hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

sanctitude

ありがとうございます

大井神社の石段


また土地を探します
苗木を植え、樹層を豊かにして
鳥たちが人を怖れず、安心して可愛い姿をみせてくれるように
そのための仕事の出来る土地を
すぐにまた探します

メッセージを伝えるために
人の想いのシンボルとして
そして この地球の緑を少しでも再生させるために
皆で何かできる、そうした土地は必要だから

以前、尊敬する氣功の先生が仰った言葉は忘れない
「今 立っている ここが聖地」

本当は --
特別な土地だけが聖地なのではない
人間が頭で線引きした境界線なんて、
鳥の翼はやすやすと超えてしまう

今この一瞬一瞬生きている場が聖地
地球(Gaea)全体が本来聖地のはずだから
わたしたちのこころもからだも本来は聖地
命と命のつながり、自然の摂理、命の源の光を辿れば
本来その光は聖なるものだから

そのことを想い出すために
断ち切られたつながりを取り戻すために
この一瞬を大切にしよう

それは、わたしにとっては小鳥
そして、《すべて》との大切なつながり

本当のことのために
土地を探します

甘えっこ

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小鳥も草も木も動物も この一瞬一瞬を生きているのだから -5-

(心配してくださった方々、しばらくブログに書くことが出来ませんでした。本当に済みません。落ち着いてから報告したい、と思いながら、なかなかそんな形となりませんでした。しかも、どのくらい情報を特定して書いていいのか判断ができなくて、数日書き始めてからも、アップできませんでした。申し訳ありません。深くお詫びします)

決まりかけた候補地の一つがだめになったというだけで、サンクチュアリを創るという夢自体が消えたわけじゃないから。小鳥も草も木も動物も この一瞬一瞬を生きているのだから、今この瞬間にも命への愛を注ぐことが出来るのだから -- だから、絶対に、めげない、とずっと考えてきた。

でも、おかしなもので、バンジー・ジャンプの後の数日間は、緊張状態の中で頭の中で「めげない」の声がフォルテッシモで鳴り響いて鳴り止まなかった。アドレナリンが異常に出ている、いわゆる〝アドレナリン・モード〟だったのだろう。夜も、眠れない。12時ごろにいったん眠っても、夜半3時になると目が覚め、昼間の活動状態になってしまうのだ。不眠症とか、寝たいけれど眠れない不快さもなくて、からだがずっと起きていることを求めている。食べものも、食べられない。これも、食べたくないというのではなくて、食べないでいい、とからだが言っている。無理に詰め込んでも、味がわからなかった。からだが満たされる感じがなくて、異物が詰め込まれるような感じだった。

そのあと、からだを取り巻く氣のレベルのからだ(〝オーラ〟と言ってもいいかな)が普通じゃないことに気付いた。背中 -- といっても、皮膚やその下の肉体ではなくて、背中から30センチくらいの間の空間、ようするにハート・チャクラの背中側に、ぽっかり穴があいて、スースー隙間風が通り、疼いた。この穴は、6年前 -- サンクチュアリの夢を懐くより前 -- 間近で目にする環境破壊・自然破壊に人間としてどうしてもやり切れなくなって、失われていく命たちを悼んで絶望するだけだった頃、痛くて痛くて仕方なかった穴だ。その後、縁あって出遭えた尊敬する方々・ヒーラーさん・氣功の先輩や仲間たち、そして書物から学べたことや、(蹲〔うずくま〕って泣いているのではなく)〝たとえどんなに小さなことでも、自分に出来ることをする〟〝山の向こう側の斜面がブルトーザーでなぎ倒されていても、わたしはここで、一本の木を植える〟と想えるようになったことで、徐々に塞がっていったのだった。

「大事なことを見据えて、絶対にめげない」「小鳥も木も草も動物達も、今この一瞬一瞬を懸命に生きようとしているのだから」「何度でも、やり直すぞ」 -- とわかっているのに、何故、穴はまた開いてしまったのだろう。胸腺チャクラのあたりが乱れ、わたしを取り巻く空間全体が、大きくひずんで、バランスを失っている。もっと自分の内的な世界のことを語るなら、いつも、左肩の上の辺りの空間に、純白の巨大な鳥 -- 左の翼に黄色い矢が刺さっていて、その矢は人間によって射られたものなのだけれど、それでも人間達を許して見守っている鳥の神さま -- が止まってて、見守っていてくれる気がしていたのだけど、その鳥も見えなくなってしまった。そして、背中の穴の痛みは、徐々に〝翼がもげた〟ように広がってきた。

これは危ない、どうなるのだろう、と思った。でも他方で、そういうからだ(=魂、でもある)の変化を淡々と観ている自分もいた。思ったよりも、下まで落ちるのかもしれないな、という気がした。落ちるところまで落ちる。でも他方で、落ちるだけ落ちたらまた上がるのだと落ちながら信じている自分もいた。

修行が足りない。

******

契約寸前まで行って、何とも言い表しがたい力の湧き上がるのを感じてから、すぐさまどんでん返しとなってしまった日から、二週間以上たった。このことでは、自分自身が結構こたえてしまい、恥ずかしいが、体力・気力のバランスも結局なくなった。周辺の人も巻き込んでしまい、こんな状態で続けるのは、間に入ってくださっている人々に迷惑をかけすぎることで、とにかく悪い、と感ずるまでになった。サンクチュアリを創立するための計画を進めてきて以来、多くの方々に迷惑をかけてきた。うまく行っていたときには、賛同の声をかけてくださったり支援して下さった方々が、何人か去っていった。サンクチュアリ創立は、こうした試練が幾たびかあってたった一人になったとしても、たった一人、〝それでも小鳥や森を守っていく〟ことの意思を試されているのだと思う。

もうこれ以上、誰にも迷惑をかけたくないし、巻き込みたくない。しかし、関わってしまった不動産屋・畑地の地主さん・司法書士事務所と対応するのに、〝戦う〟とか〝やり返す〟という意味でなく、一人で必要な知識をもって冷静に有能に対処することがどうしてもできそうになくて、いっそのこと弁護士相談して、これという弁護士の方に対応の仕方を逐一指示してもらうしかない、と思うに至ったそのとき -- この夢を初期から支えてくれた大先輩のAさんが(ずっと巻き込んでしまっていたのだけれど、そしてこの先輩の前では何度も泣いてしまっていたのだけれど)電話を下さり、「わたしが解決します」と仰った。「えっ?!」「笠間で、みんなで一度話をして、畑地の地主さんのところにも一緒に行きましょう」「えーっ?!」 ・・・・!! 弁護士、と言い出しかけたけれど、地元の人々の人間関係がかかっているので、それは好ましくないと言われた。

潔く、清い先輩! -- ずっと100%信頼している。ご自身も手術後いたわる必要のあるからだで、その上お父様の介護で毎日が重労働だ。その先輩にこれ以上寄りかかることは、申し訳なくて消え入りたくて死んじゃいそうなほど・・・ だから本当に自己嫌悪なんだけれど、〝気持ちを固めた後は純真なこころで解決に向かってまっしぐら〟という潔い勢いの先輩がてきぱきと指示するままに、手順が決まった。そして笠間に行った日、(芯から自己嫌悪だ)先輩に寄りかかるように -- 納得行く形ではなかったけれど、お世話になった笠間の人々の輪を尊重する形で -- 一応の区切りがついた。(契約上の問題も消すことが出来、損失した金額の一部も何とか戻ってきた) 

身のほど知らずのことをやろうとして、一番偉そうなことを言っていたわたしが一番情けなくて、駄目で、自分だって大変なこと・辛いことを山ほど抱えながら、邪心なく助けてくれる少数の人びとの人徳に助けられた顛末だった。情けなくて、恥ずかしい。だが、A先輩が昨日下さったフォローの電話で「何かを失って、落ち込んだときって -- わたしにもあったんだけれど -- そのとき入ってくるものもあるのよ」と仰った通り、無心に人を支えられる人ってすごいなあ、という感銘と、A先輩ほか幾人かの方々への感謝し尽くしてもし尽くせない気持ちは、全身に染み渡るように広がっている。

-- 有難うございます --

********

あれだけ素晴らしい、輝くような感覚を一瞬だけ味あわせてくれた神さま。

サンクチュアリ(聖地)を創ろうということにおいて、その礎(いしずえ)が弱い、ということなのだろうか。

わたしにはまだ、わからない。

でも、鳥も草も木も動物も この一瞬一瞬を生きているのだから、今この瞬間にも命への愛を注ぐことが出来るのだから -- だから、わたしもこの一瞬を大切にして、祈るように、歩いていくしかない。

*******

さようなら候補地


一歩あるけばあるくたびに、そこが平和で愛に満ち溢れ、護られていますように・・・! どんなところに息づく命も、命のつながりも、わたしたちの命とつながり、調和していますように・・・! わたしたちの内側の自然も、外にある大自然も、聖なる光に照らされ、美しくありますように・・・!
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小鳥も草も木も動物も この一瞬一瞬を生きているのだから -4-

夕闇の迫る中、候補地の森と対話した。

この森が好きで、気に入って、ここに住むことを許してもらえる気がしてきたし、生きものたちとも仲良く出来る確信をもっていた。ここで、光をいっぱいに浴びながら、森の手入れをしつつ鳥達と楽しく語らっている様子を、幾度もありありと描いてきた。わたしは、この森と一緒になって、ここを少しでも良いところに、そしていつまでも良いところにしていける、そう信じてきたけれど -- 森の方はどうなのだろう? 森は何と言っているのだろう?

雨に包まれた薄暗い森と向き合った。そして、森の声を聴こうとした。そのとき、気づくことが出来た。

森は、わたしを受け入れてくれているけれど、どうしても必要としているわけではない。この森は、助けを求めているわけではない。わたしが手入れしてあげられなくなることで、泣き叫んでいるわけではない。この森は、わたしが来なくても大丈夫なのでは? もちろん、手入れすることによって、在来の樹木が豊かに健やかになり、鳥たちの食べる実のなる木や身を隠す場所が増えて、ずっと良くなっていくと信じてきた。しかし、地主さんがそれほど売りたがっていないならば、ここが開発にさらされたりする可能性は低い。現状では、確かにハンターや不法なメジロ捕りが入ってくるというけれど、不法投棄をするこころない人が入ったり、荒らされることはない。それなら -- 

目の前で寒さに凍えている小鳥がいたら、懸命に温めて、何とか助けたいと思うだろう -- それと同じで、どこかに、懸命に助けを求めている森があるのではないか? たとえどんなに少しのことでも、わたしにできることをもっと必要としている森があるのではないか? 生命を奪われようとする森、今にも切り倒されそうな大きな木、緑の息吹くのを待っている荒れた土地や不毛の土地・・・。いつか、近いうちに、そんな森と出遭うことになるのかもしれない。

売りに出されている森は、買うことによって伐採され加工されることを免れるだろう。荒れた二次林や更地を買えば、それを豊かな森に出来るチャンスがある。小鳥達は、木の実のなる樹木が育ち、安全が守られているならば、きっとすぐに飛んで来てくれる。彼らには、〝ここは安心だ〟〝この人たちはいじめたりしない。ここにいても大丈夫だ〟とすぐに見て取る力がある。今はまだ、産廃物が山積みにされたり、重油や化学物質が流れ出ている土地を浄化して森にするまでの実力と行動力をもっているわけではないけれど、それでも〝地球の緑を増やす〟ために、もっと何かが出来るチャンスがあるのかもしれない。そうであれば、この森と暮らしたいということがわたしの一方的な願い、執着であるならば、わたしは諦められる、諦めなければ。

どれほどに力弱き器であっても、すべては命への愛のために始まったことだから。それがいつでも、原点だから。

四季折々かよって、様々な鳥達や風景と出遭い、最近もヤマドリがいるという情報や、アケビのなる大きな木があるんだよ、などと耳にした森だが、気持ちや想いはさて置いて、答えはもう出ていた。

雨に包み込まれた薄暗い夕暮れ、エナガたちの群れが鈴のような声と共に樹間を渡っていった。ねぐらに入るのだろう。山に向かう斜面から「ウワッブ」という吠え声が聞こえ、イノシシが笹を踏みながら逃げていく音がした。三頭ばかりいた。この秋は山の実りが乏しいらしいから、食べ物を探して山から下りてきたのだろう。畑に出て、農家に被害を与え、ハンターに撃たれることがないように、神さま少しでも多く山に実りを残してください!!

さようなら、愛しい森!
さようなら、ここに生きるすべての命たち!

いつまでも、静かに、美しく、守られていますように。


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小鳥も草も木も動物も この一瞬一瞬を生きているのだから -3-

契約上で起こったことへのショックや、その後の対応はさておき、数日するうち、そんなことよりも”バードサンクチュアリの夢の一歩手前”と確信できたところから不意を衝かれたように起こってしまったことが、こたえた。

朝陽の降り注ぐ笠間の山並みを目にしながら感じた、天にも登るような気持ち、そして自然に溶け込んで愛に溢れた力強い生き方をすることへの希望と確信。その高揚感、昇華していく魂が ・・・何と言うか、徐々に下降線を辿っていくとか、沼に足を取られたように悪循環に引き込まれていくとか、そういうのじゃなくて ・・・ 天まで登りつめて、一気に

  バンジージャンプしてしまった!!! 

という感じで、〝ここはどこなの〟と(気力や意思や思考を置いて)からだと魂が震えていた。

沢の水音、風が樹々の枝葉を揺らす音、小鳥達の鳴き声 -- それ以外は静寂に包まれている。今の日本ではめったに見ないほど美しい里山の、谷津田・棚田の奥の候補地。唯一の心配は、その自然を守るためにその場所に決めて、逆に人が入ることによって環境破壊にならないかということだった。だが、身を持って環境保護と取り組んでいる尊敬する大先輩に、「大丈夫よ。始めてみれば、何とかやっていける。そしてゆっくりやっていけば、道は開けていく」と温かい、温かい励ましをいただき、「ここなら畑もやれる。sumikoさんの活動や思いを広げていける」と力強く背中を押していただき、「沢が広い」からここはよい、と鑑定していただいた結果に、自分の未来を確信できたのだった。

また、「それでもやっぱり、土地とじか談判して土地の神々の声を聴かなきゃ」と思い至って、土地の氏神様、ならびに、尊いご縁をいただいたように感じられた大井神社とにお参りして、「すべては初めから受け入れられ、許され、護られてきた」と感じることが出来たのだった。

四季折々出遭ってきた野鳥達、森や山や田畑の春夏秋冬豊かな顔と表情。そこで懐いてきた様々な思い -- そして祈り、感謝。

 現実面でどんなことがあったからと言って簡単に断ち切れない。
 いや、断ち切るのは困難だ。
 そして、「断ち切る」ということではない(今なすべきなのは)、きっと。

それでも、どうしても、こころの整理をしなければならなかった。

わたしは、何よりもまず(現実面での対処を置いても)大井神社と候補地現地に行くことにした。

急に寒くなってきた一日雨降りの土曜日。つくばからの高速では、途中土砂降りになって、友部インターチェンジまで着けるかさえ危ぶみながら、それでも何とか笠間に到着することが出来た。何という日だったろう -- それとも、こんな天候こそ、〝ふさわしい〟のか。

大井神社へと向かった。すると不思議にも、雨脚はゆるやかになり、小雨となった。やわらかく優しく包まれるような薄暗がりの中、境内には誰一人いなくて空気には何の濁りもなかった。少しは降ってくる雨を、背の高い杉の林が防いでくれて、まるで護られているようだ(ここへ来ると、いつもそう感じる)。

大井神社の神さまは、限りなく優しい。その日も、限りなく優しくて、起こった出来事のひとつひとつ、わたしの至らないところのすべてを、ずっと見守り許し包み込んでくれているような気がした。かなり永いことそこにいて、その数日間感じることの出来なかった落ち着きや安らぎに満たされていくことができた。ずっと降り続く雨を受け止めて、辺りは冷たい水ばかり。その水に包まれ、水の流れの中にいるような気がした。

水の流れのように、参道を下ることにした。いつも通っている路。いつも憧れの気持ちが沸き起こる、境内から下の田んぼや村を包み込むような、なだらかな光景。途中にそびえている見事な太い幹の三本の杉 -- 根っこでひとつになっている -- 親子杉。いつも目に触れているはずの神社を紹介する看板 -- だが、何度も読んだはずなのに、その日初めて、ここの神さまの説明が目に飛び込んできた。

 御祭神 神八井耳命
  御神名 神八井耳命はその字の通り
  八つの井戸、八つの耳をもつ聡明で
  慈悲深い神さまなり 
  八つの意味するところは、末広がり
  七転八起の運を開く大願成就の意なり。

何度も読んできたはずなのに--。その日初めて、「慈悲深い」と感じられたのはわたしだけでなく、昔の人々もそうで、長い時代ずっとそうだったのだ、と知った。「七転八起」の文字は、鮮烈に突き刺してくるようだった。

 ・・・こころを整理するためには、候補地の、〝あの森〟の命と、対話しなければいけない。
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小鳥も草も木も動物も この一瞬一瞬を生きているのだから -2-

バードサンクチュアリのための土地が、ついに手に入る! ―― そんなお知らせをしてしまって、みなさまご免なさい。楽しみして期待していてくださった方、支援し励ましてくださった方、ご免なさい。

笠間の土地のことは、一応の解決がついて落ち着いてから、きちんと報告したいと思っていたのですが、まだ少し時間がかかりそうです。今は未だ、感情面でも、魂のレベルでも不安定で、きちんと整理できないままに何か語るのはそれもまた多方面にご迷惑になる、と感ずるのですが・・・・ 振返れば、土地入手に関する自分の勉強不足や、きちんと確認し念には念を入れていく姿勢、一つのことを興す上での実力や行動力のなさを思い知らされるようなこととなりました(まだ『いい勉強になった』といえる段階でも心境でもないのですが・・・)。

現在の職場がある場所(つくば)から通うことの出来る森を探して、管理や予算の条件から段々と北上することになり、場所も土地も地元の人々や文化も、笠間が良いのではないかということになりました。それから、笠間市で”お金のない陶芸家の方でも手弁当で山間の土地を一生懸命探してくださっている”という不動産屋に依頼したのは二年以上前。半年ほどして、谷津田の奥の雑木林三箇所を候補地として紹介されました。一年間にわたって他の土地も見たり、野鳥の飛来する雑木林をつくっていらっしゃるS先生御夫妻や、北茨城の花園渓谷近くで《環境に優しい、つつましい暮らし》を実践されている尊敬するご一家、そして沢山のピカピカ輝く友人・知人達をお連れして夢を相談し、沢山のアイデアをいただきました。そして昨年末、花園のご一家に候補地となっている場所をみていただいて、その後すぐ氏神さまと信仰する神社とにお参りに行ってこころと決めました。

サンクチュアリの土地面積は増やしていきたいけれど、当面は、1500坪ほどの山林と、その山林を管理するための家を建てる畑地だけでも入手できれば話を進めてほしい、と不動産屋にお願いしたのは昨年の年の瀬も迫るころ。その後、山林の地主さんが代替地をご希望ということで、適切な代替地を探してもらっていました。途中うまく行かなかったり、予定よりも費用がかかりそうだということで話し合いをしたりしましたが、ごく最近になって、これという代替地が見つかり、山林が手に入りそうなので、その手入れをするための家を建てる畑地の交渉も進めていただいて(こちらは、177坪なので多少値段を大目にお支払いすることで解決できる、と言われました)、両方の土地が上手くいったので手付金を急いで用意してほしい、代替地の持ち主の気が変わらないうちに(―この辺りから、あとで実はそれはまずかったとわかったのですが―)と言われて、大急ぎで契約することになりました。

緊張と共に喜びに溢れて、天に登るような気持ちで契約に向かった道中で、わたしは“森を所有する”ということがどんなに自分にとって素晴らしいことか、そこに生きている鳥や植物や動物達を護りたい、そのために自分が核心のところからどれだけ強くなれるかを実感しました。本当に光が注いでくるようでした。

不動産屋と会うまでは、山林・畑地・代替地の地主さんそれぞれを交えて司法書士事務所で契約するのだと確認もしてそう思っていたのですが、お目にかかってから、予想外の展開になって、どうしてあの時、たとえきつい口調やケンカ腰となってもひとつひとつ確認しなかったのか、はっきりわからないままに進むときにNOと言わなかったのか、本当に自分を情けなく思います。不動産屋の車に乗りながら、「代替地の地主さんから気が変わったと連絡されたが、またすぐ説得します」と言われて、車が山間に向かうので「事務所ではないのですか」と確認すると、「大規模な取引ではないから、ご自宅で」と畑地の地主さんの家に行って仮契約をし、その後「山林のほうは?」と聞くと「今日は寄らない」、時間があるから司法書士事務所に行きましょう、と言われて、畑地を宅地とするために農地転用する手続きを依頼しました。市内に戻って車の中で「ここまでの手数料」と支払いを要求されたときには、「??」さすがにかなり不審な気がして、(それまで骨折ってくださっていたことは確かなので山林と畑地の両方が手に入るなら、お支払いすることも了解できる金額なのですが)「畑地だけでなのですか?」と何度も念を押したのですが、「ここまでの分だ」、そして結局お支払いしてしまいました。その不動産屋と笠間でなじみのところに立ち寄ったのですが、ボーっとしてしまっていて口も利けませんでした。他の方も交え雑談する中で、不動産屋が「まあ、山林の方は、当分は借りて使えばいい。そのうち代替地を見つけますから」ともらしたので、そこでやっと現時点で山林は手に入らないのに畑地の契約に手を染めてしまったことに気付きました(山林がほしくて進めてきた話なのに!)。しかも契約の前日、確認したときに一言も言ってくれなかったけれど、その数日前に、代替地の地主さんはキャンセルしていたことがわかったのです。自分はなぜ、その場でもっとしっかりできなかったのか ――ものすごい緊張と高揚感と、それまでは本当に良くやってくださっていたと感じていたし間に入った方からも聞いていたので、またマニュアルどおりではなく“土地の風習”“田舎の人の田舎なりのやり方”があると繰り返し聞いていて、大丈夫かは地元の方にも相談したのですが「何を信じるかじゃない?」と助言されて、信頼してしまっていたのです。でも、《信頼》と《依存》とは違う、大事な契約なのに現実的なことを引っ張られるがままに進んでいって大丈夫だと依存してしまったのは、大きな間違いでした ―― 話として書くと恥ずかしいけれど、そんなになってもそのときはまだ、半分は、候補地が手に入らないなんて考えることも出来なかったし山林が手に入る勢いの中にいるような気がしていたのです。

戻ってから、先輩や友人や家族に話す内に段々心配になって、でも心配するより山林が手に入る可能性について事実を確かめようと、翌日不動産屋に電話しました。が、色々尋ねようとすると逆に怒鳴られて、キャンセルするならいくらいくら、という話までされてしまいました。そこから数日は、どんなトラブルとして処理していいのか情報集めや相談に追われていましたが、その後、そうした現実的なことよりも深く、土地への思い・そこで展開したかった夢への思いが断ち切りがたく表れて、こたえました。11日(土)笠間に赴き、この土地に決めたときにお祈りした大井神社と候補地現地に行ってきました。


その後、仲介して下さった方々が不動産屋に問いただしてくださったり、間に入ってくださって、不動産屋の方は、山林は手に入るからまだこの仕事を継続したい、いろいろ反省している、という状況だということが伝わってきました(代替地の地主さんのキャンセルがある前までは、その方が骨折ってくださっていたことや善意で引き受けてくださったことは本当だと思います)。しかし一方、今後どうするかを決めるに当たって、客観的な第三者の意見を聞いたほうが良いと助言されて、つくば市の『消費生活センター』に行ったところ、不動産業の資格がないことや、契約の手続きや内容や書類が明らかにおかしい・素人のやり方としか考えられないこと、違法な部分もあることを知りました(勉強不足でした)。センターでは、弁護士に「内容証明」を書いてもらうなどして、手付金や手数料として支払った金額を返却してもらうように言ってはどうか?といわれました。ただ、当初はその不動産屋(と思っていましたが、資格はなかったわけですが)が善意で始めたことも確かだと思うし、地元でお世話になった人々への配慮もあるので、間に入ってくださった方のうち、先輩で信頼できる方のご意見やご助言に従いつつ、畑地の地主さんへの対応などに当たることになりました。
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小鳥も草も木も動物も この一瞬一瞬を生きているのだから -1-

バードサンクチュアリを創立する! そのための土地が手に入ることになって出かけた日の朝、友部のインターチェンジから笠間方面に向うなか、朝陽の当たる山並みを眺めながら、今まで味わったことのない高揚感が訪れた。何というか、すごく高い光のバイブレーションが、自分の中に真っ直ぐにとめどなく入ってきているのが分かった。

小さないのちがむざむざ失われていくとき、それを知りながら、わたしは何も出来ないでいた。光降りそそぐ青い天空をよぎる鳥達の飛翔、森の木立で木漏れ日を浴びる鳥達の朗らかな囀り、鳥の巣や卵、生まれて少しした、ふわふわの綿毛に包まれた疑うことを知らぬ天衣無縫な雛鳥たち。そして、それらを一瞬にして消し去る、樹木の伐採、ブルトーザー、狩猟、人間による自然へのこころない仕打ち・・・ 開発の名のもとに、人間の都合によって、あるいは無知によって。

それらは、人間としてわたしが享受してきたメカニズムの中にあり、その本質は命を傷付けたり奪うこと、そして、元々自然の命として他の命とつながっているということの忘却、他の命を命として受けとめることの拒否 -- 暴力や虐待や無知なのだ。(人間が生きるために必要最低限のことは、痛みを伴う原罪と言えよう。しかし、それより遥かに多くの信じられないほど残酷なことさえも、行う側はほとんど何も感ずることなく行われていく。) わたし自身もそれに荷担し、時には見てみぬふりをし、人間であることを恥じながらも、卑屈な思いをしながらも、何をどうすればよいのか分からなかった。尚悪いことには、幼少時に暴力や虐待を比較的間近で経験したわたしには、人間が恐怖から暴力の連鎖を断ち切れなくなることもよく分かっていた。そして、たとえばJane Godallさんのような、カリスマ性のある、知的かつスピリチュアルな環境運動家は、いのちが傷付けられようとすれば果敢に飛び出していったり臆せず正しいことを発言できるのに、わたしにはそれができない。それは、Godallさんのような人々(その他多くの、命のために迷わず真っ直ぐに駆けつけることの出来る、こころ温かい無名の人々)の大半は、小さなときから、生きものを愛し正しいことをしようとすることを励まされ、擁護してくれる家庭に育ち、それゆえ愛や自信を揺らぎなくもっているからなんだ -- という消えないコンプレックスをもっていた。

光降りそそぐ青い天空をよぎる鳥達の飛翔、森の木立で木漏れ日を浴びる鳥達の朗らかな囀り、鳥の巣や卵、生まれて少したった、ふわふわの綿毛に包まれた疑うことを知らぬ天衣無縫な雛鳥たち -- どれほど愛してきたことか。そして、それなのに何も出来ない卑屈さを痛みと共に、どれほど味わってきたことか。

だが、その日の朝、わたしは初めて自分の育ち方や抱えている問題もまた、意味のないことではなかったことが分かった。その数日前から、幼少時に知った暴力や虐待、生きものたちが殺されることへの恐怖が何故か繰り返し脳裏を過ぎり、何故、それを忘れることができないのか、許しを与えることができないのか、こんなに苦しいままなのか、と考えた。が、その朝、全ての謎が解けたような気がした。辛い記憶を思い起こさせる出来事が示し合わせたかのように起こり、それらが脳裏に過ぎるたびに、わたしは「自分がなぐられることは、今はちっとも怖くない。だが、わたしが怖いのは、目の前で一生懸命に生きているものたち、小鳥や犬など人間の優しさに頼らざるを得ない生きものたちが、いじめられたり傷付けられたり殺されること、そして、それに対して何も出来ないことなのだ」と繰り返し思った。

分かったのだ -- 森を所有し、それをサンクチュアリ(聖域)とすることの、わたし個人にとっての意味が。人間の気まぐれで、たちまちのうちに命を失ったり傷ついたりする小鳥達が、そこでは永久に、安全で、幸せで、守られている。小鳥達と人間達は、健やかに信頼しあい、調和のもとに共に生きている。それは、Gaea(地球)のため、地球の命たちのためであると同時に、何よりも、わたしが生きている理由なのだ。ようやく直視できるようになった、何も出来ない自分の卑屈さや、暴力や虐待を前にしても怯えて立ち竦むのみであったという無力感やコンプレックス -- だが、それさえも無意味なことではなかった。確かにJane Godallさんは、生まれたときから命あるものを臆せず守っていける”古い魂”であるかもしれない。だが、わたしは、暴力の循環、卑屈さ、勇気のなさ、無知、無力感やコンプレックスを知り、その連鎖や”見て見ぬ振り”を断ち切るために生まれたのだ。

なぜなら、サンクチュアリの森を所有するということは -- そこで生きる命たちを護っていくということだ。サンクチュアリの命のためなら、わたしはどれだけでも強くなれる、きっともっとずっと強くなれる。そして、そのサンクチュアリの光を広げるということは、命たちを護るために、これからは強くなれる、強い人間として生まれ変わる、ということなのだ -- わたしは、自分に無限大の力が与えられていくことを、確信した。

そのときの、光でいっぱいの高揚感は、今も未だ残っている。
神さまは、その感じがからだに宿るということがどういうことかだけは、味あわせてくれたのだ。
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!!!

森を守って小鳥達が安心して暮らせる聖地を創るんだ!と高揚した気持ちで笠間に契約に出かけた日、契約段階でどんでん返しが起こってしまった! 地道に誠実に交渉や契約を進めるつもりだったが、やっぱり詰めが甘ったのか。

7年かけて進めてきたバード・サンクチュアリ創立の夢。
3年かけて、笠間で詰めてきた候補地。
「小鳥達のために、樹々のために、いのちといのちのつながりのために、できる限りのことをやって地球に光を広げるんだ」という想いが確かになっていった。

多くのご支援や思いやりや励まし、沢山注いだ想いや祈り、インスピレーション、四季折々出遭えた小鳥達や風景や人々。

信じて乗り越えて進んでいくんだ! という思いと、
でも、これ以上契約上馬鹿なことがおこらないように、もし「本当に小鳥のために、みんなのために、ならない」なら、執着せずすぐに候補地から引くんだ! という思いが交錯する。そして、決めなければ。いずれにせよ、絶対めげない。そのときベストと信じることをするだけだから。一番大事な思いは変わらない、この世でどう形にするのがいいのかを見極めるだけだから。

********
契約が決まってからいろいろ偉そうなことを書いたり言ったりしてしまったけど、みなさんごめんなさい。解決に向かって落ち着いたらすぐまた書きます。
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ice blue crystal 3

紅葉2


サイトの冒頭で紹介している『All as One』(作曲:HIRO川島 作詞:井上真紀)という曲には、日本語に訳された歌詞のついた『All as One '98』というヴァージョンがある。今朝、この曲の入ったアルバムを聞きながら瞑想をしていたら、歌詞にはっとした。

 はるか遠い昔、水のゆりかごのなかで、光と光が結び合い
 たった一つのいのちが生まれました
 このはじめのいのちは、おおいなる宇宙に見守られながら
 さまざまなもの達へと進化して行きました
 でも、いつの日からか私たち人間だけが、
 いのちの言葉を忘れてしまった・・・

 自然のすべてのもの達・・・あなた達は永いあいだ、
 静かに待っていてくれた
 私たちがどんなことをしようとも、いつかは気づくだろうと
 そして今こそすべての秘密を打ち明けてくれようとしている

      (『All as One '98』作曲:HIRO川島 作詞:井上真紀)

森や、山や、谷津田や、田んぼ ・・・ そこに息づくいのちたちが、響き合い、その響きをからだを通して感じているような気がした。それは、バードサンクチュアリ候補地の周囲の森のように感ずるが、それだけではなく、そこから広がる自然すべて、地球すべての響きのように感じられた。

 風のささやきがきこえる・・・ みんな待っているのだ、と
 太陽の声がきこえる・・・ なにも恐れることはないのだ、と
 そして、あなたの歌がきこえる・・・ 私たちはいつもまでも
     いっしょなのだと
      (『All as One '98』作曲:HIRO川島 作詞:井上真紀)

井上真紀氏の純真な歌声は、「風にのって声がきこえる『みんな待っているんだよ』」と誘う。「扉を閉ざし背を向けることなど出来ない」、と。

*******

しばらく前から、孤独というものを感じなくなってきた。いや、正確に言うと、もともと人付き合いが上手くなくて、独りでいるとほっとするところがあるが、それでも気持ちのすれ違いや想いが伝わらないとき -- 現実に何かがあってそう感じるときも、もっと集合意識的な何かを潜在的に感じ取ってそういう気分がするときも -- 胸が疼いたり気持ちが沈んだりした。それが《孤独》だと以前は感じていた。

しかし、最近、尊敬する方の何気ない一言ですべてが変わった。わたしのそばには、いつも小鳥がいるのだと。

《孤独》を感じるとき、自分の内側の緊張をすっと緩めると、それだけでその小鳥に気づくことが出来る。わたしは、小鳥の命と、樹々の静けさおだやかさと、そして森の声、風の歌、海のうねり、湿地や草原の匂いと、いつもつながっている。ただ、人間ゆえの知識や思考による分断で、見えなくなってしまっただけで、いつでも、そのつながりはある。

このことは、理解することではなく、自分の心臓の鼓動、血や体液の流れ、皮膚を通して出入りするもの、細胞の広がり、内側すべての感覚、そしていのちといのちの終わりが、どことつながっているのか、どこから来たのかを感じてみるだけでわかることだ。その瞬間、わたしは森の息遣いのすべて、鳥達の飛翔のすべてだ。

 『みんな待っているんだよ』

突然、幸福感の洪水が押し寄せてきた。



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ice blue crystal 2

空


前回のブログ(ice blue crystal)を書いてから、現実は職場の仕事量の多さのために缶詰状態なのだけれど、いろんな反響を戴いて -- こころの水面に水飛沫があがったり、蒼い綺麗な湧き水が流れ込んできたり、虹色の夕映えに照らし出されたりする感じ?!

おめでとう、良かったね!!と喜びや励ましを伝えてくださる方々。種々の心配をしてあれこれの助言を下さる方々 -- 交渉ごとなど現実面で世間知らずすぎるわたしを本気で案じて下さる方からは、包み込んでくれるような温かさを感じた。(確かに、〝しなきゃなんない〟心配は、五万とある!)。それから、(今回に関しては)「天」に守られているんだから、とか、「道」があるんだから、とか、「(うまくいくかどうかはわからないけれど)何も心配していないよ」といった静かな励まし(?)もいただいた。

思えば -- なんと幸せなんだろう。前回のブログで「失敗しても後悔しても・・・」という想いを告白したが、それでもやっぱり、そんなこと考えず、まっすぐ前を見て地道に、誠実に、そして無心に、歩みを進めなくてはいけない。自分に愚かな面が多いことは否定しないけれど、そんな自分より遥かに〝人徳に溢れている〟としか感じられない方々に、支えられ見守られているのだから。

笠間の地元のことなので地元でお世話になっている方に相談したほうが良い、と助言してくださった方があり、思い切って電話をした。遠慮もあるが、少なくとも、地主さんとお目にかかって契約というときに、風習とか礼儀作法とかがあるのか、ご無理を承知でやっぱりお聞きできたら、と考えたのだ。

短い間だったけれど、お伺いできたことは素晴らしかったよ。

まず、不動産屋のこと --。こんなに長い間 -- もう3、4年になる -- 土地探しと交渉に骨折ってくださって、不動産屋としての利益はごく僅か、だという。それでここまでこぎつけてくれた。多分、他の不動産屋なら、絶対にできないことだろう。(それはわたしも、痛いほど分かっていた。他の不動産屋の考え方や、わたしの夢に対する反応も、それ以前の数年間でよく知っている。候補地に決意を固めた昨年末、友人や先輩と共に、一緒に泣いてくれたこの不動産屋は、何と言えばいいのだろう ・・・ 〝service〟という言葉が浮かぶ)。

 *serivice 役に立つこと、有用、助け; 奉仕、尽力、骨折り、世話;
     思いやり、敬意; 神に仕えること

「(自然を守り、小鳥や樹々たちと調和して生きていきたい、というわたしの夢に)自分も乗っかっている。そう思うことで、仕事してきてくださったんだと思うわ」、というのだ。

そうだと分かる。そして、そのことへの感謝は ・・・ 痛いほど感じる。

最初にお目にかかったとき、その方と、この夢を支えつづけてくれている先輩のAさんと、三人でお蕎麦を食べた。わたしは食前に、「五観の偈(ごかんのげ)」を唱えるのだが、すでにお蕎麦に手をつけていた彼は、こころの内でそっと唱えているわたしに気付いて、慌てて箸を置いて一緒に手を合わせていてくれていたらしい -- そのことを、後で聞いた。「生まれて初めて、手なんか合わせちゃったよ」と言うこの不動産屋に親しみを込めて、みんなで話していたのだが。

それから、「金銭に関わることになると、人が何を思い、どう動くかは分からない。特に、(わたしに関しては)心配な面もあるけれど」、

「何を信じて行くか」ではないか、そして

(自然を守りたい、小鳥たちを助けたい、という)「夢にまっすぐに進んでいってほしい」

と、助言をいただいた。最後に、

「周りの人への、遠慮や思いはいいから」と一言添えて。


今、静かに座り、自分が透明になっていくまで長いこと瞑想できたとしたら観じるであろうことを、短時間でずばりと言ってもらった気がする。痛いほどの感謝を感じつつ、まっすぐ歩いていこう。










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