hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

夏の頂(いただき)

bird sanctuaryをどのように創立していけば良いのだろうか。

ここ半年、過去に上手く行かなかった点を振り返りつつ、試行錯誤・七転び八起きで模索していた(でも、地球温暖化、環境の劣化や自然破壊、このままでは人にとっても生きものや自然にとっても大変なことになるという事態は、益々、誰にとっても、切迫してきているから -- それでもぐずぐずしすぎていたと言えるかもしれないね)。

いきなり理想通りの土地を手に入れ、ぴかぴかの理念を直球で現実化することは難しいから、今度は(本当は今考えつく最後の手段なんだけど)最初の規模よりもずっと小さくても、小鳥たちが守られ安らげるような山際の土地(できれば修繕して住み込み可能な小屋付きの)を買うか借りるかできないか考えた。そのようにして実習経験を積み、そこを訪れる鳥たちと仲良くなって、命をかけてやりたいと願う「小鳥との対話」「小鳥と人が仲良く暮らす、生き方」を一等先に実現すれば、そんな世界を広げていくのにどうすれば良いかも今より見えやすくなるような気がする。そのためにどんなところのどんな土地をどんな風に探せば良いかも現実に見えてくると思うし、“地元”で暮らすことで「土地を譲ってもいい」という人と知り合いになれるチャンスだってある。

1950~1970年代の英国で、小鳥と暮らしたレン・ハワードさんという音楽家の女性がいるが(レンさんについては、my HPにアップする予定で遅れまくっていて -- ごめんなさい)、わたしは大学時代にレンさんの本と出遭い、「21世紀のレン・ハワードさんになる!」とずっと前から決めていた。小鳥と対話した人は、古くはアッシジの聖フランシスとか、庵で動物たちと語らっていた良寛和尚とか、数えれば少なくないが、世界ではレンさん、日本では『日本野鳥の会』の創始者、中西悟堂氏が、野鳥と親しみ、共に暮らし、〝鳥のこころ〟に共感して豊かな対話を重ねることの大いなる先輩だ。

現在の自然環境は当時より劣化し、野鳥と人との関係は --目覚しい保護活動を展開している世界各地の人々、一部の心優しい人々や自然や生きものとの癒し癒される関係に気付いている人々を除き-- 厳しいものとなりつつある。それでも、21世紀だってできる、21世紀だからこそできる、21世紀にどうしても実現する必要性がある、小鳥たちとの対話や調和の関係が絶対にある!
-- そう信じている。

広大な土地でなくても、今ここで何か出来るための土地 -- を探して、ネットに出ていた不動産情報を頼りに、八郷の山際の幾つかの中古物件を見学に行った。八郷は、素晴らしい縁があって土地探しを続けてきた笠間よりは南、筑波山の東側(市町村合併後、石岡市の一部となる)、勤め先のつくばからは北上したところにある。野鳥の森を管理なさり、これまで自然観察や森の管理について数々の手ほどきをしていただいたS先生ご夫妻も八郷に在住されている。

夏真っ盛り、陽光がきらきらと溢れている。
八郷の光景


物件については今まだ検討中 -- S先生ご夫妻のところも相談に行き、物件として出ていた現地をはじめ幾つかの土地を検分し、土地探しの相談に乗っていただいた。問題は -- 八郷の山林の値段がここ1,2年で信じられないくらい釣り上がってしまったことだ。つくばから八郷に出かける際、筑波山の山並みを眺めながら超えていく「朝日峠」の下にトンネルが開通するためだ。市町村合併に伴い、国から援助金が出るため、つくばから八郷へとトンネルを通して、「つくばエクスプレス(TX)」開通で開発・都市化が進み振興を誇るつくばのように、八郷にもつくばからのトンネルを通して〝TX効果〟を狙うためらしい。筑波山から続く山脈や盆地に豊かに繰り広げられる自然環境、多くの野生動物や野鳥の生息地や渡りの通過点、山裾で田んぼや畑や果樹栽培がのどかに営まれる人々の暮らしが変わろうとしている。当面は、「首都圏への通勤可能な」「自然豊かな住居」「家庭菜園のできる広い庭」などを売り物にする宅地開発のために、山が切り開かれていくらしい。

表面的で切迫した問題としては、このためやたら地価が上がりつつあり、今は何気ない山すそなのに、段々わたしには手に入らない値段となりつつあることに困っている。けれども、上記のようなその背景は、本当のところ、これより考えさせられる問題だ。豊かな自然と接したゆったりした庭や住まいは、わたし自身が憧れるところなので、不動産業者によるこうしたアピールに飛びついて「八郷に住みたい」と感ずる人々をとがめることは出来ない。だが、現在の八郷の自然、特に山や盆地に当たるところが切り崩され失われることは、人類にとっても、何世代か先の子孫のことまで想うなら、「遺しておきたい大切なもの」を失ってしまうことにならないだろうか -- 溜息が出る。

********

夏真っ盛りだ。

候補地めぐりで見上げた空の、ずっと続く何本もの電線に、何羽も何羽も燕が止まっている。
電線の燕


よく見ると、喉や胸の紅い色がとても鮮やかな燕がいて、見とれてしまう。小柄で華奢な姿は可憐で、胸が痛くなる。今年生まれた若鳥たちだろうか。あまり人を怖れないが、カメラを向けると飛び去ってしまい、「脅かしてごめんね」と声をかける。

「危ない!」
車が迫るぎりぎりになって、道路に下りていた10羽弱の燕が飛び立つ。巣立って間近なのか、車道路際を飛んでいた一羽が車に轢かれてしまったらしい -- 仲間を何とかしようと残りの仲間が集まっていたのだ。こんな光景は、幾たび見たとしても、涙を誘う。

この子たちが少しでも多く、秋には無事に南に渡り、来年また戻ってきて欲しい -- 祈り続けよう。

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ほんとうに、夏真っ盛り。

この夏は、本気だったこれまでよりも「もっと本気で」夢に向かおうと感じる夏となりそうだ。

7月に受けた人間ドッグで、予感的中、精密検査を受ける羽目になった。(今でこそ笑い話になると信じているが)人間ドッグを受けた病院の総合所見をインターネットで調べたら、もしかすると「残りの人生の汀から、残された時間とエネルギーをどうやって精一杯使うかを考えなければならない」というところまで来ている可能性があった。(こんなこと書いてすみません ・・・ 当時もどこか楽観的で、その後もいろいろ検査を受け、色んな方のご助言や支援に恵まれて、今は楽観のみで構えていますので、全く心配無用です) 小露鈴とgaeaちゃんが寿命に達するまでは、どうしても一緒に生きていたいと願った。人とは違い、人と暮らす文鳥は、なついた人々から常に愛されている慣れ親しんだ環境の変化に、耐えられないことが多い。しかも、こんなとき、文鳥には言葉で伝えられないことがある。世界中の鳥たちを幸せにしたい!とこれほど望んでいるのに、たった二羽の、自分を支え続けてくれた小鳥たちを不幸にするならば、わたしの人生は悔やんでも悔やみきれない -- そう想った。

二羽の小鳥たちが幸せに暮らせるように -- それが最低死守するラインだとして、もしそれ以上にエネルギーと時間があったら ・・・ そのとき「したい」と感じたことが、疑いもなく自分の人生の希求なのだと、改めて気付かされた。ぐずぐずしている暇はない。

その後の経過で、皆様に心配していただくには当たらないことが見えてきたが、これはやはり、ぐずぐずしているわたしに向かって、神様が「背中を一押し」(というより、蹴飛ばされた感じですね)したのだと想う。さらに、西洋医学では、からだの抱える問題の真実も根本原因も(わたしの場合、まだ何が起きているかさえ、再々検査中なのですよね)、根本から治る治療法も、何もない状況だったので、どうしたいか自分で決めたいと想い、瞑想して「自分で治す」という答えが出てきた。ならば「どうやって治すか」 -- 「生き方を変えれば治る」。(もちろん、自然療法とか氣功、ヨガ、太極拳併せてやりつつですが)。「自然治癒」がキーワードとなった。

肉体の現象のみを心配する小さな自分ではなく、全てのつながりの中で治り、癒えていく自分。小我となって自分の「悪いところ」を気にする自分ではなく、「最も良いもの、美しいもの、真なるもの」を人と分かち合い、地球や自然の苦しみを取り除くことで、自分も治癒に向かい、地球や自然を癒すことで、自分自身が癒されていく --。そして、自分自身が癒されていくことで、愛する自然も地球もより美しく輝いていく -- すべては一つで、繋がっている -- そんな風に、信じている。それこそわたしにとっての「自然治癒」なのだと。

最初に診断を受けた日、いきなり自分の命の限りと向き合って、そのままボーッと外に出て、公園を通って帰宅したときのことだ。樹々の緑の色が、いつもとは全く違うほどに冴え、濃く潤って、美しかった。大好きな鳥たちの声が、いつも以上に可憐で、切なく、胸一杯になるほど愛しかった。不思議なことに、ネガティブなものなど何もなく、公園の広い芝生の向こうにある池まで、いや、それを超えてずっと遠くまで、全ての命が繋がり、一つとなって呼吸していることが、わたしにははっきりと分かった。その繋がりの中で、今生きており、それこそが、何という無上の喜びなんだろう。そうして一つの命が終わるときも、何という広く深い安らぎと静けさがあるのだろう -- 一瞬のうちに、はっきりと観えた。

最高のプレゼントですね、神さまの。

sanctuary創立のために、外なる自然へ、世界へ、光を広げるとしたら、それは自分自身(=自然)の光から広げるということだ。

夏の青空

連日の猛暑や熱中症への警告を告げる天気予報は、この暑さ、厳しさが停滞することを報じているように感じられる。焦げ付くような暑さ、降りしきる蝉の声、微風もそよがないむしむしした大氣、青空に入道雲、濃い緑の匂い、・・・夏がその「頂点」に来ているのがよく分かる。だが、その奥の、より深いところで、季節がさらさらと流れていくのを感じる。微風もそよがない大氣の中では微(かす)かな微かな空気の流れさえ涼しく感じられるように、夏の頂点から、次の季節が静かに生まれて、さらさらと流れ始めるのが分かる -- 「静中動、動中静」「静の中に動あり、動の中に静あり」と言うように、夏は、頂点でありながら、そのエネルギーを一気に失速させるところまで来つつあり、だが人がそれに気付く頃には、きっともう自然は秋の装いの準備をすっかり整えているのだ。

(こんな気付きを得るまでの過程で、お世話になり、速やかに惜しげもなく貴重なご助言やサポートを賜り、今も支え続けてくださっている皆様、この場をお借りしてこころよりの感謝を捧げます。誠にありがとうございました。)
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籐のかご

かごを見つけたら、ともかく入ってみるの♪
かごの中の小露鈴1

「(中に)何も入ってないよ」ですって? かごよ、カ・ゴ・・・! 点検しなきゃ。

かごの中の小露鈴2

素材やら、ちょっとだけ飛び出た蔓やら--。結構時間がかかるの。
かごの中の小露鈴3

〝入りごこち〟--それも肝心なところね。

(早速飛んで来て、いつまでもこんなことするのは小露鈴。怖がりのgaeaちゃんは新しいかごを見て、「きゃっ」と逃げ出してしまった)

*文鳥の女の子に巣のようなものを見せると、繁殖行動を誘発する可能性があるので気をつけましょう。上の場合は、小物入れ用のかごをたまたま見つけられてしまいました(片付けました)。
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