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hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

夢染め

初夢、いかがでしたか?

一昨夜わたしは、本当にどうしようもない過去の物事の継ぎ接ぎの夢を見て、あ~あ未来に凛と向いていないなと反省しました。昨夜の夢は覚えていませんが、夜中に目覚めたら胸に焦げた穴が空いていて、ずっとやろうとしているのに手が付けられないままの課題が次々と浮かび、焦りが浮かび、でしばらく暗闇の中で瞑想してようやく再びの眠りにつけました。

いずれも修行不足です(反省)。

貴方はもうちょっと素敵な夢を見る眠りにつけていらっしゃるような気がしています。


2020mice


それでも、良い夢をお迎えしたいと、今年は玄関に2匹も干支のねずみさんが待ち構えています。左は、昨年末にM先生と深大寺巡りをした時に出逢った、ススキの穂先で作られたねずみさん、右は長年大切にしている幸せそうな大酒のみのねずみさんです。スウェーデン産のジグソーパズル『優しい家族』の絵を背景に、玄関を向いています。



一昨年の霜月、愛しの小鳥(文鳥) partner 小露鈴が亡くなった後、ずっと10年と2カ月寄り添っていてくれた文鳥の apas 君が亡くなりました。荒鳥(人間に慣れていない、手乗りでない鳥)だったけど、すぐに慣れてくれて、途中までは mimir ちゃんと一緒でしたが、mimir ちゃん亡き後、最後はずっと一羽で一緒にいてくれました。

その apas 君の後、今は prana ちゃんという名の文鳥の雛と暮らしています。その後も悲しいことが続きましたが、pure pure な雛の prana ちゃんに癒されています。文鳥の寿命はよく6~7年と言われますが、大切にうまく暮らして10年以上の御長寿を迎える鳥もいます。山野に暮らす野鳥さんたちは、厳しい環境の中、もっとずっと寿命は短いです。

ちゃんと責任もって一緒に暮らせる、ということを考えると、多分 prana ちゃんはわたしにとって最後の“異種間コミュニケーションの partner” です。

山野に暮らすどんな野鳥たちとも信頼し合って自由に対話できる、というのは究極の美しい憧れですが、そこに向かう一歩のためにも、繊細に、丁寧に、一瞬一瞬を大切に、prana ちゃんから学ぼうと想います。


prana1

prana2





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ヒマワリの種!

いよいよ年の瀬、今日はしんしんと冷たい雨が降りましたね。暖かな日、そして雨の多かった秋を過ぎて、冬となってもまだ雨降りや暖かな日もあり、今年の野鳥のレストランはいつもとはだいぶ違っていました。夏の終わりから、山雀と四十雀がヒマワリの種や雑穀を求めて立ち寄ってくれるのは嬉しいことでしたが、メジロやヒヨドリ用の蜜柑、林檎はさっぱり売れ行きが悪かったのでした。それでも、霜月になるとアオジが初めて餌台に来てくれて、雀たちも戻ってきました。餌台下では、コジュケイ一家が雑穀を啄みに来ます。

そしてようやくの寒さ!
1週間ほど前から、ずっと残されていたセンダンの実にヒヨドリの一群が集まり、(実は豊作でかなりありましたが)どんどん食べ尽していき、食べ終わりかけの今、蜜柑も林檎も大人気となりました。餌台にはシロハラもキジバトもやってきます。

昨年来てくれたジョウビタキ君(♂「ジョウ君」)は、とても寂しいですが、結局今年は姿を現さずでした。それ以前に来てくれていた「ジョウ君」と引き継ぎができていたのか(?)、やってきてすぐに、餌台で催促していました。今年は、秋初め(神無月)に訪問してくれたジョウビタキちゃん(♀「ジョウちゃん」)が、その後も時折姿を見せてくれたのですが、引き継ぎ無しなのか、餌台付近には興味なし ―― もっぱら南側の柘植の樹や垣根、や西側の杏の樹などに止まって鳴いていました。そのジョウちゃんもようやく、ここ二、三日、“餌台近くにいるとご飯が出るかも”と気づいてくれて、待っていてくれるようになったところです。

ジョウビタキに関しては、昨年まであんなに仲良くなれたのに、いえ、だからこそ、今年は諦めモードでしたが(それでも、この地に植えた紫式部やハニーサックルの実を食べてはくれているので良しとして)、冬の寒さの厳しさが、やっぱりこの場で彼らとの縁を繋いでくれそうです。遥々遠い大陸から、苦難の旅を乗り越えてやってきてくれる彼らに細やかでも何かできるならそれほど嬉しいことはありません。

北海道で環境に配慮して作られた、新鮮な香り高い林檎を寄贈して下さったM様、心から感謝です(わたしが食べたいかも)。自家製の雑穀を玄関前に置いていって下さったK様、ありがとうございました! 

そして山雀さん、四十雀さんたちが来てくれるようになったため大量消費のヒマワリの種… ですが、震災後は手に入りにくくなり、良いもの(環境に配慮して作られた物、オーガニックや無農薬)は価格も馬鹿にならない(本当はヒマワリを種から育てられれば理想的なのですが、この地と合わないのか何年試みて今のところうまく行っていない 涙) … 智慧を絞った末、‘大人買い’の方がずっと割安だし、(bird sanctuary と東京の家族の家のベランダのレストランを加算すると)それだけ消費してしまうことが分かり、ドドド~ン!と思い切って大袋を注文 … それが昨日届いたのですが …


ヒマワリの種


配送の方が何か大変そうな顔でいらっしゃるなあ、とちらと感じ、自分で持ってみて … 「!!!」(お、重い!というか持てない!!!)注文品となりました。生まれて初めてです、自分で持てない荷物を注文したのは。(引きずって室内に運びました。)

で、25kgという大袋のオーガニックのヒマワリの種がどこから来たのか分かったのですが(これまでは綺麗に小袋に分けられたものを買っていた)、何とAmsterdamだったのですよ!大好きな懐かしい彼の地、オランダのAmsterdam!!

―― 留学時代の図書館や公園、EllenやMariette(友達)、運河、大学の食堂、沢山のblackbirdsたちが浮かび上がり、それからヒマワリ畑でゴッホがニコニコ笑って手を振っていた(笑)。





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素の輝き

先週末は大学時代の野鳥の会の先輩や仲間たちが bird sanctuary を来訪して下さり、合宿しました。春嵐が吹き荒れて、気温が普段より10度近くも高いお天気でしたが、家の寒さをどう防いで眠っていただくかが一番の心配でしたので、天の助けでした。

昨年末に一度お目にかかれているものの、30年振りに近隣のbird watching spot をご一緒できました ―― 天空の微かな一点となっている鷲鷹の飛翔姿から遠くの林の下草を飛び交う小鳥たちまで、一瞬一瞬の鳥たちの動き・変化を連携して俊敏に識別するという、自然観察の鋭敏な感覚を想い出させていただきました ―― わたしは昔も今も‘味噌っかす’で、その場で識別すべき希少種の鳥たちを先輩方に教えてもらう、見せてもらう、というところから長年たっても全くもって脱していなかったですが。

普段歩いていて、人と繋がるチャネル、よりも鳥をはじめとする生きものたちとと繋がるチャネルに自分の耳や目があると想っていましたが、先輩や仲間たちはその場の情景の鳥たちの瞬間ごとの動向を網羅していて、‘そのように開かれ、受けとめられる感覚’と比べ、自分のそれは何と甘く、頼りないことか、と改めて感じました ―― 自然に息づく生きものたちの‘声を聴く’には、本当にまだまだ、まだまだなんです。

知識だけでなく、研ぎ澄まされた感覚をもって、必要な空間や静寂の中で立ち止まり、その場に問いかけ、対話する … その力は柔らかいけれど、届かなかったところにまで光を当てる、灯のようでした。bird sanctuary の現状のあり方も、日々の暮らしのありようも、ひたすら温かく受け止めて下さり、一晩の宴を楽しく過ごし手助けして下さる中、ふと、柔らかく問われたこと(投げかけられたこと)の‘光’が、振り返るとハッとすることばかりでした。

・無意識にやっていたことだけれど無駄がなかったか
・最大限、命に優しくしようと思っていたけれど見過ごしがなかったか
・最大限、エコな暮らしのつもりだったけれどそうでもなかったか
・「良いこと」と思っていたけれど無配慮がなかったか

30年を経て尚、脈々と繋がっていた胸の奥の何かに、これも何十年かぶりの二日酔いから覚めたころ、当たった光にハッとしたのです。


反省点、見直し点は多くありますが、胸の奥に蘇った自分の‘素’の部分に、ちょっと忘れかけていた輝きもキラキラし始めて、ハッとしました。

純粋に、鳥が好き。
純粋に、自然が好き。
鳥と出逢えたときの、出逢えたという、無条件の輝き。




本当にありがとうございました。

天ちゃん苗木
(ご自宅では植えられないから植えてねと仲間が持ってきてくれた、
食べた種から芽生えた枇杷と柑橘類の苗。
誰もが身近な種を育てることによって、思いがけない発見や
大きな感動を得ることができるという、楽しく深い本『捨てるな、
うまいタネ』(藤田雅矢 WAVE出版 2003)ばりのノリです。
この本は、とってもお勧めです。)





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寒に入って

寒に入って、寒さが厳しくなりました。

睦月の節気は、小寒(寒の入り 一月いつかまたは六日)と大寒(二十日または二十一日)ですが、候となると、〔雪下出麦(ゆきわたりてむぎいずる)〕〔芹乃栄(せりすなわちさかう)〕〔水泉動(しみずあたたかをふくむ)〕〔雉始雊(きじはじめてなく)〕〔款冬華(ふきのはなさく)〕と ―― 植物が芽吹く栄る花咲く、水あたたか、雉の鳴き声 ―― 厳しい寒さの中、凍てつく自然の中に、一握りの希望をいかに人が大切にしていたかを感じてしまいます。

そして現に、sanctuary では、息も白く、手も足も鼻の先も真っ赤になり凍るようになるなか、朝には外に出ると霜柱をサクサクと踏みながら、たくさんの命の胎動に出逢います。木々たちは冬芽をしっかりとつけ、越冬の草たちは大地低くにロケット上に広がって根を守り霜に耐えています。越冬蝶も越冬花蜂(はなばち)もいて、彼らのために置いた陽だまりの花鉢にやってきて羽を休めています。毎朝沢山の野鳥たちが南側の野バラの樹の根元と北側の餌台に撒く雑穀やヒマワリの種、蜜柑や林檎などを食べに訪れてくれます。人がまく食事以外でも、刈り残した雑草や木々の実、小さな虫の卵などを目当てに野鳥たちが集まります。ジョウビタキのジョウ君、アオジ、スズメ、ヒヨドリ、メジロ、カワラヒワ、ウグイス、アカハラ、シロハラ、シジュウカラ、エナガ、コゲラ、ハクセキレイ、モズ … それに時折、アオサギ、上空にはトビ。夜でしょうか、大きな猛禽が止まっていたらしき跡も見つけました。(昨年の冬に訪れてくれたクロジ夫妻、それにツグミさんたちが今年は来なくて、心配です。)それから、夕方になると、黒ちゃんをはじめとするタヌキたち、そしてイタチもおなかを空かせてやってきます。

玄関にから出るとすぐ、友達のジョウ君は、居場所を知らせに「チャチャ チャチャ」と小声で鳴いて挨拶してくれます。わたしを見つけて「僕はここにいるよ」と知らせてくれるのです。わたしもすぐ、挨拶します。そのまま自分の作業に夢中になるのですが、彼の方は、おなかがかなり空いていると、北側の餌台のところに回って、今度は「ヒッ ヒッ ヒッ」と大き目の声を張り上げます ―― 食事が出ない、と訴えるように …。面白いことに、おなかが空いていないと(そう推理しますが)、そのままわたしの作業を見守り、時折「僕はここにいるよ」と鳴き交わし(わたしと! 笑)ているだけです。

食事をしたい、と合図してくれること、そして、それだけでなく「今、ここにいるよ」と確認し合う、‘一緒にいること’への志向と希求が彼と共にできるコミュニケーションであることに悦びを感ぜずにはいられません。今、研究のために読んでいる本で、身体的に開かれて、一緒にいる(=being with)こと、相手に関心を向け繋がりを希求することが、乳幼児の原初的コミュニケーションとして観察できると書かれています(鯨岡俊 『原初的コミュニケーションの諸相』 ミネルヴァ書房)。が、人と人だけでなく、人以外の生きものたちと人でも、いえ、命であればみな、互いに共存在(inter-being)として、根源のところで相手と繋がり合おうとすることが可能でないはずはありません。それはもしかすると、逆に人だけが、自我を大きくしてしまったがために難しくなっている、命すべての共通言語なのかもしれません。

凍てつく厳しさに耐えようとするすべての命たちが無事に冬越しできるよう、ここにいると祈らずにはいられません。植樹した樹々たちの陽だまりを創りながら、豊かな緑と実りが広がってゆくように祈りとして山仕事を進めていきます。

寒の内、自然の厳しさの前には首を垂れるしかないのですが、その厳しさの中だからこそ、命のありようはギュッと凝縮されて、生き生きとした力、輝きに溢れています。

白鳥
 (sanctuary の前の貯水池や、近隣の湖沼に
 飛来しているオオハクチョウ   K氏撮影)




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奇跡

冬至を過ぎて、この空間の‘澄み切り方’がこれまでにないほどとなりました。

色づいた檀の灰色がかったピンクの葉や、カエデ、クヌギの弦楽器のような赤茶の葉、シデの樹の葉の乾いた茶色の葉など、美しい色合いで
ゆっくり静かに落下し始めています。柿、千両や藪柑子、南天、コマユミ、ガマズミに紫式部、龍のひげ -- 朱や赤や紫や黒の実の色合いが美しく、その実も少しずつ野鳥たちに食べられてゆきます。


昨年の冬に一羽の冬鳥、ジョウビタキ君と友達になることができました。

鳥たちとの交流の庭に出ると、後を追って餌台までやってきて、こちらの声に合わせて鳴き交わしていました。凍てついた朝や雪の日は、いつも心配でしたが、スズメやアオジたちと軒下で暖をとり、外に出て呼ぶところがる毬のように、あるいは真っ直ぐに引いた矢のように、弾んで飛びながら、すぐそばまで着て無事を知らせてくれました。

おなかがすくと、わたしを呼びます。

空腹でない時も、山作業をしているとふと声がし、近くにいることをわざわざ知らせて、挨拶してくれます。

図鑑では、ジョウビタキの鳴き声は「ヒッ、ヒッ、と鳴き、頭を下げ尾を細かくふってクワッ、クワッと鳴く。秋、渡来した直後にはよく鳴く」(高野伸二 『フィールドガイド日本の野鳥』 日本野鳥の会)などと説明されます。わたしがバードウォッチングを始めたころは、「ヒー ヒー カタカタ」と習ったかな。ジョウ君は、どちらかというと舌うちで‘チャチャ チャチャ’と音を出すような声を上げ、ご飯を目の前にしたり、おなかがすいた時は‘ヒー ヒー ヒー’と勢い込んだ(笑)鳴き方をします。‘チャチャ チャチャ’には、わたしも舌うちで‘チャチャ チャチャ’を返し、それ以外には日本語で(!)「ジョウ君! おはよう!」「おなかすいてたの~!」「寒いね~」「う~ん! 元気だね」等々、声をかけます ―― ジョウ君はこちらを見て真顔で聴いています(笑)。

距離は、2mくらいだったのが、1mほどとなり、餌台の近くでは触れられんばかりになりました(勿論、脅かさないよう、こちらはそっと静かにしか動きません。)


渡り鳥が帰る季節、三月末になると、わたしは東京との往復のたびに、一期一会の出会いに気もそぞろになりました。ある日、いつも彼が独占している庭に、二羽も三羽もジョウビタキの雄が集まり、(いつものご飯も他の仲間に取られ気味で … )その仲間たちと一緒に、翌朝にはいなくなりました。仲間と集まって、群れとなって南へ帰っていったのだと想いました。

図鑑で、ジョウビタキの群れは遠くチベットから中国東北部の方向まで渡って
ゆくのだと知りました。何という遠い距離! 無事を祈らずにはいられないけれど、来年戻ってきてくれたら、それは奇跡に近いことだろう、
わたしはきっと泣くだろうと思いました。

この秋の終わりに、何羽かのジョウビタキの雄と雌が、一羽ずつ訪れ、ここで一休みをしては、さらに南へと通過していきました。期待しすぎないように(昨年の春が最後の別れだったと嘆くのが怖いから)と気持ちの予防線が働きつつ、一羽一羽を見送りました。ジョウ君は … やってくるのかしら … ?


11月末の朝、一羽の雄が飛来していて、鳥たちとの交流の庭で紫式部の枝に止まり、そこから餌台の上におりました。「ここにいきなり止まるなんて、もしかして  … ジョウ君?」と心ははやりましたが、確かめることはできません。‘チャチャ’と呼びかけると、からだを大きく動かして尾を振ってくれて … 何かが響きます。

水戸が氷点下になった数日前、もういいだろうと、餌を買ってきて
(自然界に十分に食べモノがある間は、人工的な餌付けは避けています)
餌台に置くと、、、、

すぐにそのジョウビタキが飛んできて、ほんの目の前にいるのは、やっぱりあの友達でした。

昨年の冬に比べ、胸の綺麗な橙色が少し濃くなっていました。
昨年の冬のように、車のミラーに映る自分の姿を他の雄だと勘違いして、車をフンだらけにすることもありません(少し大人になったのかな)。

でも、遥か彼方からはるばる戻ってきてくれたのは、やっぱりあの友達でした。



奇跡が起きました。

2003年に‘ほんの小さな土地でも、自然の命たちのためにずっと守られていく空間を創り、自然と共生・調和し、鳥たちと対話して、その空間を響かせ広げたい’と希求してから、様々なことがありました。未熟さゆえの幾多の失敗、挫折、絶望 ―― うまくゆかない、様々なことが大きすぎて圧倒されそうになることも正直在りました(今も、、)。が、ジョウ君と再会できたことは、マイナスのこと嫌なこと全てを消しってあまりあるほどの、奇跡です。

こんな小さな、綺麗なことりが、遠くチベット、中国東北部で生まれて渡ってきてくれて、秋冬に友達になってくれて、また翌年ここを信じて頼って戻ってきてくれるなんて ―― !! 自然と仲直りするためにわたしたち一人一人にできることは、小さいけれど、小さいなんてものではない遠大なことでもあったのです。


joukun1

joukun2
 (ジョウ君 K氏撮影)







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