hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

トーンヒーリング

春休み -- と言っても仕事がうねりのように押し寄せてきてなかなか休みも取れなかったが、えいっと頑張って休暇届を出し、静岡の清水まで日帰りで行ってきた。

つくば在住の若くて魅力的な友人が「あまりに素敵だから見て!」と紹介してくれた彼女の友人のサイトを見て、その方の個人セッションを是非受けたい!と強いインスピレーションが閃いたのだ。Music Shamanと題するそのサイトは、ハワイや沖縄などの写真や素敵な言葉が載せられていて、数ある同種の綺麗なサイトの中でも、自然と交換する喜びが煌めき出るような点で群を抜いていると感じられた。

なかでも感動したのが、大きな威厳ある鳥が立ち止まって、キリッとこちらを見据えている写真。その鳥の目には、鋭い風格と気品が感じられた。後でその方にハワイの「ネネ」という鳥だと教えていただいた。

まったくパーソナルな感動かもしれないが、わたしに必要なのはこれだ!という感じがあった。鳥たち、樹木、自然が大好きで、彼らと触れ合えば何ものにも代えがたい安らぎを感じて、癒される。でも彼らとつながろう、対話しようとすると、人間がしていることのせいで彼らがどれだけ傷つき、また今まさに彼らが消え去りつつあるその痛みだけをズキンと感じてしまうことも多い。

子どものように純真に、彼らと共にいたいのに、「癒されているばかりで、わたしは何一つできない」という思いに、情けなくなる。

でもどれだけ彼らがかけがえの無いものであるかは、自然と交流する深い喜びを自ら感じ、みんなに共感していただけるように表現しなければ、本当に伝えることはできないのだ。

こんなことを感じながら、どんどんどんどん電車を乗り継いで、清水についた。忘れられないセッションとなった。からだもこころも魂も潤うようなトーンヒーリング。自分の感じてきたこと・自分に必要なことの奥までもう一歩踏み込み、エネルギーについて新しいことに気づけるようになったオーラソーマ。トーンヒーリングのときの彼女の声は飛び切りの倍音で、甘く優しく繊細なのに、パワフルだ。海や森や大きな樹々たちや色とりどりの鳥たち、やさしく撫でるような風や甘い香が次々と浮かび、わたしを守ってくれている鳥たちにも出遭う夢を旅した。鳳凰のエネルギーも感じることができたよ。

この先どうなるんだろう、そう思いながら静岡を後にした。今も、これからまだまだどうなるんだろう、という感じ。

とっても不思議なシンクロだったに違いない。強いインスピレーションが閃いてからすぐに新幹線に飛び乗って、そんな時間を過ごすことができて、今その方は全ての個人セッションを終了して、新天地、沖縄に向かわれている -- 沖縄を基盤に、今度は多くの聴衆に向けて、その声のコンサート活動をされるのだ。まだとても若いYuko Hirayamaさんのサイトはhttp://muse55.blog87.fc2.com/

ハーブの花(清水)

 (清水の街の通りで撮影したハーブの花。つくばと違い、どんな小さなコーナーの植物もさんさんと太陽を浴びていた)
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金柑の花

今朝ほど、狭い官舎の部屋の中で、小さな金柑の木が、ちいさなちいさな、純白で優しい花を咲かせてくれた。
金柑の花

この冬、緑の樹々が無性に恋しくて、小露鈴とgaeaちゃんの食料品を買いに行った折にホームセンターの園芸コーナーで出遭った、金柑の木と沈丁花の木を連れ帰った。

金柑の木は、まだ本当に背が低いのに、その細ッこい枝の隅々まで黄金色の大きな実を沢山つけていた。たわわにつけた実によって、木自体がうなだれていたほどだ -- こんなに幼いのに、その黄金色の豊穣のために自らの全てを捧げているような感じだった。そして、その小さな木は、自身も黄金色に輝いていた。

沈丁花の木は、本当に品のよい、奥ゆかしい香をかすかに大氣に放っていて、いつか森で暮らすときのために園芸種はあまり買わないようにしているのだが、それでもどうしても欲しくなった。やはり小さな木で、まわりにミルキーホワイトのエネルギーが漂っている感じだった。

今、沈丁花は花の時期を終えて、ベランダで青々とした葉芽を伸ばし始めている。

金柑の木の方は、寒がりだそうなので、まだ室内にいて、これも若芽をすくすくと伸ばし始めている。

あんなにたわわに金柑の実を実らせ、その豊穣をわたしに分け与えてくれたのに、またこんなに清楚な花を咲かせて、微笑みかけてくれるなんて! 

樹はどこまでも自らの生命力を分け与えてくれる。そこには、優しさや慈悲だけがあるような気がする。
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鳥さんによるご神託

Bach Flower essenceをずっとずっと愛用している(http://www.bachflower.gr.jp/)。いろんなフラワーレメディがあるけれど、やっぱり英国のこれでなきゃ。1994~1996年英国Loughboroughで学生やってたときに、飛び込んだ自然派化粧品店で手にとって思わずひとびん、買い求めた。それが、38種あるレメディのうちの
 Sweet Chestnut(西洋くり)。
後で調べると、それは深い苦悩を抱えた人のためのレメディだったことがわかったのだが、そのときは「どうしてもそれ!」という感じのインスピレーションだった。その後、
 Walnut(ペルシャグルミ)
も買ったよ。後から思うと、根源的に変わろうとする何かがわたしに在ったのかもしれない。

日本に戻ってきて、つくば市でお気に入りのナチュラル雑貨&穀菜レストラン『りっつん』(http://www.ritzn.jp/)に通うようになって、Bach Flower essenceと再会した。そのときはもう、「異種間コミュニケーション」に気持ちがまっすぐに進んでいたので、”お花のエネルギーを感じたい””植物をもっと理解したい・感じ取りたい”とはまった。

それと、Bach Flower essenceは、“ペットに処方するための”解説書が幾つか出ており、野生動物を含む動物に与えて実績があるところが魅力的だった。動物たちは(人間と同じ次元では)嘘つかないし、レメディの説明書きを頭で理解して思い込みをすることもない -- これは本物だと思った。それに、《人と暮らすアニマル・コンパニオン》や《人と関わりをもった野生動物》が、人と同じように、そして人と一緒に、ホリスティックな癒しに包まれるのって、素敵だと感じた。(今は、“ペットのための”ハーブやセラピーなど、沢山出てきているけれどね)

そのときお店で販売されていた方に、その方が一緒に暮らすダックスフントが
 Chicory(きくにがな)
でひどい甘え癖がなくなったとうかがった。それで、わたしが解説書で勉強して一番に買ったのは、
 Agrimony(西洋きんみずひき)
一緒に暮らす文鳥さんたちのために。小鳥は弱い生きもので、だから怪我をしたり体調が悪くてもそれを隠してしまう。外敵は群れの中で一番弱いものを狙うし、時には群れの仲間にそれが分かると追い出されたりもしてしまうから。外からわかる平和と同じく「内なる平和」にも守られているように、わたしは毎朝、おまじないのように小露鈴とgaeaちゃんのお水に一滴のAgrimonyのレメディを入れている。

でもね、文鳥さんたちに一番効いたのは、gaeaちゃんが家に来た頃お水に入れていた
 Larch(ヨーロッパカラマツ) と
 Mimulus(みぞほうずき) !!
家族となってくれたばかりのときのgaeaちゃんは、人に慣れていなくて、人間が近付くだけでバタバタ暴れ回り、恐怖で心臓をばくばくさせるような鳥だった。可哀想に、本当に怖かったし、ペットショップで一緒にかごの中にいた文鳥のオス達から自分だけが鷲掴みにされて家まで連れてこられたのだから恐怖と不安で死にそうだったんだと思う。(だけど、そのかごの中にいた残りのニ羽からいじめられていたから、絶対「この子だ!」と決めたんだけれどね)。
 gaeaちゃんは人だけでなく、新しい止まり木にも、菜っ葉にも、何にでも怯えた。同じ文鳥の小露鈴だけに一生懸命呼びかけていた。そのgaeaちゃんは、LarchかMimulusで、ゆっくりだけど「僕、強い子」「僕、平気」という範囲が広がっていったように思う。(人間も、「gaeaちゃん怖くないんだよ。大丈夫だからね。誰もいじめないんだからね。一緒に暮らそうね」と脅かさないようにいつもいつも話しかけていたけれど)。そして、時間をかけて「ここが僕の家!」と受け入れてくれたように思う。

今思うと、解説書をくまなく読んで論理的にもっとも該当する、と当時判断したLarchとMimulusが最適だったかどうか、はちょっと疑問だ。だが、わたし個人は《鳥というのはとっても敏感で、繊細なエネルギーによく反応するし、質的に”高次元のエネルギー”と言えるエネルギー(例えばヴォイスヒーラーの発する倍音など)にすごくよく反応する》と信じているので、文鳥さんや傷ついた鳥たちのレスキューのために、Bach Flower essenceは欠かさない。

人についてはどうかというと、以前は解説書を読んで、「ふむふむ、今のわたしはこれだ」と選んで飲んでいたけれど、今はもっとテキトー、というか何かに任せている。半年以上前になるが、フラワーレメディの講習を受けてプロとなろうとする友人に、講習会の最終日に“遠隔”でわたし向きのレメディを選んでもらったことがある。わたしは写真だけ送って(写真で感じ取るのかな)、楽しみにしていたが、当日選ばれたレメディ数種を見て非常に驚いた -- 普段自分では絶対に選ばない、超意外なものが殆どだったからだ。でも、非常に繊細でピュアな感じのするその友人に絶大の信頼を置いていたので、「そうかな」と思いつつ飲んでみた -- そして、当時の自分を今振り返ってみると「そうか~ そうだったんだな」と納得の行く選択だったのだ。

解説書を熟読して自己判断するより、必要なエネルギーがひらめくに任せるのがいいのかな。

ともあれ、今は直観で選ぶことも多いけれど、一番使っているのがIlse Malyが創った「Blossom Cards as Change and Help」。レメディ38種の花の写真の38枚のカードで、花の名前、学名とその花の伝えるメッセージが簡単に書いてある。写真を見て選んだり、写真を伏せてひらめいたカードを「えいっ」とめくったりしている。が、実はこれよりもっと素敵な方法もある。

gaeaちゃんに選んでもらうのだ。
ベンジャミンとgaea


今はとってもとっても人懐こく甘えん坊の彼は、紙切れを嘴に挟み、”うんしょ、うんしょ”と運んだり、くわえたまま羽ばたいてわたしの肩まで飛んで来てみせることがよくある。わたしのところに紙を運んでくれるのが、大好きなんじゃないかと思う。”こんな大きい紙でも、ぼく運べるよ”とでも言いたげに、A4サイズの紙なんかくわえて飛んできちゃったりする。そして、わたしをちらりと見ながら、誇らしそうにしている。そのたび、「gaeaちゃん、すごいね~ 偉いね~」とべた誉めするからなのか?)

そんなgaeaちゃんだから、伏せたままずらっと床に広げた38枚のカードの間にぴょんぴょんはねていって、”僕、これ運んでくよ~”と一枚ずつ持ってきてくれる。「ありがとう」と、4~5枚カードを持ってきてくれたら、「もういいよ~」と片付ける。レメディは一度には6種くらいまでなのだそうだ。もってきてくれた順番に、今わたしに必要なフラワーレメディとして戴いている。

今朝、gaeaちゃんが運んできてくれたカードは、順に
 Heather(夏咲きエリカ) -- Caring for Others, Listening
 Water Violet (ウォーターバイオレット)-- Humbleness - Openess, Sharing and Involvement
 Red Chestnut(ベニバナトチノキ) -- Serenity - Trust
 Crab Apple (山りんご)-- Purification and Self Love
 Impatiens (ほうせんか)-- Internal Peace

--!!!う~む、いつもながら絶妙な選択だ。 

これって、ヤマガラのおみくじ引きの乗りだろうか。
gaeaちゃんはその純粋なこころで、ご神託をわたしまで運んでくれているような気がする。

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鳥の目の奥

小露鈴の眼差し


小露鈴がわたしをじっと見ている
その目の奥で、わたしはどのように映っているのだろう。

八歳の誕生日を過ぎてから
(文鳥の雌で八歳は、とても長生きだ)
小露鈴はわたしの目の奥深くを
覗き込むように見つめることが多くなった

すべすべの羽毛をゆったりと撫でているとき
お互いに溶け込むようなとき や
そうではない 様々のとき
静かな、野の花の咲くような時間(とき)

何かに委ねてでもいるかのように
奥深くへと届く目と向き合っていると
何かとても懐かしいような
優しいような
どうしようもない気持ちが溢れてくる

鳥の目の奥に
すべては どう映っているのだろう

目と目のつながりは
どこまで深く拡がっていくのだろう

蒲公英

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春蘭

もう一週間以上前になるが、久し振りにS先生ご夫妻の雑木林を訪れた。ニワトコなど既に鮮やかな緑の葉が芽吹いている木もあるが、全体的には樹々の芽はまだ固くて、それでも林全体が春色に透けるベールを纏っているよう -- 気配が違うのだ。

林にいても寒くないように、S先生が焚火をしていてくださった。森の奥深くまで、ふかふかの枯葉の絨毯の上を心地よく歩いた。ヤママユやらその仲間達が枯れ枝の上の残していったオフホワイトや浅黄色の綺麗な繭を見つけた。雑木林の隣の畑では、小露鈴とgaeaちゃんのために今年の初物のハコベも沢山摘んだよ!

春蘭

雑木林を歩く足元に -- 春蘭が咲いていた! 緑の透けるようなこの花は、胸が痛くなるほど綺麗!
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ビックリ!

ちょっと前になるけれど、つくば市安食のKさん(畑修行の師)より、新築祝いのお祝い返しに山芋をいただいた。Kさんの畑の山芋は、それはそれは美味しくて、これまでも幾度か戴いていたが、今回はビックリ!!!

これまで戴いていた20~30センチのものは、「山芋さんのからだのごくごく一部」だったんだね。今回は「全身」で、これだけの大きさ。
山芋

いや、ほんと、大き~い。上の写真の写っている敷き紙は、大き目のカレンダー2枚分です。背の高さ、小学校低学年くらいあるよ。Kさんは、おばあちゃんの手ほどきを受けながら、自分で掘り起こしてくださったんだけれど、肩こりになっちゃったそうだ(恐縮して、ヨガ・マッサージをさせていただいた)。わたしも、かついで帰ってきて、大変だった。

みなさん、山芋が地中深くでこんなに大きく育っているのをご存知でしたか?

細胞から元氣になりそうな、滋味たっぷりの山芋。
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早春の祈り

もう先週になるが、筑波山の北面を愛車で駆け上ってきた。
筑波山北

その辺りの神社にいらっしゃる御夫妻なら、サンクチュアリ創立計画について -- みんなで樹を植えることや、行政との関わり、将来など -- きっとご助言いただけるだろう、とS先生から伺って、とにかく行ってみたのだ。

その日は寒くて、筑波山北の山道をずっと登ると、空気がどんどん冷えていく感じがした。結構細い急斜面をくねくねと登るので、対向車が来るのが怖い。だいたい、これ以上上がって、Uターンできるのだろうか、とひやひやしながら登った。あたりは植林と雑木の混交林で、フルートの調べや鈴を振るような音色(ねいろ)の野鳥の声も響いている -- が、運転に気を取られ楽しむどころではない。
 かなり上まで登って、もうこれ以上は自分の運転能力の限界と決めて、引き返しながらもう一度神社を探すと、やっと見つかった。

八所神社


雨が乏しいので林は乾燥しているのに、神社の直ぐ脇には小川があり、水がどうどうと流れていた。ひっそりと閑静なたたずまい -- 人影は無かった。鋭いほど冷涼で、厳しい気配がした。同じ山でも、方位によってこうも異なる顔を持つものか、と思った。この厳然とした筑波山も悪くない、筑波山のこんな顔に出遭えたのは初めてだった。参拝して、しばらくその辺りを歩いて、斜面を下った。
筑波山北3

筑波山北2

山の北面はまだ、凍てつく冬景色。とは言っても、雪が降り積もった気配も無く、植林された杉や檜の枝葉は茶色く枯れ、雑木は裸で、寒そうに風に揺れている。それでも、早くも傾きかけた夕陽を浴びると、枯れた枝の集まりと化している繁みが光を抱きかかえ、辺り一面輝いている。

この枝々の奥深くに生命の水脈が流れており、樹皮に小さく付いているはずの芽がまもなく膨らんでいくに違いない。
筑波山北4

大氣の流れの玉響(たまゆら)、樹々の幹の奥深くで、早春が祈りを捧げている。
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