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hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

『愛しき白鷺』 -2-: 一筋の光

信じられないことが起きた。

あの『愛しき白鷺』の写真家、絹針弘己さんが、訪ねて来てくださったのだ!
(9月10日『愛しき白鷺』参照)

ブログで写真集を紹介するのとほぼ同時に、写真家の絹針さんと、彼をご紹介下さった笠間の陶芸ギャラリー『陶歌』さん(サイトの『my bird sanctuary』参照)にお手紙を送ったり、鷺のことでいろいろとやっていたのだが、手紙もブログも読んで下さり、『陶歌』さんを通してお電話を下さった。話は、ひょいひょいと、と言うか、予め運命で決められていたかのように進んで・・・。

信じられないと言うか、もったいないと言うか、写真集に載っていない白鷺の写真や、写真集の写真を大きく引き伸ばしたものを賜った。


・・・・(有り難くて、何と言っていいか、声も出ない)・・・・

本当、お目にかかっても、「あの」とか「あ~」とかしか声に出ず、こころの中で合掌するのみ。

研究室で、それらの写真を一枚一枚見せていただいた。飾り羽(蓑毛)に白い光があたったり、その羽がふんわりと広がったり、目元の浅緑が涼しい優しい表情をしている、ダイサギ。幽玄な、あるいは力と鋭さに満ちた、あるいは荘厳で華麗に翼を開く、白鷺の飛翔。天と、月と、光と、雲と、鷺たちの幻想的な舞いが息づく、芸術的な作品 -- 水墨画のようなものも、この世でないような神秘的な世界のものもある。

一枚ごとに、声も何にも出せず、夢中で見入ってしまった。

大きく伸ばした写真で見る白鷺の美しさ、命の力強さ、光と色、飛翔の姿、躍動感 -- 見入っていると、頭のいただきから、一条の光が降りて、からだを突き抜けてくるような気がする。

鷺たちの表情に、胸が一杯になる。

どうして鷺たちは、こんなにも間近で、普段私たちに見せない、優しく穏やかな表情をしているのだろう。大きなダイサギが、スピード感溢れてダイナミックに空を突っ切る様が、どうしてそのまま捉えられたのだろう。仲間同士との愛の交換や、天や光と対話するかのような舞いが、現実のものなのかしら? こうした命の美しさが、たとえこの世界のどこかにあったとしても、人間の目で、人間のシャッターで、とらえることができるとしたら、それは「神業」に近いのではないかしら。

絹針さんとお話して、その答えのごく一部かもしれないが、何となく感得出来たような気がする。鷺の姿に魅せられていくお話、鷺の生態、白鷺に近づけるまでの苦労話、そして鷺に受け入れてもらい、シャッターを切るまで、鷺とどんな対話をしてきたか -- 鷺に何を語り、何を問い、どんな答えをもらい、どう受けとめたか。(絹針さんと白鷺は、本当に恋人同士だった!)
 その他、カメラマンの目と心について、シャッターが切られるまで、その瞬間についても、話してくださった。カメラマンとして、とにかく現場に立つこと。現場での感動を受けとめること。自然と向き合い、自然を受け入れて、そして、写真にとる一瞬とは、本当に“神の光が差す”ような一瞬なのだ。そして何かが起こる。そんな一瞬をとらえることにできる、カメラマンの生き方。何と3時間にわたって、話していただいたよ(感激、感激)。

今まだ興奮と感激冷めやらずなので、白鷺と彼との間で生まれた素晴らしきコミュニケーションについては、もう少し落ち着いてから ・・・ 

絹針さんは、いつでもどこでも自然の中に(人間とも!)すんなりと溶け込めて、相手と一体になれる、独特の“オーラ”を纏っていた。しかも、そこにある自然の<核心>にすっと触れられる直観力と言うか、動物的な勘のようなものが怖くなるくらい鋭かった。
 彼の「やっぱり現場に行って感動するのが一番」という言葉は、研究者として、資料(=二次的体験)を読み、分析するのに時間をとっているわたしには、とっても痛かった。たとえば、彼は鷺の目から多くのことを知ることも出来るし、いやそれより、鷺と目と目で会話する。それは、“学問として”記述するのが難しい話だが、わたしの体験や勉強から言っても、真理だ。(鳥は目で<加えて、からだや全体でも>語るし、目でわたしたちの“こころの言葉”をすっと受け止める。) 異種間コミュニケーション研究のために、こだわりを捨てて、もっと現場に行かなければ、もっとすべての感性を使って、鳥と関わらなければ。感動しなければ。

そうそう皆様、『愛しき白鷺』について、追加情報です。
 絹針さんにうかがって初めて知ったが、これは私費出版されているそうで、出版後数年は幾つかの書店にもあったが、今は市販されていないという。唯一この写真集を置いてあるのが、笠間の陶芸ギャラリー『陶歌』さんで、バード・サンクチュアリがらみで、この『陶歌』さんにとてもお世話になっているわたしが、手にとることが出来たのは、まさに奇跡的な偶然としか言いようがない。(絹針さんは、現在ホームページを作成中だそうで、近々そこを通して彼の写真を目にしたり手にとったりできるようになるのを望みたい)

もともとは、<人とサギの共存>のために何か出来ないか、と悩んだとき、写真集『愛しき白鷺』こそが、一番大切なメッセージだと直感し、この写真集を戴けたこと -- そこからご縁に恵まれたのだが、さらに美しい写真と追加の写真集、それに貴重な話という御厚意まで賜ってしまった。


「いいんです。写真集使ってください。写真が好きで撮っている。その写真が人のため、社会のためになるなら、嬉しいんです」と絹針さん。

これらの美しいかけがえのない写真を、わたしは想った。しばらく置いて、どこかから来る声を響かせて、こんな風に決然と応えてしまった。

「人にも、社会にも、勿論そうですが、もしこれを使わせていただけるなら、それは、絹針さんの恋人の鷺たちのために、です。わたしは仲介者として、鷺たちのために何かできればと想います」

目の前に大きな白鷺が舞い降りて、半透明の姿で、翼を広げている気がした。応えながら、涙が出そうだった。

写真が投げかけてくれる美に、一条の光のように貫かれた -- さあ、進まねば。

☆☆☆

今日は夕方まで大学本部で会議があり、薄暗い中を歩いて所属キャンパスに戻った。途中にある、草地に囲まれた池の、薄暗い向こう岸に、一羽の大きな白鷺(判別できない)のシルエットがぼんやりと見えた。

今日、逢えたのが、嬉しい。
「がんばれよ~」と声をかけた。



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