hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

素の輝き

先週末は大学時代の野鳥の会の先輩や仲間たちが bird sanctuary を来訪して下さり、合宿しました。春嵐が吹き荒れて、気温が普段より10度近くも高いお天気でしたが、家の寒さをどう防いで眠っていただくかが一番の心配でしたので、天の助けでした。

昨年末に一度お目にかかれているものの、30年振りに近隣のbird watching spot をご一緒できました ―― 天空の微かな一点となっている鷲鷹の飛翔姿から遠くの林の下草を飛び交う小鳥たちまで、一瞬一瞬の鳥たちの動き・変化を連携して俊敏に識別するという、自然観察の鋭敏な感覚を想い出させていただきました ―― わたしは昔も今も‘味噌っかす’で、その場で識別すべき希少種の鳥たちを先輩方に教えてもらう、見せてもらう、というところから長年たっても全くもって脱していなかったですが。

普段歩いていて、人と繋がるチャネル、よりも鳥をはじめとする生きものたちとと繋がるチャネルに自分の耳や目があると想っていましたが、先輩や仲間たちはその場の情景の鳥たちの瞬間ごとの動向を網羅していて、‘そのように開かれ、受けとめられる感覚’と比べ、自分のそれは何と甘く、頼りないことか、と改めて感じました ―― 自然に息づく生きものたちの‘声を聴く’には、本当にまだまだ、まだまだなんです。

知識だけでなく、研ぎ澄まされた感覚をもって、必要な空間や静寂の中で立ち止まり、その場に問いかけ、対話する … その力は柔らかいけれど、届かなかったところにまで光を当てる、灯のようでした。bird sanctuary の現状のあり方も、日々の暮らしのありようも、ひたすら温かく受け止めて下さり、一晩の宴を楽しく過ごし手助けして下さる中、ふと、柔らかく問われたこと(投げかけられたこと)の‘光’が、振り返るとハッとすることばかりでした。

・無意識にやっていたことだけれど無駄がなかったか
・最大限、命に優しくしようと思っていたけれど見過ごしがなかったか
・最大限、エコな暮らしのつもりだったけれどそうでもなかったか
・「良いこと」と思っていたけれど無配慮がなかったか

30年を経て尚、脈々と繋がっていた胸の奥の何かに、これも何十年かぶりの二日酔いから覚めたころ、当たった光にハッとしたのです。


反省点、見直し点は多くありますが、胸の奥に蘇った自分の‘素’の部分に、ちょっと忘れかけていた輝きもキラキラし始めて、ハッとしました。

純粋に、鳥が好き。
純粋に、自然が好き。
鳥と出逢えたときの、出逢えたという、無条件の輝き。




本当にありがとうございました。

天ちゃん苗木
(ご自宅では植えられないから植えてねと仲間が持ってきてくれた、
食べた種から芽生えた枇杷と柑橘類の苗。
誰もが身近な種を育てることによって、思いがけない発見や
大きな感動を得ることができるという、楽しく深い本『捨てるな、
うまいタネ』(藤田雅矢 WAVE出版 2003)ばりのノリです。
この本は、とってもお勧めです。)





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寒に入って

寒に入って、寒さが厳しくなりました。

睦月の節気は、小寒(寒の入り 一月いつかまたは六日)と大寒(二十日または二十一日)ですが、候となると、〔雪下出麦(ゆきわたりてむぎいずる)〕〔芹乃栄(せりすなわちさかう)〕〔水泉動(しみずあたたかをふくむ)〕〔雉始雊(きじはじめてなく)〕〔款冬華(ふきのはなさく)〕と ―― 植物が芽吹く栄る花咲く、水あたたか、雉の鳴き声 ―― 厳しい寒さの中、凍てつく自然の中に、一握りの希望をいかに人が大切にしていたかを感じてしまいます。

そして現に、sanctuary では、息も白く、手も足も鼻の先も真っ赤になり凍るようになるなか、朝には外に出ると霜柱をサクサクと踏みながら、たくさんの命の胎動に出逢います。木々たちは冬芽をしっかりとつけ、越冬の草たちは大地低くにロケット上に広がって根を守り霜に耐えています。越冬蝶も越冬花蜂(はなばち)もいて、彼らのために置いた陽だまりの花鉢にやってきて羽を休めています。毎朝沢山の野鳥たちが南側の野バラの樹の根元と北側の餌台に撒く雑穀やヒマワリの種、蜜柑や林檎などを食べに訪れてくれます。人がまく食事以外でも、刈り残した雑草や木々の実、小さな虫の卵などを目当てに野鳥たちが集まります。ジョウビタキのジョウ君、アオジ、スズメ、ヒヨドリ、メジロ、カワラヒワ、ウグイス、アカハラ、シロハラ、シジュウカラ、エナガ、コゲラ、ハクセキレイ、モズ … それに時折、アオサギ、上空にはトビ。夜でしょうか、大きな猛禽が止まっていたらしき跡も見つけました。(昨年の冬に訪れてくれたクロジ夫妻、それにツグミさんたちが今年は来なくて、心配です。)それから、夕方になると、黒ちゃんをはじめとするタヌキたち、そしてイタチもおなかを空かせてやってきます。

玄関にから出るとすぐ、友達のジョウ君は、居場所を知らせに「チャチャ チャチャ」と小声で鳴いて挨拶してくれます。わたしを見つけて「僕はここにいるよ」と知らせてくれるのです。わたしもすぐ、挨拶します。そのまま自分の作業に夢中になるのですが、彼の方は、おなかがかなり空いていると、北側の餌台のところに回って、今度は「ヒッ ヒッ ヒッ」と大き目の声を張り上げます ―― 食事が出ない、と訴えるように …。面白いことに、おなかが空いていないと(そう推理しますが)、そのままわたしの作業を見守り、時折「僕はここにいるよ」と鳴き交わし(わたしと! 笑)ているだけです。

食事をしたい、と合図してくれること、そして、それだけでなく「今、ここにいるよ」と確認し合う、‘一緒にいること’への志向と希求が彼と共にできるコミュニケーションであることに悦びを感ぜずにはいられません。今、研究のために読んでいる本で、身体的に開かれて、一緒にいる(=being with)こと、相手に関心を向け繋がりを希求することが、乳幼児の原初的コミュニケーションとして観察できると書かれています(鯨岡俊 『原初的コミュニケーションの諸相』 ミネルヴァ書房)。が、人と人だけでなく、人以外の生きものたちと人でも、いえ、命であればみな、互いに共存在(inter-being)として、根源のところで相手と繋がり合おうとすることが可能でないはずはありません。それはもしかすると、逆に人だけが、自我を大きくしてしまったがために難しくなっている、命すべての共通言語なのかもしれません。

凍てつく厳しさに耐えようとするすべての命たちが無事に冬越しできるよう、ここにいると祈らずにはいられません。植樹した樹々たちの陽だまりを創りながら、豊かな緑と実りが広がってゆくように祈りとして山仕事を進めていきます。

寒の内、自然の厳しさの前には首を垂れるしかないのですが、その厳しさの中だからこそ、命のありようはギュッと凝縮されて、生き生きとした力、輝きに溢れています。

白鳥
 (sanctuary の前の貯水池や、近隣の湖沼に
 飛来しているオオハクチョウ   K氏撮影)




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奇跡

冬至を過ぎて、この空間の‘澄み切り方’がこれまでにないほどとなりました。

色づいた檀の灰色がかったピンクの葉や、カエデ、クヌギの弦楽器のような赤茶の葉、シデの樹の葉の乾いた茶色の葉など、美しい色合いで
ゆっくり静かに落下し始めています。柿、千両や藪柑子、南天、コマユミ、ガマズミに紫式部、龍のひげ -- 朱や赤や紫や黒の実の色合いが美しく、その実も少しずつ野鳥たちに食べられてゆきます。


昨年の冬に一羽の冬鳥、ジョウビタキ君と友達になることができました。

鳥たちとの交流の庭に出ると、後を追って餌台までやってきて、こちらの声に合わせて鳴き交わしていました。凍てついた朝や雪の日は、いつも心配でしたが、スズメやアオジたちと軒下で暖をとり、外に出て呼ぶところがる毬のように、あるいは真っ直ぐに引いた矢のように、弾んで飛びながら、すぐそばまで着て無事を知らせてくれました。

おなかがすくと、わたしを呼びます。

空腹でない時も、山作業をしているとふと声がし、近くにいることをわざわざ知らせて、挨拶してくれます。

図鑑では、ジョウビタキの鳴き声は「ヒッ、ヒッ、と鳴き、頭を下げ尾を細かくふってクワッ、クワッと鳴く。秋、渡来した直後にはよく鳴く」(高野伸二 『フィールドガイド日本の野鳥』 日本野鳥の会)などと説明されます。わたしがバードウォッチングを始めたころは、「ヒー ヒー カタカタ」と習ったかな。ジョウ君は、どちらかというと舌うちで‘チャチャ チャチャ’と音を出すような声を上げ、ご飯を目の前にしたり、おなかがすいた時は‘ヒー ヒー ヒー’と勢い込んだ(笑)鳴き方をします。‘チャチャ チャチャ’には、わたしも舌うちで‘チャチャ チャチャ’を返し、それ以外には日本語で(!)「ジョウ君! おはよう!」「おなかすいてたの~!」「寒いね~」「う~ん! 元気だね」等々、声をかけます ―― ジョウ君はこちらを見て真顔で聴いています(笑)。

距離は、2mくらいだったのが、1mほどとなり、餌台の近くでは触れられんばかりになりました(勿論、脅かさないよう、こちらはそっと静かにしか動きません。)


渡り鳥が帰る季節、三月末になると、わたしは東京との往復のたびに、一期一会の出会いに気もそぞろになりました。ある日、いつも彼が独占している庭に、二羽も三羽もジョウビタキの雄が集まり、(いつものご飯も他の仲間に取られ気味で … )その仲間たちと一緒に、翌朝にはいなくなりました。仲間と集まって、群れとなって南へ帰っていったのだと想いました。

図鑑で、ジョウビタキの群れは遠くチベットから中国東北部の方向まで渡って
ゆくのだと知りました。何という遠い距離! 無事を祈らずにはいられないけれど、来年戻ってきてくれたら、それは奇跡に近いことだろう、
わたしはきっと泣くだろうと思いました。

この秋の終わりに、何羽かのジョウビタキの雄と雌が、一羽ずつ訪れ、ここで一休みをしては、さらに南へと通過していきました。期待しすぎないように(昨年の春が最後の別れだったと嘆くのが怖いから)と気持ちの予防線が働きつつ、一羽一羽を見送りました。ジョウ君は … やってくるのかしら … ?


11月末の朝、一羽の雄が飛来していて、鳥たちとの交流の庭で紫式部の枝に止まり、そこから餌台の上におりました。「ここにいきなり止まるなんて、もしかして  … ジョウ君?」と心ははやりましたが、確かめることはできません。‘チャチャ’と呼びかけると、からだを大きく動かして尾を振ってくれて … 何かが響きます。

水戸が氷点下になった数日前、もういいだろうと、餌を買ってきて
(自然界に十分に食べモノがある間は、人工的な餌付けは避けています)
餌台に置くと、、、、

すぐにそのジョウビタキが飛んできて、ほんの目の前にいるのは、やっぱりあの友達でした。

昨年の冬に比べ、胸の綺麗な橙色が少し濃くなっていました。
昨年の冬のように、車のミラーに映る自分の姿を他の雄だと勘違いして、車をフンだらけにすることもありません(少し大人になったのかな)。

でも、遥か彼方からはるばる戻ってきてくれたのは、やっぱりあの友達でした。



奇跡が起きました。

2003年に‘ほんの小さな土地でも、自然の命たちのためにずっと守られていく空間を創り、自然と共生・調和し、鳥たちと対話して、その空間を響かせ広げたい’と希求してから、様々なことがありました。未熟さゆえの幾多の失敗、挫折、絶望 ―― うまくゆかない、様々なことが大きすぎて圧倒されそうになることも正直在りました(今も、、)。が、ジョウ君と再会できたことは、マイナスのこと嫌なこと全てを消しってあまりあるほどの、奇跡です。

こんな小さな、綺麗なことりが、遠くチベット、中国東北部で生まれて渡ってきてくれて、秋冬に友達になってくれて、また翌年ここを信じて頼って戻ってきてくれるなんて ―― !! 自然と仲直りするためにわたしたち一人一人にできることは、小さいけれど、小さいなんてものではない遠大なことでもあったのです。


joukun1

joukun2
 (ジョウ君 K氏撮影)







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ジョウ君へ

ジョウ君
 (ジョウビタキ K氏撮影)

この冬の間、本当に仲良しになれたジョウ君(ジョウビタキ♂)が、冬鳥としてまもなく夏の生息地に渡ってゆこうとしています。

ジョウビタキが帰って行く先ははるばるチベットや中国東北部 -- 日本列島のどこかの海岸まで飛んで、そこから舳倉島など経由して朝鮮半島に飛び、そして最終飛来地で夏の間、営巣や繁殖をして、また来秋、日本に飛来してきます。

ジョウビタキは、一羽の縄張りをしっかりと守ります。昨年の秋にやってきてくれたとき、ジョウ君は車のミラーに映った自分の姿に向かって戦いを挑んでいました(12月15日ブログ)。今も、sanctuary の北の庭を自分のテリトリーとして、しっかりと守っています。ですが、渡りに際して、日本の海岸では、3~8羽くらいの群れになって海を越えてゆくことが多いようです。

渡りの途中にはあまたの危険や困難があり、そんな中で自らの、そして自らの種の命を繋ぐために、群れとなって渡ってゆくのでしょうね。

たった14センチの体長で、海を越えて遙か遠くまで!




ジョウ君と1
 (K氏撮影)


寒い冬の間、北の庭を中心に、sanctuary 敷地内でわたしが行き来するあたりにずっといて、玄関から出ると、子犬のようにすっ飛んで出てきて、ひらひらと餌台付近の小枝に止まり、「ヒッヒッ ヒッヒッ カタカタ(御飯が出るよ~)」と天然で歌っていたジョウ君 -- 玄関を出るたびにそうなので、無視するのは申し訳ないし、ちょっと困り、とても心和みもしました。

けれども3月になると、いつもの縄張りも留守しがちになり、どこか他に出かけていることも多くなりました。少し暖かくなってからは、御飯の催促もそれほどなくなりました。縄張りを離れて、隣の公園や神社、近くの里山に、渡りをするときの仲間を探しに出かけているのでしょうか。

暖かさが増してきてから、逢えない時間が多くなりました。

幾度となく、「もう渡ってしまったのかな~」と想い、14センチの可憐な小鳥にして広大な距離を渡ってゆく野生の命との邂逅(毎冬、sanctuary を縄張りとして滞在してくれるジョウビタキはいましたが、ジョウ君はとても人懐っこく、呼ぶと --一定の距離はとりますが -- 飛んできてくれる初めてのジョウビタキでしたから)と見送り(‘別れ’ではなく、もし無事だったら来年秋またきっと戻ってきてくれますから)を噛みしめました。

今はわたしの方が、家の中にいてあの「ヒッヒッ カタカタ」の声が聴こえると、びゅんと飛び出していってしまいます。毎回の出逢いが、一期一会です。(ここでのヨガレッスンの最中も飛び出しそうになって、修行不足を恥じたし、今朝は6時過ぎに聞えて、そのまま飛び出してしまいました)。

ジョウ君は、「おはよう!」とか「可愛いね!」と声をかけると、(最初日本語で話しかけたときは驚いたようでしたが)結構嬉しそうにびゅるん、びゅるん、と尾羽を振って胸を張ってお辞儀をします(ジョウビタキは、始終、お辞儀するようにからだを動かしています)。いつ見送ったことになっても後悔しないよう、わたしは思い切って今、「ジョウ君、大好きだよ!」とも叫んでいます (← 他に人がいない状況でですよ、もちろん 笑)。


野生のものとの愛しい邂逅で、思い残すことがないように --



来秋、ジョウ君と再び会えたら、きっと嬉しくて泣くでしょう。


ジョウ君と2
 (K氏撮影)












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sanctuay に戻ったら、命が微笑み、舞っていて

再び、東京・神奈川で大変お世話になりました。

ことりの会のyogaでは、お一人お一人が輝き、動きの中に光や虹が生まれ、息をのみました。素晴らしいプレゼント ・・・ 空間がますます深まってゆきます。そして、清々しい気功レッスンも、ありがとうございました。

今回は、平塚の気功のお稽古の場で小鳥とのコミュニケーションの発表をさせていただきました。結構ぎりぎりまで先が見えず、フラフラになっていました。が、心強い助けの手が幾度も差し伸べられ、「もう、場が出来上がっています」というお言葉までいただき、温かい協力の輪の中で、お話しさせていただくことができました。


-- そして、ぐったり、へとへとのからだは、大先輩の治療院で繊細に精妙に調整していただいて、大雨の早朝に sanctuary に戻ってきました!


ヒヨみかん
 (ヒヨドリ K氏撮影)

-- 心配していたのです。

今は厳寒期 -- 多種類、多数の野鳥たちが、五日間も、レストラン休業、見守ることもできずに、元気で過ごしているか!! 

大雨の中、さっと餌台のある家の裏側に回ると -- ナ、ナント、軒の下の小さな屋根部分から、数羽の小鳥たちがあわてて飛び出してきました! (家族が一度、軒で暖を取っているのを早朝見かけたといっていたけれど、本当に)アオジ君たち、そしてジョウビタキ君一羽です。

暖を取って、雨宿り -- 小鳥も大したものです。

あの人懐っこいジョウビタキ君が無事でいてくれて、ほっと一安心しました。
(毎年、ジョウビタキ君[オス]、あるいはジョウビタキちゃん[メス]が一羽、sanctuary に飛来しますが、紫式部の実がなくなるころ、いなくなってしまっていました。が、今年の子は、ものすごく人懐っこく、ずっと居てくれています。)


スズメ、メジロ、ヒヨドリ、キジバト、シロハラ、シジュウカラ、ヤマガラ、コゲラ、カワラヒワ、それにカワセミも、無事のようです! (コジュケイ7兄弟には、まだ出会えていません。)


そして今夕は晴れて、幸いにもタヌキの黒ちゃんにもご挨拶できました。(夕方、わたしが作業をしていると、奥の竹林から音を聴きつけて、わざわざ挨拶に来てくれました。最近は、‘おやつ’もあまり欲しがらず、なのに、ちゃんと律儀に挨拶に来てくれます。)


水浴びメジロ
 (メジロ K氏撮影)


発表のことで、ずっと迷い悩み、発表直後は「失敗しちゃったかな~」とがっくりきて、フラフラのまま一夜過ぎ、「期待されていたのは、細かく見ていった真理ではなくそこからどう行動するかの話だったのかな」とか「学術的な分析とか細かなことでなく、もっとインパクトがあって一目で分かっていただける動画とかと共にすんなり流れる、発表技術を身に着けるべきだったな」とか「何だか、温かく協力していただき、沢山の方が待っていて下さったのに消え入りたいほど申し訳なかったな~」とか、反省と自己嫌悪と疑心暗鬼に苛まれて二夜目となり、その早朝、sanctuary に戻ってきて --。

鳥さんたちの無事を確認し、あれれと想いました。

ジョウビタキ君はわたしが外に出るとひらりひらりと舞うようにやってきて、1.5メートル以内まで来てくれます。

30羽以上の雀さんたちは、玄関を出ると、地面からいったん樹上に飛びあがりますが、そこでじっとわたしを見下ろしています。外に出るとわたしのする逐一のことを‘観察しています’(車に乗るのか、物置小屋に行くのか、もう少し雑穀を撒いてくれるのか、、、etc. 笑)。

アオジさんたちは、やはりいったんは飛び去りますが、‘戻ってきます’。(彼らは、他の種の鳥と比べて気弱で優しいので、多分、わたしが外に出て他の鳥が飛び去った後、いち早く戻ることによってご飯にありつくようです。)


あれれ ・・・・ あなたたち、わたしとの距離、縮めてない ・・・・・?? 厳寒期で、食べるのも生きるのも厳しいせいか、それとも他の要因なのか(わたしの発表、聴いていたのか?)




今朝は、光いっぱいの朝となりました。


確かに、鳥たちとの距離 -- 互いの場所という意味でも、互いの意識でも -- 多分、縮まりました。

つらつらと発表したことを振り返り、急に、直前に削って削ってそれでも、自分が大切だ、真実だと感じたことは -- やはりそこにあった!! それは本当に大切で、真実なのだ!! と思い当りました。自分の真理は、大切なんだ!と。守り続けよう、と。

そして(稚拙でうまく準備できなかったにしろ ・・・ でそれは、反省すべき点は多々ありますが)それを、しっかりと受け止めて、呼応してくださった方々の仰ったことも、感謝と共に一杯に浮き上がってきました。そうなんだ、野生のなかで穏やかにからだを開いたとき、鳥さんたち、あるいは樹木、あるいは水や風や太陽は、何故かどこかでチューニングが合い、飛び込んできてくれる瞬間があり、わたしたちと溶け合ってくれる -- その至福の瞬間は、あるんだ!!!

いきなりそして、陽光が透けてわたしに入ってきて、喜びでいっぱいになりました。





昔々、ヴォイスヒーラーでいらした故M.W.先生のグループレッスンの折、わたしが自然破壊のことでひどく自分のハートが傷ついていることをセッションで見出し、またそのために bird sanctuary 創立の志を抱いたことについてお話しさせていただいたときに、先生がおっしゃった言葉を忘れません。

 「今、窓を開けて、そこに見える緑が
 ‘命だ’と人が気付けるようになれば、
 エコロジー運動は必要ないかもしれない」

先生は、お茶に添えられた一枚のミントの葉っぱとも対話できるような方でした。


大震災後、とてつもなく長い道のりだけれど、そこまで戻って辿る時間はなさそうで、計算できるなら‘奇跡を信じるしかない’仕事となってしまうけれど、そしてそれまでの間、沢山のことを失い何もかもが悪い方向に傾くように見えるかもしれないけれど、それでも、わたしたちが奇跡的に新しい知性や感性を身に付ける道を探すことから始める必要があると想いました。

-- それは、世界が(人間社会やそれを見ている眼鏡としての固定観念や価値観だけでなく)しっかりと目に入るように、今聞かれていない命の声が聴こえるように。

   そこにあるのが命やその繋がりであるように。

   それらが死と再生の循環の中で、一瞬きらめいて
   いる存在で、

   それを自分のからだで、からだ(同じく命を宿していてる)
   を通して、

   からだに響くように、感じること

から始まると思います。そして、その響きの音は、とても高く澄んだ、喜びの音です。


そうだったんだ! 鳥たちはだから、会場にもいてくれたような気がしたし、本当にここ(sanctuary)で前よりも近づいてくれているんだ!! 




天地を繋ぐ修練の後、皆様と対話させていただいたからこそ、よりくっきりと実感できました。

誠にありがとうございました。

「水沢腹堅(さわみずこおりつめる)」の候、ここで、春を待つ命たちは微笑み、舞い出ようとしています。





















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