hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

Journey to the Goddess

来月、9月18日(連休の真ん中)に神戸市の摩耶山にて、『Journey to the Goddess ~内なる女神を呼び覚ます旅~摩耶山』に参加いたします。ヒーリングの学校に通い始めて今年三年目となりますが、その学校の先生Iris 天音さんの主宰されるワークショップです(学校は、『ライズアクエリア』。スターライトクオリア三年次です)。

この五月、神戸に勉強に行ったときに、摩耶山の自然の豊かさ、市内とは全く違う高いエネルギー、天空に近い感じの御寺(天上寺)のことや美しい湧水のことなどを、天音さんから伺って、「わ~行きたい!」と想っていました。ブログの写真を拝見しても、緑がいっぱい! 小鳥の歌が聴こえてきそうです。

… けれど、ワークショップの中で、yogaとか“自然とのコミュニケーション”ということで何らかの役割を担わせて頂けるというお話を頂いたとき、とても躊躇(ためら)いがありました。天音さんや参加者の皆さまと、美しい聖地、素敵な自然の中で、自分が夢に見ていることが叶うなんて、幸せそのものなのに …

-- 3.11後の自分の立ち位置や、そこから向かう方向のことで、まだ深い闇の中に居るような気がしていたからです。

楠の幹

  (正直に、書きます)

  来て下さる皆さまが、元気や癒しを受け取れるようなワークができるほど、
  わたし自身が元気で癒されているか … といったら、今はそうじゃない。

  大震災や原発事故のことは、わたし自身の今後進む道に大きく影響する
  ほどのことでしたが、そうした影響の跡を残して、
  関西のワークにいらしてくださる方々と何か共有できるのだろうか。


yogaや“自然とのコミュニケーション”は、ライフワークなので日々続けてはいましたが、続ければ続けるほど、今回の出来事の影響は大きく、まずは自分自身の癒しや浄化、そして新たな方向に向けての力を蓄えることが先決だと分かっていました。また、地震についても放射能の影響についても、東京に出て様々な方とお話しすると、東京の方々の感じられていることと茨城にいて感受していることとの大きなギャップを感じました(こんなことは、こちらに住んで初めてでしたが、つくば在住の知人・友人たちも共通して「分かってもらえない」等と言っていました)。東京と茨城でさえ、こうなのに、神戸ではどうなるのでしょう?
 それでも、先生の天音さんが根気強く相談に乗って下さって、 

  今このとき、摩耶山でワークするということの意味は何だろう?

  どんなメッセージがあるのだろう?

  わたしたち全員にとって今、何が大切なんだろう?

と、ずっとずっと探していました。

白百合の花


天空に近い摩耶山での、「祈り」ということも大切だと想いました。しかし、自分の外にある何らかの対象に祈りを捧げるより以前に、自分自身に、まだ癒しや浄化が必要でした。これではいけない … と焦りました。

そのとき(6~7月でしょうか)、日本のあちらこちらに住んでいらっしゃる大切な方々とのやり取りの中で、こんなメッセージを頂くようになったのです。お一人ではなく、魂に正直に生きていらっしゃる、とても素敵な数人の方です。

   今回のことは、他人事とは思えずわたし自身のこととして
   苦しくて --

   街に出ると、皆さんの不安のエネルギーを感じます --

   テレビを見てワーと泣いてしまったり、何かしなくちゃと
   突然焦り出したり --

   ここ○○でも、やっぱりいつもの夏ではないようです --

   連動するようにからだの調子が悪くなり、それでも
   普段通りにしなくてはいけないと --


… ハッとしました。
 共有(share)できないどころではない。どこで起こっていようとも、様々な出来事を、敏感な方々、繊細な方々、共感力や感受性のアンテナを開いていらっしゃる方々は -- いえ、そうでない方もみんな、きっと -- 意識的にしろ、意識していないにしろ、沢山感じていらっしゃり、沢山受け止めていらっしゃる … そして今、様々な危機、不安や不調和は、日本全体、地球全体で、感じられていることではないかと気付きました。

   わたしたちは皆、自然の一部

   そして、地球の一部だから。

   同じ源から来て、繋がっているから。

ツリバナの花
     (K氏撮影 ツリバナの花)


-- そう … 今回の大震災・原発事故を初め、生命の危機や自然破壊、地球の荒廃によって傷つくのは、例外なく、わたしたち全員です(特に、わたしたちの内にある女性性です。男性の中にもある、女性性です)。気付いていてもいなくても、そうだと想います。

そう感じたとき、迷わず、自分たちが癒されるワークがしたい、と想いました。わたしたちの傷、女性性が癒されることが、世界が癒されることに、ストレートに繋がっている … わたしたちが微笑み、胸をキュンとさせ、幸せになることは、世界が微笑み、胸をキュンとさせ、幸せになることと共振していると。

摩耶山の天のプラーナ(prana)は、きっとそれを助けてくれます。

そして、大地の底からのエネルギー、豊かな自然のエネルギー、樹木や小鳥たちも。

青空

  摩耶山の奥深い自然 ―― 山、大地、湧水、風、空、
  太陽、緑煌めく草木たち、鳥たち … 
  くつろいでゆったりと呼吸し、自然の美しさや豊かさを
  静かに見つめて、
  五感を開いて、
  細胞の一つ一つで自然のエネルギーに触れて、

  自然の精霊(スピリット)たちや女神のエネルギーと
  微笑み合い、

  わたしたち一人一人が深いところで癒され、
  大地や自然や命とのつながりを確かめ、
  輝いていけるような、

そんなワークとなればと願っています。








  

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大地のエネルギー

ここしばらく、再び地震が活発に起こるようになってきて、心配ですね。

昨日の茨城は、地底の底深くまで感じとってみると、まるで船底にいるようにずっと揺れている感じでした(観測された、大きな揺れは2回ほどです)。うちの小鳥たちはもう慣れっこになっていて、かごから外に出ていて好き勝手に遊んでいても、かすかな揺れが来るか来ないかのうちにビシッと身構え、わたしが声をかけるより前に、普段とまっている安全地帯に、全員集合・警戒態勢です。

ただ、今朝になって、大地の奥から、再生のエネルギーがすうっと昇ってくるのも感じました。3.11から4月いっぱいくらいまでは、破壊のエネルギーしか、感じなかったのですが。(破壊と再生 … シバ神でしょうか)

生命(いのち)の再生を支えるエネルギーを、大地に素直に感じます。

その上に立つわたしも、(細心の注意を払いつつも)不安やいらだちではなく調和の気持ちをもって、再生のエネルギーに連動していこうと想います。

mimir08-2011
       (アボカドの枝にとまるmimirちゃん)

皆さまも、どうぞお気を付け下さいね。




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曼荼羅の闇へ ~「空海と密教美術展」~

先の休日に、アメリカの大学で活躍している大切な友人と、邂逅を果たすことができました。何十年振りかなのに、全くそうと感じずに時間が過ぎていきました。

お別れした後、まだ日は明るく、帰り道のすぐ向こうは上野の森です。

熱気が立ち上るような中ですが、そのまま森に引き込まれていきました。
ここに来たのも、何年ぶりでしょう。

ueno1

森の逍遥というには、あまりに暑く、しかも大変な人込みです。

どうしようかな … ?

やっぱり上野の森だけあって、見事な大樹がここにも、あそこにも、沢山枝を広げています。その大樹たちが何だか導いてくれているようです。何かご縁があって、そのご縁に導かれるでしょう。

今日ここへ来た、理由がきっとあるのでしょう。

『上野の森の美術館』にずっと行ってみたかったので、立ち止りかけましたが、やはりどこか違うようです。そのまま進むと、沢山の人々が足並みを揃えて、先へ先へと向かっています。

「まだ間に合うかな」
「入れなかったら、どうしよう?」

何だろう?と好奇心を感じながらさらに進むと、ポスターがありました。

    空海と密教美術展    

………… あ、やっぱりこれです。吸引力は。

その後、道端に「ただいまの待ち時間 10分」とあり、少し怯み、急ぐ人々の群れの一部が『国立科学博物館』の恐竜展に吸収されたので勢いを取り戻し、とうとう『東京国立博物館』の前まで来てしまいました。炎天下の元、「待ち時間 10分」。普段のわたしでしたら、多分来なかったと想像しますが、もう勢いがついていました。

ようやく会場に入れて、それでも大変な混雑で --。

ただ、中に入った途端、強烈な直観が来て、人波に押されながらぞろぞろ歩くのではなく、(こんな大人数の群衆だというのに)感覚のアンテナを開いて、必要なエネルギーと繋がることができました。そう、パワーで働きかけてくれる仏像のところに導かれ、そこでからだが感じるままにしてみました。

流れの迷惑にならないように、人垣とは少し距離を置いて、出逢えた仏像と向き合ってみます。

そのお姿、半眼の目や繊細な造りの口元。そして何より、両手・両足の表情 -- こうしたことが、直接何かを語りかけてくれて、伝えてくれます。

何より、両手で組まれた印(ムドラー)。

思わず、向き合って、エネルギー開いて、仏様と同じように印を組んでみて、ドキッ!

… からだの中央から、熱い軸が立ち昇って、みるみる自分が変化していく … 

そうか、これ、yogaなんだ。確かに、yogaで求道してきたエネルギーの型、表現。

そう感じた途端、何だかこれまでと異なる世界が、仏像を前に広がっていました。

ある仏像は、ぎりぎりと迫りくるようなパワーが炸裂し、ある仏像はこの上ない愛と慈悲を溢れるように湛えています。そして、ある仏像は、まさに底なしの死と再生のエネルギー。

そうした一つ一つのエネルギーのお姿と出逢っていると、自分が自分でなくなっていきそうです。
そうして、圧巻は、最後の『仏像曼荼羅』の世界です -- ここは、もちろん大変な人だかりでしたが、暗く沈んだ闇の中に照らし出される国宝の仏様たちが、その人だかりに関わらず、曼荼羅の海を紡いでいらっしゃるのが、かえってとても深い象徴となっていました。

混迷の暗闇に、これほどパワフルなエネルギーを掲げて立つ、圧倒的な聖の光。

人の波に喘ぎながら、汗だくのわたしのからだの、細胞の一つ一つに、何か言葉にならないものが沁み込んでいきました。




会場を出てからも、しばらくはぼうっとしていました。

ueno2



あの曼荼羅は、異次元への旅だったのでしょうか。

いえ、そんなはずはありません。

今、目にしている現実の世界。

今、向き合っている混迷の時空。

今、立ちすくんでいる闇。

その闇に、よく目を凝らすと、少しずつ立ち現れていませんか。

聖なる光の曼荼羅が。
全くの闇と感じる世界に。




   後日譚:「空海と密教美術展」は、混雑と待ち時間が
   ツイッターで掲示されるほど、人気集中だったんですね。
   何も知らず、怖れずに、夏休みの日曜日に、よく行けた
   ものでした。ご縁だったのかな?
   (皆様は、調べてからいらしてください、是非!)

   後日譚2:図録を後で読んでいたら、空海は、
   密教の教えは言葉では人々に伝えられないので、
   仏像やその配置(曼荼羅)で伝えようとなさった
   そうです。・・・ということは、解説も読まず、
   パワフルなエネルギーをストレートに感じてくる、という
   のもありだったのですね。
   
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I am Firmly Refusing That! ~わたしは嫌だ~

3.11の大震災・原発事故から5カ月が過ぎ、
とても、とても大きな流れにわたし自身が身を委ねている。

わたしにとってその重さを問い、ここから歩む方向を探るため、
東京に出るたび、尊敬する方々、知的に素晴らしい方、
お洒落な生き方をしている方、裕福な方、そして、
ごく普通の暮らしをされている方々の語りに耳を傾け、
(折につけ、職場の方々の雑談でも耳に入ってきた)
感覚や感性、意識や思想を確かめてきた。

そうして、繰り返し耳に入ってきたことの一つが、
放射能汚染の影響に関してで、

「若い世代は気を付けなければいけないが、
われわれは大丈夫だ」

「子どもたちは可哀想だと想うけれど、
わたしたちにとっては別に良いことで--」

「孫にお野菜を出す時には気をつけなきゃって思うけれど、
自分たちのときは気にしていられない」

といった語り(discourse)で、

何かとても引っかかりを感じて、
でも、わたし自身、若い世代でも子持ちでもないので、

自分自身も「大丈夫」の側の人間に含められながらも、
そこで“ごく普通に”頷き返し、
同意する必要のある言説(discourse)に
巻き込まれつつあるのを感じつながらも、

頷くことができずに、ふがいなく、
曖昧な表情を浮かべてきたのだった。



こころの奥底で、
その引っかかりが次第に蓄積されてきたように感じ、
息苦しくなったので、

自分の魂に立ち返るために、
ここ一週間ほど、朝の瞑想の後で、
何が見えていなくて、
何がもつれて解きほぐす必要のある塊となっているのか、
静かに、鎮かに、向き合ってみた。


suiren
              (睡蓮 K氏撮影)


そうして、観えてきた。
言説の中の論理と
わたし自身の魂の声。

とても尊敬する方に、
その声について正直に話してみたら、
電話越しだけれど、
静かに頷いて下さったように感じたので、

書くことも、一つの行動だから、
拙くても、そうしておこう。

生きているのを後悔したくない。

良心(conscience)のために。

shara
              (ピンク沙羅 K氏撮影)


前置きとして、しっかり言っておく。

一等先に、短期間で、
放射能の影響から、身の安全が守られなければならないのは、
子どもたちであり、若い世代であるのは
もちろんだ。

その上で、
それ以外の人間、人間以外の生きもの、
あらゆる命と自然が

「どうでもいい」ということではないだろう。

・・・・・

わたし個人は、少なくとも、嫌だ。

子どもでも、若い世代でも、お母さんでもないけれど、
30年後のガンのリスクを心配するより前に
他の理由で死んでいる可能性が高いと言われても。

このからだ、
このこころ …

Vegetarianとして
オーガニックな地産地消のお野菜をいただき、
(原発事故前までは)ゴミを出さないため
ペットボトルや石油系の包装を避け
(今では、水はペットボトルとなった)

毎朝yogaと瞑想を愛し、
小鳥や樹木と対話し、
自然との調和を目指して
(時には息抜きし、サボってもいるが)

大切に、大切に、育ててきた
からだ、こころの
清浄さ、健やかさ、美しさ。


免疫機能や代謝機能 -- 自然治癒力を衰えさせる、
人工的で有害な物質を
少しでもとり込んでいいということはないだろう。

社会の中の、不安や混乱、怒りや恨みのエネルギーに
さらされていいということはないだろう。

取り残され、見捨てられ、犠牲にされている
海や森、大地、草原、
野生動物、家畜、お魚、虫たち、草木のことで
助けられないでいる自分自身のことで、日々
泣き叫ぶようなこととなっていいということはないだろう。

うなされていいということはないだろう。



わたしは、嫌だ。

kusunoki


自分自身が、
まずはっきりと、
嫌だ
と強く感じることが
大切なのではないか。


そうしてこそ、
次の世代、
また次の世代、
七世代先の人間まで
想像できる。
  (先住民の智慧)

加えてきっと、

生物として、七つ隣の一族(kin)までも
想像できるだろう。
ボノボやチンパンジー、ゴリラ、
…  鳥たち
…  虫たち … 微生物たち。

想像して、共感して、
想いやることができる。

だから--

kusunoki2


わたしは嫌です!

強く、はっきりと、魂の底から。

このからだ、このこころが

清浄であること、健やかであること、美しくあることを

脅かされるのは。

人と違っていても
流れと違っていても
嫌だと言おう。


Radioactive Rays
No Matter How They Say --

I am Refusing That.

--No.


No, Thank You.




 
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白山神社へ

hakusan1

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夏の暑さが厳しい先週の休日、ヒーリングの学校関係のお友だちと文京区の白山神社にお参りに行ってきました。

濃い青い澄んだ空に、洗いたての白雲。かつて参道だったらしい駅からの坂道は、アスファルトの熱気と太陽の照りつけが厳しかったです。でも、よく手入れされた様々な植物が植えこまれた居心地の良い境内は、緑の風が気持ち良いです。

身ぎれいな女性が、この境内を通って、駅へと向かっていきます。続いて、もう一人。どちらも良いところのお嬢様風です … 今度は、もの静かな男性。一眼レフカメラをもった若い男性。そして、年配の男性 … どなたも、お一人で、無言で、静かにお参りされていきます。近くの方々に、慕われ、敬われているのでしょう。とても良い氣を感じます。。。


加賀一宮白山神社をお招きしたという、この神社の主は、菊理姫命、伊弉諾命、伊弉冉命です。太陽は燦々と照りつけていますが、手入れされた草木は瑞々しく、木々を渡る風に包まれて、気持ちいいです。穏やかで、優しく、まあるく、綺麗にまとまった金色の光が、ほんわりと降りてきているような感じでした。

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息をのむほど、真っ白な百合が咲いていました。

湯気が立ちそうなほど、日中の熱気は強いですが、気持ちが引き締まり、汗までも引いていきます。

駅からの道が、旧来の参道だという気がしますが(社の正面の東側に伸びている)、社と向き合う側(南側)にも道があります。その道沿いに、幾つかの摂社がありました。そして--

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御手洗のところにも見事な櫻の木がありましたが、ここにも空に広がる立派な櫻の樹木 -- 青い空を背景に、光いっぱいで、胸が甘く痛くなるような感覚がありました。

こういう樹に出逢うと、ただただ、敬い愛する気持ちでいっぱいになります。

神社の歴史や、社や祭事のことについては知識がありません。また、この木が御神木かどうかは分からなかったのですが、樹に出逢うと、そこに神さまがいらっしゃることだけは感じ取れるような気がします

このときは、薄桃色や薄紫の透けるような布地を涼しげに重ねた女神さまのようでした。

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そのような樹に出逢えると、光が写り込んでいることが多いのですが、このときもやわらかく、たおやかな光がふんだんに写っていました。



… ありがとうございます。また、来ますね。






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Romantic

my bird sanctuary で汗を流す作業をして、高速が込む前に帰ろうと慌ただしく車に乗り込むとき、ふと気付いた香気 --

ユウスゲ

まだ明るい夕暮れの藪近くに、気の早い誰かが灯した小さな明かりのように開いた美しい花は、ユウスゲ(夕菅)だ。

-- 歌に詠まれ、詩人に愛された、とてもロマンティックなユリ科の多年草。サンクチュアリの土地とご縁があったその年すぐに、憧れて球根を植えた。日本で古くから愛されている、懐かしい在来種のユリとして、ここでも夏の夕風に揺れていてほしい。独特の緑味を帯びた黄色の光を灯してほしい、と。けれども、植えた希少な在来種の苗や球根の幾つかと同様、芽吹いたのか芽吹かなかったのかもわからず、根づいてはくれなかったのだと想っていた。

三年目の夏になって、こうして美しく花開いてくれることで、教えてくれたんだね。

少しずつだがこの地に根づいて、生きていてくれることを。

ユウスゲの花言葉は「麗しき姿」。花の色はしばしば「レモンイエロー」と形容されるが、それが最も正確だろうとは思うものの、辺りに匂い立つような、懐かしいロマンの世界を広げるこの色は、夕暮れ時に出逢えた者にしか感じ取ることはできないだろう。




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夏のお客さま ♡ -2-

皆さま、うちのお客さまのことご心配くださってありがとうございます。

kabutomushi4

ふいに宿舎入り口の睡蓮鉢に現れたお客さま。
毎日スイカをお出しすると、翌朝までに結構たくさん召し上がっています。また新しいのに取り替えて… という日々を過ごしていました。

不思議なことに、オスのカブトムシ君はずっと植木鉢の上で過ごしているのですが、メスの方はそこにいたり、いなかったり、下に落ちてもがいていたり … (← 慌てて助け起こしました) そこにいたりいなかったり、ということは、どうもオスがここにいるので通っているようです(?)

スイカだけでなく、昆虫用のゼリーもお出しした方が栄養バランスが良い、と教えてくださる方がいて、思わずガーデニング&ペット用品店に注文してしまいました。

昆虫用ゼリーを注文をするとき、ふと予感がしました。

-- ゼリーは、早く体力を回復して、豊かなクヌギ林のある森へとお帰りになれる日のためにお出しするつもりだけれど --。もしかすると、ゼリーをひとつ、ふたつお出ししたあたりで、旅立っていかれるかもしれない。
 だから、袋入りのゼリーを注文する必要はないのではないか(一、二個だけのミニサイズの注文でいいのではないか)?

でも、hostess(女主人)として、「お客さまにはもう、これしかないわよ(お帰りになって)」はないだろう、と考え直し、フルーツ味の栄養たっぷりのゼリーを袋入りで注文しました。

ゼリーはあまりお気に召さず -- スイカの表面にスプーンで穴をあけて、そこに注ぎ込んでお出しするなど、苦労しました。

kabutomushi5

そして--

予感は的中。 

再び、メスはいなくなり、翌朝、食べかけのスイカを下に落とし、植木鉢の土をかなり乱して …

オスのカブト君もいなくなっていました。


*******


何らかの理由で体力を落としたオスのカブト君と、そのパートナーの女性が、カブト君が体力を回復するまでうちに滞在して下さり、回復を待って大空へと羽ばたいていったのでしょうか。

お客さまが訪れてくれた理由や、羽ばたいていった先のことなど、知る由もありませんが、どうかスイカ(ゼリーはほとんど召し上がらなかったかも)をお出しできた数日間が、こころ安らかに過ごせる時間でありましたように。そして、ここからの旅路を、こころより祈ります。


(… 残った昆虫ゼリーは … きっと虫たちにとって厳しいこの自然環境の中、これを必要とする子たちがいるかもしれないから、賞味期限までとっておこうと想います)






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