hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

sanctuary の風 (2)

ルリトラノオ

ルリトラノオの花も咲きました。アキノタムラソウ、ヤマハッカ、ツリガネニンジン、ソバナ・・・と、青い小さな花の群れが集まる野草が多いです。青い小さな星のような花が、風にゆったりと揺れるさまは、とっても涼やかです。

文鳥香

こちらはギボウシの園芸種です。基本的に、今の日本から消えてしまいそうな(昔は山や野に普通に生きていた、懐かしい)日本在来の野草(原種)を植えているのだけれど、このギボウシは、「文鳥香」という名前で、文鳥さん好きとしては、どうしても欲しくなってしまい、花壇に植えています^^ どうしてこの花が文鳥さんの香なのかしら ・・・? というつっこみは置いておきまして、清潔感のある緑の葉っぱの縁(ふち)に入った白い線がスッキリしているギボウシで、花もとても優雅です。園芸種と言っても、江戸時代に出来たものだそうで、江戸時代には白く美しい文鳥さんももてはやされたからかな? 

センジュガンピ

6月頃に良く咲いていたセンジュガンピが、暑い間はちょっとお休みして、再び花を付けてくれました。(あまりに小さな花なので、うまく写真が撮れず、手前に移った大きな葉っぱは違う植物のものです。ゴメンナサイ。) 小さな白い星のような、ナデシコ科 -花の形もナデシコです- の花です。秋の七草をうたった上憶良の「萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 姫部志(をみなへし) また藤袴 朝貌の花」(万葉集・巻八 1538)にある「瞿麦」がナデシコのことなのだそうです。(因みに、最後の「朝貌の花」でうたわれた植物は、アサガオではなくて、キキョウという説が有力です。) この秋の七草を植えるぞ~とナデシコの中でもこの地で育ちそうで、日本原種で、サンクチュアリのイメージに合った、センジュガンピとカワラナデシコを植えました。センジュガンピの花はとても小さく繊細で、でもよくよく眺めると、ものすごく美しい純白の〝和の世界〟を展開してます!

青や白や薄紫の繊細な花々の間を通り抜けてきた風は -- 秋の開幕ですね。

暦の上でも、今日は、処暑〔しょしょ〕(まだしばらくの暑さは続くが、朝夕は秋の気配が漂う頃)。

みなさま、夏のお疲れを残されませんように --。


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sanctuary の風 (1)

お盆の間、高速の渋滞に巻き込まれるのが嫌でしばらく訪れていなかった my bird sanctuary の地に行ってきました。今回は、ウツボグサとイブキジャコウソウをグランドカバーとして植え、大豆を蒔きました(8月14日ブログ参照)。後は -- 草刈り。夏になってから、毎回、草や竹の伸びがすごい! 1週間でジャングル状態だもの。

コンクリと車が加速度的に増えていくつくばとは違い、現地は予想以上に涼しいです。陽があたると「照り付けられる」感じはありますが、少し陰って風が吹くとひんやりと気持ちいいです。エアコンも扇風機もない古家にいても、風を通すと暑さを感じません。

オミナエシの花2

「日本在来の消え行く野草を植えよう!」の最初のとっかかりとして、春以来、秋の七草が育つようにしようと頑張ってきましたが、キキョウに次いでオミナエシの花が咲いてくれました。黄金色がぱあっと明るいです。

オミナエシの花

この写真、よお~く見てください。ちょっとびっくりしたんです。黄金色の花を見つめていたら、何やら動き出して --。花の色と全く同じ色の蜘蛛さんが居ました。見つけられない方、花の右下です。手足を伸ばした蜘蛛がいるでしょ。どうやってオミナエシの花と同じ色になったのか! (しかも、オミナエシはずっとずっと咲いているわけじゃないのに!)

シラヤマギク

シラヤマギクです。ゆかしさ・儚さ・健気さといった日本の感性に訴える在来の「野菊」に居てほしくて、でも一般に「野菊」というのは植物名でどの菊かしら、というのが決まっているわけじゃないらしいので、自分で感性的にぴたっと来たシラヤマギク、ノコンギク、ユウガギクの苗を育てています。そのうちでも、一番後に手にしたため、植え場所としては一番心配な場所(湿気が多すぎ、土も悪い)に植えたシラヤマギクが、一等先に咲いてくれました。この野菊、花びらが密に綺麗に揃っていないので、「歯の抜けた感じ」とか「ぼろっとした(!)」とか植物図鑑に書かれていますが、「でも、逆にそれがいい」とも共通に図鑑に書かれています。何か、あんまり綺麗に揃い過ぎて整い過ぎているよりも、「あれれ、大丈夫?」と感じさせる方が、野菊のゆかしさ・儚さ・健気さにぴったりなんでしょうか。

野菜カゴ

今日の収穫は、ミニトマト、(根ぐされなのか枯れてしまい、こんな小さな実一つを残した)カボチャ、あとツルムラサキ、モロヘイヤ、青シソ、チコリ、イタリアンパセリの葉っぱ各々少々です。まだ収穫していないけれど、トウガラシも無事に赤くなりました。ズッキーニ、キュウリ、カボチャは全滅です。ナスは2センチほどの実(どうしようかしら?)。湿地帯のような土地のため心配していたショウガ、ウコン、ヤーコンも、今のところ無事です。

ツリバナ

力いっぱい移植し(7月5日ブログ参照)、そのときは緑がかった白の、小さい(小さい!)花を付けていたツリバナも、今はこんなに可愛い実をつけています。


ちょっと前までは、カワトンボやシオカラでしたが、今はオニヤンマがぶんぶん飛んでいます。モンシロチョウ、モンキチョウ、クロアゲハも舞い、食蜜する草を刈ってしまうと可哀想、と草刈りにも気を使います。ひっそりとした自然の中で、植物達、鳥たち、そして今はセミたちの声を聴きながら、季節が巡っていくのを感じます。
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白い鳥 の 夢

太陽の当たらない街の通りを急ぎ足で歩いていた。

どこか遠いところに大きな海がある気がした。水の音が聴きたかった。街は、天空の太陽の光を覆うようなドームの下にあった。家や商店街のひとつひとつを、通り抜けたと思うたび、街がまだ続いているのがわかった。舗装道路やテラスの下には、きっと大地があった。でも、土の匂いを運ぶ風が吹き抜けることはなく、断熱材で重装備をした最近の家のように、空気は止まっていた。ちょっとだけ湿った、もの哀しい気配だけがずっとそこに淀んでいた。

薄い闇に覆われている中を長いこと歩いて、小さなデッキのある家(?--暗くてよく見えない)の外付けのテラスを通り過ぎたとき、両手で軽く抱えられるくらいの大きさの白い鳥がテーブルの上に乗っていた。半分闇に包まれたその世界で、そこだけくっきりとした白い色にかたどられていたので、すぐ目に入った。クチナシの花のような白さと滑らかさをもつ、しっとりとした柔らかい鳥の背中 ・・・ その鳥だけは生きていることが分かった。命の清浄さと純潔さが伝わってきた。

ただ、その鳥はもう弱っていた。ここの家の鳥なのだろうか? わたしは立ちどまって耳を澄ました -- ほんの5分か10分 -- そして、待っていられなくなった。その家には、何かべたつくような”嫌な感じ”だけが匂っていた。「とにかく、助けなければならない」。盗人のように辺りを見渡して、わたしは鳥をそっと掴み、自分の上着の下、おなかの辺りに抱えた。そして、今度は走るように、家々、商店をひとつずつ突っ切って、闇に覆われた街の外へと向かった。

街は終わらず、闇はどこまでも続いていた。段々と濃くなって、黒い煤のような闇になりそうだった。息苦しくなり、駆け出すのだけれど、暗闇の中で、上着の下に隠した白い鳥を庇いながら、何度か躓いた。庇いながら、本当に酷い転倒をしてしまったとき、しばらく起き上がれなくて、服の下の鳥に頬を寄せた。白い鳥はただ黙って目を閉じて、手の中でじっとしていた。

-- 誰か、助けて。

わたし独りではもう、この鳥を助けることは出来ない。

誰も居ない闇の街で、かすれた声でそう呼んだつもりだが、もう声にならなかった。


********

二日前に、こんな夢を見た。

わたしのみる夢は(あまり良い夢はみず、うなされる夢が多いが)、パターンがあって、体調や精神状態によってそのパターンが繰り返されたり変わったりするのだが、こんな夢は初めてみた。いや、正確に言うと、「遠くにあるはずの海のうねり」の感じや何かにとても急かされている感じは、よく出てくるんだけど、闇の街も白い鳥も全く初めてみた。

起きて、朝陽の当たる部屋の中で、恥じ入った -- この夢はあまりにも、ここのところわたしが感じ、悩んでいたに違いない環境問題や自然の破壊や荒廃と、人間の精神性との関係を象徴しているかのように感じられたからだ。恥じたのは、この世界には、わたしなどよりもずっと早くから環境や自然や精神の危機を感じ取って、身を粉にして何かをしてきた先輩達、今この瞬間にも、暑さ負けしているわたしとは違い、地球や人間に対する希望を精一杯形にしようと努力している方々がいらっしゃるのに、暗い街の中で、わたしはたった一人、白い鳥を守るためにあがいていたからだ。

だがまた、この夢は、わたし個人のものというよりは、現在のわたし達の集合意識が表れ出ているのかもしれないと感じ、忘れ去ることが出来ない。ここのところ、「景気対策」と自らの欲望の保持・拡大だけが社会の前面に出てきて、少しは配慮されつつあった環境の話も、消え入ったかレッテルとして利用されるだけになった。集合としてのわたし達は、自分の子や孫のことまでくらいは気遣ったりしているかもしれないが、七世代先のことを考えるのを止め、人間以外の動物や植物達の命が加速度的に失われることや自分達のからだで受け止めている空気や水や太陽や大地、食物のことは諦めている。それによって、人間としての自分がどれほど傷付いているか、喪失しているか、希望を失っているかに向き合うよりも、消費社会に流されるまま表面的な楽しみや癒し、安心感で自分を充たそうとする。それを見ていないか、見ない振りをしているかは人それぞれだが(そして、がっかりしたり、哀しい心で見据えている方もいらっしゃいます)、人間としてのわたしたちの方向や運命、尊厳を徹底的に無視することなど誰にもできないから、社会における閉塞感や不安感、危機感は誰でもが持っている -- 例え、表面上は無視できたとしても、無意識の領域では。

太陽や海や大地や樹々を吹きぬける風に二度とふれることのない人工物の街から逃げようとしても逃げ出せず、もしかしたらもう無くなっているかも知れないと思いながら、自然に思いを寄せる。

白い鳥は、わたしのこころから表れでた象徴だけど、その清浄さ、純潔、無垢を、人はそれぞれの形に描いて、夢に見るだろう。

夢の中でもがいていたわたし、白い鳥を何とか外に連れて出て行こうとしていたわたしは、すでに闇に染まっていた。わたしたちは個別の生きものではあるけれど、同時に集合的な存在でもあるのだ。

それでも、闇に染まりつつある人間達は、今まだ闇の中で白い鳥を見つけることが出来、闇に染まった手で闇に染まった服の中に抱えて、その美しい鳥だけは助けようとするのだ。


-- 誰か、助けて。



・・・・・ 青い大きな空の下、
     胸が苦しくなるほど新しい、息吹きに満ちた風に乗り、    
     美しい白い鳥は、
     虹色に輝く草原や緑濃い森、
     太陽が登る水平線までアクアカラーに染まる大海原を、

     どこまでも羽ばたいていく ・・・・・
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tane のいのち

とっても面白い本を読み終えたので、ご紹介させていただきます。

『捨てるな、うまいタネ』(藤田雅矢 WAVE出版, 2003)

-- 基本的に、わたしたちが食卓で普段食べている野菜や果物には「種」があり、是非是非そのタネを撒いてみませんか、という趣旨種子が1冊の本になっています。「それだけ?」「そんなこと、何の意味があるの?」と言うなかれ。「それだけ」で命の輝きや大切さ、不思議さをいかに感動できるか、「そんなことの意味」はそれがわたしたちに感動や命への気付き・愛を深~く与えてくれるってことなんだよ、と説得力と現実性をもって伝えてくれている本です。

開くと、キウイの種(!)が3年以上かけて、いかに立派な果樹になっていくか、種まき人(これは藤田氏ではない)がいかに愛情をかけて育てているか、の体験記が、写真日記として紹介されています。わたし達が普段、食べてはゴミとして捨てている「種」がもし少しでも救い出して撒いてもらうなら、いかにすごい力を秘めているか、いろんな「種」に挑戦して、育ててみることがいかに楽しいか、また「食」や「環境」を考える好機会を提供してくれるか、それどころかこれは自分や日本の自給自足に貢献することになるかもしれない、などと、この本はとても熱く語っています。そして、面白いのは、植物は命を繋ぐために「種」を作り出し、きちんとその《多くの場合、ごく一部の》種が発芽して生きていけるようにどのような仕組みを作り出しているかについてちゃんと説明されていて、これは「ふ~ん、すごいなあ」と感動します。植物に対して尊敬の念を抱かざるをえないのですが、それでまんまと、著者の「ね、種ってすごいでしょ」に乗せられて、食べかすとして捨てていた「種」に命の重みや愛を感じてしまうのです! いつのまにか、ちょっとした家庭菜園やキッチンガーデニングをやりたくなってしまい -- いや、多分次に野菜や果物を食べるときには、捨てられなくて、「始めてしまい」そう ・・・。

種蒔きできるのは、キウイだけではなく、レモン、グレープフルーツ、メロン、スイカ、ビワ、パッションフルーツ ・・・ 野菜だとトマト、キュウリ、ナス、オクラ、カボチャ、アボカド、ピーマン、トウガラシ ・・・ と多様性豊か。具体的で実用的な種蒔きの方法もわかります。

わたしたちの多くが、普段は全く見落として気付いていなかったところに、命の営み・その大切さが実は存在していたんだ、ということにスポットライトを当て、「エッ?!」と想う間に、食や環境や暮らしへと自然に繋げているところがすごいと感じます。しかも、「ペッ!」と捨てて見向きもしなかった「種」に、「命の重み」や「神秘」や「力」を感じさせるところが、偉いです。さらには、その「種」への「愛」が何時の間にか芽生えてしまい、実際に「愛ある生活」(=種まき、ガーデニング)をやりたくなってしまうところが、見事です。どちらかと言うと軽いノリで書かれているけれど、著者の藤田氏は、農学博士で研究所で植物の品種改良をされている専門家らしく、しかもその傍らファンタジーを執筆されていて、この本の絶妙さは、そんな経歴のハーモニーを知ると、納得できます。

*****

土地入手をしてから、my bird sanctuary 第一号地のために、ここ5ヵ月半、ずっと草木の苗を購入しては植えてきたけれど、ここにきて、いろいろあって、実はちょっと疑問を感じて考え始めていたところです。すぐにでも小鳥たちと対話をするために、どうしても素敵な森がほしく、言わば”完成品の森”に近付くためには、できるだけ成長した木や草を植える方が早いから、予算や(移植のための)体力が許す限りは成長した草木がよかったのだけれど、ここにきて、「何か、安易かしら~?」「そのやり方で本当に良いのか?」と感ずるようになりました。

土壌も、地形も、”植えたい木””植えたい野草”にぴったり来ないのです。工事のときの事故以外で、土壌や気候が合わなかったのか、駄目にしてしまった木もあります。消えてしまった草たちも多く、とても申し訳ないことをしました(こっちはまだ、春になって芽生えてくるかも、と想っておりますが)。

理想どおりの”完成品の森”にするには時間がかかる -- ようやく静かに落ち着いて、この事実を受け入れられるようになりました。全国あちこちの植木屋さんやナーセリーから取り寄せた立派な苗を継ぎ接ぎしても、土台もハーモニーも考えないままでは、きっと駄目です。まずは、地形や土に耐えてくれる草木から少しずつ馴染んでもらおう(もちろん、ポリシーとして、「利用するだけする」というようなことはせず、ちゃんと愛せる草木を選びます)、そして少しずつの自然の変化を信じよう、それから植物達の強さ・柔軟性も信じよう、今はそう感じます。

そうです -- 「植物達の強さ・柔軟性」を信じるなら、実生(「種」から育てる)に限ります。「種」には、発芽した環境にできるだけ馴染んで生き延びよう、とするパワーがこもっていると想います。少なくとも、幾つかの種をまけば、そうしたパワーを持っている子が必ず居る気がします。「苗木」はなかなか、種から育て、強い者以外は「間引く」(←多分、愛情抽入しすぎてわたしには絶対できない)のは辛いですが、「野草」については、「間引く」ことなく、みんな育ってくれるなら好きなだけ(もちろん、程度はあるけど)花畑にしたって良いのです。

現にわたし、S先生に「あなたのとこの土地にはウツボグサ(シソ科)が似合うよ」と言われたのに気をよくして(? 調べたら、美しい野草で、かつ優れた薬草なので)、苗も手にしたけど、とても素敵なナーセリーから沢山「種」を取り寄せていまして、来年は種まきに励むぞ~。そして、my bird sanctuary 第一号地に「セルフヒールの丘」というのを創るんだ~!!!と決めております(「ウツボグサ」は、英名で(西洋ウツボグサの名として)「self heal」(自己治癒)と言うんだよ。素敵でしょ

ということで、野鳥だけでなく、樹木、昆虫、野草、野菜、と続いて、今は種まきも勉強課題となり、上記の本に出会いました。この本や、他に幾つか当たった本を読んで、「種」の品種改良にはすごく長い歴史があること、また現在、「種」(特に野菜)というのはかなり人工的な加工がなされていて、大手の育種会社の画一的かつ一代限り育つような種に反発して、日本在来の、またはその地域で大切に育ててきたお野菜、植物の種を守ろうと努力されている方々もいらっしゃることを知りました。そして、「種」にこだわりを持つと、自分が育てている草木、もしかすると自分好みの自分とこの草木というものに愛着が湧いて、植物の命そのものと長いスパンで対話をしていけるんだということを、この本は教えてくれました。

蓮華と大豆の種
 (蓮華と大豆の種 -- 大豆はちょっと時期遅れですが、
 これから種まきを待つ、土地の救世主くんたちです。
 質のよくない土壌に、自ら窒素固定して、頑張って育って
 くれるよう、応援したいと想います)




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真夏の sanctuary 創り

my bird sanctuary 創立活動は、夏に入って、夏モードになっています。

7月までは、とにかく頑張って週2回は通い続けたサンクチュアリ第一号地ですが、これはちょっとだけペースダウン。暑いのが苦手で、7~8月は頭が熱に溶解していって、しまいにはからだの芯まで軟体動物化してしまうわたしは、お手伝いにきてくださる方々の半分も働けなくなる情けない状態となってしまっていることもありますが、ここのところの大変おかしな高速道路や自動車に関する政策のせいで、夏の土日の高速道路の運転が大変かつ反エコになってしまっているので、ちょっと小休止です。特に、お盆はピークであるし ・・・ ゴールデンウィーク、超渋滞で無駄なCO2排出した罪悪感すごかったし。

そして、ここで立ちどまって、今後の方向性をじっくり見極める時期にきたかな~という感じもします。待ちに待った土地だったから、早く小鳥たちとの対話を始めたくて、緑豊かに、鳥たちの休む・隠れる・ごはんを恵んでくれる樹々を植えて--。その過程で、鳥たちだけでなく、いやそれよりももっと酷いスピードで、日本古来の樹木、野草や虫たちが絶滅の危機にさらされていることをしって、少しでも彼らが生き延びるように、できれば少しずつでも戻ってきて再生への道を歩んでくれるように、草木を植えたくなって--。でも、植物や昆虫の勉強はいっぱいできたけれど、地形や土壌、土木工事、排水、業者さん等とのお付き合い?の学びは、からっきし駄目駄目で、大掛かりでお金の要る工事は結局、全体的な結論として(’自然と接する慎ましい暮らし’の実践の大先輩Sさんに見立てていただいたのですが)、これまでのやり方では失敗でした。

これからは、家のこと土地の工事関係のことも、「時間をかけても、自分で出来る範囲で自分でする」 -- Sさん初め、尊敬する知人達から頂いたご助言です。早く鳥たちが安心できる場所にしたいけど、植えようと思っている苗木や草たちは、とりあえず日陰で風通しのいいコーナーと、毎日お水を上げられるつくばのベランダに避暑。彼らが元気に育つようにするためには、まず土からです。とにかく枯れた竹や木を整理し、それらを燃やし(炭つくり)、この炭も使って土壌改良しようと思います。あとは、土壌に窒素を固定してくれるマメ科の植物、主に大豆とレンゲソウ、それにオオルリシジミという絶滅の恐れのあるチョウチョの食草クララ、を植えたいなあと考えています。それで少しでも土地が上手く行ったら、嬉しいです。

それから、S先生にかねてから、「sumikoさんは、コナラとかクヌギとか、ブナ科の樹々の森が好きなんだろうけれど、あの(排水の悪い石と砂と粘土の)土地では、まずはカバノキ科の木を植えるしかないかなあ。ハンノキとかヤシャブシとか・・・。それで、彼らに一杯葉っぱを落としてもらって少しずつ土を変えていくしかないなあ」と言われていました。調べてみると、ハンノキやヤシャブシは、根っこに窒素分を作り出して荒地・水はけの悪い土地でも育つため、排水の悪い場所や荒れた砂地、山の採掘場などで、土壌改良や森林再生のために多数植えられていて、そのくせ、花粉がアレルギーの原因になるというので、一方で敵のように伐採されています。人を助けるためには働かされて、挙句の果てには、命を断たれる -- そんなハンノキ・ヤシャブシと人間との関係を知って、ただ利用するためだけに彼らを植えたくなくて --植えるんなら彼らを木として本当に大切にし守ることもしなければ。それができるだろうか--ちょっと迷っていました。

決め手は、久し振りに読み返した『ケルトの木の知恵-神秘、魔法、癒し』(Jane Gifford, 東京書籍 -- おすすめ!)。ハンノキは、ケルトの人々がとても大切にし、尊敬している崇高な〝癒しの木〟。この本を読み、ハンノキの写真を見るだけで、ハンノキの気高いエネルギーが伝わってきそうです。ニワトコにしろ、ナナカマドにしろ、わたしが大好きな木は、もちろん日本在来種を選んでいるんだけれど、何故かケルト文化で大切にされている木なんです。アイルランドの人たちは、ニワトコには妖精が棲んでいるのが見えるし、ナナカマドは森の女王様だと想っている(だから、木を切らないし、それどころか切ったり傷つけたりすると、法律で罰せられたりもする)そうです。その想いが、わたしにはとてもよく分かる気がします。そう言えば、在来種ではないけれど、リンゴ(野生種に近いものとクラブアップル)も植え、これもケルトでは「愛の木」として最も大切にされています。なので、やっと決断が出来て(ハンノキはミドリシジミの食草でもあります -- もちろん、チョウチョに葉っぱをあげられるのは、木が健康に育ってからだけれど)、「ずっと愛して、大切にする!」と確信して、ハンノキの苗木、注文しちゃいました! (ついでに、この本を読んで、ハシバミ〔=ケルトで、「知恵の木」〕も注文しちゃいました! もちろん、ハシバミの実〔へーゼルナッツ〕は、カケス君たちとわたしで、仲良く分けるつもりで)。

思ったよりも時間はかかるけれど、秋になったらこうした樹々の苗が少しでも植えられるよう、考えて行動していきます。(もちろん、人間たちが暮らせるようにもね)。

スイカズラの花
     (初夏の写真になってしまいましたが、土地に自生している
      スイカズラの白い花。甘い香がします)

土地のこととは離れるけれど、暑い間は、鳥たちへの想い、自然への祈りを声にするために、読書や書きもの、机の上での sanctuary 作業をしています。今、わたしの身近では、命や環境や自然について頑張っていらした方々も、様々な方面で活躍されているピュアな方々も、日本社会の現状、命や環境や人間の精神性の向かう先について、混沌とした閉塞感、不安感、絶望のかけら、を抱いていらっしゃいます。一番先頭をきっていらっしゃる方、一番頑張っている方、一番明るい展望を持ってきた方でさえも、希望の言葉を口に出来なくなっているのではないか、と感じます。(1970年代、地球環境問題のことを「今、みんなが変わればまだ間に合うかもしれない」と叫んでいた先駆者の方々の大半は、すでに絶望して第一線から退いてしまった、と言われますが、それでも頑張ってできることをなさってきた方々も、ここ1年ほどの日本社会に混沌とした当惑・失望を感じているのだという気がします)。

でも、だからこそ、ほんの片隅であっても、(例え土地という物理的な形が無理で)それがこころの片隅であったとしても、 sanctuary は創立し得る、そしてどこかから始められ得る、とわたしは未だ信じていて --。「それは小さな砂粒のようなものだ」「だが、自己満足の砂粒ではなく、周辺へと光を透かす砂粒であってほしい」「きっと、想ったよりもずっと、頭で推測できるよりもずっと、そんな風にキラキラする砂粒は世界中に存在していて」「地球は、天は、それらを見守っていて」「その砂粒と砂粒が繋がったときには、光が広がったときには、何か変化がおきるかもしれない」「少なくとも、後から生まれた砂粒が、世界には闇しかない、と感じるのと、あ、あそこに光がある、と感じるのとでは、その砂粒にとって大きな違いがあるだろう」--等々、希望ではないけれども、ヴィジョンがあって、そのためには sanctuary の本質(芯のところ)や光の本質をしっかりさせたいと想います。

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「涼風至」

今日は、暦の上で、「涼風至(りょうふういたる)」です。

約1ヶ月、ブログを書けないでいて、済みませんでした。

この間、ブログだけでなくほとんど何も書いていなくて、お手紙を送るはずだったSさんご夫妻からも心配の手紙と電話を頂き、事情をご存知になったK様からは温かいメッセージとプレゼントを頂き、今日は氣功のA先輩からそっと触れるような気遣いの電話を頂きました。

その他、何も言わず、問わず、静かに温かく見守ってくださった方々も、ありがとうございました。

ちょうど一ヶ月前の7月8日、小露鈴とgaeaがここから旅立ちました。

それまでも、gaeaちゃんは高齢のため足が思うように使えなくなり、目も白内障を患い、今年初めからは止まり木に止まることが無理となっていたので、皿巣の上で生活していました。それでも甘えた意思表示をし、動ける範囲での生活を楽しみ、頑張って生きていましたが、5日日曜日あたりから掌に乗せると、何かおかしな感触がするようになりました。最初は、うまく表現できず、ほんの感触だったのですが、からだの芯がほどけているような、おかしな感じで、息が荒いときもありました。その〝おかしな〟〝ほどけた〟感じが段々内臓のものとして感じられ、「心臓ではないかな」という気がしました。病院に連れて行く方が良いのかどうなのか、迷いました -- 高齢な上に、人一倍臆病で、住んでいる宿舎のエレベーターに乗っただけで最初は失神してしまったほどです。病院に連れて行くことの負担と、連れて行かないで手遅れになる可能性を天秤にかけて過ごしました。その上、ちょうど小鳥専門の病院(電車で2時間。病院で、普通で、3~5時間待ち。酷いときは戸外で。)は連休に突入してしまっていて、連休明けの木曜日も恐ろしい混雑が予測されました。しかし、gaeaちゃんは火曜日頃から食が細くなってしまい、明らかに心配な状態で、とうとう強制給餌せざるを得なくなり、火曜の夜眠れず考えて、近くの、これまで失敗が無かった(動物病院の中にはこれまで連れて行ってもかえって上手く行かなかったところもあります)動物病院へ、連れて行きました。先生の判断は、「心臓ですね」「心雑音がすごい」、そして、結局、犬猫用の心臓の薬もあるが、「難しい」というものでした(わたしは、その先生の判断は、正しかったと思います)。

geeaちゃんをそっと寝かせて、仕事から戻ってきた8日の19:10。いつもなら、「チャッ、チャッ」(帰ってきた、帰ってきた/遅いよ、遅いよ/出して、出して)と騒ぐ小露鈴の声がしません。「小露鈴!」--何度呼びかけても、返事が無いので、次第に大声になって慌てて電気をつけたとき -- 小露鈴は床の上に、とっても綺麗に、安らかに眠るように、うつぶせになっていました。本当に綺麗なままで、眠っているとしか思えないような姿ですが、もう冷たくなっていました。

どうして? あまりにも驚いて、信じられなくて、ガスが元栓から漏れていなかったか、床に何か悪いものでも食べた後が残っていないか、何か苦しみの後が無いか、懸命に探しましたが、何もありません。静かに安らかに、いつものような穏やかな美しい顔と姿をしていました。8日朝、朝食でわたしが食べる「向日葵の種入りのライ麦パン」の上に乗っかって、鳴きながら、向日葵の種を奪うように食べていた小露鈴。彼女がこのパンのなかの向日葵の種が好きなので、わざわざ買って、いつも通りちょっとだけ一緒に食べたのです。昼休みに戻ったとき、あまりの暑さに水シャワーを浴び、これもまたお相伴してパシャパシャ水を浴びた小露鈴。今年辺りから、彼女も高齢なので、水が強く当たるシャワーはやめようかな、と思っていましたが、水浴びに対しては気難しく「いつも通り一緒に浴びる」と自分から伝えてきたのです。(心配はあったものの、逆にお皿を使っての水浴びはしてくれなくなっていたので、用心して一緒に浴びていました)。職場に戻るぎりぎりの10分間、なかなか彼女のお家(鳥かご)に戻ってくれないので、「じゃ、10分間だけね」と一緒に昼寝をした小露鈴。その日、これもまたいつも通り一緒だったのです。

そうして、仕事場に行くために部屋を出ようとすると、その日は飛んで逃げ回り、なかなかつかまってくれなくて、それでも何とかつかまえてお家(かご)に戻して「行ってきます」をしたのに--。そのとき野菜入れのキュウリをサツマイモに交換して、それも食べてあって ・・・ どう見ても、夕方まではきっと普通通り、彼女も過ごしていたに違いない。それでも -- gaeaちゃんのこともあったから、あと1時間、いや30分早く帰っていれば、どうしてもお別れしなければならなかったのなら、本当に言いたいことがあったのに。

いつも通りに、わたしと一緒に過ごして、わたしのいない間に、旅立って、綺麗なままで、安らかに穏やかにからだを残して。それは、「いつも自分を持っている」彼女らしいけれど、わたしには言いたいことがあった。そう、わたしは言いたい言葉があったけれど、彼女は最後まで、彼女らしいままで、さすがだなと、一方で、感じてしまう。

その数十分後、19:40分頃、gaeaちゃんは苦しくなって、後に大きく喘いで一声鳴いて、小露鈴の後を追いました。

大往生だったと思います。二羽とも高齢でした。小露鈴は10歳を過ぎて、文鳥さんとしてはお年寄りに入るけれど、ずっと少女のような可愛いままでした。そして穏やかで安らかで、美しいまま旅立ちました。gaeaちゃんはこの1年ばかり、いろいろなハンデが出ても彼なりに穏やかに暮らし、最後の数日はとても苦しかったけれど、がんばって生きました。

けれど、一つだけ--。

なぜ、二羽は同じ日に、恐らくは2時間とたがわずに、旅立ったのでしょう?

二羽は、生前は、どちらかと言えばそんなに仲がよくはありませんでした。お互い、撫でてもらう場を奪って、嫉妬したり、威嚇したりもありましたし、衝突もなかった訳ではありません。それでも、一緒に暮らしている仲間としては、相手を認めていたと思います。

gaeaちゃんの足が利かなくなってから、小露鈴は度々、彼の様子を見に行っていました。以前、他の方が世話している文鳥さんを預かったときも、彼女は様子を見ていましたから、gaeaちゃんの様子を気遣っていたのでしょう。わたしも含めて、みんなを気遣ってくれたり、「しっかりしなさい」と監督して面倒を見ているような面があって、みんなのお姉さんみたいなところがありました。gaeaちゃんの方はというと、最初は小露鈴が好きだったけれどそのときは振られ、それからは男の子だけあって威張りもし、だけど、わたしにもですが、小露鈴の後を追ったり、声を聴いて、頼りにしていました。(わたしにとっても、gaeaちゃんは「可愛い、可愛い、大事な子」で見守り大切にする相手でしたが、小露鈴はしっかりと生涯の〔鳥の〕パートナーとして存在していました。ずっと、わたしの方が、助けてもらう側だったような気がします。)

何故、一緒に旅立ってしまったのかは、とても不思議で、神秘で、未だ持って大きな謎のようにわたしを捉えます。(わたしとしては -- 実は、わたしはとてもずるいところがあって、文鳥さんの寿命を知るにつけ、自分のペットロスの激しさは当然予測し、「一羽の子がいなくなっても、この世の終わりと思わないように」「朝、『もう一人の子のために、起きなきゃ。がんばらなきゃ』と思えるように、二羽の子と暮らしたのですが -- それは一度に訪れる喪失で、絶対にありえないことだったのですが) 家族は、「もしかすると、小露鈴はしっかりしているから、高齢になっても、わたしがバードサンクチュアリの土地を見つけられず苦しんでいる間は、行くに行けず」「だけど、ようやくその暁が見えて」「gaeaちゃんはちょっと頼りないところがあったから、自分が天国への先導をするつもりで」その日を選んだのではないか、と言います。

それが真実なのかどうか、本当のところは、いつか、そっと風の中から、小露鈴が囁いてくれるように想います。

「旅立った」と書いてきましたが、本当の感覚はちょっと違います。本当の感覚は-- 小鳥たちはまさしく「千の風になって」いる、と感じています。亡くなってから、一晩そしてまる一日の間は、小鳥たちのからだの中に「小露鈴とgaeaがいる」 -- 魂があるように感じられました。が、次の晩、その後はどれだけからだを愛しく感じても、もうそこには「うちの子」はいなくて、小露鈴がすっとわたしの左上の空間に「上がって」「そこからわたしを覗き込んでる」のが分かりました。my bird sanctuary の土地に、彼らを連れて行って、迷ったけれど、植えたばかりのツリバナの根元に、からだを横たえました。夏になると、ほんのり桃色に色づいた小さい白い花を付けるピンク紗羅の木の根元は、白文鳥の彼らのイメージにぴったりでしたが、朝に花開き、夕方にはもう花が落ちてしまうピンク紗羅の花は、そのときは悲しすぎる気がしました。その点、小さな白い花を幾つも付けて、それが可愛い緑の実を結び、秋に向かって色づいていくツリバナは、苦労して植樹したばかりだけれど、まるで彼らを温かく受け止めてくれるためにそこに来てくれたようでした。ツリバナを囲む自然の中にいて深呼吸すると、土の中ではなく、樹々の葉の緑や、風が葉を揺らす音や、空の光や虹に、「小露鈴とgaeaがいる」のが分かりました。哀しいからそう思い込みたい、というのではなく、静かに澄んだ状態で直観できたので、確かだと思います。改めてですが、「千の風」というのは、とても優れた表現なんだと分かりました。

土地の改良や工事のこと、その失敗や対応策、そのようなことでそれまで四苦八苦でしたが、今は自分の原点だけをしっかりと支えようとしていて、それは小鳥や樹木たちに繊細に心を向けて、愛の歌をうたえる自分に戻るということだと思います。小鳥たちは、天界のどこかの裂け目、目には入らない自然の中の美しいエネルギーゾーンのどこかから、いつも呼びかけてくれているのではないかと感じます。そして、わたしの中の大きな部分も、そことつながっていて、いつもそこに居るのを感じます。

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