hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

晴れやかな年をお迎えください

本年は、一方ならず、大変お世話になりました。

「my bird sanctuary 第一号候補地」の土地入手をしたことをブログでご報告して、そこからまた七転び八起きの顛末をずっと支えていただきました。土地はまだまだ〝鳥たち(そして全ての命)が守られ・憩え・癒される〟「聖地」と呼べるところに向かって、ほんの数歩歩んだだけで、これから遥かな道のりを歩んでいくのだと想います。それでも、ブログで「七転び八起き」を書かせて頂いているうちに、

 「my bird sanctuary 第一号候補地」の

 「候補地」の名称がとれ、
 「第一号地」とも呼ばなくなり
 (もちろん、地球上全てがサンクチュアリとなるまで、この土地は「第一号地」ですが)
 
 いま、ここ、ここに在る命

を尊び愛する場所に近付いていけたような気がします。

-- 手痛い学びも、沢山ありましたが。

七年越し、いやそれ以上の年月、無条件でずっと暖かく支えてくださっている方、本当に大変なとき・困ったとき・大切な瞬間に絶妙のタイミングで手を添えてくださる方、笑顔を向けてくださる方、澄んだ美しい光が震えながら広がるように気持ちを共鳴させて下さる方、〝何が本当に大切か〟〝何を忘れてならないか〟時に厳しく時に精妙に気付かせて下さる方、わたしのいない時・見えないところでカッコヨク現れて離れ業のように現場の大仕事を片付けてカッコヨク去っていかれる方、忘れかけたり弱ったりすると優しいエネルギー・勇気の出る言葉・美味しいもの・楽しいお喋りを無償で差し出して下さる方、この活動とは別だけれど「張り合いたくなる」「目標にしたくなる」ほど素敵な仕事をされている方・居るだけで素敵な方、傍目にも大変な仕事・責任・課題を抱えながらもごく短時間でも条件悪くても助けに来てくれて目覚しい働きをしてくださる方、駄目なわたし・無力なわたしを見捨てずに(または見て見ぬ振りして)「バードサンクチュアリの創立」にいつも付き合ってくださる方、ふと閃いてブログにクリックして経過を心配してくださる方、地球環境をグローバルに見渡して、自分の頭で考え、自分の手足を使い、いまここの暮らしからできることをし続けようとしている方 、、、 

今年出会えた沢山の鳥たち、木々(と苗木)、野草(と苗)、生きものたち、

沢山の自然の力、エネルギー、拙い失敗をも飲み込んでくれた土地の精霊、

いつも守ってくれている、大好きな、愛する地球(ガイア)


本当にありがとう。
来年も頑張るからね!

ジョウビタキ君1
 (いつも枯れ竹を燃している辺り、苗木を植えた目印に
  立てていた竹の棒に止まっていたという、ジョウビタキ君。
  わたしがいるときは焚火を燃やすので、近寄ってはくれないけれど、
  早朝家族が出会えたそうです。)

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自然のエネルギー ~2~

現状の竹林は、

竹林1

枯れ竹林(枯れた竹が生きている木々や竹に倒れかかって、暗く鬱蒼とした林)となっている! それでも、その林床にはお茶の木、ウラシマソウなどの木の苗、草の苗が芽生えている。

竹林2

枯れ竹を担いできては、ぼんぼん燃やす。1週間に一度ほどだが、それでも林縁にはお日様の光が差し込み、少しずつ苗たちが光を受け止められるようになってきている。燃えていく枯れ竹は、粘土のようなぐちゃぐちゃの地盤を浄化し、水はけを良くする竹炭に・・・・ 

誰もいない、広々とした中で、大きな焚火が燃えている。火があると、鳥さん達が寄り付いてくれなくなるのは残念だけれど、紅い火が空まで登る勢いで燃える中、凍えたからだはすぐに温まり、縺れたこころ・絡んだ思いはみな消えてなくなる。切った太い孟宗竹や林の中から拾ってきた枯れ竹・枯れ枝は、燃え始めるまでに時間がかかり、焚き付けの紙を風から覆いながら長い時間を費やさなければならないけれど、一端大きな火ができると、くべるものがなくなった夕方になっても、火はなかなか鎮まらず、太い竹のなかの埋み火は、いつまでも朱の色にちろちろ燃えている。そばで見ていると、見飽きることはなく、つい長いこと、火を見つめながら時間が過ぎてしまう。

砲火、戦火、武器を作る火、・・・・ 戦争や行き過ぎた文明にエネルギーを与えた火の力、それを利用することによって人間を他の動物たちから引き離した火の力を、以前のわたしは、すんなりとは受け止められなかった。

しかし、火のエネルギーは、ここの自然を大きく動かす力を持っている。

火が燃えるとき、水も土も風も空気もわたしも、みんな浄化されていくような気がする。

-- お日様(太陽)の光が、暗い竹林にさっと滑り込むとき、暗い中にいた命たちが呼応するようにね。

とっぷりと日が暮れて、あたりが真っ暗になっても、太い太い枯れ竹の奥にある埋み火の明るさだけを頼りに、わたしは真っ暗な森と向き合っている。
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冬木立

冬木立

年も押し迫ってしまったけれど、12月13日の日曜日、4時半起きして電車に乗り継ぎ、平塚の氣功の練習会にうかがった。早春に、my bird sanctuary 第一号候補地取得のご挨拶に伺って、暖かくそれを受け止めてくださる先生や皆さまのお気持ちに感動して以来だ。経過報告をさせて頂かなければならないのに「いやそれよりも、早くいらしていたけるように--」と、時間を現地で費やしていた -- 何せ、解決しなければならない問題が次々現れて、しかもお茶さえおだしできない状態から這い上がれなかった。

久し振りの、清々しく、気持ちよく、凛と芯の通った修練。その後、かなりぎこちなくなってしまったけれど、中途の報告とご挨拶だけさせていただいた。


-- かつて、平塚の氣功の大先生(I先生)がつくばにいらして練習をしてくださるのが、恒例となっていた。最後となるその練習会の後、ハイレベルなエネルギーが力強く満ち満ちているのを感じるままに、わたしは(自分の無力さ・無能さをさておいて)「バードサンクチュアリ創立」への想い/自然と人間との調和への祈りを、力強くもらしてしまった。ところが、語り終えた静寂の中、いち早く、

 「それは非常に良いことです! 平塚でもみんなで支援しますよ!」

とずばっと誉めてくださったのが、I先生だった(http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/「healing the unhealed voices」のmy bird sanctuary)。その「ずばっ」の一太刀に、つくばに集まってくださっていた水戸の氣功同好会の方々も、次々と思いを分かち合ってくださったのだ。 ・・・ 氣功も強くない、要領悪くて弱っちくて人付き合い下手で落ち込んでばかりで人徳もない、フツーのヒト(フツー以下?)のわたしが、「そっと持っていた夢」を現実化し、サンクチュアリ(聖地)創立に奔走する/修行する(?!)人生を歩むことになった(?!)

I先生の一太刀の広がりは大きく、平塚の大先輩の方々は常に暖かく励ましてくださっていて、多大なご寄付を集めてくださり、来年には皆でいらしてくだされそうだ。呼応するかのように、水戸の方々は、I先生と再び練習できるときまでと、今年二度、枯れ竹の整理にいらしてくださった。

「サンクチュアリの夢、想い、祈り」として語ってきたことが、足元のしっかりしない理想論で、「本当に、何かできるんだろうか」「でも、わたしなんかに、何一つ無理なんじゃないだろうか」という考えがちらつく瞬間がなかったと言えば、この1年、それは嘘になる。「パワーありますねえ!」なんて言われると、「いえ、(もとからなかったし)ないんだケド・・・」という本音の自分がいないと言えば真っ赤な嘘! でもわたしは、〝小鳥が大好きなだけの〟弱っちいごくフツーの自分というスタンスで、続けていく。

五年をへて(畑地は未だ仮登記で問題ありだけど)土地入手までこぎつけて、その1300坪は地球の全面積からすれば吹けば飛ぶよな砂粒だけれど、とりあえずの起点として、あとはこの土地から何が生まれるか、そしてこの土地から地球全体に向けて何が広げられるか ・・・・ ああ、でも、道の遠さ、険しさ、ではなく、足元の自分の歩幅での一歩一歩の大きさ、豊かさ、癒し、を確かなものに! ただ、今、ここに飛んでくる鳥たちが、ずっと住処を無くさず、自然の他の命と共に守られ生き続けられて、来年もまたやって来てくれて、人間として今よりずっと仲良しになれたら! ・・・・ そのために、何かできることがある限りは、する。それだけ。

******

早朝、平塚にうかがうと、必ずすることがある。

練習が始まる前に、体育館を包み込む公園の中を歩き、樹々たちに挨拶をするんだよ。

その公園には、種類豊かな沢山の大きな木が立っていて、木にはその木の名前を記したラベルが下げられていたりするので、いろんな種類の木と知り合いになれる。そして、つくば(茨城)と異なり、平塚(神奈川)の木々たちは、光の密度が違うせいなのか、暖かさや海からの風のせいなのか、何だか潤ってエネルギーに満ちている。楠の大樹なんて、ホントに綺麗でつやつやして、周辺に穏やかで優しい素敵なエネルギーを大きく広げて、わたしをも包み込んでくれる! 

平塚に伺うようになって久しいので、もう古くからの知り合いのような木、お気に入りの木、大好きな優しい木がいて、必ず挨拶をする。

今回気付いたことがあるんだけれど、少なくともわたしはこの一年で、木々の名前、〝その木のエネルギーの性質〟、〝その木がどんな気持ちで、何を伝えようとしているか〟がずっとよく分かるようになったみたい。これまでよりも一皮か二皮はがれた状態で、木と対話できるような気がして、その感じにびっくりした。

自然と密に接するって、やっぱただ事じゃない。

一等好きな楠のところに行って、こころから挨拶して、その木を抱きしめて、その木と一緒になって天と地と自分をつないだ。そうしてから、エネルギーの分かる氣功の大先輩たちのところに伺ったら、ものすごい反応をする方がいらした。

木のエネルギーって、やっぱただ事じゃないね。


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自然のエネルギー

my bird sanctuary の現地に赴くときは、短日に気も焦るけれど、まずはつくばで沢山の枯葉を集めていく。

つくばの宿舎群を抜ける路、駐車場、・・・ ここでは街路樹や残された樹々たちの落とす葉は見向きもされない「やっかいなゴミ」だ。誰も掃くこともなく、たまに管理の方が集めて袋に入れられているが、沢山の袋はその後、捨てられている。風で吹き飛ばされ、駐車場の隅に溜まった枯葉 ・・・・ 皆迷惑そうに蹴飛ばしたり、そのまま枯葉を敷いて車を置いている。

-- 枯葉たちは、その年の春・夏の間、樹々が植栽されない範囲で精一杯にお日様を受けるために、枝葉を広げ、そのお日様や土や水の栄養を残したまま、落としたものなのにね。

もしもコンクリートでなく、大地が広がっていたなら、もしも人間達が他の命の営みを追い出していなかったなら、枯葉の栄養は、再び大地へと還ってゆく -- 新たな命を、育むために。

けれど、駐車場のコンクリの上の枯葉は、積もっても積もっても、「やっかいなゴミ」だから。

街路樹のケヤキたち、残されたシイの木、カエデの木 -- あなた達が健やかに育ってゆけるよう、あなた達の葉には土に戻っていってほしいけれど、コンクリが張り巡らされて、それは無理だから。(ごめんね、でも根っこの周辺の葉は土と混ぜてできるだけ残るようにして--)

「ゴミ」になんか、できるだけしないように、腐葉土になってもらうね。

腐葉土1

枯葉を30Lのゴミ袋に軍手で入れていく。大体、7袋ぐらいで、愛車Toraちゃんが一杯になってしまう。

そんなことを続けていて、駐車場の角に集まった枯葉をまた集めていたら -- 

この時期、コンクリの上で積もった枯葉の下のほうは、・・・・ もう土に還っていっている。

風に飛ぶ葉っぱ、かさかさに乾いた葉っぱ、その下には湿った葉っぱ、湿って砕けて黒くなった葉っぱ、湿って砕けて黒くなって柔らかになった葉っぱ、そして、、、、ふかふかの土! 、、、、 が出来ている!

しかも、その土に向かって、草たちが根を伸ばしている。根は、くしゃくしゃに絡み合って、土を固定している。

しかもしかも、すごい!! 幾層にも重なった、箱庭のような葉っぱから土への道筋には、3センチほどのミミズの赤ちゃんがいて ・・・・ 丸まった真っ白の何かの幼虫もいて、最後には大きなミミズも出てきて ・・・・ 

-- 虫達も、土を作るお手伝いをしているんだね。

駐車場のコンクリの上の、枯葉の吹き溜まりの中で、自然も命も、こんなにすごいことをしているんだと分かって、わたしは涙が出そうになった。「箱庭のような」と書いたけれど、そこには尊く澄んだ、「地球(ガイア)のエネルギー」が放たれていて、それはわたしのからだにもすうっと染み込んできた。

虫達も、そうっと、袋の中に詰めた。

腐葉土2

サンクチュアリの土地は、砂利の混じった粘土質の土壌。そこに、プラスチックやガラスや金属、陶器、瓦や土管などのゴミが埋っている。ゴミは、少しずつ掘り起こし、片付けてはいけるけれど、土質はそのままでは、樹々がすくすくと育つようなものではない。

枯葉達は、ここでは、大切な宝物 -- ふかふかの土になってくれる。鳥たちが憩い、栄養を補給できるような様々な樹々を育ててくれ、沢山の命を育み、生命の循環を豊かにしていく土になってくれる。

ここに植えた樹々がその土で健やかに育ってゆけば、樹々はいずれ、自らの葉を沢山落とすようになり、土はさらに豊かになってゆく。「地球(ガイア)」は目覚め、息を吹き返し、ますます輝きを増してゆく。


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木を植えよう ~10~

先週末は仕事だった替わりに、平日に代休が取れたので早速 my bird sanctuary 第一号現地に行って、またまた木を植えてきました。

西側は、隣の公園と接している急斜面の崖地なのですが、崖崩れや大雨のときの被害に気をつけながら、その当たりの孟宗竹を片付けつつ、苗木を植えています。(前回、植樹したコブシの苗も元気そうです^^)

今回は、斜面にオニグルミ(クルミ科)を植えました。水はけが今一つ良くないのですが、オニグルミは湿潤なところでも育ってくれるとのこと。何年経ったら、クルミの実が実るのかしら・・・? 楽しみです。

その下には、ムクノキ(ニレ科)を植えました。ずっとずっと植えたかった苗木です! まだ食べたことはないのだけれど(!)鳥たちの大好きな、美味しい甘い実がなるそうです。ムクドリはこれが大好きで、群れになって集まってキュルキュル、リューイリューイと鳴きながら実を味わうそう ・・・・ (植えた苗木は、鳥の群れが集まって食べるくらい成長するのに、まだまだ何年もかかるけれど--) この春にこの苗木を取り寄せてから、どこに植えたらいいのかずっとピンと来なかったので、ベランダで育てていましたが、初夏の辺りからぐんと成長してくれました。この勢いで頑張れ!

植えた辺りは、モミジや栗の落ち葉が散り積もって、一見とても綺麗なのですが、実は土が大変なことになっています。長いこと、ゴミ捨て場になっていたのか、(ちょっと前まで地方ではこういうことは多かったらしいですが)、大きな黒いビニールが幾層にも土に覆い被さったまま朽ちてしまったらしく、ぼろぼろの黒いビニール破片が取り除いても取り除いても、自然な土よりも多いくらい地面に混入しています。さらに、不要となったグレーのプラスチックの雨どいが土に埋ってズルズルと出てきたり、電柱?や杭のようなものが埋っていたり--。こうしたゴミや破片の集まりの下から、サイダーのビンの首のところ、真っ二つに割れた急須、お茶碗のかけら、鏡やビンの破片(危ない!)、ビニール紐の細かく割かれたものが絡まったもの・・・・等々、毎回、〝燃えないゴミ〟仕分けのゴミ袋何袋分も収穫?できます。

昔の人はあまり意識していなかったのでしょうが ・・・・ 自然に帰らないものが、こうして自然の中に埋もれ、いつまでたっても土とはならず、残っているのは無残です。その間をくぐって山草が健気に根付こうとして芽を出しているのが、哀れです。この土地を手にして、少しでもそれを片付けられて、よかったと思います。(でも、こうしたゴミ類、特に石油由来のゴミ類は、行政のゴミ処理に委ねても、結局は害となるのだから、やっぱりできるだけゴミになるものを増やす消費生活は自分自身も避けよう ・・・・ と心に誓います)

前回と同じく、氣功の先輩に送っていただいた苗木たちの中から、ナンテンとマンリョウの苗木も植えました。

*******

久し振りに畑でも作業をします。

実は、ハーブ類や野草に近い植物達を除き、この春以来沢山育てたお野菜たちは、ほぼ全員うまく育たなかったのですが(こんなことは笠間の稲田の小さなお庭でも、ありませんでした)、それでもめげずに冬野菜の種を蒔いています。見てみると、芽キャベツ(=ごっくん! わたしの大好物)やアブラナの可愛い双葉が芽生えていました。

つくばのベランダで育てていたカレンベリーという名のイチゴ、水菜、赤豆キヌサヤの苗を植えてみました。

*******

暗くなりかけた頃、時々ハードでタフな仕事のお手伝いに来てくださる氣功の先輩K先生が立ち寄ってくださり、西側の竹(この日切り倒そうと竹用ののこぎりで根元を切ったものの、遥か上のほうで雑木たちに引っかかり、宙吊り状態になってしまったものが二本もありました。)を片付けてくださいました。伸び上がってのこぎりで切ったり、ぶらさがって何とか引きおろそうとしても、わたし(の体格・体力)ではどうにもならなくなっていた竹です。いきなり暗い中でものすごく生産的に作業してくださり、一気に片付き、西側の土地はすっきりとなりました(その間、すでに筋肉痛で、わたしはお手伝いも出来ずにいました) ありがとうございました。
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