hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

草刈り修行2008

本当に久し振りに、八郷で野鳥の森を管理していらっしゃるS先生ご夫妻のところに、草刈りに行ってきました。

着いた途端、若緑の光線に、全身をすうっと洗われた。新緑は、目もこころもからだも全て一変に浄化して、内側から潤わせてくれるみたい! 森の中の下草は、樹々の枝や若葉に陽光が遮られるせいか、まだまだ草刈りをする必要はなく、可愛い菫や山野草が顔をのぞかせている。

今回草刈りの必要があるのは、S先生の森とお隣の畑との境目の土地。畑側は日当たりがよく、雑草も伸び放題なのだが、そこをきちんと刈らないと、お隣の畑に影響が出る。草刈り機でもよいと言われたのだが、草が蔓延っている帯のようになった区画なので、”三角ホー”という小さな尖った隙のようなもので、草を根っこから掘り返していくやり方を教えていただいて、新たな草刈り方法に挑戦することにした -- ガソリンを使わない方が、エコにもいいし。

まずは、あたり一面に生えているハコベを、小露鈴&gaeaちゃんの菜っ葉として頂いて、そこから一気に畑に迷惑をかけないように、草を片付けていこう。

-- と言っておきながら、そうやって耕すように草の根を起こして行くやり方に、最初の30分間、実はとてもとても後悔。腰を曲げて、全身の力をかけるように三角ホーを振り下ろして、深く潜った根を掘り返すのは、とても難しいのだ。その上、かがんで力を入れるのは ・・・ 腰痛。腰が重い。ああ、これまで畑仕事にも結構自信もってたけど、農家の方ってほんと大変なんだ。こんなに腰が痛い。お百姓さんには絶対になれない。なさけない。

30分あまり、これで弱音を吐いたらどんなにみっともないかと悩みながら、腰の痛みに煩悶していたら -- 慣れてきたよ。なあんだ、うん、できるできる。からだと作業とが、次第にぴったりと寄り添っていくのを感じる。

それでも最初は、上手くなど出来ない。根を起こすと、辺り全体が畑のふかふかの土にまみれてしまう。すると、他の草まで見えなくなる。さらには、ハコベやオドリコソウ、蒲公英などはまだ良いのだけれど、ぺんぺん草(ナズナ)の根は硬くて深いよ~。掘り起こせない。まして蔓延り始めたシノダケとなると、三角ホーでは完全にギブアップ。

2Mくらい掘り起こしてから、ようやく、からだで「バックする」かたちで進むのではなく、「前進する」向きで進めば土が被ってしまうこともなく(何でもっと早く気付かなかったんだ)、草たちも、種類によって戦法を替えればうまく取り除けるのだということが分かってきた ・・・ うん、調子出てきた。

掘り起こした草たちは、青いビニールシートに乗せて運んで、そのまま雑木林の奥の「捨て場」に持っていく。冬には落ち葉、春は畑の邪魔をする草たちが、そこに捨てられるようになっている。

とは言え、貴重な春の草たち -- 畑の持ち主の方やS先生ご夫妻には邪魔者でも、わたしには愛しくて、ハコベだけでなく、可憐に咲いていた白い菫もレスキューしてしまった。

白い菫


つくばに戻ってから、小さな鉢に入れて、根を土でくるんで、シャワーのお水をそっと浴びせたら、たちまち息を吹き返してくれた。この子たちは、稲田の家の小さな庭に連れて行こう。

蓬


そして、蓬。つくばにもあるのだけれど、無農薬・新鮮で、車の排気ガスもワンちゃんたちの散歩道にもかかっていないのは余りない。蓬は乾かしておけば、”もちぐさ”としてお団子を作ってもいいし、クッキーにだって入れられる(ベジタリアン料理家・鶴田静さんの料理本に、「よもぎのクッキー」があった)。それにね、乾いた葉が大量にあれば、枕に仕立てると、蓬の枕は健康にとてもいいんだよ。

畑の邪魔はまずいのだけれど、せっかくの命を大切に。(今度は、たんぽぽのお酒の作り方も覚えてみようか。たんぽぽの根で、珈琲を作る手もあるし)。

*****
S先生御夫妻のお宅の前の庭には、小さな白い雛菊の花がたくさん、星のように散らばって咲いていた。お庭が出来た当初は、可愛いコーナーを作っていたのだろうけれど、雛菊は強い。そこら中に散らばって咲くようになった。先生ご夫妻も、段々と園芸種ではなく、土地固有の自然の植物を知り、愛されるようになるにつれて、「園芸種の花は邪魔」と仰るようになっていった。

でもね、この白い可愛い雛菊のおかげで、今年は本当に心温まる思いをしていらっしゃるようだ。

森にはノウサギが一羽いて、回遊すると時々見かけていたのだが、このノウサギは雛菊の花が大好物らしい。ご夫妻のことは毎日見かけるのだから、段々と怖れなくなっていって、今ではリビングのすぐ近くにいても、平気で庭先に来て、この白い花を”ぱくん””むしゃむしゃ”と食べているらしい。それどころか、写真をとろうと乗り出すS先生にも怯えることなく、平気で耳の裏を足で掻いているらしい。

夕方になって「そろそろ現れる頃だ」の一言に期待したのだけれど、普段見かけないわたしという人間がいて、ウサギはどうも警戒しているらしく、残念なことに現れてくれない。何だかノウサギの”夕ご飯”の邪魔をしているようで、可愛い写真を見せていただくだけで我慢して、急いでおいとました。

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甘夏の体験

小露鈴は、蜜柑などの柑橘類が大好き! 今日は甘夏を食べることにした。春のおみかんって美味しい。

甘夏


ルックスは上品で端正なのだけれど(←親馬鹿)、食事のマナーはダイナミックと言うのか -- よくご覧下さい -- 片足をがっちりとかけて、ひと房の甘夏に取り組む。

甘夏2


こういう風に足をかけるのは、大好きな食べ物にだけ。でもこの片足が、”夢中”を伝えていて、可愛い(←どこまでも、親馬鹿)。

稲田のガイア


   (「僕も元氣だよ」 -笠間の家で- gaea)
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命の環の中で眠る

先週末は、笠間・稲田の貸し家に一人(と二羽)で泊まった。家の前の田んぼには水が引かれており、絶え間なくカエルが鳴く声がする。水の張られた田んぼは、ハクセキレイが10羽近くもひしめいており、ツグミ、モズ、ムクドリ、シロハラも訪れる。上空にはツバメたちが滑空する。向かいの山で、キジの声が響いた。

夕方となり、夜も更けるにつれて、カエル達は、あらあらこんなにいたのかと驚くほどたくさんで鳴き声を交わし、夜半にそれは、大合唱となっていった。眠りにつくとき、カエルの声を滝のように浴びながら、布団の中にいる。

貸し家の沢山ある部屋は、どれもしいんとした真っ暗な闇の塊となり、たまに通る自動車の音とそのライトの明るさにびっくりする。人工的な音と言えば、田んぼを幾つか越えた先にある50号線の車の音と、ほんのときたま通過する電車の音だけだ。

あとは降りしきるようなカエルの声と、遠くの鳥の叫び、風の音、夜半からひそひそと振ってきた雨音 -- そのまんまん中に静寂の闇。

「怖くなかったか」と何人かの方に心配されたが、「いずれは一人、森の奥に住もうという者が、これしきのこと」と踏みこたえた。本当は、部屋部屋の圧倒されるような闇の濃さに、入ることのできない、突っ切っていくことのできない何かを感じて、身を縮めたのだが、外の自然 -- カエル達や鳥達、草や樹々の命たち、田んぼを渡る涼しい空気や夜更けの雨音や朝になれば優しく包んでくれるであろう太陽の光とつながって、今ここに居られることは、ちっとも淋しくないことだと分かった。淋しいどころか、とても安らぐことだと感じだ。

菫


ちょっと前まで、この地球やわたしたちの命を本来的な姿へと癒していくエネルギー、無条件の愛のエネルギー、人間以外の命たちにも広がっていく慈悲のエネルギーを、「光」と呼ぶことが多かった。
 光を追い求め、闇は怖かった。
外の世界に映っていた闇と、こころの闇とはつながっていると言われたとき、とてつもなく苦しかった。
闇から逃げるなと言われても、掘り下げることによって闇は更に深く、更に広がっていってしまいそうで、見ない振りをしていたことも多かった。
 光を広げることは大切に思えるけれども、光が濃くなると闇も濃くなるのかな ・・・ よく分からない。

今もよく分からないが(そして自分で信じた真善美 ・・・ 愛 ・・・ 明るい方へ進んでいくとき、「光」を感じる、「光である」、こともまた真実だと思うが)、

自然の中の本当の光と闇を知り、
自然に包まれて自分もまた自然であると知るとき、

もしかするともともと闇は怖くはなかったのかな

と感じる。

真っ暗で何も分からない、何もない。でも自然や宇宙はそこに命全てを存在させている。その命全てとわたしの存在は繋がっている。

闇の中で、わたしの意識を超えたところで、その命の環が観える。
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山探し(は甘くない!)

つくばにある国土地理院と市立図書館に通って、候補地の位置について調べられるだけ調べた上で、先週末は、「山を売りたい」という地主さんの土地を見に行ってきました。地図に道が示してあっても、実際には何年もの間使われていないのか道がなくなってしまったり、山の手入れのために足で、または軽トラのみでたまに通るだけの道だったりで、場所まで辿り着けるかも分からない。おまけに、色んな地図を手にしてみたけれども、どうしてもそれぞれの地形や道が一致しない! やっぱり不安を抱えながら現場に到着しました。

それでも、幾つもある候補地のうちある場所は、とても良い場所です--。笠間らしい、なだらかな山の続く麓の田園地帯。田んぼや畑、そして日当たりのいい場所にぽつりぽつりと集落があり、民家、それに陶芸家さんの釜を焼く場があります。山からの綺麗な水が沢を作っています。ちょうど天気も良かったせいか、陽だまりの中、のどかで優しい光景が続きます。鳥たちも、沢山集まって、春を迎えて嬉しそう。蒲公英が沢山笑っている野原で、早くも渡ってきたらしい夏鳥のサシバの番(つがい?)が鳴き交わしていました。勿論、同じ渡り鳥のツバメたちもスイスイと空を、おしゃべりしながら滑空しています。

一番の問題は、売りに出ている土地のアクセスの悪さ! その地域には二ヶ所あったのですが、道が、道が、ない -- どうやってそこまで辿り着けば言いの? 何より、森を管理するために小さな家(小屋? 庵?)を立てて質素に暮らせるようにしたい(できれば、関心のある方々にも訪ねて来ていただけるように--)のに、建築基準に当てはまら、ない、です。

それでも道なき道のヤブコギ -- からみつく枯れ枝や深く奥まで立ちふさがるシノダケをくぐったり跨いだりして、体中に枯れ枝や枯葉をくっつけて、引っかき傷だらけになって森の奥まで入るのは、バードウォッチングバリバリにやっていた大学生の時代から得意中の得意。(多分、好きかな)。頑張って、枯れ木の枝をくぐって、沢を渡り -- 

あれ! 嫌な予感 ・・・ 踏み込んだ大地に片足が飲み込まれ、あ、枝につかまってドロから足を抜こうとするのに、さらに両足とも --。

白いスニーカーに白いズボンで、白い靴下にまで冷たいドロが染み込んでいくのがよく分かる。

握っていた枝を頼りに、何とか両足を引っこ抜きました。

泥足


倒木の上によじ登って、沢を渡ります。

沢のドロ


こんな綺麗な沢なのに、底なし沼だったなんて--。遥か下のほうで家族が、同じ轍を踏まないように苦労しています。

この沢のすぐ隣が、候補地です。辿り着くだけで、辿り着くだけで、大変なところでした。山の土地探しは甘くない。それでも、場所がいいだけでなく、雑木林としてもgood! 後で家族が調べてくれたら、この一帯、鳥獣保護区でした。どうりで、穏やかで平和な氣に充ちていました。生きもの達と人とが安らいで調和して暮らせる場を育てていくことができるかもしれません。

さて、この条件、あとどう頑張ればいいのかな。一呼吸して考えます。
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緑陰雪村庵

三月末のある日、春休みだもの、と一日分の休暇を取って、水戸でヨガを教えていただいている先生にお目にかかりに、常陸大宮の「緑陰雪村庵」を訪れた。お目にかかるのは本当に二年ぶり。いつも不思議なご縁があってお目にかかれ、逢うと必ずいいことがあって、ふうんと納得できるので、二年というブランクがあっても全然緊張しない。

高速の常磐道を水戸まで上がって、さらに北上して、那珂インターで降りて、またまた北へと向かっていく。辺りは静かな山村と、のどかな田園風景。のんびりとした農家や大きなお屋敷や、ちょっとした商店街などがあって、そして迷わず「雪村庵」と、その隣に、自然と織りなすように佇んでいる閑静で粋な「緑陰雪村庵」に到着した。

雪村庵1


野に咲く可憐な花や、梢を渡る風、なだらかな浜辺の石、白く冴え渡る月、そして何より深く青い包み込むような海に、ヨガの先生は似ている。気の遠くなるような波の音と底知れぬ藍色の渦巻きのある海 ・・・ 自然の中で、自然と溶け合い、自然の命としてして在り ・・・ さすがだなあ、ヨガの先生。声も、小鳥みたい。そのお仕事されている庵は、人の暮らしや人の出会いが自然と溶け合っている場所のようだった。(随分と、いつかは創りたい my bird sanctuary の勉強になるなあ、とひそかに感じてしまう)。

その庵のオーナーの方(どことなく、わたしが一等憧れる環境活動家の Jane Godall さんと似ている)もいらして、わたしのことや夢をいろいろと尋ねてくださって、お喋りに花が咲いた。

雪村庵2


おいしいお雑炊を、自然農のごはんで作っていただいた。土筆の酢の物、野蒜の味噌和え、人参(甘い!)のサラダ、サツマイモでできた和菓子のお食事。お雑炊にはお庭の沢のクレソンや、自宅で炒ってきてくださったという黒豆、お豆腐が入っていて -- う~ん滋味が染みる。ひとつひとつの素材の命を大切に大切に、手をかけ心をかけて作って頂いたもの、一口一口感謝して -- 随分とゆっくり、じっくり、時間をかけて頂く。 ヨガの先生すごい。

ほんとうにのんびりのお昼を頂いて、しばらくして庵の裏の山の散歩に出る。

ここのオーナーの方は、もともとこの場所を気に入って、たびたびここからの眺めを楽しみにいらしていたのだけれど、ある冬クヌギの木が幾本か切り出されているので、切り出している地主の方にどうするのかと尋ねられたという。「薪にする」ということを聞いて、またある日、今度は大きな欅の木に斧が打ち込まれようとしているのを目にして、「それなら自分がここを買う」と、土地を買う交渉をして、欅の木を救った。そのお話をヨガの先生から伺っていて、いつかは訪れたいと思っていたのだけれど、今回はその土地が雪村やその方と不思議なご縁や逸話でつながっていることが後から分かったという、しみじみ感じ入るお話までうかがうことができた。そして、オーナーのお人柄というか、立ち姿 -- 後光が射しているというか、お立ちになると、背の高さのせいではないところで、ぱーっとその周りの空間が広がるというか、遠くからでもその方とその広がりに目が引き付けられてしまうような存在に、何だかそうやって”土地”と”人”がつながってることがまっすぐで本来的で嬉しいし、そのためには人はそれなりの人となっていなくてはね、磨かれていなくてはね、という思いが湧いたのだった。(sanctuary の土地を見つけたくても、なかなか見つけられない自分には、痛いけれど、もっとしっかりと、守るべき欅の木、守るべき土地、を感じ抜いて、しかも堂々と交渉できるような力を身につける必要がある気がした)。

冬を終えて春を迎え始めた山林の樹々は、固い芽を少しだけ綻ばせている感じ。田んぼや畦道からは春の匂いがするのに、山の斜面は少しだけ準備が遅い。それでも枝から枝へとわたるヒヨドリ、アオジ、シジュウカラ、コゲラ、エナガ ・・・ と鳥たちは、春の訪れでやや浮き足立っているかのように、軽快でお喋りで、冬の間の厳しさに立ち向かう様子とは、どこか違う。

雪村庵3


山から下りてくると、「雪村庵」の駐車場のまん前の柳は、もう若芽が芽吹いており、そこだけ薄緑が輝いていた。

戻ると、ヨガの先生が、どなたかの自家製という「たんぽぽ珈琲」とお菓子を振る舞ってくださった。何か幸せ。お庭には、沢があり、クレソンが自生するだけでなく、カエルが産んだ卵もみられた。畑もあって、種まきがされていた。その土が、隣にある囲いの中の枯葉とゴミの堆積から数年で生まれたものであることを教えていただいて、堆積には匂いもなく、あるのはふかふかの暖かさで、そこから余りにも元氣な土が生まれて作物が育っていくのが、小さいけれど居心地の良い循環の輪となっているのに感動。

庵からは、稀にしか通らない水郡線の電車も眺めることができる。

稀に通る水郡線の車窓からも、この庵を認めることができるそうだ。

特に、庵の前に帯状に群生している連翹の花が咲く頃。水郡線の車窓から見える黄金色の帯が、光の帯のように輝いて見える。
連翹


「春先には色々な花が咲くけれど、春にはどうしても黄色の花が良くなるの。どうしてなのかしら」とオーナーの方が仰っていた。連翹の花は、まだ開き始めて間もなく、多くは蕾だったけれど、その色には生命や太陽が映し出されているような気がした。
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危ない!! 3羽のレスキュー!

笠間からつくばへ、小露鈴&gaea、家族と車で戻ってきて公務員宿舎の駐車場に入ったとき・・・

ゴミ捨て場の様子がおかしいよ。

-- 宿舎のゴミ捨て場は、カラスや猫による被害よけの策として、全面青いネットが貼られた巨大な箱型(2畳の小部屋分くらいの大きさもある)になっていて、その中に「燃えるゴミ」を捨てるようになっている。その巨大な箱に -- 

雀たちが鳴き叫びながら何羽も群がっている。総勢20羽くらい。ほんと、蚊柱みたいに周りをぐるぐると飛んでいる。

スズメ03b


こんな光景はじめてみた。

あ、と息をのんで見つめる家族とわたし。車ですぐ近くを通っても、いつもなら随分先から逃げるであろう警戒心の強い雀が、ただひたすら鳴いて飛び回っている。それどころか、主婦らしき姿の二人連れがおしゃべりしながら近付き、自転車に乗ったおじさんもそちらへとふらふら走ってくるのに ・・・ 雀たちは逃げないで(人間たちの方は、雀がこんなに悲鳴をあげて騒いでいるのに、気付いていない) --

「(ゴミ捨てネットの)中に(雀が)閉じ込められてる!」

と家族とわたし、同時に叫ぶ。そう、目を凝らすと、飛び回っている雀の数羽は、”ネットの中で”飛んでいたのだ。わ、一大事!! 青いネットの角にへばりついているのか、引っかかってしまったのか、ひしゃげたような雀の姿も見える。

笠間からの道中は、小露鈴&gaeaのことを心配して一刻も早く彼らを安全な我が家に連れて行ってあげたいと思っていたが、こうなるともう、命の問題という最優先時なので、考える間も一切おかず、速やかにレスキュー隊出動だ。抱えていた小露鈴のかごを助手席において、家族に、

「ちょっと行ってくる!」(軍手持っていった方がいいかな)

走ってゴミ捨て場の青いネットに向かう。ネットまで来たら、周囲を飛び回る雀たちはさすがに逃げ去る -- 普段は小鳥を追い散らすなんてことは絶対しないのだけれど、このときばかりは構っていられない。ネットの一面(ゴミを入れる入り口があり、そこだけは前開きになっていて、下に鉄の棒の錘が渡してあり、横面は沢山の洗濯バサミで厳重に閉じてある)の洗濯バサミを弾き飛ばし、鉄棒をウェイトリフティングのように「ぐわし!」と持ち上げて、彼らを閉じ込めていた扉を開けた。

ひゅ~と二羽の雀がそこから全速力で滑空して青空に逃げた。

まだ一羽いる。ネットが脚に絡まっているなら、厄介なことになりそうだ。これ以上脅かしたくないが、絡まっているなら怪我等の程度によって、はずすのに最善の手段を考えなければならない。そろそろと近付く。

「・・・ギュー!」

とその子は、悲鳴とも声とも判別つかないような音を出して、全速力で空へ戻った。大丈夫だった! これまで耐えていたショックとパニック、恐怖を吐き出すかのような、音。そして、空へすっ飛んでいったから、さほどの損傷はないだろう。

きっとさっきまで外側から群がっていた仲間達とすぐ合流できるだろう。

*****

何が起こったのかは、確実には言えないけれど、恐らくはゴミ捨て場に落ちていた食べものを拾いながらネットの下のほうから潜り込んでしまった三羽が、出られなくなってしまったのだろう。一度パニックになったら、下から潜るなんてこと考えないで、上へ上へと、ネットの上のほうで飛び回りながら助けを求めた。

もしかしたら、巣立って間もない、未経験の若鳥かもしれない。雀のこんなへまは、あまり見たことないから。春になってうちのベランダにも、既に幼い子が遊びに来てくれているから、この時期、幼い子がこの辺りで沢山巣立ったのかもしれない。幼い鳥たちは、未経験であどけなく、警戒心が少なく、へまも多い(それがあだになって命を落とす子も多い)。

幼いかどうかは断定できなかったが、例えばそうだとすると、三羽の雀たちは悲鳴をあげ、泣き叫び、その周辺で大人や兄弟姉妹、仲間たちが、

「おかあさ~ん」「スズちゃ~ん」「助けて~」「ここにいるからね、ネットを、ネットを、どうすればいいのかしら」「こっちは駄目」「じゃあこっちから来られない?」「がんばって! みんないるからね~」

と、近寄る車や人間に対する恐怖を乗り越えて、飛びまわりながら必死で三羽の傍を離れずにいたのだ。

この子たちが参ってしまう前に、そしてカラスや猫やこころない人間達に気付かれる前に、通りかかれて、本当に本当に良かった。

*****

笠間の稲田の家では、相変わらず水が出なかったり使えるはずの駐車スペースが陣取られてしまって出入り困難なストレスが続いたが、ここへ来て、このレスキューで、また大事なことの核心に引き戻された -いつもいつでも鳥たちの友だちの人間でいたい- 雀さんたち、良かった!

suzume
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