の後で美しく咲いた山萩の花も、ほんの少しお持ちすることにしました。

十五夜を待つのは、小望月(こもちづき)、宵待ち月(待ち宵月)。今宵は少し月暈がありますが、しっとり潤った風情のある月夜です。







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