hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

感謝を込めて

この一年、ご支援下さり、数々のご助言やお智慧を授けてくださり、様々なときに寄り添ったり助けたりしてくださり、共感してくださり、大切な一言を下さり、誠にありがとうございました。沢山の感謝を捧げ、来年のご多幸をお祈り申し上げます。

誰と話しても、来年は大変な年になる、という話になります。そして、それでも、頑張りましょう、自分らしく行きましょう、こころの豊かさを忘れずに行きましょう、という話になりますね。一番大変なときに、次に育つ大事な種が蒔かれるというのは、確かです。

サンクチュアリ話も、情けない状態ではありますが、きっと良いことが形になる前は、すべて失敗や駄目なことや失望を重ねているのだと思います。まだまだ失敗が続くのであれ・・・たゆまず進んでいきます。

先輩K先生に「小鳥を守る」というのも大事だが、(そのことのための心配で額にしわを寄せるばかりでなく)「小鳥と遊ぶ」ことも大切なのではないか、という暖かいメッセージを頂きました。鋭いです。交渉だ契約だ条件だ云々で、アドレナリン過多の状態で突き進まざるを得ず、同時に小露鈴やgaeaちゃんを遠ざけるような心配や不安のエネルギーを発していました。

「無心に小鳥と遊ぶ、そういう姿が、人を幸せにする」 -- K先生に言われて、それが原点だったのを思い出しました。本当に鋭いご指摘でした。

その原点を芯に据えて、2009年は歩きたいと思います。失敗も間違えも一杯するでしょう。でも、小鳥に遊んでもらえなくなったら、そういう人間がいなくなったら、やっぱり終わりだと感じるのです。

そして、これまでの6年間、サンクチュアリ計画・実行において行き違いとなってしまった方々、こちらの至らなさゆえに今は去ってしまわれている方々、この道を選んだが故に見失ってしまった方々、誠にありがとうございました。色々なこと全てが意味のある学びと岐路でした。こころよりのご多幸をお祈り申し上げます。これまでもっと上手く為すことができれば助けられたかもしれない鳥たち、許してください。この痛みは、すべて光に還します。

つぼ巣
 (小露鈴も元氣に遊んでいます)
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sanctuary の光 ~8~

そんな悩みの日々、何と尊敬するSさんの御夫妻にお会いでき、大変お世話になることになった。

契約した当日、夜になってから寝付けないほど気になったことがあった。

それは、不動産屋さんのほうから、古い家屋・物置の解体・撤去作業に当たり、「邪魔になるので道の脇にある柿の木を切らせて欲しい。門のところの大きな金木犀も、枝を払わせて欲しい」と言われたことだ。金木犀の方は、家族が大好きなことも在って「何とか最小限にしてください」とお願いしたが、柿の木は確かに道のすぐ横にあったため、大きなトラックは入れないと考えた。

だが、その不動産屋さんと別れ、その場に戻って柿の木を見上げると、小さな小鳥の巣(メジロかな?)が目に入った。小鳥は、夏の間、柿の葉が繁っている間に巣をかけ、今はすでにいない。それでも、偶然に小鳥の巣が見つかったということは、柿の木の「切らないで下さい。わたしは、小鳥たちが巣立つのを助けていきますから」というメッセージであるように感じられた。

柿の木は、移植が難しいから・・・とも駄目押しされたけれど、やっぱり〝駄目でもともと〟で、何とか助けられるかやってみなければならない。八郷のS先生に教わるつもりだったけど、移植前には「根まき」とか「根回し」とかやるんだよね、と思い出しつつ、頼りないことに大型スコップ1本と包丁(?!)だけを携えて、それでも、できることをやろうと身構えた。

どのみち解体・撤去作業の前に「残しておいて欲しいものは、印を付けておいて」と不動産屋さんから言われていたので、早速「切らないでいてください」と電話でお願いして、なるべく早く、現地に赴くことにした。

様々な家具・備品が残っていることは分かっていたので、これからの生活のために「残すもの・残さないもの」の指針を得ようと、Sさんに早速お電話した。そのとき、移植についてもお尋ねすると・・・

「それで、金曜か土曜に作業するんですね?」
「はい」
・・・ 背後にいらっしゃる旦那様と相談されている様子があって ・・・
「金曜日なら、わたしたちも行きます」

ええっ?!

北茨城で静かな生活をなさっているのに、年末も近いというのに、そんな何もかも要領の悪いわたしのために、そんな柿の木1本のために(←柿の木君失礼、これは君の命に関わる問題だよね) ・・・ と恐縮で一杯になってご遠慮したけれど、結局いらしてくださることになった。

・・・・・・・

当日、不動産屋さんから鍵を渡され、解体業者さんもいらしておろおろ返答するわたし、何から初めてよいか分からないわたしを置いて、お二人はナチュラルにいらして、各々適切な場所にさっさと赴いて、適切なころあいでわたしに確認をしてくださりながら、どんどんと作業を手伝ってくださった。ついでに、暮らすための、自然にシンプルに生きるための、大切な指針を授けてくださった。

土に還るもの、燃やして自然な灰になって土に戻るものは、少しだけ残し、少ないもの達と暮らした方がいい。これは、昔の行李(こうり)だよ。古い蒸篭も見つかった。木で編んだざるや、漬物用の甕は、残した方がいい ・・・ 

お昼頃、このところの不安から情けない状態だったのを機敏に察知してくださったのか、氣功の先輩K先生もゼミの学生さんと共にひょっこり現れてくださった。みんなの笑顔が眩しい。早速、柿の木の移植先の穴を、三つも掘ってくださった。

一日、ほこりまみれになって、片付けの方も、移植の準備の方も、無事終わった。

南向きのその土地は、西側の真竹の繁みに邪魔をされて、想ったより早く午後は翳ってしまったけれど、日の当たる場所でどんどん作業してくださるみんなの笑顔が眩しかった。一番ぎこちなく、要領悪くて、沢山手をつけなければならないことがあるのに、何からどう手を付けて良いか分からなかったのはわたし。眩しく笑うみんなの顔と対比的に、こころの奥に沢山不安を抱え、迷い、闇を抱えていたのはわたし。耐え切れず不安を打ち明けては、心配かけつづけているのも、わたし。新たな案や智慧を授けてくださった方々や、心強い助っ人も現れたのに、未だに一番逃げ腰なのが、わたし。恥ずかしく、情けない。

立ちどまっていても、不安は消えない。前に進んで見なければ。
もし、がんばってもどうにもならないとしても、進まなければそれさえ見えない。

・・・・・・

それから今日まで、正直未だ、そんな状態が続いている。

「無理しないで」と誰かに優しく言われると、それが逃げることであったとしてもそんな自分を許していいのかな、と思い、でも本当に自分らしい、無理の無い、自然な道って何だろう、と分からなくなる。

一度、周辺環境のことで色々な疑い・心配が出てきて、どうしても逃げたくなった。

家族に、「契約前にいったん止めよう、となったとき、それでも頑張ってみるということで、『やっぱりご縁があるかな』と思ったのに」 -- とあきれられた。そして、

あそこの土地は、「(わたしの)サンクチュアリ第一号で良い」。

もし色々なことがあって、どうしても暮らせなくなったら、あの場所は全部、鳥さんたちに開放して、あそこで生きる鳥さんたちがずっと平和にあの場所で暮らしていけるようにすればよい。そして、神社を訪れる人々が、あそこを「小鳥たちの森」として楽しんでくれればそれで良い。自分達は別にどこかに家を借りるかして、時々森の手入れをしたり、管理すればいいではないか。

と言ってくれた。

その言葉に、わたしは再びはっとした。もの(=土地)を所有することは、確かに大変重たいことで、土地を守ろうということから来る、色んな心配事は、あの土地に関する限りこれからも絶えない、という気がする。だが、わたしは、鳥たちがずっとこの地球で暮らせるように、自然と人間が調和し、小鳥たちが安心して人間を信頼するような世界のために、何かしたいと思っていたのだ。自分のこころの平安を保つのに精一杯で、まだまだ修行が足りないな。

「聖地(サンクチュアリ)」だというのに、自分はこんなに拙く、(手伝ってくださる方々、支援してくださる方々と比べても)力や智慧が乏しく、迷いや間違えでぐちゃぐちゃだ。そこに、添えられる他の人々の手や笑顔だけが、眩しい。地球を滅ぼそうとする源の闇ばかり見ている自分と対照的に、それでも自然と寄り添って生きようとする命だけが、眩しい。

これまでに、その土地で見かけた鳥さんは、シジュウカラ、コゲラ、ツグミ、ウグイス、メジロ、ヒヨドリ、スズメ、トビ(上空)、カラス(上空)、カルガモ(声だけ)、ヨシガモ(声だけ)、ミコアイサ(声だけ)。やっぱり頑張って生きようとしている。



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sanctuary の光 ~7~

ハートに熱い sanctuary の光があれば、どんなところで始めようと関係ない。

それは、地球が sanctuary となるまで、終わらないから。

そして、今回の土地は戻ってきた -- 現実的には、断りを入れた不動産業者の方から猛反撃と新たな情報・条件の提示があったからで、それでも周りの方々や家族には心配されたけれど、「新しい条件がかなうなら当初の希望を貫いていくこともまた、頑張ればできるから」と、何かが自分の中で弾き出された。それは、クールで不思議な力のようなものだった。

年の暮れ、とうとう契約までこぎつけた --。
家の周辺に古い家屋や物置があるので(誰に聞いても片付けてもらった方がいいと言われた)、それを解体・撤去して頂いて、来年早々、引渡しとなる。

それでも、正直に書こう。そのときも、それ以降も、この話、もともとの自分に戻ったとき、夜中にみる夢、うなされて起きたとき、不安に苛まれる。時に、何もかも振り捨てて、全速力で逃げ出したくなる。

ここ6年、夢に描いていた憧れの sanctuary の土地が現実のものとなるというのに --。

うなされて目覚めると、契約の細部、今後のこと、周辺環境のこと、不安なことが次々と出てきて、「こんなにちっぽけな、弱い自分ではどうしようもない。逃げたい」と感ずる。確かに、氣功の先輩K先生が仰ったように、「今回の話は、(わたしの)からだの方がどんどん動いて」進んでしまったが、早まりすぎたのではなかろうか。だが、「早まりすぎた」と言っても、ここでやめて、今後本当に適地と言える場所が見つかるのか。例えば、ここ6年、土地探しを頑張ったつもりだし、数十件の候補地を検討したが、この話以上の土地が手に入れられる可能性があったのか。真夜中に眠れないまま、これまで検討してきた土地や場所を次々と思い出し、それらと今回の土地とを比較する。

不安となる事柄は、契約以前にも見えていたものもあるのに、契約してからこれらが拡大していくのは何故なのか。 sanctuary の夢、夢を〝夢のままとしてだけ〟楽しんでいた自分だとは想いたくない。それどころか、この夢が6年も現実化せず、自分の力が無いせいだと感じられた今年の夏の、何と苦しかったことか。夢が現実に地を降ろしたとき、それが「絵に描いたよう」でないのは当たり前だ。光溢れる場所が欲しかったのではなく、この地に光を、少しでも広げるための夢ではなかったか。

自分のこころの弱さを知った。

例えば -- 煙を吐く巨大な煙突の夢に二回ほどうなされた。

この場所のことで多くの方に相談したとき、購入しようという神社の土地から少し離れたところに、市が管理するゴミ焼却のための巨大施設があることを、数人の方から心配された。心配して情報を提示してくださった方や、施設を見に行ってくださった方もいた。市役所にも出向いて、この施設のこと、ダイオキシンの心配や事故の心配について尋ねた。役場の方はもちろん、ダイオキシン発生の心配の無い高温度で火をたきつづけていることや、定期的な検査が行われ、事故発生の際の対策も備えられ、それらが広報で市民に伝えられていることを力説した。

何度も書くが、美しい雑木林が残るような「今の田舎」は、細部まで見ると美しくない。これまで土地探しをしてきた中でも、ゴミ処理場建設計画反対をしている土地や、ゴミ処理のために美しい湖を埋め立ててしまった土地、産業廃棄物が積み重ねられている土地、家庭ゴミが散らばっている土地を目にしてきた(当たり前のように、そうしたものはある。美しい自然・穏やかな里が、人々の都市生活の埋め合わせに担っているものは大きいと思う)。

一方、この土地の周辺には、多数の野鳥達が飛来する湖や、鳥獣に由来のある施設のある公園や、上流を辿れば清らかで美しい河川がある。ゴミ処理施設がどれだけ大きな煙を吐いていても、渡り鳥たちはこの地を頼りにがんばって飛来する。鳥たちは、この大気、土壌、水、自然の中で、がんばって生きている。もちろん、地域の方たちも、毎日煙を目にしながら、ずっと暮らされている(地域の方たちに、自分の心配を尋ねるなんてことは、とうてい出来なかった)。

この地球に、もはや汚染されていない場所なんて無い。

だが、ここで sanctuary を築こうということになって、訪れる道すがら巨大な煙を目にすることになって、それが夜中に夢に出てくるようになって、初めてわたしは、どれだけ避けようとしても店に行けば手に入れて捨てることになってしまうプラスチックゴミのことが、その行く末が、捨てることで自分が何をしてきたかが、よく分かった。人間がプラスチックゴミを燃やし続ける中で、頑張って生きている命たちのことが分かった。命たちのことを想うと、ゴミを燃やす周辺で暮らされている方々のことを想うと、言葉で言っていた「痛み」が初めて本当に「痛い」んだとわかった。

地球を汚さないように、少しでも地球を癒すことが出来るように、そのために活動しているのに、まだまだであった。買い物に行っても、エコバックは当然のこと、ポリ袋入りでなく量り売りの野菜や果物を、大好きなお豆腐はプラスチックケースが嫌だから時に買い控えたりして、どうしても手に入れてしまったプラスチック製の袋は最低二度は使うことにしてはいたが、それでも、プラスチックゴミを初め、焼却場を頼りに燃やしてもらう他はないゴミを出す。

夜になるとうなされる。

しかし、それで寝付けなくて瞑想に入るとき、朝起きてからだをしゃんとさせるとき、「うなされる」そのことさえも、何かのメッセージ、何かの修練であるような気がする。少なくとも、鳥たちは、人間によって汚されていない土地・自然なんかどこにもない今も、一生懸命生きて、可憐な姿を見せてくれることの重みは分かった。他にも色々な不安事が在って、その都度、直視せざるを得ない弱い自分、逃げたい自分も全部受け止めて、押さえつけることなく、本当に逃げるようなことになるなら、それにも「ゆるし」を与えることにして、今ここでこの一瞬自分に出来ることをしよう。

以前ブログに書いた憧れのSさん、北茨城で自給自足に近い〝始末の良い暮らし〟を実践されているSさんご一家のことを想った(2008年12月8日ブログ)。彼らは、家をご自身で建て、手作り・自然素材の最小限の生活用品と共に、プラスチックゴミを出さない生活、亡くなる時全て土に還る生活、それでいてナチュラルでシンプルで快適な生活を実践されており、お尋ねした当初からとても惹かれた。改めて、彼らのように、いや〝わたしが本当のわたしとして満ち足りて〟生きることを目指そうと感じた。




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sanctuary の光 ~6~

申し込みをしたというのに、その後も契約日直前になってこの話は大荒れとなった。

土地のこと、地域のこと、契約に当たって心配な家屋の建築基準云々を調べる一環として、市役所に行った折、「この土地に家は建てられない。それどころか、地域住民でないあなたは、既存宅地に移り住むことさえ出来ない」と言われたのだ。予想以上の問題に、翌日すぐ、休みをとれないわたしに代わって家族が県の建築相談課にまで相談に赴いてくれた。

その結果、「住むことはできる」、ただし新築・増改築にあたっては「可能性がある」とまでしか言えない、という段階まで分かったが、その段階で家族もわたしもこの話については、信頼性という点からして「これまでだ」「ご縁が無かったことにしよう」とあきらめることを決意した。心配してくださった友人・知人達にも連絡し、気持ちは固まったものの、断りのメールを書くのに、早い方がいいのは分かっていても、半日以上を用した。ようやく、「契約しない」というメールを打った。

そうして、見えてきたことがあった。

それまでのわたしは、熱に浮かされたようにどんどんと行動し、何か急いでいた。最初に見たときに、「ここならやっていけそう!」と感じ、その良い印象のままに進もうとしたこともあるし、実際自分のペースより遥かに急かされていたことも事実だが、それとは別に「神社熱」のようなものに浮かされていたからだと思う。恥ずかしいが、今なら書ける。(神社であることによって)「鳥たちも守りやすい」というだけでなく、〝わたしは神社に呼ばれているのだろうか〟〝呼ばれているなら、何か使命が在るならば、行かなければ〟という想いがあった。氣功の先生や、天音さんの言葉で、呼ばれているのであればそれこそ「われこそは○○の命(みこと)である」と名乗る神様が夢枕に立つ、ということはなく、そこに息づく自然や命達こそが大切なんだ、ということは分かったつもりでいた。けれど、どこか氣功の先生に言われた「今の神社には浄化が必要」という言葉に浮き足立って、「自分こそは」(その使命を持つ)(選ばれた)という浮わついた思いに踊らされていたように想う。

これまで、修練しつつ、修練による力を蓄えることだけ・位を上げるだけに憂き身をやつすやり方を「スピリチュアル・エゴ」だと感じて、それとは一線を画して修練しようとしてきた。そのはずだったのに、今回の話と出会って以来、上っ面で実体の無い「スピリチュアル・エゴ」に囚われてしまっていたのは、自分だったのだ!

本来のわたしが求めてきたのは、神社や「神に選ばれること」ではなかったはずだ。

わたしは、今ここで頑張って生きている小鳥を守りたかっただけ。
その小鳥たちと無心に遊べるような世界を創るための仕事をひとかけらでもしたかっただけ。
そして、ずっと鳥たちの信頼を裏切らない人間でありたかっただけ。

特別な土地でも、いや、どんな土地でも、そこに選ばれたり、所有したり、その場所の自慢をするなどは、そうした想いから程遠かったはずだ。(土地を購入するのも、ただ、最初のきっかけとなる場所を創り、そこを人間のエゴイスティックな利用から地球へと還すだけだったはずだ)。

神社という土地の麓だからと浮き足立っていたのは、何と恥ずかしいことだったろう。

神はエネルギーだ -- わたしにとっての神さまとは、もし感じられるとしたら、それは、今ここで一生懸命生きている鳥たち、命たち、それらを愛しいと感ずる胸の中の熱いもの、それらが無駄に奪われようとするとき強い痛みとして感じるもの、そしてそのために何かできることを与えられたという感謝。

神社であるかどうかは、関係ない。むしろ、それは歩いていも、ただ座っていても、どこにでもある胸の中の光だ -- ただわたしが、目覚めてさえいれば。

始めるための土地は、どこだっていい。

ところが、そう気付いたとき、この土地は戻ってきた。
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sanctuary の光 ~5~

my bird sanctuary のために出逢えた土地は、当初600坪だったけれど、不動産屋さんが交渉してくださって裏山が手に入ることになり、1400坪となった。6年前この夢を追い始めたとき、希望は、小鳥たちが信頼してやってきてくれるようになったとき、その小鳥たちを守れる広さ、千坪以上だったので、希望には叶う。恐ろしく手入れが必要な山(荒れた竹林)とその管理のための家屋(7年以上人が住んでいない)だけれど、頑張れば何とかなる。

神社の麓に住む、ということも気がかりだったけれど、その他にも初めての不動産屋さんとの交渉で、この物件にはわからない点、戸惑う点、心配な点が沢山あった。と言っても、不動産売買の経験は友人・知人の話を合わせても少ししかなく、2年前の失敗はブローカーさん相手だったが・・・。仲介の不動産屋さんが三人も入っていらして、しかも一般的な契約は「土地権利に関するすべての書類がきちんと揃っているもの」と誰に話しても言われるのだが、契約段階では重要な事柄のいくつかが〝特約条項〟となっており、こうした「後で約束を果たす」といった条項は「関係者の認識の違いによりトラブルになりやすい」とマニュアル本にも出ており、誰に話しても心配された。

そうして、立ちどまってゆっくりと検討したい、経験豊かな人に相談したい、と幾度も思いながらも、魅力的な写真や言葉と共にインターネットに出ているこの物件には、「沢山の人から問い合わせがあるから」申し込みを急がされていた。家族はゆったりと構えていたが、「せかされるのは危ない」と知人達には言われ、「ゆっくりマイペースで、ご縁があるなら決まるから」をモットーにしてきたわたしは、からだはこれまでにない速いペースで動くのだが、こころはそれについていけない。

やっぱり、どうしていいか、わからない。

これまでサンクチュアリ創立計画を支援してきてくださった幾人かの方々は、特に笠間でがんばってきた際応援してくださった方々は、どちらかと言うと今回の話にやや懐疑的で、他方、幾人かの方はGOの方で励ましてさった。神社のおみくじで「大吉」を引き、「秋になると金木犀の香がして、『生きてて良かった』と思う」と庭に金木犀を植えたがっていた家族は、この土地のシンボルツリーの1本が金木犀なので、どうやらここは、ついているらしい。だが、見守ってくれている皆が暗に伝えてくれるのは、

決めるのは、わたし--

おみくじは「中吉」、しかも「自分のことでなく、他者の幸せを願うことが、幸せにつながる」と御籤に書いてあったわたしは、それでも、情けなくも、まだはっきりしていない。

はっきりしていないまま、不安をねじ伏せるように、このままずっと停滞しているのは嫌だから、申し込みをした。

そしてようやく、これまでずっとお世話になってきたラビングアースさんにご相談して、天音さんよりエネルギワーク(白山アセンションライト)を受けた。ずっと探してきた地域、土地の条件ではないところで、神社の麓に住むということについて、何か掴みたかった。12月5日、街にも突風が吹き荒れる日だった。

渋谷の銀杏
 (この日の渋谷は、飲食店のランチメニューを記載した看板が吹き飛ぶほどの大荒れ。
 そんな中で、並木道のイチョウからほろほろと銀杏が落ちてきた。
 渋谷大通の銀杏は、くすんで煤けている。
 それでも立派に実をつけている。
 1つは苗木にし、残りの恵みは炒って頂こう)

インターネットを通じては長いが、対面は初めての天音さんは、沢山のエネルギーを扱われる方だというのに、きゃしゃで繊細で澄んだ感じで、一目で心から安心できた。少しお話してから、サンクチュアリ候補地のことについて仰ったのは意外なことで、

迷いは、(土地の神さまとかそういうことではなくて)わたしの内面に在るものだと思う。

これまで<鳥たちを守る土地>として、このように(神社として)ある意味すでに守られた場所ではなく、もっとハードな場所、猟銃や環境破壊などから守れるような場所で、「戦わなければ」と思ってきたからなのではないか。

という問いだった。このところ、不動産取引のごたごたで頭を煩わせてばかりで、芯を見つめずに来たため、この問いは不意打ちではあったが、当たっていなくはなかった。「この鳥たちを守りたいから」「この樹々を、自然を守りたいから」そこを聖地にするという、そういう想いでやって来た。だから、神社は、ある意味、殺生や悪意からは遠ざけられた場所であろうから、予めそういう土地で始めるのは、確かに安易だという気はしていた。

当該の神社に関しては、「いいのではないだろうか」と言われて安堵し、特に強いエネルギーを感じないことに関しては、神社の巡礼を重ねてこられた天音さんは、「神社の神さまも、もとは人。また、今の神社は、もとのエネルギーが消えてしまったり、他のものにとって変わられていることも多い。そこの自然や他の何かのエネルギーで保たれていることも多い」と、教えてくださった。「今は浄化が必要な神社もある」と仰っていた氣功の先生の言葉と同様 ・・・ 目から鱗。

「白山アセンションライト」は、3回にわたる素晴らしいエネルギーのセッションだった。これは上手く言葉には出来ないが、また意識できない多くのことも感じ恵みとして得たことは確かだが、大きな何かであったことは分かる。まず、土地を見てからずっと、無理を繰り返してきたために生じた体調不良(肩凝り・首の凝りと頭痛、消化器系の不調)が、はっきり見て取れるほど「すっと」良くなってしまった。次に、これまで自然が傷付けられる度に、鳥たち・命たちが行き場を失う度に、痛みを感じてきた部分が、傷に手当てしてもらっているかのように、何か癒された。最後に、わたしは「内側から整った感じになって」、ハートチャクラがこれまでに無いくらい広がり熱く燃えるように輝くのを感じた。そして、胸の中で感じてきたこれまでの全てのことに「ゆるし」が与えられた。

体調が整った途端、わたしは、今回の契約は「どうでもよいこと」と感じられてきた。「どうでもよい」とは決してシニカルではなく、上手く行っても行かなくても、わたしは今ここに在る、ことが分かった、ということ。そして、はっきりしたのは、この世界が、地球上全てがサンクチュアリになるまではわたしは満足できない、ということ。今回の土地が、手に入れば、そこを起点にサンクチュアリを広げていけることになるし、手に入らなくてもどこか別の場所からサンクチュアリを広げていけばよい。

今回の土地が、サンクチュアリなのではない。

サンクチュアリの契機とすることができるか、という問題であるだけのこと。

地球上全てが、自然と人間が調和し、小鳥たちが人間を信頼して遊びにやってくるようなサンクチュアリになるまでは、わたしは続ける。

これまでの失敗も、受けた傷も、無意味ではなかった。「神社の麓だというのに、エネルギーを感じない」のも、それで良い。あの場所の、空や水や土、風、地形、樹々たちが、やってくる鳥たちが、エネルギーなんだ。そうしたエネルギーは、確かに感じている。そのエネルギーと、調和できれば良い。そして、わたしは、今ここに在り、ハートチャクラから願いを飛翔させようとしている。その願いが、光であり、サンクチュアリの光なんだ。
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sanctuary の光 ~4~

秋の木の実

その場所を取り巻く山林は、鬱蒼として、ややじめじめした荒れた竹林。
背の高い、太い孟宗竹を中心に、周辺には真竹も生えている。
すでに枯れた竹も、青竹に倒れかかっていて、良く言えば(?)幻想的なほど。

ただ、竹の勢いに呑まれて、日光を得ることが出来ず、横枝を張らないまま上へ上へと伸びたカエデやカシの木もいた。これらの木たちは、太陽を当ててあげなければいずれ枯れてしまうことが一目瞭然だった。

不動産屋さんに連れてきていただいた日、夕暮れの中で神社に参拝をしたが、今度はただ一人、神さまと対話するつもりで、鳥居から石段を登った。その日も参拝客は少なくて、とても静かな中、からだの底まで静かになってしまうような中で、ゆっくりとお参りした。

ここに、小鳥たちの森を築けるだろうか。
ほんのささやかでも"バードサンクチュアリ”(小鳥の聖地)を創ることはできるだろうか。
そのための「ゆるし」を与えられるだろうか。

古い家で、"おばあ様”の想い(?)を強く感じたように、土地からの想いは感じない。
何かを感じようとしても、ふわりと優しい何かを感じるような気はするけれど、強いメッセージは無い。
やっぱり。

がんばるつもりでいるけれど、まだ何かがわからないまま・・・まだちょっと何かがなければならない、という感じだった。

ずっと支えてくれている友人・同僚や、野鳥の森の先生にも相談したいが、それだけでなく、この場所のこと、自分のこころの姿勢のことで、彼らには心配させずに、まだ何かを掴まなければならない気がした。

これまでスピリチュアルなことや神社のエネルギーのことで数々のことを教えていただいたりインスピレーションをいただいているエネルギー・ワーカーさんにご相談した。エネルギー・ワークを受けてみることにした。
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sanctuary の光 ~3~

その"おばあ様”の娘さんご夫妻からお返事を頂いた。

立派な封筒に丁寧に書かれた手紙だった。

"おばあ様”に当たる持ち主の方はその場所に90歳までお一人で暮らされ、その後娘ご夫妻のもとへと移り既に亡くなられているとのことだった。その後も、家は近所の方に管理を任されていたが、その方も高齢になられたので手放すことを決意なさったらしい。土地の契約のことは不動産屋さんに任せたので・・・という内容だったが、その中にも家への想いがこめられた気持ちのよいお返事だった。

神社の麓で暮らすことについて決断がつかないままに、次の日曜日も稲田から車で現地へと向かった。

笠間市内を50号線から曲がるところで、氣功の先生からの電話が鳴った。わたしの迷いについて、氣功の先生の先生であるI先生(HP "healing the unhealed voices" my bird sanctuary 参照)に直接聞いてくださったとのことだった。安全なところで車を肩に留めて、お話を聞く。途中からI先生ご自身が電話に出てくださり、またI先生の素晴らしいお弟子さんで、変わることなく支援してくださっているTさんまで電話に出てくださり、緊張と感激と嬉しい興奮で、悩みながらの道中が喜びのものとなった。

・神社の中で暮らすということ
  良いのではないか。(「わたしが神さまだったら歓迎だ」)
・その心構え、礼などは無いのか
  そのままでよい。
・その神社のエネルギーをあまり感じないのだが、それでもよいのだろうか。
  大丈夫。その神社に浄化が必要なのかもしれない。

最後のお言葉は、事実、身に余るお言葉なのだが、それでも嬉しかった。

これで良いのか! いや、本来の自分、小鳥の心に寄り添う自分、小鳥と対話する自分、命の重みや痛みを感ずる自分で、まっすぐに進むために、こころしてかからねば!
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sanctuary の光 ~2~

その神社は、以前にも訪れたことのある神社だった。だけど、麓にある土地と家を不動産屋さんの「物件」として改めて見学してみて、わたしにはわからないことだらけだった。

まず、麓のおうち ・・・ 道路からの細い道を進み、以前は田や農地だったと思われるところから一段高いところに、大きな金木犀の木があって、そこからお庭と小さな平屋がある。お庭には、柿の木やサザンカの木、畑もあって、後ろの竹林にはカエデやナラなどの立派な雑木も隠れていた。以前住んでいらした方の、つつましい、静かな、自然と織り成すような、微笑むような暮らし。それは、家の中にはいるとますます強いエネルギーとして感じられるようになった。古民家ではないけれど、昭和60年に建ったという、昔風のつくり。全体として静かでささやかな暮らしが感じられるけれど、立派な神棚には神社の御札の他、ご先祖由来のものなどがきちんと奉られている。自然を描写した美しい絵手紙が沢山飾ってあって、持ち主の方の自然への目線、花や木の実への愛情が感じられた。背の低い、昔風の古いたんす、桐ダンス。何時の間にか、とっても上品でつつましい、おばあ様に何かを話し掛けられているようになっていた。

"持ち主の方に話し掛けられる” -- これは以前にも、こうした中古物件を見学させてもらいに行くと感じることがあった。びりびりとする、強いネガティブな「氣」を感じて、ひどい頭痛がしたこともある。自分が勝手に侵入したことに対して責められているような、攻撃されているような感じがして、すぐ出てきたしまったこともある。

しかし、そのお家の持ち主の方は(後で、すでに97歳で他界されたことが分かったのだが)、ほんわりしたエネルギーでわたしを包み、何か話し掛けていた。「出て行け」、ではなく、「ここに住んで」、ほど強くは無いけれど、はっきりとわたしを包んでいた。不動産屋さんはここを、神社の観光客を見込んで、小さなお蕎麦屋さんやしゃれた喫茶店にするのが良い、とわたしたちにあまり売りたそうには見えなかったけれど、わたしはこの"おばあさま”(←というエネルギーだった)は、それはあまり好んでいないのが分かった。

でも、それならもし"わたしなら”、「ご満足かしら?」 

とわたしは想った。

神社とのつながりが深いこの"おばあさま”は、多分素朴な信仰が厚くて、神社か神さまとつながって暮らしていらした。わたしは神社ともきちんと礼を尽くせるのかしら?・・・・・

そのとき、ふと分からなくなった。

この神社のことは、嫌いではないし、参拝すると、とても静かな気持ちになれる。でも、何かを感じようとしても、クラウンチャクラ(百会)とハートチャクラ(胸)に何か微かに感じるのだけれど、あまり感じない。これまで笠間でご縁が合った幾つかの神社のように、何か強いものを感じることは無かった。

神社とつながるこの地に、my bird sanctuary を創立する限りは、何かもう少し感じられて、観えていなければいけないような気がした。

わたしは、この"おばあ様”の家を引き継ぐ資格があるのかしら?
わたしは神社とご縁がもてるのかしら? 

呼ばれているのなら、迷ってはいけないし、呼ばれていないならば土足で踏み込んではならない。(家の裏山の、さらにまた上には神社の杜があり、沢山の小鳥たちが訪れてくれる可能性がありそうだ。)ここで暮らす小鳥たち、自然を守ろうというのならば、神さまにもきちんと礼を尽くさなければならないような気がした。そのためには、何かもっとメッセージが聴こえていなければならないような気がした。

見学したその日は、他の物件も見た後、またその神社に戻り、不動産屋さんとお別れした後、とっぷりと暮れた境内の階段を家族と上り、こころを鎮めて参拝した。ついでにおみくじを引くと、家族は大吉、わたしは中吉だった。「自分の幸福を考えるのではなく、人の幸福を願うのが、幸せになる道」とおみくじにはあった。う~ん、何を言われているのか、わたしにははっきりつかめなかった。けれど、守りたい命たち、自然、支えてくださっている人々、地球や世界が癒されていくために働いている先輩や仲間たち、気そうしたことに関心や氣付きのある人々のことを想った。

手にする資格があるかどうかは分からない。

氣功の先生の勧めで、とりあえず持ち主の"おばあ様”に手紙を送ってみることにした。

カワラヒワ
 (巣材をくわえたカワラヒワ K氏撮影)
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sanctuary の光 ~1~

ジョウビタキ
 (ジョウビタキ K氏撮影)

昨夕ブログを書き終えてから、やっぱり想いをお伝えできたらと感じて、なるべく場所を特定せずに書いていくことにした。

今回は、これまで my bird sanctuary 候補地として探してきた地域でもなく、これまで求めてきたような自然環境にあるのでもない土地に、これまでのやり方とは違う形で出逢った。

その土地とは、つくばの氣功の先生に教えていただいたインターネット上のサイトから問い合わせをして、つくばから高速を使って週末通える範囲の物件を幾つか見学したうちのひとつとして出逢った。売りに出ている物件としては、雑木と竹林とに囲まれた、庭の広い中古物件という感じだったが、その物件の持ち主の方が裏の山林も所有されていることが分かり、「合わせて手に入れるなら」と交渉して頂いて、全部合わせて1282坪、山林も手に入りそう、ということになり、「それなら」と話が進んでいった。

「特別な条件により守られている」(11月19日ブログ)と書いたその条件とは、その場所がある神社の麓にある、ということだ。神社を訪れる人から見ると、そこはほぼ神社の中にある土地だ。神社の中だから、狩猟者の人が入ることは勿論、こころない人がこころないことをする可能性も少ない。鳥たちも、そしてわたしも、そこではほぼ守られているのでは ・・・ と、これまでご支援してくださった方々のうち、「一人で山に入って鳥を守る」というわたしの決意をやや心配そうに眺めていらした方々は、「ここなら安心・安全」と喜んでくださった。

だが一方で、"あらかじめほぼ守られているような場所を選ぶのは安易ではないのか”"鳥たちを一羽でも多く守るため、森や自然を少しでも調和のある空間に戻すため、やろうとしてきたはずではないのか”"これでよいのだろうか”という想いが、当初からわたしの中で一番の問いかけとなって響くことにもなった。そして、それは、求める「サンクチュアリ(聖地)」とは何か、「命たちとの対話、自然と人との調和、そのために光を広げる」ために一生かけて何がやれるのか、を改めて問い直すことでもあった。

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激動

ずっと夢にいだいていたバードサンクチュアリの土地が、手に入るか入らないかで二転三転し、ずっと激動の中にいます・・・ 今回は、その内容に触れると土地が特定化されてしまい、決まっていないことなので関係者の方々にご迷惑をかけることになる可能性があり、ブログに書けなくてすみません・・・

ですが、いろんなことがありました(あります)。

契約するという具体的現実的な詳細で多くを学び、多くの壁にぶつかり、
 さらに多くを学び(←大変なんです~)

その土地の自然や環境とのつながりで、「光を広げるとはいかなることなのか」
 について気付かされたり反省したりすることがあり、わたしにとっての
 「サンクチュアリ(聖地)」とは何なのかについても以前よりは観えてきて、
 不思議なことも沢山あって、

出逢うことのできた人々、支え続けて下さる人々、様々な人々のことも、
 新たな感謝や嬉しさ、気付きがあって、

今の地球環境、日本の人々の精神的な成長とその障壁、時代の閉塞感、
 そして大切で愛しい鳥たちを含む生態系の危機と、
 再生への(わたしの・地球の)全身から搾り出したいような叫び。

自分自身についても、これまでに無いような面が見えてきて、
 反省が必要なちっぽけな自分、ちいさな幸せを求める自分、
 それらを見守っている光に包まれた自分・・・
 
職場の仕事と、土地探しの大詰めで、もうフラフラですが(苦笑)、
 いつもだったら布団に倒れこんでしまったり、誰にも会いたくない、
 と閉じこもってしまいたくなる状態がどんどんやってくるのに、
 その芯のところに、それでも頑張りつづけてくれている
 新しい自分がいます。(でも、睡眠、食生活、そろそろやばいよ)

年末にかけて、結果が出ましたら、ここでご報告したいことが沢山あります。

蒼い蒼い大空の向こうまで、森の緑と美しい湖や川の流れ、人々の美しく
平和な村々があって、風の音、鳥たちの声と懐かしい歌や詩が聴こえ、
それらの上を飛翔する大きな白い鳥と、沢山の鳥たち・・・ 
そんな世界が、来年ちょっぴり広がりますように!



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小露鈴の冬

chirorinNov08

寒いですが、元氣にしています。

朝は沢山のおしゃべり、昼に人間が帰れる日は水浴び、夕方人間が帰宅するとさらに水浴び。きちんと羽を整えて、ふわふわです。
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