hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

「なぜわたしは変わらなかったのだろう?」 -クリシュナムルティの声-

動画を見ている場合ではないのですが、調べ物をしている中で引っかかってきたクリシュナムルティの動画に惹きつけられています。




ミレニアムを過ぎてから、書店で偶然彼の著書『クリシュナムルティの日記』(めるくまーる, 1983)を手にして、ページを開いたその一瞬に、詩のような瞑想のようなその文章の虜となりました。(告白すると … ミーハーですが、写真の端正な横顔、厳しく涼しい瞳に惹きつけられたのも本当です。)その後、『日記』とは違って、多くの著作は多様な人々との問答や対話の形式をとっていることを知り、その問答の中で人々の抱いている観念、前提、価値観、想いや潜在意識が明るみに引きずり出されて徹底的に追究されているのを目にして、そうした追究の行きつく先がどこなのだろう ・・・・ としっかり掴みたくて膨大な数となるその著書を読みました。

ちなみに、個人的なことなのですが、当時わたしは人々がいかにして‘知識を形成していくのか’について研究し、その研究において得られる知識もまた形成途上にあるのだという‘反射性(reflexivity)’も包み隠さず検討に入れて、学位論文を書き終えたばかりでした。二十世紀の哲人と言われるクリシュナムルティが、人々の知識自体を徹底的に否定していることもまた、わたしには驚きで、これは読まなきゃ、消化しなきゃ、と当時の研究課題の一部として計画書で申請さえしていました(三度申請して三度ともあっさり却下されたのですが …。振り返ると、クリシュナムルティほど鋭く今構築されている現実に疑問のメスを入れる思想家はいないので … 「哲人」とか「思想家」という肩書も否定していますが … 体制の傘下で研究できなかったこと自体、何を意味しているのか気付かなかったわたしが未熟でした。しかし、朧にしか見えないけれど彼によって気付きを促されている方向は、その後無視も否定もできないものでした。)

クリシュナムルティに関する解説や略歴は、簡単に調べることができます。1895年に生まれ、14歳で神智学協会の救世主となるべく英才教育をうけますが、27歳のとき瞑想中に神秘体験を得て、その後しだいに協会の教えや自らのアイデンティティを否定するようになり、メンバーを解散しました。そして、絶対的な孤独を守り、以後自由人として世界各地で講演や著作を行い、1986年に亡くなります。彼は … 彼が世界を見つめる目は、どのような目だったのでしょうか。

徹底的な否定を重ねていく対話形式の本は、時に相手が救われるかどうかが未明で(その人たちの姿が目にする大人たちと重なって)あまりにも厳しくて、それよりは『日記』や『子供たちとの対話』(平河出版社, 1992)(子供たちに向けて語っているので、いつもより静かな優しさがあります)、瞑想についての幾つもの格言、等の見守るような静謐さをわたしは好んでいました。でも今、著作ではなく映像を初めてみて、世界をどういった目で彼が見ていたのか、以前よりも少しは分かるような気がします。

ようやく今、
瞑想を深めようと想っていたこの秋、
新たな知性と感性をもって、わたしたちは変わらなければと想ってきたこの二年半、
書かれた言葉だけでなくこうした映像に出逢えたなんて ――





語りだす前に右側の虚空に触れるような瞳、質問を受けて相手に向けての言葉を紡ぐように左側の虚空をなぞる瞳、「わたしたち」と話始めて「わたし、この話の話し手」と補足しながら、どの位置から話すかの主体の在り方をずれさせるときの表情 ―― 映像だからこそ、よく分かったことでした。その瞳、意識を転換させる表情等から、彼の書いた本でも、誰が誰に向けてどんな対話をしていたか、そしてその対話の中で、何が息づいていて、何が促されていたか、どこに「愛」が在るのか、改めてそして初めて、以前よりも少しは分かったのかもしれません。

質問者を真っ直ぐに射抜く彼の瞳 -- 

―― わたしは ――

―― この瞬間、どのような変化を遂げたのだろう? ―― ポロポロと涙がこぼれました。



このページのトップへ

tane のいのち

とっても面白い本を読み終えたので、ご紹介させていただきます。

『捨てるな、うまいタネ』(藤田雅矢 WAVE出版, 2003)

-- 基本的に、わたしたちが食卓で普段食べている野菜や果物には「種」があり、是非是非そのタネを撒いてみませんか、という趣旨種子が1冊の本になっています。「それだけ?」「そんなこと、何の意味があるの?」と言うなかれ。「それだけ」で命の輝きや大切さ、不思議さをいかに感動できるか、「そんなことの意味」はそれがわたしたちに感動や命への気付き・愛を深~く与えてくれるってことなんだよ、と説得力と現実性をもって伝えてくれている本です。

開くと、キウイの種(!)が3年以上かけて、いかに立派な果樹になっていくか、種まき人(これは藤田氏ではない)がいかに愛情をかけて育てているか、の体験記が、写真日記として紹介されています。わたし達が普段、食べてはゴミとして捨てている「種」がもし少しでも救い出して撒いてもらうなら、いかにすごい力を秘めているか、いろんな「種」に挑戦して、育ててみることがいかに楽しいか、また「食」や「環境」を考える好機会を提供してくれるか、それどころかこれは自分や日本の自給自足に貢献することになるかもしれない、などと、この本はとても熱く語っています。そして、面白いのは、植物は命を繋ぐために「種」を作り出し、きちんとその《多くの場合、ごく一部の》種が発芽して生きていけるようにどのような仕組みを作り出しているかについてちゃんと説明されていて、これは「ふ~ん、すごいなあ」と感動します。植物に対して尊敬の念を抱かざるをえないのですが、それでまんまと、著者の「ね、種ってすごいでしょ」に乗せられて、食べかすとして捨てていた「種」に命の重みや愛を感じてしまうのです! いつのまにか、ちょっとした家庭菜園やキッチンガーデニングをやりたくなってしまい -- いや、多分次に野菜や果物を食べるときには、捨てられなくて、「始めてしまい」そう ・・・。

種蒔きできるのは、キウイだけではなく、レモン、グレープフルーツ、メロン、スイカ、ビワ、パッションフルーツ ・・・ 野菜だとトマト、キュウリ、ナス、オクラ、カボチャ、アボカド、ピーマン、トウガラシ ・・・ と多様性豊か。具体的で実用的な種蒔きの方法もわかります。

わたしたちの多くが、普段は全く見落として気付いていなかったところに、命の営み・その大切さが実は存在していたんだ、ということにスポットライトを当て、「エッ?!」と想う間に、食や環境や暮らしへと自然に繋げているところがすごいと感じます。しかも、「ペッ!」と捨てて見向きもしなかった「種」に、「命の重み」や「神秘」や「力」を感じさせるところが、偉いです。さらには、その「種」への「愛」が何時の間にか芽生えてしまい、実際に「愛ある生活」(=種まき、ガーデニング)をやりたくなってしまうところが、見事です。どちらかと言うと軽いノリで書かれているけれど、著者の藤田氏は、農学博士で研究所で植物の品種改良をされている専門家らしく、しかもその傍らファンタジーを執筆されていて、この本の絶妙さは、そんな経歴のハーモニーを知ると、納得できます。

*****

土地入手をしてから、my bird sanctuary 第一号地のために、ここ5ヵ月半、ずっと草木の苗を購入しては植えてきたけれど、ここにきて、いろいろあって、実はちょっと疑問を感じて考え始めていたところです。すぐにでも小鳥たちと対話をするために、どうしても素敵な森がほしく、言わば”完成品の森”に近付くためには、できるだけ成長した木や草を植える方が早いから、予算や(移植のための)体力が許す限りは成長した草木がよかったのだけれど、ここにきて、「何か、安易かしら~?」「そのやり方で本当に良いのか?」と感ずるようになりました。

土壌も、地形も、”植えたい木””植えたい野草”にぴったり来ないのです。工事のときの事故以外で、土壌や気候が合わなかったのか、駄目にしてしまった木もあります。消えてしまった草たちも多く、とても申し訳ないことをしました(こっちはまだ、春になって芽生えてくるかも、と想っておりますが)。

理想どおりの”完成品の森”にするには時間がかかる -- ようやく静かに落ち着いて、この事実を受け入れられるようになりました。全国あちこちの植木屋さんやナーセリーから取り寄せた立派な苗を継ぎ接ぎしても、土台もハーモニーも考えないままでは、きっと駄目です。まずは、地形や土に耐えてくれる草木から少しずつ馴染んでもらおう(もちろん、ポリシーとして、「利用するだけする」というようなことはせず、ちゃんと愛せる草木を選びます)、そして少しずつの自然の変化を信じよう、それから植物達の強さ・柔軟性も信じよう、今はそう感じます。

そうです -- 「植物達の強さ・柔軟性」を信じるなら、実生(「種」から育てる)に限ります。「種」には、発芽した環境にできるだけ馴染んで生き延びよう、とするパワーがこもっていると想います。少なくとも、幾つかの種をまけば、そうしたパワーを持っている子が必ず居る気がします。「苗木」はなかなか、種から育て、強い者以外は「間引く」(←多分、愛情抽入しすぎてわたしには絶対できない)のは辛いですが、「野草」については、「間引く」ことなく、みんな育ってくれるなら好きなだけ(もちろん、程度はあるけど)花畑にしたって良いのです。

現にわたし、S先生に「あなたのとこの土地にはウツボグサ(シソ科)が似合うよ」と言われたのに気をよくして(? 調べたら、美しい野草で、かつ優れた薬草なので)、苗も手にしたけど、とても素敵なナーセリーから沢山「種」を取り寄せていまして、来年は種まきに励むぞ~。そして、my bird sanctuary 第一号地に「セルフヒールの丘」というのを創るんだ~!!!と決めております(「ウツボグサ」は、英名で(西洋ウツボグサの名として)「self heal」(自己治癒)と言うんだよ。素敵でしょ

ということで、野鳥だけでなく、樹木、昆虫、野草、野菜、と続いて、今は種まきも勉強課題となり、上記の本に出会いました。この本や、他に幾つか当たった本を読んで、「種」の品種改良にはすごく長い歴史があること、また現在、「種」(特に野菜)というのはかなり人工的な加工がなされていて、大手の育種会社の画一的かつ一代限り育つような種に反発して、日本在来の、またはその地域で大切に育ててきたお野菜、植物の種を守ろうと努力されている方々もいらっしゃることを知りました。そして、「種」にこだわりを持つと、自分が育てている草木、もしかすると自分好みの自分とこの草木というものに愛着が湧いて、植物の命そのものと長いスパンで対話をしていけるんだということを、この本は教えてくれました。

蓮華と大豆の種
 (蓮華と大豆の種 -- 大豆はちょっと時期遅れですが、
 これから種まきを待つ、土地の救世主くんたちです。
 質のよくない土壌に、自ら窒素固定して、頑張って育って
 くれるよう、応援したいと想います)




このページのトップへ

nature walking

寒の入り。
空が澄んでいるので、朝の薄青い色も、昼間の冷たい青空も美しいですが、夕方の燃えるような緋色をバックアップに、地球の切り絵みたいな姿が浮かび上がるのも、息を飲みますね。

お正月なので、久し振りに仕事とは関係なく、〝自然との調和〟を安らかに静謐に感じられる本を手にとってみました。

 イーディス・ホールデン 『カントリー・ダイアリー』
   岸田衿子・前田豊司訳 (サンリオ 1992)
 ジャネット・マーシュ 『ジャネット・マーシュの水辺の絵日記』
   開高健監修 大庭みな子訳 (TBSブリタニカ 1991)
 
どちらも、ず~と大切に持っている本で、幾度となく読み返しています。普段、枕もとに置いているくらいです。

*******

イーディス・ホールデンは19世紀から20世紀にわたって英国で挿絵画家として生きた女性(1871~1920)。この本を書いたのは、1906年、ウォリックシア州のオルトン村で35歳のとき。この本の裏表紙に彼女の写真があるが、エドワード調の(?)ビロードのようなドレスを着てはいるものの、きりっと瞳の涼しい少年のような顔をしている。

ジャネット・マーシュの方は、1953年生まれで、同じく英国の挿絵画家(1953~)。14歳のときハンプシャー州のイッチェンの谷に移り住み、後にロンドンの Royal College of Art で水彩画を学び、結婚後はロンドンに家庭を持つが、イッチェンに通い続けているという。本が出版されたのは1978年らしいので、本の内容についてもその辺りの年代、25歳くらいのときではないだろうか。

どちらの本も、彼女らが日々、愛するフィールドで、ゆっくりと、息を潜めて、時には歓喜に踊りながら、自然の中で見つけた植物、虫たち、鳥たち、生態系や光景を、繊細に観察した透き通るような美しい水彩画で溢れている。そして、1月から12月までの繊細な自然観察記録・日記が、暦の流れに従って美しい画に織り込まれている。年頭に手にとるのに、これほどふさわしい本は無いだろう。

その穏やかで静謐な自然観察日記を読むと、枯れ葉や湿地を踏みしめる感触、頬をなぜる少し冷たい風、春の息吹、有頂天な鳥たちの声、偶然見つけた小さな虫や苔、鳥や虫の卵の不思議、虫や鳥と植物達の会話が微細だがリアルに感じられてくる。同時にわたしは、何時の間にか手放していた、〝自然を感じる五感〟のようなものが、からだの中で甦ってくるのを感じる。 --「ああ、毎日の職場との行き返り、何も聴かず何も感じず歩いていたな」。あるいは、「せっかく鳥たちと出逢っても、その〝識別〟だけして、生き生きとした彼らの姿、彼らを取り巻く樹々の植物、枝や草の姿や、太陽の匂い、風まで含めて、本当の彼らを見てはいなかったな」。歩くたび、ほんの片隅の自然でも、傍らの木、野の草、虫や鳥、苔、あるいは風や太陽の光でも、生き生きとした姿、変化、不思議、喜びがそこにある。細かに、繊細に、ゆっくりと、穏やかな気持ちで観察すればするほど、発見や喜びは大きいよ!

そんな風にこの二冊は、〝自然と調和する〟ための五感や潤いをわたしに与えてくれるのだが、今回両方の本を同時に手にとって見て、英国女性、美しい水彩画と繊細で精妙な観察日記、という共通のキーワードを超えて、両者の違いも見えてきた。

イーディスの自然観察は、文学少女っぽい。シェークスピア、バイロン、シェリー、ワーズワース等の詩が、自然の中の何かを観察するたび、宝石のように、だがナチュラルに散りばめられている。一月に可憐なヒナギク(デイジー)を見ると、ヒナギクについて歌った沢山の詩人達の詩が響き合い、いっせいにヒナギクへの思いを捧げている。自身の文章も、品位があり、歌うようだ。そして、全体として暖かく、花と虫、樹々と鳥たちが語り合うなモチーフが多く、自然への愛と喜びで包み込まれている。(わたしは、イーディス派!)

一方ジャネットの自然観察は、理科系少女、昆虫少女のそれだ。虫、苔、水生植物等の細密で正確な描写は群を抜いている。水辺の枯草も、水中の小さな虫も、カタツムリも、動物の死骸も、何でも持ち帰って、きちんと捉えるまでは離さない、昆虫少女の眼鏡を持っている。(事実、水中のトビゲラやヨコエビをジャムの空き瓶に入れて水槽で観察し、ロンドンの浴室が植物やカタツムリで一杯になっているとのこと)。もちろん、自然観察の冷徹で客観的な眼鏡と同時に、ジャネットの瞳は自然への熱狂的な愛に溢れて、命たちを見つめている。描かれるものは、飛び切り正確だが、同時に、驚異に充ちた、美しい命の輝きだ。(彼女の描く水辺のタゲリの絵は、その正確さと同時に、その身のこなしや表情の絶妙の〝タゲリらしさ〟タゲリの目の優しさで、それを映し出している)。自然科学系、理系の眼鏡は、自然や命を正確に見つめると、好奇心と感動と愛で一杯になっている。

二冊の本のもう一つの違いは、英国の最高のナチュラリストとして自然観察する時代の違いから来ているかもしれない。

イーディスは、自然を謳歌し、その観察日記は自然を称えると同時に、自然の厳しさ(寒暖、雨の多さ、等)も記して日記を終えた。人間が自然の声を聴き、その厳しさに身を縮めて生き延びる時代であった。1920年、彼女はテムズ川のほとりで栗の木の花芽を採集しているとき、川に溺れてなくなった。一方、ジャネットは、愛するイッチェンの谷を横断することが計画されたハイウェイの建設計画を知り、愛するこの地への想い、この地の生きもの達への愛惜を込めて、文と画を書いた。結果として、ハイウェイはこの谷を迂回して造られたが、彼女の文中のそこここには、人為による生態系や環境、命たちへの影響がそっと織り込まれている。それは正面きって語られることはなく、自然や命を包み込むように綴られる中で、そっと添えられる哀しみとして読み取れるだけなのだが、そうした文体であるが故になぜかとても胸に刺さる。

もし彼女ら第一級のナチュラリストが、2009年の日本、わたしたちの住む場所に降り立ったなら、どんな自然、生きもの達を捉え、何を描くのであろうか。

まずは、日々歩く中で、ゆったりと呼吸し、五感を一杯に広げて、自然を見つけて立ちどまり、からだを楽にして耳を澄ますことにしよう。

もし今日のわたしなら、やっぱりお正月の空気の澄んだ中、陽を浴びる道端の草、鳥たちの群れ、越冬している虫たち、枯葉 ・・・・ 耳を澄まし、小さな、かすかな、儚い、どんなものでもくまなく観察して、一杯の興味と愛に溢れて描きとめようとするだろう。(←わたしは、残念ながら画才がないのですが)。

あなたは、何を見つけたいですか。




このページのトップへ

『太陽とともに生きる』

お正月なので、楽しくてちょっぴり creativity をかき立てられるものをと思い、ラモン・センダー&アリシア・ベイ=ローレルの『太陽とともに生きる』(草思社, 1975)を手にとった。言わずと知れた、小さな森の中での手作りの暮らしの手引書『地球の上に生きる』(草思社)の著者ベイ=ローレルと、そのパートナーで作曲の訓練を受けたセンダーが、太陽を感じ自然を感じつつ生きることの手引きを書いた本だ。『地球の上に生きる』と同様、西海岸のコミューンで生きる中から生まれた本らしい。『地球の上に生きる』が生活について教えてくれるものであるなら、こちらは自然と調和するために太陽や月、宇宙を感じ、自然を感じ、それらのエネルギーを祝い愛でるために彼らが実行している様々なことやアイデアで溢れている。

世界に対する知覚を研ぎ澄ませ、拡大していって得られるのは「神聖な教示」「啓示」「至福の境地」 -- そのために彼らが実践しているのは、自然と溶け込むこと、瞑想、ヨガ、様々なものから様々な音を聴くこと(特に、すべての振動数を持った音“白い音”、持続低音を聴くこと)、様々な音を奏でる楽器を作ること、太陽や月のサイクルと調和した歌をうたうこと、心や呼吸やエネルギーを感じること、からだについて知ること・感じること -- 本当に盛り沢山だが、どれも興味深く、ボヘミアンというか“カリフォルニアっぽい”。

太陽ストロボを色々と作って「まぶたの裏に極彩色の曼荼羅がくりひろげられ」「それはときにはあなたへのメッセージをひらめかせ、またとくに強烈なときには真っ白な光にとざされた恍惚状態を生み出」すとか、太陽が登り沈む一日の時間ごとの詠唱歌とか、サクラメント(秘薬)の摂取とか -- う~ん、カリフォルニア70年代だな、と懐かしく(?? 実はわたし、77年ロスにいました)、ある意味読んで楽しくはあるが、わたしにとっては全てが試したいアイデアではない。ヨガのアーサナの図解は、「皆さんアリシアの絵だけで真似しないで、ヨガはちゃんと習ってね」と言いたい部分もあり。

それでも、「最近ゆったりと自然を感じ、自然を楽しみ、自然と遊ぶことが少なかったな~」と反省していたわたしは、とても良い刺激を沢山いただいた。五感を研ぎ澄ませてみたり、逆に五感を捨てて静寂の中に浸ったり、太陽や月のリズム・移り変わりをちゃんと感じてみたり、それを人々と分かち合ったり ・・・ 人間社会で忙しいと、こういうことはホッタラカシにされてしまうから。そして、これらのことに傾ける、この本の情熱はほんとすごい。

いいと思ったアイデアの一つは、ウェディング・ケーキ。全粒紛、ハチミツ、刻んだナッツ、刻んだ乾燥ナツメヤシ、イチジク、干しブドウなど、タヒニ(胡麻バター)、すりおろしたオレンジの皮、すりつぶしたシナモン、ナツメッグ、ショウズク、食塩少々を混ぜて作るんだけれど -- 誰も結婚しないけれど、作っちゃいたくなった。

でもやっぱり、一番共鳴したのは、ひとりひとりが自分の好きな樹を選び、聖なる木立を育てるというアイデア。

 周に一度は、あなたの樹に
 歌をうたってやりましょう。
 鳥たちに、あなたの木立にきて
 巣をかけるようすすめましょう。
 樹のように生きることに努めましょう。
 樹のそばで音楽をかなでてやりましょう。
 樹はすてきなお友達です。

 完全な悟りをひらくとは、樹のようになることです:
 つまり、大地にしっかりと根を張って、
 つねに太陽をあがめ
 日光からのエネルギーを吸収し、
 周囲の空気(意識)を浄化し、
 生前も死後も土壌の改良に貢献し、
 死にさからわず、身体の中を
 吹きぬける風に誘われて
 歌いたくなったら、歌う。
 そのようなひとになることです。

 樹の仲間になるには:
 木立のなかで長時間過ごす。
 かれらの言葉を学ぶ。
 かれらを抱擁してやり、
 そのそばに横たわって幹に足の裏をあてる。
 あなたはきっと、枝の間を吹く風を
 感じることでしょう。
 樹の生きかたと調和した生き方をしていれば、
 かれらはあなたを新参者として受け入れ、
 初心者の樹として、
 仲間の秘伝を伝授してくれるでしょう。
 (『太陽とともに生きる』 p.32-33)

これらのことの多くは、既に実践していたので、とってもよくわかる -- 自分の好きな樹に毎日でも、時折でも、挨拶できることが、どれほど素敵なことか。樹のような気持ちになると、どれほど優しく、たおやかに、天と地にすんなりと伸びていき、すんなりと受け入れてもらえるか。

このように感じてみると、樹のエネルギーは1本1本全く違っていて、だけど大きな樹の多くは、どんな人間に対しても、信じられないほどの慈悲に充ちていて、その人間が何をしようとも、静かに全てを受け入れてくれる。樹のようになりたいと、幾度願ったかわからない。

このページのトップへ

『学校は小鳥のレストラン』

漆原智良氏著の児童書、『学校は小鳥のレストラン』(アリス館)は、氏の母校でもあり、現在は合併統合されて閉校となった栃木県芳賀町の上稲毛田(かみいなげた)小学校の子ども達の、閉校までの愛鳥活動の様子が生き生きと描いたものだ。

自然環境に恵まれたこの小学校では、子ども達が自主的に愛鳥活動を続け、栃木県野生鳥獣保護実績発表会で最優秀賞、全国愛鳥コンクール研究発表会で第二席、第四十二回愛鳥週間全国野鳥のつどいで環境庁長官賞などを受賞している。小学校にはコウチョウ先生がふたり -- 人間の校長先生と校鳥のゼグロセキレイ。

全校児童四十九人、先生十三人。ニ、三年は複式学級という小さな小学校は、
 1.野鳥をよく知る 
 2.野鳥を守る
 3.野鳥に親しむ
の三本柱の活動を豊かに展開している。
 野鳥を良く知るためには、近くで活動する日本野鳥の会の会員の方の協力を得ながら、鳴き声を放送したり、探鳥会を開いたり、家に来る野鳥を調べたり、野鳥のお話を聞く会を開いたり。野鳥を守るためには、巣箱や餌台づくり、巣箱の取り付けと掃除、空き缶拾い、傷ついた鳥の保護など。野鳥に親しむためには、校内で野鳥の名前書きコンクール、鳴き声クイズ、鳴きまね大会、遠足や宿泊学習での探鳥会などを開催する。先生のご指導もあるが、実際に日々リーダーシップを取るのは子ども達の中から選ばれた委員をリーダーとする「つばさ会」だ。鳥や樹木や自然が好きな子ども達が自主的に考え、また日常の鳥とのふれあいから新たな問題や提案を見つけ出して自分で進めていく -- その、都会の子どものような器用さは感じられない子ども達の、ひたむきで、暖かく、まっすぐ素直な活動力に感激する。

探鳥会では、鳥や樹木や自然に詳しい年長の子ども達が、低学年の子ども達の面倒を上手に見て助け合って行動する。また、日常においても、校舎の窓ガラスにぶつかって脳震盪を起こすヒヨドリを目撃して、こうした事故が起こらないためにどうしたら良いか解決策を見出したり、校庭の木に巣を作り始めたアオゲラをいち早く見つけ、無事に子育てをするまでシートで防いで見守り観察を続ける ・・・ どれも皆、日々自然を丁寧に観察して、細やかに気を配り、暖かいまっすぐなこころをもっていなければできないことだ。大人でさえ、(”その気”だけはあっても、日々に忙殺され)なかなかできないことを、この子ども達はストレートにやっている!

「つばさ会」では、その他にも絶滅が危惧されるオオタカを守るためのオオタカ募金や、新潟瓢湖でシベリアから渡ってくる白鳥のえさ集めをして、白鳥を助けるための活動をしている人々に送ったりと、野鳥のために気付いたことはすぐに行動し、地域の大人たちや活動に関係する大人たちを巻き込んでいく。子ども達の純粋な優しさに、周辺の大人たちも耳を傾け、その優しさが大人にも広がっていく。

普段、鳥のため自然のために何かしたいと強く願いながら、周辺の思惑に気兼ねして、わたしには行動に結びつけることがなかなか難しいときがある。そんな自分に、焦りや「これではいけない」という思いも感じる。大自然の中で豊かな感性をもって育ってきた子ども達のまっすぐな思いと活動は、人が自然を愛し、自然を見守っていく上での本来あるべき姿を再認識させてくれるようで、こころが震えた。

書名の『レストラン』は、校庭の近くの丘にエゴノキ、クヌギ、コナラ、クリ、ヤマザクラ、リョウブなどの沢山の木を植え、それぞれの小鳥に適した巣箱を作ってかけて子ども達が守っている林の入り口の看板『小鳥のレストラン』からとったものだ。閉校となることが決まり、小学校がお年よりのための福祉施設に変えられることを知った子ども達は、お年寄りが可愛い小鳥達の訪れにこころ楽しませられるようにと、校庭に更に木を植えていくことを計画する。話し合いを重ね、一年生がネズミモチ、二年・三年生がウメモドキ、四年生がイヌツゲ、五年生がナナカマド、六年生がイチイ。

上稲毛田小学校が廃校となってしまったことは本当に残念に感じられるが、この本はその後も子ども達が明るく成長していく様子を予感させて終わっている。子ども達は、元小学校だった場所に出来たデイサービスセンターのお年寄りを訪問したり、訪れてくる小鳥達を見守ったりしている。過疎化、小学校の合併等の社会の変化にもめげず、今出来ることを子ども達がしているなら、わたしもまた、社会がどう変化していこうと、大切なことを見つめ行動しつづけなければ。
このページのトップへ

Search

Information

sumiko

Calendar

09月 « 2017年10月 » 11月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Categories

Links