hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

光ともして ~5~

mizu
 (茨城県 久慈川の近くの美しい湧水)

今日は、大地震以来はじめて、いつもの職場のレッスン場でヨガをしました。

部屋で倒れて壊れていた大きな冷暖房機、扇風機、その他の家具は管理する先生がすでに起こして下さっていて、手伝わないで申し訳ないことをしました。まだ、大きな靴箱は斜めに傾いたまま(危ない!)で、破損した家具の欠片も床に散らばっています … 雑巾がけがしたかったけれど、まだ水が出ません(悲)。それでも、お香を焚いて、太陽の光を招き入れて、場の四隅を清めます。少し待ったけれど、さすがにまだ一人も仲間たちは来ません。きっと、まず場を整える必要があるのでしょう。

魂に響くような、美しい音楽をかけてみると、(ナイショですが)そうしたくなって、まずは一曲、感じるままに舞いました。窓から入る太陽の光と共にからだを動かし、(放射能汚染をここでは誰も恐れないで楽に呼吸できるように)部屋の空気の中に愛と清らかさで呼びこんで、場を喜びや光で満たしていくイメージで舞います。ヒーリングやライトワークを教えていただいてるLoving Earthの天音さん主催の学校ネットワークグループのワークショップに参加して以来、不思議とそんな風に舞えるようになりました。

そうして、ひとつひとつ丁寧に、いつものヨガをしました。…いろいろなことがありすぎた(ありすぎる?)ので、少しからだがなまっているかな。日曜日の気功の練習でも、身近な場所でも、悲しみや不安、心配を抱えている方やぎりぎり極限までの辛い思いをからだに染みこませていらっしゃる方を見かけます。地球と共に、みんなが癒えていけますように …!無心に、気持ち良くからだを動かして、からだの中で気遣いの足らなかった部分をいたわって、気がつくと、部屋の中は本当に久し振りにヨガの女神さまや天使たちがキラキラと一杯いらっしゃいました! 本当に久し振りです!

からだにプラナ(エネルギー)が通り元気になったところで、一等大好きな「立木のポーズ」。樹木が大好き、そして「立木のポーズ」が象徴する「生命樹」が大好きなので、普段皆さんと行うときは、型を覚えていただいてから、こんなイメージと共にそれぞれが一本の木となって軸を創ります: 「一本の美しい生命樹となって、天高く伸びてきます。大地深くに根を張ります」。今日は、誰も仲間がいませんが、ひとつのストーリーが自然と溢れてきました。

 一本の美しい木、生命樹となりましょう。

 沢山の命を、調和の元に抱えている大きな命の木です。
 (片足立ちで立って胸の前で合掌)

 生命樹は、大気を、心配な放射能汚染の気流を突き破り、もっともっと上の方、

 限りなく高い天空の美しい光の方へと伸びていきます。
 (合掌した手を頭上高く伸ばす)

 そして、荒れた大地の表面深く、下へ下へと豊かに根を伸ばして、

 地球の中心、地球(ガイア)の愛へと向かっていきます。
 (立木のポーズのアレンジですが、上半身は
 そのままに立っている軸足をできるだけ深く曲げていきます)

 途中には、澄んだ美しい水を湧き立たせる地下水もあります。

 あなたは生命樹、天の美しい光と地球(ガイア)の愛を結びます。

 生命樹のハートで。
 (合掌した手をハートのところへ)

 そのハートのエネルギーを全ての命に広げます。

 清らかなエネルギーを世界に広げます。

*******

こころが、とても温かくなりました(皆様も、良かったらやってみてください! 片足立ちになるとぐらつくようですが、それで集中することによって思いの他、軸がしっかりとしてきます。背骨に良い刺激が行くのでからだにもいいし、バランス感覚が出てくるので精神にも良いですよ~) 

最後に瞑想して終えました。脳内エンドルフィン出まくりでした。

さあ! あとは雑巾がけだけだ(笑)。

皆様も、本当にお元気でいらしてくださいね。

沢山のサポートやご心配、お気遣い、ずっと忘れません。
本当にありがとうございます!

まだまだ余震も、原発事故の心配も続きます。
わたしたちが変わる必要のあることも、そのために明確な意思表示や
行動をしなければ、自分や自分の愛する者、自然や地球を守れない
といった事態も今後一杯でてきそうです。

何があったとしても、これからまた何が起こったとしても、
皆様が光と守護に包まれていますように!

静かな微笑みと共に、今度お目にかかりましょう!

平塚の楠
 (平塚にある、尊敬する楠からの木漏れ日)





 
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光ともして ~4~

日曜日には、久し振りに平塚の気功の練習に出かけた。

平塚への道すがらの富士山も、空も、太陽も、木々も、変わらずとっても美しい。
ずっと心配して下さっていた先生や大先輩がとても温かく迎えてくださった。ほどけてしまえば自分自身がばらばらになってしまいそうで内側にぎゅっと抱え込んでいたものが、緩んでどこかに流れていった。風が気持ち良くなった。

気功のとき、一番の基本は、天・地と繋がって自分の軸をしっかりとさせることだと想う。それは、本当は日常でも、いつでも、そうしていなさいと教えていただいてきた。でも、ここのところ、ずっと大地の奥深くが揺れ続け、大気をイメージして呼吸をするとのどや胸線が痛む気がしてしまっていた。姿勢もとっても悪かったけれど、それを直そうとも思えなかった。そのため、天・地がよく分からなくなって、どこと繋がったらいいのかがよく分からなくなって、それが心理的な不安や閉塞、絶望感と相互に作用して増大してしまったのだと想う。

天・空を信頼し、大地を信頼し、しっかりと天地と繋がって、自分自身の核となる太い強い軸を建てていよう。それができたら、植物みたいにきれいな透明なエネルギーを、匂い立つように放っていたい。そこまでは、修行。そんな状態になれたら、人だけでなく、小鳥をはじめとする生きものたち、そして地球が癒されていくのに、きっと手を添えることができるから。

a&mMar11
   (apas 君<白文鳥>と mimir ちゃん<櫻文鳥> K氏撮影)

何が起ころうと新鮮で綺麗な“生きている”エネルギーを放っている植物たちと同様、鳥たちも動物たちも余震に一瞬びくっとはするだろうけれど、またすぐけろっと忘れたかのように無心にいつもの生き方に戻っている。わたしも前と変わらず、植物を植え、冬には小鳥たちにご飯をあげ、皆とヨガや気功を練習して、自分自身の“光”をともし続けていく。



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光ともして ~3~

つくばから東京(三鷹)に避難してみると …
計画停電や余震の影響で、交通状況に混乱があり、また、お店に並ぶものの中にごそっと売り切れているものがあって普段通りではなかったけれど -- ライフラインの心配がなく、多分多くの方は不安を抱えているだろうけれど、それでも仕事、通勤、日々の生活を中心に営まれている街の様子が映った。東京に来ると、いつもならその活気や刺激に圧倒され、興味や創造性のある場所に惹かれるのだけれど … 全ての営みが、擦りガラスの向こうで二次元映像として流れているかのように、わたしには映った。人々からも街からも遥かな距離があり、全てに現実感がなかった。ちょっとだけ、「PTSDにかかるとこんな感じかしら?」と想った。


ごめんね、福島や茨城の大地。ごめんね、海。
ごめんね、自然、命たち。

ひどい状況にさらされているあなた方を、置いてきてしまった。

調べてみると、放射能の汚染は、半減するのが30年とも60年とも言われ、そこから回復するのは60年とも1000年とも1万年とも言われている。
 何を持って、「回復」とみるかによって推定が違うのだろうが、いくら自然の治癒力が頼もしいものであっても、今ある水や土、今ある命たちは決定的なダメージを受けているのだから、正確には、二度とあなたたちが同じように回復することはない。

これは、人間のせい。

「人間だけが、命の言葉を忘れてしまった」(Love Notes『All as One』より)せいなんだね。

ごめんね、ごめんね … 謝っても済むことではないよね。

山や海、水や土や風や太陽、木漏れ日、空の輝き、木々や草や鳥たちの命の美しさや光と、彼らに出逢わせてくれた自然の精霊(スピリット)たち。

*******

食料品の買いだめはしたくなくて、それでも、店に入っても思ったものが買えるわけではなくて、毎日吉祥寺までその日食べる物を買いに出かけていました。その方が冷蔵庫の電気の節電にもなるし、適度な運動にもなります。つくばから、ぼうっと疲れたまま慌てて避難してきてしまったので、小鳥たちのご飯類はもってきたものの、自分の着替えや下着など、忘れたものも多かったのです。最低限必要と思いましたが、できればオーガニックコットンやフェアトレードの物を探したいと思いました。いろいろ見て回りましたが、色鮮やかな店先は、どれもピンときませんでした。

最初の日の買い物の帰りがけに、昔よく出かけたお気に入りの花屋さんに立ち寄りました。街を歩いても、以前と違い、どの店にも惹かれないのですが、不思議と植物(お花屋さんの店先)にだけは惹かれました。

植物の放つ、えも言われぬ、静かな、謙虚な、しかし潤いと調和のある、包み込むようなエネルギー -- そのエネルギーにだけは、皮膚細胞もこころも開けて、自分も潤っていくのを感じます。植物の汚れなさ、それでいて匂い立つような生命エネルギー、どんなわたしであっても受容してくれるその広い愛の力に、癒されるのです。植物だけは、一等先に、不安やら雑多なものを抱えたこの街で、おしゃれな花屋であれ、裏寂れた店であれ、ユニークな店構えであれ、そこで“生きて”、全ての人間に対して無心に高貴に、綺麗な生命エネルギーをおしみなく放ってくれています。

お気に入りの花屋さんは、生花を冷蔵庫に閉じ込めず、外に向かって開かれたスペースに自然のままにさしています。家族が花束をプレゼントしてくれるというので、「優しい感じの色合いで」創ってもらいました。薄いブルーや緑味を帯びた白や明るいアプリコット色の美しい花々を毎日眺めていると、そのときだけ生き還った気持ちになれました。ニュースがどんなに不安になるようなものでも、花とだけはこころを開いて語り合え、安らいだ気持ちになれました。そこに、安心して、前のような優しい気持ちでいられました。生きていることを、肯定できました。

不思議なことに、わたしはまた、街のあちこちにあるお花屋さんの植物のうちでも、ことのほかハーブの苗に惹かれました。

-- どうしてだろう? 

-- 特に、なぜか「ローズマリー」という言葉が繰り返し、耳の奥で木霊(こだま)して、ローズマリーが気になります。ローズマリーは、水はけのよい場所を好むハーブですが、湿っぽい my bird sanctuary の土地でも、1本、頑張って生き残ってくれています。しかし、今想うのは、このローズマリーだけではないのです。なぜか、ローズマリーをはじめとするハーブの苗が沢山、沢山、気が狂ったように欲しい …

着替えの下着が足りなくなって入った吉祥寺coppice(ショッピング施設)で、ある小さなディスプレイがハートに飛び込んできました。よくよく見たら『In Natural』というとてもお洒落なガーデニングのお店のディスプレイでした。それからは、さすがに沢山買い込むということはしませんでしたが(いや、結構買ったかも)、毎日そのお店に通って、そこにいる園芸用の植物たちやハーブたちのエネルギーを感じ、声を聴き、植物と野外で、ベランダで、室内で、仲良くなれるための様々なグッズや技術を「立ち読み(立ち学び?)」して、声を聴いてどうしても無視できなくなったものを連れて帰りました。毎日通っていたら、結局ローズマリーの大きな苗と小さな苗、ブルーボーイという種のローズマリー、レモンバーム(メリッサ)、ワイルドタイム、ワイルドストロベリー、その他日本すみれとエンジェルスターの苗を、連れて帰っていました!

-- わたし、何やっているのだろう? 都会のお洒落な園芸店で求めるよりも、つくばに戻ってどこかはずれの園芸センターで見つければ、ずっと割安でしょう! しかも今は避難中の身で、最低限のものだけを持ってつくばに帰るはずでしょう? はっきり言って、わたし相当、合理性のないことをやっているじゃない!

でも、もっとこころの深いところで、というか頭上高く居る(?)ハイヤーセルフのレベルで、このハーブたちが今、無我夢中になるほど必要であることを、わたしは分かっていました -- わたし自身を癒すために -- ですがきっと、それだけじゃなくて。

-- もっと言うと、「わたしの側が必要」という面を遥かに凌ぐ勢いで、地震や原発事故以来、ごく親しい人々や小鳥以外とは全ての扉を閉ざしそうになっていたわたしに、静かに、でも確固たるメッセージを繰り返し発信し、繋がりを取り戻そうとしていたのは、≪植物の側だったのでした≫。夜、眠りについているとき、ハーブの組み合わせの夢を見たり(「この子とこの子をとり混ぜるといいのよ」)、あまり聞いたこともないようなハーブの名前が出てきて「それが必要」と言っている夢を見たりしました。(そして何故かその翌日、自然食品店でその“聞いたこともなかったハーブ”のサプリメントを見つけたりしました)。ちょっとおかしいのかもしれないですが、“植物界の方々”(←?)と日々対話していたのだと想います。

そして … 職場が復旧作業・平常業務となる週の始め(21日)、再びつくばに戻ることを決めました。ガソリンが不足気味なので、渋滞のない深夜、家族がつくばに連れて行ってくれることになりました。高速道路も、規制はあるものの、つくばまでは開通していました。そして、その前日の日曜日、家族と一緒に吉祥寺に出かけ、以前お気に入りだった大型書店に立ち寄りました。そこで出逢えたハーブの入門書のページをめくって、ドキッとしました。

-- ああやはり …

ローズマリーは「浄化」のハーブだと、書いてありました。

ローズマリーという名前の由来には、いろいろな説があります。
 ラテン語で「海のしずく」という意味の言葉「ロスマリヌス」に由来しているという説、「rose Mary」という名前から「聖母マリアのバラ」(ローズ・オブ・マリア)と考える説 … でもとにかく、すうっと頭が冴え渡るような清潔な、清涼感のある、透き通った香や、荒れ地であっても丈夫にたくましく育ち、美しい薄い青い小さな花を咲かせる姿は、絶対確かに、聖なる浄化の力を持っています! 

… 本当は、わたしは、最初から教えてもらっていました。

一番最初に福島で放射性汚染物質が漏れ出たというニュースを聴いたときから、分かっていました。
 胸深く罪悪感に貫かれながら、まるで茨城や福島を置いていく気持ちとなって、つくばから避難する時、「でもいずれ、事態が落ち着いたら、そして、放射能によってどうにもならない土地、皆が見捨てざるをえないような土地が出たら」「そして、その土地を手にする、いえ、少なくとも入っていけるチャンスができたなら」と、ある人との電話で泣きながら言いました。

-- 「わたしは、汚染された土地に、ハーブを植えていく」

昔々、あるヒーラーさんから、二・二六事件の跡地となった場所に様々なハーブを植えて、土地を浄化されている方のお話を伺ったことがあります。ちらりと聴いただけなので、確かなことは分かりません。また、二・二六事件と放射能汚染は全く性質が違うので、ハーブたちの役割も同じではないかもしれません。

これまでわたしは、自然再生のために、荒れた竹林を整備し、美しい雑木林を創っていきたいと、苗木を植えてきました。植えてきたのは、その土地に昔は息づいていたであろう、日本在来の苗木や野草です。西洋のハーブではありません。

そのときなぜ、「ハーブを植えていく」と行ったのか分からず、またそのときは、「そんな場所に行って、自分のからだがどうなってもいいわけないでしょう!」と相手の方に打ち消されてしまったままになっていました。

でも、植物たちが繰り返し伝え、同時にわたしのこころを癒してくれたおかげで、もうはっきりしてます。

ローズマリーは、浄化の力を持っています。そして、現在、福島沿岸の海水の根深い汚染が心配ですが、「海のしずく」という名のこのハーブはわたしたちに海の美しさ、尊さ、神秘を伝えることもしてくれるのかもしれません。あるいは、「聖母マリアのバラ」 -- 地球の命が破壊されていくことやわたしたちが自然とうまく調和できず自らの(からだの・こころの)自然の不調和に苦しんでいることを見つめている聖母マリアの悲しみや慈悲 -- を伝えてくれるのかもしれません。わたしには、そういうことまで直観する力はないけれど、ローズマリーの植物としての力は分かります。わたし自身の淀んでいた内面を、透き通ってしまいそうなほど浄化してくれましたもの。

ローズマリーを植えることは、きっと、大地を、海を、空気を、そこにいる生命を、浄化していくことに繋がっていくと信じます。

一時退避から戻ったら、ローズマリーを、ハーブたちを、薬草を、苗木を、植えていこう。

荒れた大地、汚染された大地、見捨てられた大地に、植物たちを根付かせ、育てることで、彼らの力を借りて美しい自然を再生していこう。


  植物たちを植え、育ててください。
  
  今回、彼らはあれほどの犠牲を出しながら、

  それでも、人間たちに一等先に助けの手を差し伸べている。

  水を、大地を、空気を、生きものたちの繋がりを、

  再生していくために、彼らの声を聴いてください。

  彼らの無償の力を借りてください。

  植物たちは、惜しみなく人を癒し、

  協力のもとに、地球を守っていこうとしている。

  
  彼らの智慧を借りなければ、

  緑の地球がなくなってしまえば、
  
  わたしたちは誰ももう生きられない。

  
  これほど切られ、倒され、汚染され、根絶やしにされていても、

  彼らは命ある人間たちを生かそうとしている。
  
  ただ、ただ、愛している。

  癒し、包み込み、愛している。


*********


何ができるかと吟味しても、何もできないとも思えたが、とにかく今わたしは、植えていきましょう。沢山の助けの手に感謝して、歩いていきましょう。植物界のヒトたち(←?)の声、自然の声を聴きながら、bird sanctuary、つくば、、、、その周辺から初めて、必要な浄化や再生の手助けをやっていきましょう。

herbs
 (綺麗なエネルギーを発する、勢いの良いこの子たち
  バンバン植えるわ~  ??)

sakura2011
 (大地に足を付けて、春の太陽を浴びて、
  桜の花もしっかりと開いた)





  




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光ともして ~2~

震災
 (う、わわわ -- 片づけ中です)

今想えば、こんなにも大きい地震を、つくばよりも震源地に近い my bird sanctuary の大地で、無事に生き延びることができ、当日深夜の命からがらの移動もやり遂げ、つくばの部屋の破損状況にもかかわらず、小鳥たち(文鳥)apas くんと mimir ちゃんも命を繋いでいてくれて … 本当に本当に、ありがとう。

後でTVのニュースで知ることになりましたが、信じられないほど多くの東北の方々が悲惨な形であっという間に亡くなられました。こころよりご冥福をお祈り申し上げます。そして、わたしたちは、地震は大きかったけれど、津波に見舞われなかったために、生きていることができたのだと知りました。そのことの意味も、これから噛みしめていきたいです。

さらに、地震直後から、わたしは非常に力強い守護の祈りとエネルギーを授かっていました。繋がりようのない携帯電話に、メールで、あるいは何度もかけてくださることによって、多くの方が安否を気遣って下さいました。一瞬のうちに倒壊し、不安の暗闇に包まれた街や道路 -- その暗闇に飛び込んで、つくば目指して一般道を抜けるときも、ついた後も、翌朝すぐにも、温かい電話やメール、守護の祈りや愛や温かいエネルギーに包まれていました。ここで、改めて、ありがとう、ありがとう、ありがとう。

sanctuary を出発する時から、 apas くんや mimir ちゃんに「待っててね」と呼びかけて、繋がりを感じていました。「絶対にあきらめないでね」。大地や天にいらっしゃる神様や自然界のスピリットも、そして天国に居る小露鈴やgaeaちゃん(一緒に暮らした文鳥さん達)も apas くんや mimir ちゃんを守っていてくれたと思います。

-- ありがとうございます。

*********

つくばでは電気、ガスは、時々おかしくなりつつも通るものの、水はぱったりと止まっていました。そして、大本で問題が起きていて、復旧の見込みがつかない、と知らされました。

翌朝(数時間休んで)から、片付けを始めましたが、何せ水がありません … ガラスや陶器のかけらが部屋中に散らばってとにかく危ないので、まずそれを拾い集めることにしました。が、ソースやシロップのビンが壊れて中身が流れていて、床も、散乱した何もかもも、ベタベタ。その上、観葉植物もひっくり返っていて、中の土が散乱してモノは土まみれです。少なくとも、雑巾で拭けたら、いえ、手が洗えたら、いいのですが …

いえ、それ以前に、生きるためには飲み水でしょう。ラッキーなことに、普段はエコ派でペットボトル飲料は一切買わないのですが、持病に効くと聞き込んで注文した長良川源流の水のボトル(2L×12本)が届いたばかりでした。「え~! こんな高価で貴重な水で、手を洗っちゃうの?」と躊躇いますが、これがなかったら遠い遠い市の給水所に、決められた時間に通って、並んで、間に合わせの容器を抱えてとぼとぼ歩いて水を求めなければならなかったのです。

二日目には、電車が制限付きで開通したので、家族も救援に来てくれて、倒れた重い家具を起こして、応急処置をしてくれたり、ガソリンが手に入るか給油所まで歩いてパトロールに行ってくれたりしました(すでに二日目には、ペットボトルの水もガソリンも、すっかり売り切れで手に入らなくなっていました)。つくばの職場は、同じく震災にあって、危険な倒壊があり立ち入りを控えるようにという指示が出されていたので、結局ずっと汚れて散乱したモノの中、危険物があるので靴を履いて、モノを拾い、集め、タオルで拭いては、一か所にまとめたり重ねたり -- そんな片づけを続けました。

でも、でも … TVで宮城県沖の津波のこと等を知り、避難所にいらっしゃったり依然として孤立していらっしゃる方々がいる中、「これしきのこと!」と自ら掛け声をかけていました。が、三日目となったとき、とても恥ずかしいのですが、今度は自分のこころとの戦いが始まりました。水がないことで、こころが病みそうになってきたのです -- 「あ~ お風呂に入りたい」「髪の毛を洗いたい」「トイレが流せないなんて」「手も顔も気持ちいいだけ洗いたい(ほんのひと掬いの水で、手の汚れだけ洗い、顔の汚れたところだけ洗い、歯を磨いていました)」。夜ねるとき、手の爪が黒いまま、ガラスで切った傷跡だらけで汚いまま、眠るのが悲しくなりました。2001年から心機一転して、バードサンクチュアリの土地探しまでこぎつけたその道程で、修練もし、結構ど~んと腹が据わってきたと想っていたのに、やっぱり弱いヒトだなあ、と自分を見つめていました。

そして -- 原発事故の報道。

沢山の気が狂いそうになるほど悲しいニュースの上に、昼夜じりじりと不安になっていくような、爆発や危険性の報道は、あんまりです。このままでは、こころが不安定になってしまう … とTVを見ないで、自分は自分、片づけをしよう!と思った矢先、幾つかのメールと電話をいただきました。「ニュースちゃんと見ないと危ないよ」「昨日からの事故で、放射性物質の飛散でつくばにも影響が出る」「風向き次第では、午後は外に出るな!」、そして、すでに避難を始めている方も多く、わたしもできれば三鷹(東京)の家族のところに避難した方がいいよ、という内容でした。

-- 大好きな茨城、福島の人、自然。

つくばより北 -- 福島原発に近い方 -- に、石岡市・小美玉市や笠間市、そして水戸市や常陸大宮市があり、そこでは水どころか電気やガスも通じていないかもしれない中で、自然再生や気功の大先輩・仲間たちが皆、震災の復旧で今もきっと頑張っている。茨城県の海岸沿いの真北、福島県都県境の北茨城市の華川花園では、モノを減らし自然と共生する暮らしを実現している、尊敬するSさんご一家が、きっと淡々と頑張っている(涙が出る)。そして … 常磐道を車で幾度か、野鳥や自然を求めてわたしは北上したことがある。北へ北へと福島まで向かう中、山々は奥深くなり、ブナ林を中心とする植生へと変わっていく。そこで出逢えた高貴な山々、静謐な山々、みずうみ、川、大地、風、木々、野草、渡り鳥たち、山の小鳥たち … すべてのものが一つとなり、永遠に命をつなごうと響きあい、同時にひとつひとつの自然や命は、その一瞬に無心で輝いていた!

つくばは原発から160KMのところにあるが、my bird sanctuary はおよそ110KMに位置する。この二年間、沢山の苗木、在来の野草を植えた。鳥たちの水場を作り、厳寒期には、僅かだがミカンや雑穀、豆やヒマワリの種も食べに来てもらった。昨年と比べ、今年の冬には、訪れると鳥たちが近寄ってくれるかのように想え、鳥たちとの距離が近づいたことにこころ躍らせた。初めて経験するとんでもない苦労も多く、何度も撤退かというところまで追い込まれたが、沢山の親しい、尊敬する方々が訪れて、汗を流して場所を整備してくれたり、苗木を植えたり、祈ったり、美しい光をともしてくれた。サンクチュアリ(聖地)が何であるかはまだこれから掴んでいくのだと感じていたが、さらに、ここだけをサンクチュアリ(聖地)とするのではなく、こうした希求が少しでも世界へと広がっていかなければ地球は癒され回復しないのだと感じていたが、「自然(の力)」と「皆(人)」が協力してやろうとしているのは、“希望”の苗木を植えることなのだと信じられた。

-- 放射性物質の、汚染。

もっと北に、もっと原発事故と近いところにある、これらの場所、人、命たちを残して、木々や鳥たちを残して、わたしはつくばから、もっと安全なところへ避難しようとしているのか。いや、わたしは --

それでも、ようやく少し水が出るようになったその晩遅く、(常磐道閉鎖のため)ガソリンを繋いで一般道を長時間かけて家族が心配して来てくれて、apasくん、mimirちゃんとわたしは、三鷹に避難しました。福島原発では次々と爆発や事故が起こり、ひっきりなしに続く余震は片付けたものをまたふるい落とすほどで、わたしは数日の間に疲れ切っていました。

どうしたらいいのか、良かったのか、もう全く考えられない -- 自分の内側を探しても、答も次に向かう光も見つからなくて、そこに見えたのは突き抜けるような罪悪感と「休みたい」という想いでした。



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光ともして ~1~

11日の大規模な地震、その後に続く余震、そしてそこから引き起こされた被害、不安やこころ痛むことの数々、その連鎖 … 皆様ご無事でしょうか。日々、大丈夫でしょうか。

地震当時、ちょうど土曜出勤の代休で、わたしはバードサンクチュアリの地にいて、苗木たちの世話をしていました。ど~んという大きな音と共に、空へと土煙が上がって行き、空が土の色に染まり、その中を(前の池に居た)白鳥や鴨たちが逃げ惑う声をあげて旋回しました。激しい揺れに、わたしも尻もちをついてしまい、そのまま大地につかまるようにしていましたが、その大地にピキピキ~ッと地割れが走っていくので、これは大変なことになったな、と茫然としました。土地にある古い家が激しく揺れて、壁のタイルや瓦がガラガラと崩れていきました。様子を見に行こうとしても、激しい揺れに立ちあがることができない。
 道路を隔てて向こう側の家のうちの二軒の瓦が、がらがらがらと全て下に崩れ落ち、他の家のブロック塀がこれもまたガラガラと音を立てて崩れ落ちました。

土煙の上がる、土色の暗い空と、家々の崩れゆく信じられない光景は、現実ではないかのようでした。

激しい揺れは、いったん収まったかと思いましたが、次々と余震が訪れます。

携帯電話で家族に連絡しようにも、何度試みても電話はかかりません。

しばらくの後、消防車や救急車のサイレンの音が遠くで、近くで、ひっきりなしに聞えるようになりました。

家の玄関まで何とか歩いて行きましたが、玄関前に、崩れ落ちたタイルが散らばり、玄関自体が歪んで、開け閉めができなくなっていました。家の中のものも全て倒れて散らばっていました。これは、今まで経験した地震の比じゃないな、と想いました。

携帯でメールだけは通じるようになったのが、1時間以上後で、高速が閉鎖となったことを知りました。同時に、市の放送で、断水と茨城県の80%が停電で復旧の見込みのない状態であること、家屋が倒壊した住人のために避難所が設けられたこと、高速道路の閉鎖が簡単に解かれるようなものでないことを知った後、時間をかけて心を落ち着け、結局一つの結論に達しました -- この地で、電気も水も止まってはいるが防寒をしながら留まった方が安全。でも、つくばにある7階建ての宿舎最上階のわたしの部屋には、小鳥たち(文鳥二羽)がおり、多分、鳥かごがひっくり返り、家具が倒れ落ち、しかも電気が止まってしまっているだろう。この揺れの中、小鳥が助かっていたとしても、そのまま一晩過ごせば、小鳥の命が危ない。このままでは小鳥の命が危ないと分かっていて、ここで避難していることはできない。何とか、一般道を抜けて、つくばに戻る。絶対に安全に、戻る -- 玄関が閉まらないのを、全身で体重掛けてぶつかって歪みを少し是正して、何とか戸締りをしました。心配してメールをくださった方々に「7時に出る」と連絡して、守護のエネルギーや「いざとなったら助けに行く」という温かい励ましをいただきました。

遠回りではありますが、空いていて慣れている抜け道 -- そのまま笠間に向かって、笠間から八郷に抜けて、筑波山の東側を廻るという道を行くつもりで、笠間方面に向かうと、すぐに道路閉鎖にぶつかりました。アスファルトの道が歪み、たわんで、切れているのです。山を通る抜け道は駄目になっている可能性が高く、危ないと思いました。

海に近い方、霞ヶ浦沿いに南下することも考えましたが(実際はそちらが地震被害が大きかったので、これも危ない所でした)、やっぱりナビの示す王道、水戸に向かいそこから東京へと向かう6号線で行くことにしました。が、6号に向かう道はすでに、おびただしい車の列が全く停止してしまっているほどの渋滞。ほとんど前に進まない様子に、ガソリンが足りるかどうかの心配が出てきました。それでも、最も確実に帰れるであろう6号に、賭けました。

道中、家屋倒壊(散らばったタイルや壁やブロックが道路にまで散らばっている)、那珂川を渡る大きな橋の破損(もう、切れ切れになっている)、アスファルトの損壊による道路閉鎖、停電のため信号機のない四つ角、その四つ角で事故を起こし立ち往生して道路閉鎖となっているところ、と地獄絵でした。停電のため、コンビニや店の看板の灯りも家々の灯りもなく、水戸市内など、こんな街中の暗闇は初めての光景でした。そして、20分以上車の列が止まってしまうような渋滞、渋滞のため苛立って引き返したり迂回路をとったり割り込んでくる車、あきらめて暗闇の駐車場に入り一泊(?)しようという車、故障したりガソリン切れとなって止まってしまう車、、、、渋滞でなければ十分余裕のあるだけのガソリンを積んでいましたが、わたしの愛車sylph(← “風の精”という愛称です。日○のブルー○ード○ルフィじゃないよ)が300キロ走れるところを50キロも行かないでガソリン消費してしまう始末で、つくばまで辿り着けるかがだんだん危なくなり、しかも携帯電話の充電も切れてしまったので、途中で止まってしまう車をわたしも見過ごさざるを得ませんでした。

そして、ついに、このまま渋滞の6号にいたらガソリン切れになる -- と、どんな計算でもはっきりしたとき、賭けに出ることにしました。6号をはずれて走るとしても、筑波山を超えるまでは駄目だ … 山の道が封鎖になっていたら、もう辿り着けない。6号で筑波山より南におりたところですぐ、筑波山の方に向かう -- 確か、昔々そこを通って、ヨガの代講に通ったことがある。山の奥に入るが、比較的道幅は広いから、きっと閉鎖されていない、閉鎖されていないことに賭ける! 

その脇道に入ると、後ろからついてくる車があり、なのに何度も迷いながら、どうも「行けそう」な感じがしてきました。つくば市近くとなったとき、川を超えるのに、幾つもの橋が通行止めとなっており、戸惑いましたが、何とかガソリンが溜まっているうちに辿り着くことができました! しかも、停電していると想い、懐中電灯をもっていったけれど、つくばは、電気が通っていました! つくばの駐車場に着いたとき、朝の3時半となっていました。  

壊れたエレベータをにらんで、もどかしい足取りで7階まで駆け上がり、宿舎に戻ってみると -- あわてて電気を付けると、部屋は、もとの姿が跡形もありませんでした! 本棚などの家具が倒れ落ち、床は本やモノや紙類がうずたかく散らばり、しまつの悪いことには、そこにガラスや陶器のかけら、倒れた冷蔵庫からこぼれおちた食品類がぐちゃぐちゃに混ざっていました。大きな揺れがあって倒れ落ちただけでなく、落ちたものが全て撹拌されている感じ … 冷蔵庫に入っていたお醤油やソースのビンも転がって、中身が床やモノの上に流れ出ています。

真っ青になって、apasくんとmimirちゃんの鳥かごを探しました。「鳥かごが倒されている」と想像し心配で胸が常時ドキドキしていましたが、それどころではなく、apas くんのかごは、ひしゃげて、その上に3,4冊本が乗っていました。モノをどけて覗いてみると、倒れて歪んだかごの中で、apas くんは小さく小さくなって、じっとしていましたが --- 生きていました(涙)!!!

mimir ちゃんのかごは、倒れて、随分と移動して、水入れのところの扉が開いていました。そして、彼女は -- 中に居ません! 一瞬のうちに、全身の血液がさっと引きました。

この何もかも無残に散らばって重なったモノの山 … 「mimir ちゃん」「mimir ちゃん!」「ミーミルちゃん!!」と声をあげて叫んでも、どこからも返事がない。このうず高く重なったモノの、どこかに、彼女は居るのだろうか? --嫌だったけど、絶対に嫌だったけれど、想像するだけで全身が瞬間フリーズドライ化されてしまうけれど、モノとモノとの間で挟まれて、つぶされて冷たく硬くなっている彼女のからだのヴィジョンが目の前をよぎりました。今・そ・ん・な・こ・と・は・あ・り・え・な・い。だけど、どれだけ呼んでも返事がなくて、これだけ壊れて散らばったものを一つ一つ果てしなくどけて、そんな彼女を探すわたし。。。。

そのとき「チュッ」と声がしました。apas くんでは、ありません。「mimirちゃん? どこなの?!」何度も何度も呼んで、声のする方を探しました。時折、「チュッ」と鳴いてくれる方を、必死になって目を凝らし、普段とは全く違う部屋の光景の中で、集中すると ---

mimirちゃんは、居間の中央の天井からぶら下げた、大きなモビールの上に止まっていました。まるい輪が七つ、一つ一つが虹の一色となって、くるくる回るようなモビールで、シュタイナー関連のお店が作っていて気に入っていたモビールだけど、濃い補色が入っているために、鳥さん達は怖がって大嫌いで寄りもしなかったモビールでした。なのに、このモビールだけは丈夫で、落ちもせず、家具倒壊のときに引きずられもせず、そのまま天井にかかっていました(あとで点検してみても、地震の影響を受けずにそのまま現状維持できたのは、このモビールくらいなものでした)。 その大嫌いなモビールにつかまって、ときどきまだ激しく揺れる中、mimir ちゃんは寝ていたのでした(朝の4時だものね)! 

良く言えば元気いっぱいなのだけれど、元気いっぱい過ぎて、「君は野鳥なのか!」「野生の色が濃い!」と褒められ(けなされ?)ていた mimir ちゃんなのだけれど、大地震でモノが倒され揺さぶられ続ける部屋の中で、無意識のうちに唯一生き残れる、この大きなゆらゆら揺れる(大嫌いな)モビールという場所を、選びとっていたのでしょう。

apas くんはひたすらじっとして、mimir ちゃんは思ってもみなかった安全な場所を直観で見つけていた! 
この悲惨さの中、どれほど心配したか、激しく頭を振って嫌な想像をふるい落としたか知れないけれど、鳥さん達、ただ打ちのめされるのではなく、本能の部分で、生きよう!と思ったとき、すごい力を見せてくれたんだ!

ありがとう!

mimirMar11
 (mimirちゃん)

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