hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

小鳥の命の重み

小露鈴、良くなってきました。明らかに、命のベクトルが上向きになっています。まだ、保温に気をつけ、投薬のための厳しい規制下にありますが、大丈夫です。

保温というのは、鳥さんは体温が40度と非常に高いので、温度が下がるとそれだけで体力を消耗してしまうため、なるべく暖かくしてあげないといけないということです。ここのところの寒さでは、厳重注意が必要です。暖房をつけると、いやつけなくても、ここ数週間、季候のせいで異常と言っていいほど湿度が低いので、湿度管理もしなければなりません。

また、お薬を飲ませるためには、普通のお水を規制して、薬の入ったお水を飲んでもらわなければなりません。普段自由に飲んでいるお水はもちろん、いつも食べている青菜や果物を供するときも、気をつけなければなりません。部屋の外に飛んでいって、あちこちの水を飲んでしまうことにも、気をつけなければなりません。可哀想ですが、大好きな水浴びも、水浴び用の水を飲んでしまうので、厳禁となりました。

お水が飲みたいとわかっていながら(請求されながら)、お水を飲ませないのは、人間側のこころの戦いです。この事態では、すでに“癒し系の異種間コミュニケーション”なんてしてられません。それどころか、どうしても飲まないと、強制的に嘴の脇からスポイドで流し込む、なんて荒作業もやります。(小鳥の命のためなら、鬼にもなります)

穏やかな友好のコミュニケーションだけでなく、鳥さんとこの手の手荒な関係を結ぶのも、だいぶ慣れてきました。鳥さんの病気や、怪我をした鳥たちの命を繋ぐために、「何が何でも食べて/飲んでもらうぞ(=強制給餌)」モードがあります。
 以前はね、怪我をした公園のアヒルさんに投薬しなければならない、ということで、あの大きな黄色い嘴を無理やりこじ開けて、薬を乗せた指を喉の奥にエイッと突っ込んで-- なんてこともしました。(荒く、というより、鳥の嘴を開けると、食道と気道があって、もしも間違えて気道に何かが入っちゃうと窒息死なんてことになりかねないので、おたおたせず、何も考えず、勢いよく一気にダイナミックに突っ込むっきゃない。これは結構たいへんらしく、野鳥救護の大先輩に、お褒めの言葉をいただいたよ)

小露鈴に嫌われても、仲良し関係が崩れても、薬だ薬、薬を飲むんだ!!と気合が入っていたようですが、今朝はじめて、自ら薬の水を飲んでくれたので、とてつもなくホッとしました。--でも、よほど喉渇いてたんだ-- 

<鳥さんの具合の悪いとき>
具合の悪くなったときは、大変でした。
夕方まで元気に遊んで、普通に食べていたのに、その夜、おかしな”ザラザラ”という音が数回して、小露鈴の眠っているケージにかけていたタオルケットを上げると、変な匂いがしました。何度か確かめて、彼女が撒き散らすように吐いていることがわかりました。

一晩越して、朝、起きてきません。そっとタオルケットを上げると、彼女は顔面蒼白(=文鳥さんは、血行が良いと、嘴や目の周りのリング、脚がピンク色です。血行が悪くなったり、命がなくなると、そのピンク色が引いていき、白くなります。危険信号です)、お水は繰り返し飲むのですが、食事を一切しようとしません。
 床には、卵がひとつ、産んでありました。
 文鳥のメスは、本来は一年に2、3回、一回に5~6個、卵を産むそうですが、彼女のように人間と暮らしている場合、産卵はいろんな病気のもとになるため、なるべく少なく、バランスを崩さず、産むのが望ましいと言われています。ところがその2日くらい前から、あまり望ましくない形で、しっかりしていない卵を2回産んでいたのです。
 その上に、吐いてしまった挙句、厳寒の朝にまた1個。
 疲れきってしまったに違いありません。

しかし、小鳥にとって、半日食べないことは命取り。よく、「小鳥の病気の1日分は、人間の病気の1週間分」と言われます。それだけ、悪くなると、命のタイムリミットが短いのです。

このままじゃだめだ、これは大変だ・・・ 朝は、とりわけ優柔不断で、思い切り悪く、いつまでもぐずぐずしていたいわたしですが、<火事場の馬鹿力>的な具合に頭脳がてきぱきてきぱき働いて、すぐに柏の小鳥の病院にすっとんで行くことに決めました。

小鳥が病気になると大変です。動物病院は、そこここに五万とあるけれど、小鳥を専門的にみることにできるお医者様はいません。(たいていが、犬猫中心で、「小動物もみます」程度。以前、専門でないお医者様のところに、愛する小鳥を連れて行って、とっても手痛い、永遠に後悔するような展開になったことがあります)

柏の小鳥の病院は、鳥専門のきちんとした獣医さんがいらっしゃり、本(http://park2.wakwak.com/~toucan-bh/page010.html)にもなっているくらいで、経験豊か、腕は確かです。しかし、柏は遠い、しかも、それくらいの病院なので、朝から患者さん(? 患鳥さんを連れた人間)が列をなしているのです。

ちょっとした具合の悪さなら、心配な小鳥を小さなキャリーバッグに入れて、寒風吹きすさぶ中歩いたり電車に揺られたりして、他の病鳥さんたちと一緒に、えんえんの待ち時間を閉じ込めておくのは、かえって心配で足が遠のきます。
 ただ、今回は、正に正に非常事態!!!!!
 食べない小鳥を、そのままにしてはおけません。
 やれるだけ、やってみなければなりません。
 しかも、一刻をあらそいます。

そんなわけで、病院に着いたのは、10時診療開始前の9時40分でしたが、すでに順番待ちリストで「15時までに起こしください」の欄に書き入れることになりました。
 半日が命というのに、ともかく救急に点滴のようなことをしてもらいたいのに、午後3時・・・!! 多少ともショックでしたが、予期できないことではありません。携帯電話で待機してくれている家族と相談して、静かで暖かい喫茶店で待つことになりました。
 恥ずかしながら、柏という大きな町であっても、普通なら喫茶店に飛び込む前に何十分も逡巡して、結局はいれないようなわたしが、そのときは性根が座っていたのか、すぐに喫茶店に入ったのですが--。

こころが落ち着くと、「家に帰ろう」という強い思いが湧いてきました。家族と相談したときには、柏まで二往復で、しかもとんぼ返りするより、どこかでじっとしていた方がよいと思えたのですが、行き帰りの電車の揺れや温度変化、彼女の不安、というデメリットはあっても、たとえ1時間でも、慣れた所に戻してあげたくなったのです。自分の家に戻れば、少なくとも彼女は、お水を飲むだろう、そしてその間だけでも、多少は安心するだろう-- 珈琲を飲んで、ちょっと瞑想して、こころを決めて、立ち上がりました。
 (結局、この場合はその方がよかったみたいだよ)

それで、15:20頃、診察を受けました。

それまでは、心配や、沸き起こってきそうになる悪い想像を何とか押さえて、彼女を入れたケースを抱え、自分のからだを天と地と結び、きれいなエネルギーが流れるイメージに集中していました。それから、ヨガでやるトングレン(もとは仏教の呼吸法。相手の苦しみや悪いものを吸って、自分の胸の中でそれを良いものや喜びに転換し、相手に送り届けるという、精神修養的な行法)をしたりしていました。(つまり、適切な獣医さんにリーチするまでに、とにかく出来ることをしようとしたら、ヨーガや氣功で習ったことの総動員でした)。
 そして、小露鈴に声をかけ続けました。「がんばれ」「えらいね」「一緒に、サンクチュアリで暮らすんだからね」。彼女は、ケースの中で半立ちになって、遠いところに向かって呼吸するだけで命を繋いでいるように見えました。

診察が始まった途端、先生の落ち着きが、大いなる安心を与えてくれました。細かな状況を聞いていただいて、「そんな風に卵を産ませる環境を作っちゃ駄目でしょ!」と叱られているときも、ありがたさが染み渡るだけでした。一刻を争うのに、とはらはらしていたのですが、先生の落ち着き、経験豊かな受け止め方そのものが、安心のメッセージとして届いた気がしたのです。
 不定期に卵を産むというホルモン・バランスの崩れで、気分が悪くなった可能性がある。まず、そのバランスを回復すること、それと今は具合が非常に悪いので、薬と共に栄養分(緊急救急用のパウダーフード)を強制給餌してくれるとのこと。薬は、バランス回復、胃腸調整、栄養剤、食欲増進、等など沢山いただきました。

病院はこれからお正月休みに入るので、強制給餌のやり方を教わり、10日分のお薬と、パウダーフード、給餌用のスポイドなどをいただいてきました。どうしても食べようとせず、強制給餌が大変であれば、明日はまだやっているので、並ぶけど、明日また来なさい、と言われました。

そんな感じで、看病しながら様子を見る日々が始まりましたが、小露鈴は翌朝には少しずつ自分でもご飯をたべるようになり、まだ体重が軽く目の周りのピンク色はもどってきませんが、ゆっくりと回復しています。
 彼女は大丈夫です。ただ、どんな鳥でも、あの状態まで行ってしまって、回復するとは限らないと想うし、専門の病院に行けなかったとしたら、回復は難しいかもしれません。今でも、薬・栄養、寒暖や湿度などの管理を一歩でも誤れば、命の自己治癒力の流れをストップさせてしまうことになりかねません。
 これまでに、あの状態まで行った鳥さんが、哀しい結末を迎えてしまうのを見てこなかったわけではありません。今もって自責の念に駆られるような経験もあります。

小露鈴に関しては、幼少時から、何故か生きる力の強さを感じてきました(サイズ的には、とっても小っちゃい文鳥なんですが!) 自分の力で、幾多の困難(本来のものや、わたしのお世話の失敗?)を乗り切るガッツが感じられるのです。発病した朝は、そのガッツが見当たらなくて、人間まで力が抜けそうでしたが、病院まで二往復した翌朝、彼女の瞳にガッツや彼女らしさが再び宿っているのを目にしました。そのとき、大丈夫と想ったのです。

一般的には、小鳥の命は、澄んで純粋でキリリとした耀きを放つような命で、決して軽くは無いけれど、ちょっとした病に短い間かかっただけで、吹けば飛んでしまいます。小鳥と一緒に暮らす、人間の責任は重い。

でも、一緒に暮らす喜びも大きい。

耀く命です。

ご心配戴いて、ありがとうございます。あとしばらく(お正月中くらいまで)完璧ケアを目指します。

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とり急ぎ・・・

いろいろありましたが、ようやく神社にも行って、土地の神さまの声をじっくりと聴くことができました。バードサンクチュアリの夢も、年の暮れになって驚くほどの進展がありました。

それらのことをゆっくりと聴いていただきたいのですが、一昨夜から小露鈴の具合が悪くなってしまいました。昨夜を越し、今朝になってやっとのこと、命のベクトルが上向きになってきました。(神さまありがとう!)

きっと良くなると想います。
しばらくは看病に専心します。

良くなって小露鈴

早く良くなって小露鈴
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冬支度

雑木林では、赤や紫、瑠璃色や黒の木の実が色鮮やかです。

野鳥たちは、一番美味しくなる時期をねらって木の実を食べにきます。また、同じような赤い実でも、美味しい種類のものから順に、食べ始めます。


赤い実


まだこの赤い実はねらわれていません。これよりも美味しいご馳走が、まだどこかにあるのでしょう。

ただ、つくばの市街では、花水木や万年青など、これまでは人気が無かった木や草の実も、食べ尽くされているようです。つくばのTX開通と共に,都市開発が進み、そこここで雑木や草地にブルトーザーが入ってしまったために、冬になって山から下りてきたり、渡ってきた野鳥たちの食べものがないのかもしれません。

お庭の木の枝に野鳥たちがやってきたら -- 木の実をついばんでも、許してやってくださいね。
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清らかな流れの源で ~2~

ここ、数週間、「神さまにきちんとお伺いをたてなければ、もう一歩も進めない」という気持ちが、段々強く、はっきりとしてきました。

バード・サンクチュアリの候補地のいくつかについて、具体的に検討しなければならないことが山積みです。それなのに、もう一歩も進めない。次の段階にいけない。ここに(候補地に)バード・サンクチュアリを創立することを受け入れていただけるのか、ちゃんと神さまと対話しなければ--。

で、どうするのか。

これまでだって、自然の中にいて、そこの自然といっぱい対話してきた -- 聖なる対話もしてきた -- つもりです。でも、それだけじゃだめ。土地の神さまときちんと話をつけなきゃ。(← こんな言い方、不遜?)

で、どうするんでしょう? 

そうか、やっぱり神社だ。すでにわかっていました。ある神社のことが、すごく気にかかっています。ずっとずっとそうだった。

*******

まだ候補地のことが現実化しそうになる、ずっと前のことです。「田んぼ偕楽園」 -- 笠間近辺の芸術家の方たちが、野外の田畑を借りて、そこに作品を展示するというイヴェントがあり、氣功の先生と友人の染色家AさんとAさんのご友人と出かけたことがあります。確か、茨城大学の市民公開講座にヨーガ講師として出していただき、その帰り道のことでした。
 イヴェントを田畑の入り口に、県の指定があるほど樹齢を重ねた大欅の木があり、そこは民家の庭であったのですが、大きな木に抱きつくのが大好きなわたしは、是非にもと、近くに寄ってみようとしたのです。

大欅は、ごつごつと節くれだった太い幹がうねり、黒い大きな影をつくっています。沢山の枝が空に広がり、民家の外にある川の方にまで大きな枝を伸ばしています。幹の節や瘤は -- これまで見たことも無いような、異形です。

ところがです。清らかで何者にも臆することの無いAさんは、ひょいひょいとそのお家の庭先から、大欅に近付いていくというのに、氣功の先生は、入り口でぴたりと止まって、中に入ろうとしません(「入れない」という感じだった)。わたしはと言うと -- 何だかからだが重くなり、見えないものに足止めをされているような、後ろ向きの方向にしか進めないような、そんな気がしてきました。
 今だったら違いますが、しかしながら、当時のわたしは関心のある大樹への思いだけで、つき進みました。Aさんはすでに、大欅の裏側にまわっています。わたしも近付こうとすると--。

わ、目の前に蜘蛛の巣があって、その中心に女郎蜘蛛! おでこのあたりにぶつかりそうで、のけぞりました。

もうこれ以上だめ。

話が脱線していきますが、要するに、こんなことがあって、わたしたち全員、ものすごい頭痛が始まったのです。(代々この民家を守ってきた大欅に、気安く近付いてはいけなかったのでしょうね。)それなのに、物知らず(無神経?)なわたしは、イヴェントの一環として、この<大樹のエネルギーを借りて踊る>というパフォーマンスも、見学することにしたのです。 

だんだん、大欅が非常に怒っている、という感じが強くなってきました。
「ここから立ち去れ!」と強く言われているような気がしてきました。

頭痛は、時間がたつにつれて、ひどくなっていきます。暑い日だったせいもありますが、頭の中がズキズキと脈打ち、ますますぐったりとしてきました。

その場所を抜けて、木陰で休み、それからイヴェントの田畑を包むように取り巻いている、なだらかで小高い山に入り、その上にある神社にお参りに行くことにしました。

山道に入ると、不思議なことに、少しずつ気分が良くなってきました。一番ぐったりしていて、みんなに「もう戻る?」と言われ続けていた氣功の先生が、急にしゃきっとして、軽い足取りでみんなの先をひょいひょいと行ってしまいました。先ほどの瘤だらけの欅とは対照的に、その山の杉木は、素直にまっすぐで、道脇にやわらかく並んで、まるでガイドしてくれているようです。神社の境内に着く頃には、頭痛はすっかり治ってしまいました。

境内あたりで、みんな、思い思いのことをしました。氣功の先生は、嬉しそうに何処かに行ってしまいました。Aさんは、「ガテー ガテー パラサンガテー」と奥深い声でサンスクリット語のマントラを唱えています。わたしは、大欅のときとはうって代わって、境内裏の素敵な杉の木に抱きついたりして遊びました。
 そのうちに、消えてしまっていた氣功の先生が、宝物でも見つけてきたかのような顔をして「ちょっとみんな来て」と現れました。境内の脇の石段に案内します。一方の側に大きな杉、もう一方に桂の木のある辺りで、「ちょっとみんなで、ここで5分間瞑想しよう」と突然仰って、みんなして座りました。

う~ん、何だか静かで穏やかで良い感じ。やさしく包まれているような感じ。

素敵な瞑想でした。

終わって「ちょっと良いでしょ? 見つけたんだ」と嬉しそうに先生が仰って、全員頭痛から解放されて良い気持ちになって帰りました。

*******

長くなりましたが、この神社です。この神社が気になります。

いつだったか、この話をしたら、「そんな風に麓でいろいろあったとしても、多分その山の神さまが一体を全部包み込んでいて、ずっと長い間、清めることをなさってきたのだろうな」と仰った方がいます。

で、神社に行こうと決めました。ところが地図を見た途端、笠間には神社・仏閣、本当に沢山あることがわかりました。

あれ、混乱するよ ・・・ 気になるのは、その神社なんだけど、候補地の現地に近いところに、他に幾つもあるでしょう。それに、笠間と言えば、稲荷神社さんがあまりにも有名。この稲荷神社さんの子分が、市内全域に広がっていらっしゃる。
 やっぱり候補地に一番近いところの神社が、その土地の神さまを奉っていることになるでしょう。では、どこにお参りに行って、どこは行かなくて良いのか? 順序は? いや、それより、あれもこれもお参りにいって、逆に八方美人というか、ばちあたりでは? 

このあたりから、混乱してくるわたし ・・・

散々迷い、これという、尊敬する人々に、あれこれと相談した挙句、恐れ多くも、サンクチュアリ創立支援をしてくださっているI先生(サイト参照)のご助言を請うことになりました。実は、この先生、日本の古神道で上から数えて何番目という位にいらっしゃるそうです。

ああ,何と恐れ多いことか、ご自宅にお電話をしてしまいました。どの神さまに、どういった形で、どのように参拝するのか、とても難しい<式>があるなら、教えを請いにいつでもお伺いに参じる覚悟をして! (いや、ご自宅にお電話なんて、死ぬほど逡巡したんです。でも「自分の勝手な思いだけであきらめるな。何が大切か考えろ」と言われて -- そう、自然と調和して生きもの全てがこころ豊かに暮らすサンクチュアリ(=聖地)のためなんだ! 決死の覚悟です)

結果は -- 拍子抜けするほど、単純明快でした。
 その土地の氏神様と、自分の信仰する神さまのところにお参りに行けばよい。前者はその土地の近くにある神社。後者は明治神宮でも春日大社でも、どこでも、自分がこれと思うところ。
 お参りの作法や儀式や言葉は -- いや、ただ、わたしが行けばよいとおっしゃるのです。「自分の気持ちで、自分なりに、一生懸命やれば良いのですか」「そうです、そうです」。

え、それでいいの? -- この結果を、相談した方々に報告すると、全員「ははは、そうなると思っていたよ」(「ただ、I先生だけがお分かりになることがあるから、黙ってたんだけどね」)。「まっすぐな気持ちで、やればそれでいいの」。何だ、わたしは~。

氏神さまと、上に書いた神社の神さまのところに、行ってこようと想います。

そうそう、様々な方を巻き込んでご相談する中で、よい言葉を聴きました。
「神社は、ご利益を願いに来るところではない。自分が一生懸命にやって、そのようにやってこれたことを感謝しに来るところです」




 
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朝陽さす雑木林

あろうことか、一日仕事で忙しいはずの平日ですが、うんと早起きして八郷の雑木林に行ってきました。紅葉も今が見頃(をちょっと過ぎたあたり)で、「何より、暗い雑木林に、少しずつ朝陽が差し込んで、モミジが真っ赤に染まった辺りが光一杯に耀くまでの時間が美しい!!!」というお誘いがあって、もう、いてもたってもいられず、勤務前の時間ですが、行ってまいりました。

夜明け前の暗い朝日峠越え -- 筑波山南(小野)から、峠を登って八郷へと抜けます -- をものともせず、というか、朝日の差し始める頃の筑波山って何て綺麗なの!! 山の中腹は植林された杉・ヒノキ林と雑木とが縞模様になっていて、頂上辺りはモーヴいろの紅葉で、それがピュアな空気の中で、ほの明るくなっていくの・・・ もう、感動です。

しいんと冷えて静かな雑木林。ついた頃は、途中の景色の美しさにすでにわくわくしていました。そして、朝日が差して--。

紅葉

この紅葉! -- まだ写真技術の習得をしていないのが悔しいです。

光がふわふわと差し始めて、<生まれたての一日>が漂うように揺れている雑木林を歩きました。すでに沢山の葉が散り落ちて、歩くたびに枯れ葉の音だけが聴こえます。だんだんと草木の陰影が濃く、立体的になっていきます。一日の喜びが、あたりにひっそりと息づくみたい。

もう、絶対に絶対に、「早く自然の中で暮らしたい!」と感じました。

たとえ短時間でも、朝のこんな時間があれば、自然の中で -- わたしという生きものも含め -- 命が祝福されていることがくっきりとわかります。

そして、ぜいたくなことにS先生宅の暖かい部屋での朝食 ・・・ ゆっくりと,時間をかけて、朝陽と共に訪れ始める冬鳥たちを”バードウォッチングしながら(!!! ここが肝心!!)”おいしい食事をいただきました。(何か、朝ごはんタイムだけなのに、普段のわたしの一週間分の幸せよりも深い幸せがあったみたいだよ~)アカゲラ、コゲラ、ヒヨドリ、雀、四十雀、エナガ、キジバト、カラス。モズもジョウビタキもシロハラもやって来ました。昨日は、キジの家族がゆっくりしていったそうです。

朝食のぜいたく


ああ、やっぱり早く、自然の近くで暮らそうっと。

水浴び場(枯れ葉)

以前にご指南いただいた、野鳥の水浴び場は、今こんなです。

池に枯れ葉が降り積もりますが、「池を綺麗にしたい方はともかく、水の底に枯れ葉があって、野鳥たちが来るのも、なかなかよい」と先生はおっしゃいます。
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清らかな流れの源で

以前にお話した(9月1日ブログ)花園渓谷にお住まいのご一家(今回は、娘さんは留学中でご夫婦のみ)と、笠間にて落ち合いました。サンクチュアリについてのわたしの希求や“中西悟堂氏を研究したい”なんて抱負を暖かく、こころ広く、ご理解くださっていて、支援のためにいらしてくださったのです。サンクチュアリの創立にあたって、苦労したり停滞したりしていますが、彼らはそれを、自ら理想を求めて、自給自足を目指す、つつましく、穏やかで豊かな暮らしに突入されたご自身の経験と重ねて、多くの励ましを与えてくださいました。

今回は、「土地を見つけるには地元の方にお願いするのが一番」との信念で、お知り合いを辿って、蕎麦や野菜を栽培されている地元の良い方を紹介していただきました。この地元の方と約束したのが昼でしたので、午前中に待ち合わせて、現在検討中の候補地の見立てもしていただきました。

山はもう、初冬で、枯れ葉のふかふかの布団に包まれています。
植林された杉・ヒノキの常緑の間を縫うように、木々が赤やモーブいろに紅葉しています。訪れたのは急に寒くなった最初の日で、笠間の山奥は、しんしんと底冷えしました。

運転がお上手な旦那さま(M氏)の軽自動車で、現地に入りました。検討したのは3箇所。先日、不動産屋さんと大工さんにお墨付きをいただいた場所です。

う~ん、彼らと自然の中にいると、ほんとうにすごいです。
<感性が開いてくる>っていうか、土地やその歴史、自然、畑も山も雑木も草も、普段見えないこと、気付かないこと、感じられないことが、素晴らしく豊かに感じられてきます。

いつも脚で踏みしめていたのに、気付いていなかった土や石。
いつも通っていたのに、どんな栽培植物がどんな方にどうやって耕されていたか見てもいなかった畑。
いつも目に入っていたのに、一度もふれてみようとしなかった豆柿の木。
いつも聴き惚れていたつもりなのに、その豊かさをはかれるほどきちんと聴けてはいなかった清流の音。
いつも胸に置いていたつもりなのに、そこまでの深さがあるとは創造しなかった土地の静けさ穏やかさ。

土地を見るのに、自分の瞳が曇り硝子から水晶に変わったように感じ、土地を歩いても、手足が伸びてしかも千手観音みたいに増えた感じ。

ご一緒にその場にいると、二箇所の土地は、そこが“清流の源”であるように感じられてきました。

長年、自然の中で、命と調和して、こころ豊かに生きることに努めてきた方たちの感受性や立ち居振舞い、その場所とのつながり方は、”ただものではありません”。

M氏は寡黙な方です。自然の中にいると、わたし(=人間)と人間言葉でお喋りをしていても、常に木や水や土や生きものたちとつながるチャネルが開いていて、ふと気付くと、いつの間にか、草や木と自然に対話されている感じです。しかも、(人間と対話しているときもそうですが)人間くさい気負いや、頭で考えた決め付けや押し付けがなく、あるがままの自然体で、すっと木や草の目線になっていらっしゃいます。何の無理も、ストレスもなく、自然や命と静かに調和するすべが身についているみたい。ひとことで言うと、「生きものとしてすごい!」とわたしは想います。

その奥様のAさんを、わたしは「最高に humane (=人情ある、慈悲深い)な方」だと想っています。今の日本人として「始末のいい暮らし」「つつましい暮らし」を謙虚に暖かく実践していくなら、今の彼女はそのトップランナーの一人でしょう。無駄を排した手作りの生活、身近な暮らしの一つ一つを丁寧に、まっすぐに生きようとなさってきた根底には、「命に対する溢れる思いだけがある」と言います。わたしが山郷の地で、サンクチュアリの旗揚げをする不安や戸惑いを包み込み、こころから励ましてくださいました。

候補地で、
・この地で、小鳥をはじめとする自然を守っていけるだろうか
・静かに、穏やかに暮らせるだろうか(多くの時間、一人で)
・自然や地元の方々、環境とどうやったら調和できるだろうか
・人がほとんど入らない自然の中に入るということの、環境への負荷はどのくらいだろうか、どうすれば最小限に押さえられるだろうか
等々、を問いました。

そして、さまざまな智慧や助言、励ましを戴きました。沢地の広がり(角度)が日当たり・湿度等に影響すること、ソーラーパネルなどのエネルギー利用から、(不安はあっても)”はじめれば何とかなる 何とか考えていける”こと、そして、”将来的にサンクチュアリのメッセージや活動を広げていく可能性のある土地とは”まで、いろんなことを教えていただきました。

「お墨付き」を戴いたように感じます。何にって? とりあえず検討したり考えたり悩んだりしなければならないことが山積みですが、<歩んでいくこと>自体にです。

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