hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

困った・・・かな?

緑が濃くなる中、お日様が燦々とあたって、風に草木がなびいて ・・・ 五月としては早いですが、もう、初夏を想います。

ゴールデンウィークの後はいつも、小鳥たちの換羽の季節。小鳥たちの羽が抜けて新しい羽が生えてくるまで、すこし元気がなくなるので、わたしも外出を控えて様子を見ています。

小露鈴は、換羽の真っ最中です。でも今年は、よくよく用心して毎日ハコベをたっぷり食べてもらうようにしているので、病院に行くほどぐったりはせず、何とかやり過ごせそうです。

困ったのは ・・・ gaeaちゃん。二、三枚尾羽と翼の羽が抜けただけで、換羽は未だです。が、小露鈴が換羽のため自室(彼女のかご)の中にいることが多いのをいいことに、自分の出番が増えた、とばかり遊びまくっています(小露鈴とgaeaちゃんは、一緒に外に出るとトラブルになることがあるので、なるべく時間をずらして外に出るようにしています)。

あちこち冒険に出るのはいいんだけど、結局は人間の手の中で脚を曲げおなかをつけて座り込み、まるまって落ち着きます。

甘えんぼgaea


そのままじっとしているときもありますが、人間の指を甘噛みしたり頭をこすりつけたり指と指の間に嘴を乗せたり ・・・ ものすごい甘えんぼです。

ちょっと赤ちゃん(雛)みたいだよ、gaeaちゃん。

ずっとべったりなので、人間はしかたなく片手で作業したり読書したりするのに慣れてしまいました。ちょっと自分の部屋に戻ってね、とかごに入れても、ピッピッ(出して)と鳴いたり、それでも駄目なら歌をうたったり(このコエ聞いて。ここにいるよ)。迎えに行くと、キュキュキュ・・・と小さく耐えかねたように鳴きます(←そんなひどい目にあわせてないぞ)。そして手に乗っかって、「ごめんね」と話しかけると、ヒョン、ヒョンとものすごく甘えんぼの声。

鳥さんてものすごく淋しがりです。盲目の愛鳥家のエッセイスト、三宮麻由子さんも、確かそう書いてた。

べたべたにするつもりはなかったんだけど、やっぱり「いつも一緒」がいいみたいです。外にいる野鳥たちも、単独行動している種類もいるけれど、いつも群れとなり、番(つがい)となり、本当に仲のいい鳥たちは、からだごとくっつけ合っているものね。

インコやオウムが人間の言葉を覚えるのも、彼らが社会性の強い鳥で、一緒にいる人間とコミュニケーションをとることをものすごく大切にしようとするからだそうです。人間の方は、彼らの言葉をマスターするのに手間取っているのに、すごいと思います。

文鳥のgaeaちゃんは、人間の言葉を覚えはしないけれど、声音や鳴き方、そしてからだ中で、気持ちを表現しています。非言語のコミュニケーションで、きらきらしています。

べったりくっつく身体接触からも、「一緒にいる」という気持ちや安心や信頼が伝わってきます。(人間は、しかしながら、仕事がはかどらないよ~)
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緑すくすく

筑波山西側のOさんの畑に、Oさんとおばあちゃんについて行って来ました。4月8日の『ハコベと野蒜(のびる)と農見習い!』でお伝えした畑です。小さな小さな、吹けば飛んでしまうようだった種が、今は青々としたお野菜に育っています。
5月の畑

う~ん、薫風にそよぐ柔らかで瑞々しい葉っぱ -- 水菜、そして蕪、タカサイ(ターツァイじゃないよ)とか言った中国菜が、肥えた黒茶色の土から溢れ出てくる感じです。力強い!

筑波山は薄い靄がかかって、水に煙る群青色に見えます。ここは畑がずっと広がっているので、見通しが良く ・・・ 地平を踏みしめて立っている感じ! (これでちゃんと農作業が出来れば、ゴッホの描く農夫のような気分なんだけど ・・・ ずっとサボっていて、今はお許しが出たところだけ、収穫させていただく情けないありさまです。おばあちゃん、すみません)

雲雀が高らかに揚がっていきます。Oさんも「雲雀の歌が好き!」と嬉しそうです -- 「昔はうるさい程だったけど」(残念だけど、雲雀を初めとする草原性の野鳥の多くが、全国的に激減状況にあるそうです。原っぱが開発によってなくなっているのです) ぴるぴるチーヨチーヨひょろろひょろろ -- いつまでも見上げます。

おばあちゃんは、胡瓜の苗にフレームをかけます。茄子の苗もあるんだけど、「茄子は大丈夫だけど、胡瓜は寒がり」だそうです。今回は生ゴミ(特に果物のゴミが良いそう)も持っていって、堆肥を作るコンポストに使っていただきました。

畑ではサヤエンドウの白い花が、たくさんの小さな蝶がひらひらと舞うように咲いています。畑の縁に立つブルーベリーの木も、薄いミルクティーのような色の小さな花をつけています。今年は沢山花が咲くので豊作が見込める、そうです。夏野菜の苗たちも、がんばって育て! 太陽と土と水と風と -- 植物たちは、すくすく、すくすく育っています。

カワセミ

 (カワセミ -- 河川や池で小魚やコエビなどを捕ります。K氏撮影)
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不死の花

  永遠に生きようとする者は
  五月にセージを食べること
     -- (イギリスの古い諺
       『花のもつ癒しの魅力』より抜粋)

セージの花


小さなベランダですが、セージの花が咲いてくれました。
種から育って一冬越した後、高貴な紫色の花を沢山つけてくれたので、冴え冴えと嬉しいです。

セージは、そのスーッとする芳香や苦味、殺菌作用を利用して料理にも使われるし、お茶にすると消化器系・呼吸器系を助けてくれるハーブです。古代から、薬草として、また神聖な意味合いを持って使われていて、ネイティブアメリカンに習って乾燥したホワイトセージの葉をお香のように焚いて「浄化」に使うのも有名ですよね。

セージについて、古代ギリシャ人は不死をもたらすと信じていたそうです。この植物の力は、肉体の治癒を超えて、内面的叡智を高めるものであると思われていたらしいです。また、古代エジプト人は、命を与え救うものとしてセージを尊び、疫病の治療に用いました。ローマ人にとっても、セージは聖なるものとして崇められていたので、葉を摘み取るのも、単なる園芸作業として行うのではなく、大切な儀式として行っていました。中世になると、セージは若返りの薬として、長寿や不老不死の霊薬の処方で、その主成分として用いられました。「脳と神経の強壮薬として精神と記憶力を強化し、五感を鋭敏にし、沈んだ気分を高揚させ・・・」と様々な力を持つものと信じられました。病後の人や高齢者にも処方されたそうです。(アン・マッキンタイア 『花のもつ癒しの魅力: フラワーヒーリング図鑑』より抜粋)

薄紫の色合いと形の高貴さ、香りの清浄感、緑の葉が薄く銀に煙ったような雰囲気から、人々がセージに「聖なる力」を感じたのがよく理解できます。(もちろん、お茶や料理、室内の浄化などで効果は抜群だよ!)

こんなベランダにも佇んでくれた、セージの中にいる精霊と、どんな対話をしよう?
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processとしてのbird sanctuary

不動産屋さんのKさんが随分頑張って下さっているようです。my bird sanctuary 創立の悲願を受け止めて、地主の方々、地主の方が「代替地」を希望されている土地の所有者の方と、粘り強く交渉して下さっています。

それぞれの方々の思いや希望が入り組む中、うまく叶えていくための考え方や可能性を掻き集めて、やりくりしてる段階です。こちらのお願いはすぐには通らず、とりあえず代替地の値段交渉と、それがうまく行かない場合、地主の方が「別の地でもいいよ」と仰ってくださるかどうか、に賭けて、「交渉(の結果が出るの)は秋まで待って」と言われました。幾つかの土地があわせていくらになるか分からないし、どの土地が手に入るかの結果によって管理の仕方の費用も変わってくると思いますが、どうやらやっぱり費用もかなり予算オーバーになりそうです。

しかし、もう、じたばたしてもだめだ。時間がかかっても、困難があっても、ハードルが幾つ出てきても、飛び越えるか、(もし飛び越えられないなら)方向ややり方を修正するだけだ -- とにかく信じて進んでいく。運を天に任せよう。

ここまで歩いてくる中で、小鳥たちも人間も神さまも、たくさん助け、励まして、支えてくれた。わたしは裏切らないぞ。自然やたくさんの命たちの声を聴いていく!

*****
笠間では今、「つつじまつり」が催されています。<陶歌>さんを介して知り合うことのできたH様に入場券を戴いたので、市内にある佐白山に初めて登り、色とりどりの躑躅を眺めてリフレッシュしてきました。

躑躅


鮮やかな躑躅が霧雨に濡れて、その向こうに緑煙る山々が見えます。笠間は本当に、山々に囲まれた場所です。

躑躅祭り1

躑躅祭り2


いろんな心配と向き合えたおかげで、再確認できました。

土地を入手したからといって、それだけでは“聖地”はできない。my bird sanctuary はプロダクツではなく、命との美しい調和を探っていく果てないプロセスなのだ。その軌跡の中で、光が広がっていかなければ、土地を入手したところで命への愛溢れる空間とはならない。

そういう意味では、今ここで既に、processの中にいるのだ。今、ここにある光を広げていくのだ。木々の新緑や小鳥たち、あらゆる生きものたち、薫風や水や土と調和して光あれ!

藤の花


新芽が伸び、山桜の散った雑木林は、緑の濃くなった木々の中、藤の花が艶やかに咲いています。
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道具の贈り物

ヨガにいらしていただいているT御夫妻から、御宅の庭園・庭木・菜園のための道具一式を戴けることになりました。これまでとても美しい庭園をきちんと管理されてきたのですが、東京に移転されるため不要になった道具を、ご親切にもくださるというのです。これから雑木林や谷戸田を手入れするために、樹木や畑と付き合うために、いろんな道具が必要になります。智慧があって合理的できちんとした考え方・行動をされるT御夫妻の道具を引き継げるなら、幸いです。

ずうずうしくも「ご不要なら、何でもください!」とお願いしたら、こころよく揃えておいて下さいました。

車庫や玄関や物置小屋を拝見して、説明を受けて、ほんとに全部戴くことにしました。草刈り機、大きな折り畳み梯子、噴霧器(農薬ではなく、木酢液ですよ~)、木酢液や炭、草刈鎌、大小のスコップ、鍬、熊手、室内用・落ち葉用の帚、水道ホース、電気コード、農業用篩(ふるい)、草むしり用の巨大塵取り(?) ・・・ すごいでしょう。熊手や箒は、そこいらで売っている簡易性のプラスチックの柄のぺらぺらのではなくて、本当に昔ながらのナチュラルなものだよ~。

ずうずうしさを上乗せして、お庭にあるハコベや珍しい斑入り(ふいり)の石蕗(つわぶき)の株も戴きました。石路はね、サンクチュアリのことをずっと気にかけてくださり計り知れないほどお世話になってきた大先輩のAさん(=染色家)が、今年の個展で作品にするんだよ。昔は、庭のあるうちならたいてい、石段や石を埋め込んだ小道や大きな木の根元辺りで見かけて、申し訳ないけど「よくある黄色い花」くらいしか認識していなかった。けれど、Aさんの個展のタペストリーに染められた繊細な石蕗の姿を目にして、もう見直したというか、見違えたというか、石蕗の花茎がすっと伸びて風に揺れる様子を見たくて仕方なくなりました。それにね、葉は、腫れ物や湿疹に薬功があり、しかも若葉は天麩羅、佃煮、和え物などにできるんだよ(←おいおい、結局はこっちか)

道具一式、車には積みきれなくて、御夫妻の車にも積んで戴いて、運んでいただくことになりました。二台のトランク一杯に、大事な道具をお迎えして、住んでいる官舎まで気をつけてお連れして -- 「箱入り娘だった」方をお嫁さんにして何人もお迎えするみたい(?)な気持ちです。

Toraちゃんに摘んだ道具一式

 (愛車「Toraちゃん」に積んだ道具一式)

T御夫妻、本当に本当にありがとうございます。絶対に大切にします。

サンクチュアリで活躍する道具のかなりが、準備整いました。
(それにしても、本や物が所狭しと詰まっている単身赴任用官舎にどうやって収納するんだ?!)
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真に大切な判断

キビタキ

 (キビタキ K氏撮影)

不動産屋さんのKさんから連絡があり、バード・サンクチュアリ候補地をめぐる土地交渉のことで相談するために、また笠間に行くことになりました。これと望む土地の内、メインとなる雑木林の持ち主の方が、「売るつもりはなく、ただ、代替地(その土地の代わりとなる土地)を提供するなら、考えても良い」と仰ってくださったので、Kさんは代替地の見当をつけて交渉にあたってくださっていました。その代替地の持ち主の方と値段の折り合いがつかないようです。

かっきり自分の全財産を話して、交渉して戴いていましたから、それより上の値段といった場合、わたしはどう判断すればよいのでしょうか。

夢の段階で“勇み足”に過ぎないのですが、バードサンクチュアリが実現したら、小鳥や木々と日々の対話を重ね、生きものが調和し、安心して生きていける空間を実現したいと思います。関心を持ってくださる方、自然と対話したいという方、ご自分の”内なる自然”と様々な命の営みのある”雑木林や清流の自然”との調和を求めていらっしゃる方、さまざまな方々と一緒に、”声なき者”と言われる動植物の声を聴き、地球上の自然、さまざまな命との真なる対話をしていくために全力を注ぎたいです。

これまで、少なくとも5年間、試行錯誤を重ね、土地選びや条件等で挫折しては立ち直り、新たな勇気をいただいては、あきらめていたことを別のやり方で突破し ・・・ そしてやっと真なる方向を見つけたと感じたのだけれど ・・・ 静かな里山の暮らしをされているところで、土地を売っていただく交渉は、とても時間がかかります。むしろ、いきなり勝手な願いを持ち出す新参者(自分)の思いに耳を傾けてくださる方々がいらっしゃることに、深く感謝しなければならないでしょう。
 しかし、仕事としても生き方としても「聞こえない声を聴く」ことに専心すればするほど、社会情勢、つくばの都市開発と環境破壊、職場の変化等、目に見える現実と、自分が大切だと思う方向性との溝が深まるようで、ここずっと苦しいです。ここまで粘り強くやってきたし、これしきのことで粘り強くなければ夢の実現は無理なのに、「もう待てない」という切迫感に苛まれました。いや、もっと正直になると、もう(自分の気力も含め)駄目になってしまうのではないか、という思いに囚われ、落ち込みとにらみっこでした。

予算オーバーの場合、「早く実現しないともうだめ」という自分の忍耐のなさ・弱さや執着から予算の無理をしてしまうのと、「地主さんは売るつもりはないのに、自分の夢の実現のために分けて下さろうというのだ。お金の問題ではない。どれだけ払っても、価値あることをすぐにでもやるのだ」という想いが真であることの区別は、どうやってつけていけばいいのでしょう? 夢が少しずつでも叶っていくなら、からだもこころも魂もをまるごと賭けて、全力を注いで飛び込みたい -- 生活まるごと変えても -- という想いと、単なる自分の焦りや逃げとをどう区別したらいいのでしょうか。さらには、本気で全力を注いで飛び込むなら、経済的には不安を残してやっていくので、現実にどこまで予算オーバーできることになるのでしょう? 

経済的なことや安全への恐れに付きまとわれては、無視するのでもなく、「乗り越える」のでもなく、ちゃんと大地にも足をつけて向き合って、恐れと調和して、なおかつ囚われずにいる難しさを感じます。・・・ というか、「やっぱりわたしは馬鹿ですね~」とか「駄目ですね~」と痛切に感じてしまいます。

正しいこと、真なることを、自分の直観で、きちんと見極められるのでしょうか?

修練したはずが、煩悩だらけです。瞑想して、自分の出発点を振返っています。瞑想中、ぼろぼろ涙がこぼれてきます。

真に大切なことさえ見据えていれば、現実に躓いても、何度でもやり直せばよいのです。命への溢れる愛さえあれば、何かできることがあると信じます。

小鳥も、木も草も、虫も魚も、土も水も空も、みんな大好き! どんなに落ち込んでいても、それは変わらないのです。巣立ちに失敗した雛鳥が寒さで震えているなら、一生懸命雛を育てている小鳥の巣のある木が切られようとするなら、深山から地中を伝って流れ出す清流の水が絶えることなく人々を潤すためならば、どんなに絶望や厭世観に囚われた無気力状態のときでも、立ち上がれると感じます。何かできることがある限り、立ち上がって何かします。そこだけは、本質なのです。

出発点、原点、そして自分を信頼しなければと感じます。澄み切った判断をして、Kさんに意思を伝えたいです。どっちみち全力は尽くしたいし尽くせずにいられないので、がむしゃらに、あるいは意固地にやるのではなく、真なる方向を見極めなければと考えます。

水浴びしたシジュウカラ

 (水浴びしているシジュウカラ K氏撮影)

落ち込んだ状態を脱し、エゴから抜け出して。命に対して愛が溢れていなければ、真なる判断はできないような気がします。

そんなことを語ったわけではありませんが、とっても不思議です。サンクチュアリのことでずっと支えて下さっていたAさんや<陶歌>さん、山や巨石・神社についてのすごい探求者でいらっしゃるHさん(http://www.loving-earth.com/philosophia/top.htm)、その他尊敬する方々・友人、家族(もちろん小露鈴とgaeaも含め)から、ごく最近、爽やかな元氣をたくさんいただきました。花園渓谷のSさんご一家は、ご自身で有機農栽培されている小麦からおつくりになったパンやお菓子、ジャムや味噌を、前触れなく送ってくださり、からだとこころに元氣をくださいました。昨日は、水戸に工房を持ち、常陸太田市で自然と調和する食をおつくりになっている、尊敬するヨガの先生(http://danai2.exblog.jp/)からも「時がくれば自然と全てが流れてうまく行きます」とぴったり胸に嵌まる言葉の綴られたお手紙をいただきました。
 ブログにアクセスしてくださっている方々がいることにも、大きな勇気と元氣を戴いています。こころから感謝しています。
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ずぶぬれ小露鈴

時折、真夏のように陽がさす日が訪れます。

気温や湿度、天候の変化が激しくて、体調を崩す方も多くお見かけします。小鳥たちも、急に暑くなったり、逆にお天気が崩れて急に気圧が低くなったりすると、見る影もなく<グテッ>という感じで休んでいます。遊んでいても、手のひらにおなかをつけて、すやすや眠ってしまったり・・・

暑かったのか、久しぶりに小露鈴は思いっきり水浴びしました。

台所の蛇口の水を流して、その水を受けている人間の手のひらの中でじゃぶじゃぶ。それでびっしょりになって、まだ物足りなかったのか、籠の中にある鳥の水浴び用の容器の水に入ります。この容器の場合、足元が不安らしく、最初は恐る恐る、でも終いにはばしゃばしゃ。

ずぶぬれ小露鈴1


洗った後は翼をばさばさ震わせて、乾かします。

本格的に水浴びをすると、小露鈴の場合、ずぶぬれです。いつものふわふわした姿も、羽毛が濡れると、とっても痩せて見えます。(不思議なことに、Gaeaちゃんはこんな風になりません。羽毛がつるつるで、水を弾いてしまうらしいんです。どんなに激しく水浴びしても、瞬間に乾くのが自慢!) 

ずぶぬれ小露鈴2


あ~あ、まだ全然乾ききっていないのに、紐で遊びだしてしまいました。

やっぱり小鳥たちを真似て、こんな季節は、シャワーや昼寝もいいかもしれませんね。
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