hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

天使とエコカーと桔梗

my bird sanctuary の土地探し、土地入手、そして本当のサンクチュアリとする作業に通うために大活躍を続けてくれていた愛車Toraちゃんが故障した。

しかも二車線の上、夕方のラッシュで混雑する道路の真ん中で、突然。。。。(+o+) 何度エンジンかけても、かからなくなった(>_<)

どこか安全な場所につけたり、路肩に寄せたりするタイミングさえ、なかった。

ハザードつけて、震える手でJAFを呼び、後ろから来る車が舌打ちしたり睨みながら無理に追い越す(反対車線も車でいっぱい)ときのブーイングを感じ、追突されないように祈りながら、これまでの故障回数、修理工場の遠さ、サービス等、「買い換えろよ」と言われていたにもかかわらず愛着とエコ(直して直して長く乗ると誓ったこと)で頑張ってきたけれど「もう二度とこういう想いはしたくない」、初めて「これまでかな」と思った。

先を走っていた先輩Aさんが歩いて戻ってきてくれて、「近くの警察まで行ってくる、、、、いや、その前に道路わきのコンビニにことわってくる」(故障した場所は、コンビニの脇でした)と走ってくれて、偶然そのコンビニに“車屋サン”(修理工場で働いている方)がいらして、男性二人でコンビニの駐車場の一番奥まで手で押して車を移動してくれた。そして、JAFを待つこと50分、日はとっぷりと暮れて暗くなった。来てくれても全くどうにもならなくて、とにかくどこかにレッカーしていただいて車を持っていかなえればならないことになった。JAFの方と相談したけれど、その日は車のディーラーさんは定休日なので、どこに持っていくか、、、、、、でまた困りに困り(それに付き合ってくれたA先輩とJAFの方に感謝!)、ここは、住まいのつくばから高速で1時間以上、全部で2時間近くかかる場所なのだ。結局、自動車保険のレッカーサービスが頼めそうだと分かり、インターまではJAFさんに、そこからまた保険会社のレッカーサービスを頼んで、何とか無事につくばまでたどり着けた(サービス範囲を超えるので、その分料金かかります、と言われて承知の上で頼んだんだけれど、何とか支払えそうな額で済んで、ホッ(#^.^#) )全てが終わり、家に戻ったのは深夜。

*******

そのときは、本当に怖くて身がすくむ思いだったけれど、こころの半分で、感じていたことがある。

-- 絶対、何かに守護していただいている!

-- もしかすると、天使? 本当にいるんだな・・・・

だってねえ、、、、、 まず、その日わたしは一人で sanctuary で作業するつもりだったのに、その日に限って三人もの方がお手伝いにいらしてくださって、しかもA先輩はここんとこ土地のことでいろいろあって「やっぱりときどき立ち寄っていただけるように警察に挨拶に行ったほうがいい」と心配してくださって、その日のうちに付き添って警察によってくださる(← ひとえに、何もかもわたしが頼りないからです)ことに決まり、それで普段より帰るのが遅れたうえ、普段と違う道を通っていて、急に故障になったんだよ。

もし、誰も来なくて、一人で作業して、普段通りだったらどうなっていたか? 

わたしは急いで高速に乗り、ラッシュアワーにならないように、高速を飛ばしていたに違いない。

そして、高速を飛ばしていて、この故障が起きていたらどうなっていたか?

-- それは、考えたくないけど、大事故と大怪我、もしかしたらもうこの世にいないということになったかもしれないし、さらに最悪のパターンとして、わたしだけじゃなく、どなたかを巻き込むという絶対あってはいけないことになっていたかもしれない。

JAFやレッカー車を待つ長い長い間、故障のショックだけでなく、そう思ってからだの芯がずっと冷たかった。

そして、その日いらしてくださった、普段から sanctuary 創りの活動を支えてくださる三名の方々、そのうちのお一人で結果として高速に乗るのを留めてくださり、しかも長時間にわたる困難の中、最後に高速のインターでわたしがレッカー車に乗り込むのを見届けるまでずっと支えてくださったA先輩、A先輩にコンビニでスカウトされて車を駐車場まで押してくださり緊張状態でお礼さえちゃん言えたか自信ないのに笑顔で去っていった「車屋サン」とその友人(?)、思いやりを持ってきちんと仕事をやり遂げてくださったJAFの方や保険会社委託のレッカー車運送の方、、、、とショック状態のまま人々との出逢いを振り返り、「天使って、絶対いる」と感じていた。そして、そうした人々のつながりを通して、つながりのなかで、誰かに?何かに?「命を助けられた」のだと、はっきりと分かった。

現実的で表面的な「不運」の裏側で、わたしがどれほど感謝を感じていたことか、、、、十分に表現できず、これからも十分に伝えることがきっとできないけれど、その感謝の気持ちが消えることはずっとないだろう。

********

今回のことで、これまでは修理して頑張ってたけど、初めて「新しい車に買い替える」ことを検討することになった。

「エコカー減税」や「補助金」のことがこれほど話題になって、「でも、モノを長く長く大切に使うことが、本来のエコなんじゃないの?」「本来は車に乗ること自体や乗り方を考えていかなければならないはず・・・・(sanctuary の土地までほぼ毎週高速に乗って通っているので、何か言える立場ではあまりないけど)。『エコカー』で高速料金の割引で、かえってバンバン乗るのは『免罪符』にもならないんじゃないの?」と感じていたので、買い替えなんて考えてもみなかった。

でも、「もう二度とこういう想いはしたくない」という故障の後、やっぱりこれまでと同じ工場で同じ修理(部品を取り換えるだけ)では、もう安心して乗れないという結論が出た。そして、sanctuary の土地での作業を諦めるよりも、ここで出来る限りの苗木を植え、豊かな生態系を永遠に守り、ささやかでも何らかのメッセージを発していき、支援・協力してくださる方々や共感・関心を持ってくださる方々と交流でき、わたし自身も「車での通い」というパターンから脱するライフスタイルの将来像を描いていくためには、この作業を続けるための車を見つけなければならないと結論した。

、、、、、で、今週は無理やり時間を作って車のディーラーさんを回り、「試乗」もちょっとだけやってみたんだけれど(生まれて初めてです^^;)、やっぱり昔と今とは随分違いますね、、、、 車の性能! エコ性能も含め! あれこれ自分にとってのキーワードで検討すると、‘乗りこなせるか(対向車の来る狭い道やカーヴ、特にU字溝のある狭い道!← 個人的に「運転の恐怖」の源泉<笑>)’と‘支払えるか’の問題はさておき、愛車Toraちゃんのときのように「いきなり恋に落ちる可愛さ・カッコよさ」ではなく`エコ的にどれだけ快いか’で、断然ハイブリッド車に目が行ってしまう。(ただし、購入するのであれば、sanctuaryの土地に行くまでのU字溝つき狭い道やアプローチへ入る急カーブ、脱輪しそうなアプローチ路、さらに東京の家族の家まで辿り着く難所難所をクリアでき、さらには、数か月ごはんと梅干だけで食費を抑えるとしても費用は大丈夫か心配だという気配が。。。。。)完全無視していた「補助金制度」だが、なぜか愛車Toraちゃんを購入したのが1997年3月 ・・・ということはこの3月で13年目? -- 急に気になりだした(←文字通り、ゲンキン=現金 <苦笑>)。

現代を、エコロジーを貫いて、しかも無理なく自然に、自分らしく暮らしていき、できるだけのことを恥ずかしくなく(できれば静かに満たされて快く!)行動していくための実際的な選択は、結構難しいですね。

*******

「雑木と山野草についての記事があるから」と家族が貸してくれた『住む』(泰文館)という雑誌をめくっていたら、今朝、桔梗(ききょう)や竜胆(りんどう)が絶滅危惧種だということについての記事の中に、こんな文章があった。

 (前略)今の風潮は、「エコカー」に乗れば「エコ」、
 太陽電池を載せれば「エコ」というわけで、極度にモノ化
 されている。自転車で通勤している人の方が、ほんとうは
 エコなのに、自転車に「エコポイント」がつけられたという
 話は聞かない。
  自生種の野草を復活させたら、そういうのを、ほんとうの
 「エコ」というのではなかろうか。
  宇宙飛行士の若田光一さんが、一三七日ぶりに地球に戻って
 きて、ハッチを開いて、最初に鼻についたのは「地球の草の
 香り」だった。野に満つる草々は地球の香りである。今の
 ところ、地球以外に草が咲いている星は見つかっていない。
  野草は、除草剤を使っている田畑に育たない。道も川も
 コンクリート化が進んでいる。市民公園には、どこにもある
 草花が植えられるが、その地域の自生種のものではない。
  Webでレッドデータ(絶滅危惧種)にアクセスすると、各県
 ごとの自生種が由々しき状態に置かれていることが分かる。
 思うに、自生種の草花を救うのは、もう各戸の庭しか残されて
 いないのではないか。(後略)

  (畔上圭子. センス・オブ・プロポーション no.31
絶滅危惧種の草花をどう守るか. 住む, no.31, p.140-141)

住まいや sanctuary の土地のある茨城では、すでに桔梗は絶滅危惧種Ⅱ種で、危険が増大しているとある。昨年、土地を手にしてから、小鳥たちの好む木々の苗木だけでなく生態系全体のことに気づいたら、野草の絶滅の危機や彼らを頼りにして生きてきたチョウやハチなどの昆虫たちの危機に気づいた。秋の七草、特に青・藍・瑠璃色の美しい桔梗や竜胆は、個人的にも大層好みなので、在来種・原種を探して(園芸種でなく、そうしたものを残そうとされている野草屋さんがあることも知った)せっせと植えたが、、、、、

そして、こんなにもわたしのこころを元気にしてくれ、助けてくれる小鳥たちにささやかでも何かできることがあるとしたら -- 自然保護団体や野鳥保護団体に参加することも大事だが -- 何よりもまず、自分の手元・足元の土地で彼らが安全で少しでも守られていくようにすることが大切なのだと痛いほど感じて、sanctuary ということを願い始めたのだが、、、、 そう、もちろん鳥たちは遠くへ飛んでいくので、飛来地すべてが sanctuary であることが望みだが、遠い飛来地の自然もまた急速に傷つけられている今、「ここへ来れば羽を休めるための木々が残っている」「敵から隠れるための茂みが残っている」「食べ物のない時期でも、何かの実が残っている」というささやかなポイント(中継地点)があることさえ、彼らにはどれほどの救い、助けとなるだろうと想うのだ。

それは、鳥たちだけでなく、野草にとっても、樹木にとっても、虫にとっても、動物たちにとっても、微生物たちにとっても、同じだ。記事の著者、畔上氏は、一茶の「きりきりしゃんとしてさく桔梗かな」、子規の「紫のふつとふくらむききょうかな」という句を挙げ、日本人にとって桔梗は、散歩道に咲いていた紫紺の色であったことを告げている。また、長谷川かな女が「竜胆を畳に人のごとく置く」と詠んで慕った竜胆は、日本の山野・水田周辺の草地に生え、お百姓に草刈りされても、草丈が低いため残されていて、稲刈りの後に花を咲かせていたのが、除草剤の普及に伴いみんなやられてしまったことを嘆いている。しかし、「一番確かなことは、ゆっくりでいいので、人をアテにしないで、自分の家の庭を砦にして、自生株を育てることである」と希望を込めて記事を結んでいる。

-- 庭がなければ、ベランダでだっていい! (去年の夏は、
 ベランダの苗木の根元から、どこから混ざりこんだのか不明の
 サギソウの花が咲いた)

-- (sanctuary の土地は草木が育ちにくく、また、引き抜かれ?
 てしまったりもするのだが) 失敗があってもめげずに、
 土や水や風、お日様と相談して植えていけば、そして、
 土地にあった野草を選べば、いつかきっと、期待にこたえて
 沢山の種をこぼし、根づいていってくれる

ということで、また桔梗も竜胆も植えることにしよう(予算は、、、まあほどほど、ケチらないで、着実に。。。)



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blue green

新緑が、あっという間に濃く、眩しくなってゆきます。

shinryoku-1-10

昨年植えつけた草木や野菜・ハーブの苗たちの中で、新芽を出してくれたのはほんの僅かだけれど、、、、、

wasurenagusa10

愛車Toraちゃんを停めると、勿忘草のカーペットがあり、

yamarurisou10

雑木林の下にひっそりと花開いたヤマルリソウ(この子たちが生き残ってくれて、本当に嬉しい!感謝!!)。

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竹藪の入り口の枯れ竹を整理したところから、お日様が差し込んで、そこにガマズミやウルシ、ヤブコウジといった若木たち、チゴユリ、ウラシマソウ、ヤマユリといった山野草たちが命の芽を伸ばしてくれました。

自然の中には、まだ、宝物がいっぱい待っています。
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春風と共に

筑波山('10春)
 (畑地と麦畑の向こうに微笑む、春深い筑波山)

春風の渡る気持ちの良い休日、本当に久しぶりに八郷のS先生ご夫妻の「野鳥の森」にお邪魔した。

野鳥をはじめとする自然の観察、そして生きている時間を大切にする人生の選択という点で、何年も師と仰ぐ先生と奥さまは、変わらず温かく迎えてくださった。広大な野鳥の森も、木々の手入れがきちんとなされ、家の近くのお庭の様子は以前より少しだけナチュラルに(林床に近い感じに)なったかな。

つくばから車で1時間と少しだというのに、休日はショッピングやらランチやらの車で渋滞するつくばの街とは空気も時間も全く異なってしまう。つくばは蒸し暑かったというのに、ここの風は涼やかで、空が曇ると半袖では寒く、晴れてくると空は青く、青く、澄んでいる。あ~あ、空気がおいしい。草の香りが芳しい。そして、鳥たちの声のシャワーに、五感が蘇ってくる。

ちょうど、お家から近い木の穴を借りて、コゲラ夫妻が子育てをしている様子で、それを観察する椅子やカメラが森に備え付けてあった。「よそ者」であるわたしが、木の下を通っても、穴から顔をのぞかせているコゲラ(雌)は、気にしていない顔。少し前に、大雨の寒い日があったので、S先生ご夫妻は、無事に雛が育っているか心配していらっしゃった。

森は、ヤマツツジの花がちょうど終わりかけ、芽吹いた木々の葉の緑がめきめきと濃くなっていく勢いを蓄えている。今年は早春の花が見事だったそうで、チゴユリの花々、木では白い穂になって咲くウワミズザクラが圧巻だったとのこと。今はちょうど、ジュウニヒトエやオウギカズラといった大好きなシソ科の野草が青い花を咲かせてくれていて、そして歩道はヒナギクの白い花のカーペットだ。サワフタギやカマツカの木々も美しい繊細な白い花をつけ(S先生のご推薦で my bird sanctuary でも苗木だけど育てているよ)、ナツハゼやブルーベリーも豊作を予期させる花々を咲かせている。

my bird sanctuary の管理や今後が、順風満帆とはいかなくて、特に今年に入ってからは、どうなることかという状況が続いた。それら全てが結局は、わたしの姿勢や希望の問題であり、また全てを自ら通り抜けていく必要があることには変わりがないのだが、春になってから沢山の見える手・見えない手が差し伸べられている感じ ・・・・・ それも大変尊敬する力のある方々からだ。

S先生もご自身が大志を抱いてご自身で定年を決め、早めに会社を退職されて、この地で活動を進めてこられたことについてまとめられた文章を送ってくださった。 。。。。。。 それを拝読し、またお話を伺えば伺うほど、そしてきちんと手入れがなされた森の豊かさやそこから湧き出る想いを知るにつけ、とてもかなわない、追いつかないな、と感じる。けれど一方、この美しい森も、最初はびっしりとシノダケが生い茂る場所であり、家の前をハンター(キジ撃ち)たちがうろうろする所だったというお話を思い出すと、意思を固められたあとは、それを一つ一つじっくりクリアされて進んでいらしたからこそ、この地があるのだと思う。

ヤマボウシ(S先生)
 (美しい花を沢山つけたヤマボウシ。この後花弁が純白になるが、わたしは
  この、透き通る薄緑の花弁が好き。1年前、my bird sanctuary 用に
  この木の子供である苗木を頂いたが、一年頑張ってくれたのに、葉を
  落とした後、じめじめ湿地のサンクチュアリの春に再び芽吹いてくれは
  しなかった
   -- ホントウニゴメンネ)

  
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