hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

空の豆

春先に水戸のA様の弟さまより空豆の苗を7本も頂きました。

スナップエンドウは育てた経験がありますが、「え~ あんな大きなお豆が、この痩せ地で(わたしの世話のしかたで)育つの?」と不安でした。可愛い苗たちをグリーンカーテンの緑を育てる場所や、大きく育った栴檀の木の下など、あちこちに分散して気を付けて様子を見ることにしました。

思ったよりも成長はしなかったけれど、可愛い薄い青紫のお花をつけてくれてそれからしばらく ―― 普通にあの空豆の鞘ができて、大方は虫さんたちに齧られてしまったけれど、今朝これだけの収穫ができました。


soramame


量から言ったら野菜作りのうまい方には笑われてしまいそうですが、鞘の中にはとても立派な綺麗な緑色の豆が育っていて、奇跡の宝石のようです。(写真にはスナップエンドウも二鞘、入っています。)何という恵み!

お豆としては、大きいので育てるのは難しいと思っていましたが、空豆(マメ科ソラマメ属)は、先史時代から栽培され、エジプトの墓の中でも発見されており、スイスでは青銅器時代の遺跡と一緒に見つかっているそうです。歴史がとても古く、世界のあちらこちらに多様性が見られ、サハラ砂漠南東部では、やせた農地で原始的な在来種が育てられているそうです。また、無肥料でも育ち、自家受粉してくれる、つくりやすい作物だとのことです。

それなら!! ここから自家採取して子孫を繋ぎ、少しずつ上手に育てられれば嬉しいな。
マメ科の植物は土を豊かにしてくれると言います。ソラマメは、自然食品店で見かけると、そこそこお値段が張るので頻繁には頂けませんが、からだにとても良いので、毎年この時期、是非いただきたいですね。

今宵は、春キャベツと一緒にお塩とオリーブオイルを振りかけてシンプルに蒸して、独特の甘いお豆の味をゆっくりいただきました。ありがとう -- 最高のお味です。



緑のものは、血をきれいにし、からだもこころもすっきり清く流れるようになれる気がします。
ぜひ召し上がってくださいね。





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葉月・blueberries

しばらく前となってしまいましたが、台風による大雨が続く前、この地にはこの夏、雨が一滴も降らなかったのです。毎日植物たちの水遣りに追われ、日照りの中枯れ行く植物に心配していました。

少し離れた市では局所的な暴風雨に見舞われたニュースも聞き、以前とは違う気象を感じています。(以前は、雨の予報が出ると一部だけ大雨で他は降らず、ということは少なかったような …。また、夏の日照りが厳しくとも夕刻となると夕立があってひんやりする夏日も、幾日もあったような …。)

空が壊れて穴が空いてしまい ―― 空の水瓶から優しく注がれるように地が潤っていく、という感じではなくなってしまったのでしょうか。


blueberries1

blueberries2


そんな夏日でしたので、昨年地植えにしたブルーベリーの木々が、せっかく実をつけてくれたのにその実はやや萎びています。それでも、濃い太陽エネルギーを凝縮したかのような甘さの実を収穫することができました。この時期、野鳥たちには食べものが多くあるらしく、わたしが摘み取っても問題なさそうです。じっくり煮詰めたら、今年は大きな瓶ひと瓶分のジャムになりました。

とっても美味しいです。
-- 近日いらして下さる方は召し上がっていただきたいです。


夏休みに入り、沢山ブログ記事が書ける!と張り切っていたのに、何故か葉月は立て続けにやってくるトラブル等の対処に追われてここまで来てしまいました ――。

済みません!!

いろんな修行の一瞬一瞬に、自分の未熟さを感じる夏でした。




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文月の終わりに。

先週初めに、都心での学期末の仕事が終わり、sanctuary に戻ってきました。しばらくは夏休みです。

胡瓜2016
 (今夏初の胡瓜が実りました。
 思うほどに時間がかけられませんが、それでも
 種から育てた立派な四川胡瓜です。昨日もいで、
 文鳥さんたちはそのまま、わたしは糠漬けで
 いただきました。)


東京や神奈川では、久しぶりに大切な先生・先輩方や仲間たちと逢え、様々なことを話せて充実していていたのですが … 今回は沢山のことを気づかされ、感じ考える機会に恵まれました。

そして、世界各地、国内で続く悲痛なニュースや事件、ネット上でのそれらに関する書き込みを見る中で、ここまで来たのかと立ちすくんでいたのも事実です。それに加えて昔から馴染んできた、家のそばの公園内を移動しながらヴァーチャルゲームに高じる大勢の方々(個人・グループ)のお姿やからだを目撃しつつ、今この‘時代’ということと、‘「ヒト」に今起こりつつあることの源は何だろう’ということと、‘この時代に(生命・環境の軸から捉えて)いったいどのような希望を見出してゆけばよいのだろう’ということで、アタマが真っ白になりました。

正直に書くと、大きな暗い底なしの集合意識の闇のうねりが暴れ、目を閉じたり悲鳴を上げたりする個々を否応なく津波のように巻き込んでいく夢にうなされました。

ともかくも、まずは sanctuary に還りたい。そして、山積みの仕事より先に、断食と瞑想をして自分から立て直そう。そう想って、期日前投票をして、気功の大先輩の治療院に通った後、戻ってきました。

―― でも、戻ると、何もかもがシンプルでした。鳥たちのために、植物たちのために、動物たち(ヒトも含む)のために、自然の調和や再生のためにやりたいことは山積みで、命や自然にじかに触れて汗を流せる幸せの手応えがあります。何より、自分がすくすくと癒されていくのを感じます。
 そして、支えて下さり響き合える師や先輩、仲間たちがいて、頼りにしている鳥や動物(タヌキ!)や植物たちが声を聴かせてくれ、日々の対話を重ねてゆくことができます。

地球規模で捉えると、現代社会の流れてゆく方向で語ると、砂粒ほどのことにも満たないかもしれませんが、真実はそうではないでしょう。

大切なことを見失わない仲間たちと響き合えば、一滴のエネルギーは拡大されてゆきます。そしてその仲間よりも遥か広い範囲で、その響きに感応する力のある方々が存在しているはずです。そして何より、わたしたちは存在の尊厳をかけて、(暗い土俵に恐怖から近づくのでなく)自ら生きる次元を選択します。地に足をつけ、目を塞がれることなく、変わらずにある、その空間で生きるのです。

natsuzora2016


自らその空間たること ――。

―― それが祈りの姿です。






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カイツブリ

都心での仕事帰り、公園の池の橋を渡るときに、聞き慣れない鳥の声がしました。橋から覗くと、大変ちっちゃな鳥が二羽水辺に浮かんで、金属質を帯びた、か細い声でキヨキヨキヨキヨと鳴いています。そこへ、ぽっかり水中に浮きあがった親鳥が現れ、カイツブリの雛だと分かりました。

まだ、人の握りこぶしの四分の1もなくて ―― 

どこかに造られた水上の浮巣から水面(みなも)に出たばかりらしい雛たちでした。

親鳥は頻繁に水に潜るので、その度にか細いけれどけたたましく、キヨキヨと声を張り上げます。

そこへ、もう一羽、「エエ~ッ」と驚くほど小さな、先の二羽の雛よりもさらに小さい、雛が懸命に追ってきました。水面に浮かんだ屑と見間違うほどで、それでもどうにか進んできます。三羽目の雛は、明らかに二羽よりも育っていなくて、それでも(それ故)命すれすれの一生懸命さの塊のようでした。

親鳥は水面に浮かぶと、三羽目の雛に口移しに餌を渡すのですが、それはすぐに他の二羽に奪い取られてしまいます。 ―― ああ、こうやって生まれ遅れたハンデで成長もゆっくりなのでしょう。

そんな全員が、橋の下をくぐり、大きな池の真ん中の方まで泳いでいくのを見守りました。三羽目の雛も全身水かきになったかのように揺れながら泳いでゆきました。

kaitsuburi3

このところ、蓮の生命のyogaをしたり瞑想したりの中‘祈り’を続けています。

何かの意念を抱いたり描いたり送り届けようとするのではなく、ただただ透明になって祈りの存在そのものとなります。

そうして座っていると、時に、その祈りの存在が浮かぶ世界が観えます。

夢や、美しさや、若い意思や希望、穏やかさ静謐さが揺るぎなく在り、
しかしまた、
地球を包む空間を威圧するかのように、戦争、暴力、憎悪の存在が大きくのしかかります。
―― 集合意識に大きく影を落とすかのように。

地球上のすべての命よ、自然よ。
自然とも生きものたちとも寄り添って共に生きていく、調和への希求 ――
変わらず暖かく支え合い、共感し合える大切な方々 ――
尊敬する師、憧れの先輩、大事な仲間 ――
かけがえのない一羽一羽の鳥たち、動物たち、植物たち、虫たち、
 海の生きものたち、微生物たち ――

どうぞ、祈りの空間と共に、今ここに。

―― この難局での命の存続は、すべて、ヒトのこころのあり方次第なのです。

kaitsuburi2

続けながらも、時にのしかかる影に抗うのに一杯だったり、祈りの力の弱さに気落ちしたり(力が弱いことでなく、ここまできて未だに気落ちするだけの覚悟でしかないということが修行不足です)、そんな自分に躓いている時間はもうないのだと焦ったり …

そして正直に書いてしまえば、
 ヒトとヒトとの間でさえ理解も共感も調和も共生もこれほどまでに成し難く、
 進化の過程でヒトの脳は知性も感性も、生命制御さえもボタンを掛け違えたメカニズムで進んでしまいすぎたのかもしれず、
ヒト同士だけでさえ難しいのに、一体どうやってすべての生きものたちとヒトは折り合い、共に生きてゆけるというのでしょう … ?
という‘影’が、わたし自身を離れることはありませんでした。

そういう想いや恐れと共にあっては、
‘祈り’が宇宙と響き合うのは難しかったのです。



途中から、カイツブリたちを眺めるわたしの周辺に、公園に遊びに来ている若い女性たちやカップルが集まり出していました。女性たちは口々に「可愛い!」とコメントし、雛たちが遠くに泳いでいってしまった後、カップルの男性は女性の手を繋ぎながら「可愛いよね」と歩き出しました。

若い彼らは、野鳥に詳しい様子ではなくて、三羽目の雛を見つけなかったかもしれないし、この雛が生き残れるだけの幸運に恵まれているか、自然や世界が十分に優しくありますように!と胸で強く願っていたわたしのようではなかったかもしれません。それでも、ヒト以外の命の溢れ出るような力、生きる懸命さや切なさと響き合い、足を止めてくれました。

・・・・・

カイツブリたちにこころを開いてくれた、彼らに感謝します。
カイツブリたちにも。
改めて教えられました。

Bird sanctuary の現状整備は、なかなかこの公園のようにはいかないけれど、それでも sanctuary で生きものとの対話を続けよう!! ヒトのなかにある、自然や生きものを感じ、繋がり、響き合い、35億年前にひとつの源から来たことを、想い出す力と感性を信じ続けよう。


三羽目のどうしようもなく小さな雛の生きようとする力は、大きな力でした。

いきろ!!

‘祈り’そのものとなって、今ここにいよう。


kaitsuburi1





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卯月の終わりに

明日から早くも、皐月です。
春の光、眩しい緑と共に、ゴールデンウィークをいかがお過ごしでしょうか。

わたしは一息ついております。
ゴールデンウィーク中に論文1本仕上げようとしています。
この時期こちらでは、雨が降る度、筍ニョキニョキ、草ボウボウというのが実情ですが、昨年かかった咳喘息の影響があって、そのお世話もほどほど(放ったまま … 汗)で、健康第一です。が、草木の若葉も青々としたsanctuary は晴れやかです。

世界規模での自然の変化、心痛むニュース … その度に何ができるか、自然と命の調和に一歩でも近づくために今選択することは何か、感じて、考えます。どうしたら、人のうちにもある自然は、呼び覚まされ、外の自然ともっと調和の音色で響き合っていけるでしょうか。

ヨガをはじめとする身体技法の原理などを学ぶ場で、原初的な生きものたちも持っている脳幹は、命を保つ基盤となっていて、人間はその外に第二、第三の脳を身に付けた ――  大脳新皮質など、「考える」ための脳があるからこそ、わたしたちは欲望を拡大させ、苦悩や破壊や自滅の方向へと向かっている ―― といったような(「だから、脳幹に戻れ」??的な)考えに時折出会います。一理あるかな、と思う時もありますが、「考える」脳が悪者だと、わたしには思えません。新しい脳は、人間が授かった精巧な道具であって、どう使うかは(その脳にではなく、真なる)わたしたちに委ねられています。

できるだけ、この一瞬に、本来の自分でいるために ―― 

喜び、哀しみ、胸を痛め、幸せに微笑んで、自省もし、悩んで、憧れも抱いて、髪をクシャクシャかきながら考えて、大切な人や鳥や木々と会話して、古くから見る怖い夢を見て目覚め、深呼吸して、考えて考えて考え抜いて、瞑想して深い境地に至り、少しでもできることを探して実践して、勿論いろいろあって疲れもし頑張りもし、反動でだらけたりはめはずしたりで後悔もし、良い選択をするために智慧を絞って、時に混乱して迷惑かけて、からだは健康を大切に、できれば清々しく鍛えもし、無限や久遠を感じて、ホッと一息ついて、愛を感じて、慈悲と繋がって、自然の中で透明になって、静かにくつろいでいよう。

人が授かった大きな脳を、愛や慈悲のために使うことは可能です。
必要な服以外は脱いで、まやかしやまがい物と観念だけの束縛をはずすのは時に容易ではないかもしれませんが … 痛みもあるかもしれませんが …

からだに宿っている自然と折り合えるなら、ことは単純明快です。

一瞬ごとに、諦めず、瞳を開いて、妥協せずに生きていきましょう。

鳥たちは麗しい歌声を奏でています。
夜には、フクロウ科のどなたからしき(夜なので識別できません)「ホー ホー」というもの悲しい声が切なく響きます。

春の野サラダ

 (緑の葉っぱがこぼれるようになってきた
 ハーブ類の皆様から、少しずつ御裾わけを
 いただいて春の野サラダにしました。)


地球上のすべての命が安らぎと穏やかさに包まれますように!




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