hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

幸せの春の花

冬枯れの樹木たちもうっすらと色が変わってきました。

葉が全く落ちた後の細い枝々が、うっすらとですが、以前よりはどことなく明るく、モーブ (仏語 mauve) 色に -- やや灰色を帯びた紫味の色に -- あるいは、紅のさした色味に、変わってはいませんか? 

気功の先輩とでかけた佐倉(千葉)の川村記念美術館で、池の周りに樹木が立ち並ぶ美しい冬の庭園を窓から眺めながら、木も草も、その内面で着実に春の準備を整えているのを感じました。木の芽も膨らみ、寒気に耐える葉をロケット状に広げる草も水気を帯び、でもそれだけではなく、植物たちがまとう空気が明るいのです。

沢山の絵画を堪能した帰り際、ふと枯葉の積もった地面を見ると、輝く金色の光 … !!


fukujusou


フクジュソウ(福寿草)です。

キンポウゲ科で、花言葉は「幸福」「幸せを招く」「永久の幸福」 …

春一番乗りで、幸せのほほえみを投げかけてくれました。
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立春の光 3

fuyume


吐く息が白くなるほど寒いのに、空気の中にどことなく春の分子を感じます。

香ってくるようです。。。

じめじめした湿地帯だった場所に2年前に植えたガマズミ(手前)がココア色の可愛い冬芽を膨らませています。左手奥にある、青々した常緑樹は、3年前に植えたクスノキ2本です。

まだ苗木を植えるのには寒いため(土が凍ると、根がやられてしまう心配のため)、当面は枯れた竹の片付け作業です。

だいぶ、からだの使い方がうまくなってきました。

nata

とは言え、土地を感じ、相手(何メートルもある枯れ竹、倒れた竹、土や石、足場)を感じて、流暢に動けるからだには、まだまだ届きません。

今、磨いているのは鉈(なた:写真)使い。

遥かに伸びた大きな竹(孟宗竹)は、分断すること、倒れたものを安全に運ぶこと、足場や落下物に気を付けること(幾つもに分断しても、とてもわたし一人では運べないほどの重さで、しかもヒトや苗木などに倒れかかってくると、危ない危ない)はもとより、無数に横に張り出した横枝が危ないのです。倒れた竹を、立っている竹と竹の間をすりぬけるように運ぶのですが、狭い隙間を通すたび、その隙間でしなった横枝が跳ね返ってきます。二、三度、その跳ね返りが目にあたって(←運動神経、にぶ~!)1時間以上涙が止まらないくらい痛かったことがあります。

その横枝を、鉈で払い落すのですが、プロ(?)は手首を柔らかく使い、一回打ち下ろすだけで綺麗に払いとれるのに対し、わたしは何度打ちつけても払えず、手首だけが痛くなっていました(涙)。

でも、今は、少しずつ上手くなりつつあります。


鳥たちの来る雑木林が理想だったため、荒れた(枯れた竹が倒れかかり、鬱蒼と暗い)竹林は当初から何とかしたいと思ってやってきたのですが、それは(いくら力強い助っ人が支えて下さったにしろ)素人のわたしには手ごわい作業でした。しかも、この竹林に守られている生きものたち、共存している動植物たちも多くいます。そして、ヒト以外の生きものの命を無視した開発の手が、今も伸ばされているのを多く見かける中、この竹林は逃げ場・隠れ場ともなっています(イノシシやタヌキが逃げ込んだことも!)。

大震災の時には、激しい揺れに立ち上がれない中、竹林に守ってもらいました(古来から、竹やぶの中は地震のとき安全とされているそうです)。

今はうまく共存し、ただ、より豊かな場所となるために、鳥の好む木の苗木も植え、また竹のはびこる以前から伸びているシデなどの大樹のあたりを、少しは日当たり良くしてあげられたら、と思っています。(そこまでの作業でさえ … 追いつかない … というのが実情ですけれども)。









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立春の光 2

… 冬の樹の芽が、いつのまにか膨らんでいますね!

fuyunoki



bird sanctuary の前にある貯水池は、震災で堤防ごと壊れ、この冬は大規模な工事がなされていました。昨年は12月頃から3月まで白鳥が飛来し、sanctuary を訪れてくださる方々も感動していらっしゃっり、わたしも幾度か、白鳥に炭水化物系の自然派のお菓子などを差し上げたりしました。でも、今年は -- 

と溜息をついていたのですが、高速のICを下りてからかの地に向かう途中の貯水池で、7~8羽の白鳥の群れを見ました。

-- ああ、来てくれた、ようやく、です! 

赤信号で車が停止している数秒のことでしたが、その白い姿が胸の中にさっと飛び込んできた嬉しさと言ったらありません! 

-- 良かった! ここの池は無事で。

白い姿の白鳥ばかりでしたから、子どもや若鳥はいなかったようです。でも、その池は、昨年の冬から変わっておらず、(人が餌やりをする場所はありませんが、逆にフェンスがあって危険なものが忍び込むこともなさそうで)、きっと彼らは大丈夫です。


   北の空から飛来する、白い豊かな大きな鳥

   地上の水と、天空とを繋ぐ、美しい生きものよ

   わたしたちに、空の青さを、天上の光を教えておくれ

   染まらぬ白い色の意味を、長い飛翔でとらえてきたことを、

   水面(みなも)に描いて伝えておくれ



白鳥と水面を見るとき、誰しも、(少なくとも少しは)そのこころにこの鳥の白い姿と鏡のような水の深みを映し取るのではないでしょうか。


… 来年の冬も、そのまた次の冬も、この地に白鳥たちが飛来して、羽を休めてくれることを、わたしは信じています。(願う、祈る、想う、信ずる、感ずる … どの言葉で表現しようかと想いましたが、白鳥の群れを見た後では、「信ずる」が一番ぴったりなような気がしました)。





   


   

   
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立春の光

shizu1

もう1週間が過ぎてしまいましたが、立春の日、bird sanctuary の地で yoga と瞑想、お茶の会を行うことができました。以前ブログで報告させていただいた、茨城中央を中心とする仲間の方々です。

歩くと霜柱の音がざくざくと鳴るような二月、一つだけしかない灯油のストーブと、暖房として使ったことのなかったエアコンしかないけれど、皆さん大丈夫かしら …?? (普段は外作業しかしていなくて、作業していると汗をかくほどだし、お手伝いにいらしてくださる方々と外でお茶を飲むときは、薪ストーブなのです。エアコンは、夏の暑さに弱い家族用だし…)

薄いはちみつ色の陽光のさす、ぽかぽかに暖かい一日となってくれて、大助かりでした。

いらして下さった皆さま、本当にありがとうございました!


yoga も瞑想も、この場で捧げることに、少しずつ慣れてきました。
(yogaには今回初めていらして下さった、神社好きで「霊的なものがわかる」と仰る方が、「何か、以前伺ったときと違って、すっきりしていてすごく気持ちいいじゃない。上の神社〔=sanctuary の地の山上にある神社〕も、険しさ・厳しさが消えた。変わった~!」と仰っていました。)


かたいところ、伸ばし足りないところ、固まったり日ごろケアしてあげていなかったところを中心に、力を抜いたり、伸ばしたり、気付いたりしていきます。

数週間前から直前まで、皆さまの顔を浮かべながら、あれこれプログラムを考えたり、流れを考えたりしているのですが … 「そのとき」「その場」になると、全然違う動き、メニュー、笑顔やら言葉が湧いてきて、場とからだと人々の繋がりのエネルギーがまとまっていきます。

全身を整えて、そこから(今回は「健康第一」という感じで)さらにストレッチ、シャバ・アサナ(くつろぎのポーズ)に入り、エネルギーが緩んでひろがったところで瞑想をしたのですが … そのあと急に閃いてきて、予定変更、「軸を作りましょう!」と立木のポーズを行いました。


後で振り返ってみて感じたのですが、半分の方がすっとご自身の中心から綺麗に整っていらして、半分の方が何だかお元気なさそうで、心配だったのです。後者の方たちは皆、おなかに元気がなさそうで、背中の肩甲骨まわり(肩甲骨という方と肩甲骨のちょうど下という方)が腫れている。しかも左右対称でない腫れ方です。しかも、yoga の最中、すぐうつむかれてしまいます。

立木のポーズ(=片足立ちになり、胸の前で合掌した両手を高く高く上に伸ばしていきます。わたしは、沢山の命を調和の元に抱えている大きな「生命樹」になったイメージで行います)のときにも、ふらふらしてしまいます。それでも、前を見て、胸(ハート)を開いてください、とお願いすると、笑顔も姿勢も元に戻ってゆきました。

後でお茶の際、お話を伺うと、急な目眩、吐き気で救急車を呼ばれた方も … 原因はよく分からないそうです。その他、ひどい疲労が背中に溜まっている方もいらっしゃいました(年齢を問いません)。


********

からだの不調、お肌が今までになく荒れた、急に髪の毛がごっそり抜けた(これは、東京の行きつけの信頼できる美容師さんから伺った話で、この1年とても多いそうです)、急に更年期障害がひどくなった・長引いた(これも、東京の信頼できるセラピストさんから伺った話で、この1年とても多いそうです) … よく伺います。感染症・アレルギー・炎症なども、病院でもよく分からないと言われ、様子を見ているというお話を伺います。

どうぞ皆さま、日常の睡眠、食べ物や飲み物、適度の運動やリラクゼーションなど、ご自身のケアを丁寧に心がけてあげてくださいね。yoga でできることは、からだのケア、姿勢、中心力の強化、意識や呼吸などで、(深部や根本原因から自然治癒力が活性するような yoga をするには、わたしはまだまだだけれど)、それでも笑顔や元気は戻ります^^

立木のポーズは、片足立ちになって両腕を伸ばしたり、(そのヴァリエーションとして)上半身はまっすぐに軸足の膝を曲げて低く低く、大地に根っこを張るように下りて行ったりするのですが、片足立ちになって不安定になったり、ふらふらすると、それでも何とか立っていようと中心軸が強化され、筋肉に緊張を入れる(そうするとふらつく)のではなく力を抜いたまま大地に踏ん張る力が付きます。また、「生命樹」をイメージされるなら、ご自身のハートから高く高く空や天と繋がり、命に対する慈愛や調和のエネルギー(その方の資質や使命に沿う形のエネルギー)を育むこともできます。さらに上級レベルになると、上に伸びる力、下に伸びる力、をもつ中心軸を太く長いものとしていき、ご自身のからだ・こころ・魂の本来の繋がりを感じていけるようになります。

… あ、とにかく、やってみましょう! 自己治癒力が戻ってくる・活性化する、鍵があると想います!!

*******

日々、ガーデニングや野菜づくりを愛し、いつでも人にお優しく、透き通って香り立つような綺麗な植物エネルギーを発していらっしゃる女性がいます(sanctuary を素敵な笑顔で支えて下さっています)。

この方の yoga は一瞬一瞬がとても美しいのだけれど、立木のポーズのとき、息をのみました。(わたしの隣にいらしたので、姿は目に入りませんでしたが、エネルギーがふわっと広がりました!) 大きな樹木の隣にいて、見守られているようでした。「スズカケの大樹?」と想いました。 

-- 終わっても、しばらく言葉が出ませんでした。

彼女も言葉が出なくて -- しばらくしてから「… 何だかすごく大きな木になっているイメージだった」と仰いました。

「木になっている」「イメージ」というレベルじゃなくて、生命の大樹そのものでした。


生命樹の樹冠に、命の一つ一つに、立春の金色の光が差し込んで来てくれた、そんな気がする瞬間でした。


lotus2












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大切なことをするためのエネルギーに、悲しみも怒りも点火する 追記2

ついに出てますね、『Environmental Pollution』(Volume 164, May 2012, Pages 36–39)の「チェルノブイリとの比較において算定したフクシマの野鳥数」のレポート

退職騒ぎで職場の片づけの真っ最中で、まともな辞書もないのですが、抄録だけでも急ぎ訳してみます。

 フクシマにおいて一般野鳥種の数に放射線被爆の影響は、チェルノブイリの
 場合の影響と比較可能である。野鳥数が放射線の悪影響を受けているが、フ
 クシマとチェルノブイリの間には顕著な違いがある。この2地点に通常生息
 している14種を分析したところ、放射線により悪影響が見られ、それは場
 所や種によって様々な結果となっていた。同じ14種を比較しても、数と放射
 線との関係は、フクシマにおいてチェルノブイリよりも更に悪い影響が出て
 いた。すなわち、2011年3月11日の事故後すぐ、3月から7月の主要
 繁殖期という、個々の野鳥たちが生命維持のためにに最大限の活動している
 間、野鳥たちは放射線被爆の悪影響を受けていたことが明らかになった。


・・・・・・・

泣いても、地団太踏んでも、これが事実です。
(でも、泣いて、地団太踏んでいるけど--)

入り組んだ不安や心配として胸に抱えていたことを、はっきりと事実として受け止めた後、my bird sanctuary の地の空が浮かんだ。

aozora


とてつもなく哀しいのだけれど、かの地の意味も、自分のやってきたことも、退職した理由も、はっきりと認識した。



-- 友だちの野鳥たち、事故地から110-110KM内にある bird sanctuary の意味を、より一層、透徹した目で見つめていこうと想います。

-- 生きものたちと対話したり、自然との調和ある関係を築くという、<異種間コミュニケーション(interspecies communication)>研究として追いかけてきたことを、この時代、この場所で、より一層、研ぎ澄まさなければと想います。


時は過ぎて行くし、自分の残りの時間も少ない。

手も足も、ハートも頭も使っていこう。
















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大切なことをするためのエネルギーに、悲しみも怒りも点火する 追記

冬鳥たちのやってこないこと、鳥たちの減少について、問い合わせた自然保護団体から早速に返答を頂いた。野鳥に詳しい顧問の先生に尋ねたところ、(関西の方の状況として)昨年の暖冬が影響して野鳥たちは里に下りてこないのではないか、渡り鳥も留鳥も飛来する数は年ごとに異なる、とのことであった。(ありがとうございます!)

迅速に返答を下さったことに感謝するとともに、少なくとも関西では問題が生じていないのか、と少しだけ安堵した。だが、ここでは … ? 年ごとの飛来数の変動というには、あまりにも数が少ない。さらには、昨年は暖冬であったが、今年は寒気が続き、住宅街の庭樹を眺めても、野鳥たちが食べられるような実が残っているわけではない -- 秋すでに、野鳥が最後まで残すような人気のないものまで、食べつくされてしまっている(=暖冬で、山に豊かな食料が残っているから、野鳥たちが降りてこないとは考えにくいのでは?)。

シベリアから飛来する冬鳥だけが減少しているわけではなく、留鳥の数が少ないことも謎だ。

そんな中、前回ブログで引用させて頂いたため引用許可のお願いをした星川淳氏が、新たに出た南日本新聞の記事を紹介して下さった。(ありがとうございます!)

-- やはり。

鹿児島で少ない、ということは、関西は大丈夫、というわけではなかったんだ。

愛知県で、前年度の冬に141羽観察されたツグミが、今年は7羽。

この数字は、開発による緩やかな減少とは思えない。

141が7に減る、というのは、本当にとても危ない数字だと感じる。




-- 引き続き、気を引き締めて行こう!!




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大切なことをするためのエネルギーに、悲しみも怒りも点火する

ずっとブログに書けずにいたが、この冬つくばで渡り鳥を見かけない。

公務員宿舎の周辺の緑地や駐車場に、毎冬二、三羽はツグミが降りたち、冬の間キャキャッと鳴き声をあげながら、枝にとまったり、落ち葉の下を嘴でひっかいて、虫を探したりしていた。つくばに電車が通った2008年の大規模開発で、野ウサギなどの動物たちはかなり姿を消し、ツグミたちが虫を探す雑木林もほとんど伐採され、シベリアから渡って来ても生きる場所が失われた。

しかし、ほんの僅かの緑地、公園、草の生えた駐車場 … そんなところでさえも、ほんの少しでも生きられるスペースを求めて彼らのうちのごく僅かは飛来して来てくれた。

ショッピングセンターへ向かう道の途中の、昔はウワミズザクラやカツラなどの大きな樹木が空に伸びていたあたり … 今でもケヤキやシイの木が残るあたりに、木の枝に何十羽もが鈴なりのように止まっていた黄色い冬の小鳥、マヒワたちも、やってこない。

冬の間、埃をかぶった植え込みの下で懸命に食べ物を探していたシロハラやウグイスやアオジも、見かけない。

つくばだけではない。

家族の住む三鷹では、毎冬の厳寒期になると、ベランダにヒマワリの種と水を出しておくのだが、今年は減りが少ないという。

毎冬、多数飛来してくるとヒマワリの種をあっという間に食べてしまう大食漢のシメたちが、やってこないのだという。


--なぜ?

*******

自然と共生する生き方や思想という点で、昔から尊敬している星川淳氏のTwitterに「ツグミが飛来しない」という記事が幾度か出ているが、わたし個人が所属しているいくつかの自然保護団体のサイトを見ても、このことについての納得できる情報は何も載っていない。

(今日、問い合わせをやってみた)

*******


ネットに、3.11の大地震で磁場が変わったことが、渡りのルートが変わった、という説が出ていた。

だが、留鳥(季節によって多少の移動はするが渡りをしない鳥)も、がくんと少ないのはなぜ?

被災地がルートとなっているせい?

原発・放射能汚染の影響?

除染作業で、山林やその下地が除去されて木の実や虫がいない(虫も少ない)?

避難地域の変化(人の移動、農作業等の変化)のせい?

これらのうちの幾つかが複合されての結果?


*********

3.11後のニュースメディアやネット上の情報や意見のやりとりは、とにかくこの先どうすれば希望が見出せるかをゆっくりじっくりと考えて見極められるまでは、ひとつひとつに動じるのをやめようと想っていた。わたしたち一人一人の、そして地球上の、生命にとって、その健やかさや調和にとって、ここまで来てしまった現実に対して、「真なる」方向性を見出すためには、ひとつひとつに揺らがずに、「今」を大切にしようと想っている。

ツグミがいない冬を迎えるという現実に、血の気が引くような気がするが、できることをしようと1月を過ごした。

だが、3日の北海道新聞に、ついに怖れていたことが報道されたので、やっぱりこのブログにも書いておこうと想う。

フクシマの現実を見据えずに、人が住めなくなった場所を「聖地になる」と発言したり、人が住めないんだから他の生きものたちの楽園になっている、と発言したりするのをネットで見かけた。

原発事故のかの地から100~110KMの bird sanctuary に集まっていらっしゃる近隣の方々は、動植物や虫の異変を目撃しているんだよ。「聖地」と呼ばれた(?)場所では、花の花弁が全てねじれて咲いたり、花や葉の大きさも二倍に拡大したもの、逆に縮小したものが撮影されているんだよ。

「楽園」なんてとんでもない。小さなもの、弱いもの、保護されないもの、人間の都合だけで利用されていたものから消えていく。そして、鳥が生きられなくなった場所は、次は人間の生きられない場所へとなっていくんだよ。


*******


胸の奥で何かが焦げ付くようだし、このことを想うと涙がボロボロ落ちるのを止められないが、嘆き悲しむよりまずは情報収集して、できることをしようと想う。

植物は、年によって木の実の豊作の年と凶作の年があるし、鳥たちの飛来数も、年によってかなりの変化がある。

震災・原発事故だけの影響で、説明できない環境要因が複合的に働いている可能性もある。

原因が整理できなければ、何が自分ひとりにとってできることかも、整理がつかないから。

天の時


… だが、嘆き悲しむこともしようと想う … 。


こんな事態に、生きている内に遭遇するとは、想っていなかった。

こんな時代に、生きなければならないとは想像していなかった。

(四季折々の生きものたちの移ろい、鳥たちの囀りのコーラス、命が安心して眠れる森や川や海がかなうと、
信じられる世界に、ずっとずっと生きていきたかった)


『沈黙の春(silent spring)』の著者、レイチェル・カーソンを想い出す。

1960年代初頭、アメリカで、農薬の及ぼす生命への危害にいち早く気付き、化学物質による環境汚染の重大性について命を賭して警告を発した科学者だ。その著書の冒頭に、彼女は、

  アメリカの奥深くわけ入ったところに、ある町があった。
  生命あるものはみな、自然と一つだった。町のまわりには、
  豊かな田畑が碁盤の目のようにひろがり、穀物畑の続くその先は
  丘がもりあがり、斜面には果樹がしげっていた。春がくると、
  みどりの野原のかなたに、白い花のかすみがたなびき、
  秋になれば、かしやかえでや樺が燃えるような紅葉のあやを
  織りなし、丘の森からきつねの吠え声がきこえ、
  鹿が野原のもやのなかを見えつかくれつ音もなく駆けぬけた。

  道を歩けば、あめりかしゃくなげ、がまずみ、はんの木、
  大しだがどこまでも続き、野花が咲きみだれ、四季折々、
  道ゆく人の目をたのしませる。冬の雪景色も、すばらしかった。
  ぶどうや、いちごや、枯れ草が、雪のなかから頭を出している。
  ぶどうやいちごを求めて、たくさんの鳥が、やってきた。
  いろんな鳥が、数え切れないほどくるので有名だった。
  春と秋、渡り鳥が洪水のように、あとからあとへと押し寄せては
  飛び去るころになると、遠路もいとわず鳥見に大勢の人たちがやってくる。
  (中略)

  ところが、あるときどういうわけか、暗いかげがあたりにしのびよった。
  いままで見たことも聞いたこともないことが起こり出した。どうしたことか、
  若鶏はわけの分らぬ病気にかかり、牛も羊も病気になって死んだ。
  どこへいっても、死の影。農夫たちは、どこのだれが病気になったという
  はなしでもちきり。町の医者は、見たこともない病気があとから
  あとから出てくるのに、とまどうばかり。そのうち、突然死ぬ人もでてきた。
  なにが原因か、いまもって分からない。大人だけではない。子供も死んだ。
  元気よく遊んでいると思った子供が急に気分が悪くなり、二、三時間後には
  もう冷たくなっていた。

  自然は、沈黙した。うす気味悪い。鳥たちは、どこへ行ってしまったのか。
  みんな不思議に思った。裏庭の餌箱は、からっぽだった。
  ああ鳥がいた、と思っても、死にかけていた。ぶるぶる体をふるわせ、
  飛ぶこともできなかった。春がきたが、沈黙の春だった。
  いつもだったら、こまどり、すぐろまねしつぐみ、鳩、かけす、
  みそさざいの鳴き声で春の夜は明ける。そのほかいろんな鳥の
  鳴き声がひびき渡るのだった。だが、いまはもの音ひとつしない。
  野原、森、沼地--みな黙りこくっている。
           (レイチェル・カーソン 『沈黙の春』)

かつては美しかったが、今は小鳥の歌わない、場所のことを寓話として描いた。だが、それは予告だった。かけがえのない地球をのちの世代に残すための、振り絞るような声だった。


農薬を大量に売り裁こうとする大企業や、政府やお抱えの科学者を向こうに回して、『沈黙の春』を出版し、頭をあげ胸を張って戦った女性科学者、カーソンには頭が上がらないが、わたしは彼女の晩年の著作、『センス・オブ・ワンダー』が最も好きだ。

この本は、自然と人間への祈りと詩に満ちた美しい本だ。

この本で彼女は、命や地球の希望を、未来に、子どもたちに、そしてわたしたち一人一人が自然やその美や不思議さを感じとる、感性や感受性に託した。


-- 自然を感じる、子どものような無垢なこころ。

-- 自然と繋がっている、いえ、もともと自然そのものであり、
   源のところでひとつとなっている、そのことを想い出す時の
   喜び、輝き、安らぎ。


命に賭けて、これだけは手放さずに、守っていこうと想う。


これだけは携えて、悲しみや怒りは、「それでも何かできること」のためのエネルギーに点火していこう。


*******

無味乾燥なコンクリ建ての公務員官舎のちっぽけなベランダに、それでも毎冬の食べ物を頼りにして、(今年は僅か1羽だけ)ヒヨドリがやってくる。

玄関に置いた睡蓮鉢を、遠くからどうやって見つけたのか、森の雑木を好むシジュウカラが一羽、水を飲みに毎日やってくる。


せせこましい、人工的な建物のこんなところまで、水や食べ物を頼りに、森の鳥たちがやってくる。


生きるのが大変だと、伝えているのかもしれない。

人間がこんなにまで生きる場所をなくすなら、僕たちはもう生きられないと言っているのかもしれない。


人間の一人である、わたしにできることは、水を置き、僅かな蜜柑を置くことだけかもしれない。

でも、できることがある限り、やっていく。















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再生 2

1月最後の週末にかけて、1日休暇を取り、神戸のヒーリングの学校の先生のところに関西での最終授業に行ってきました(関東での最終授業は、3月です)。

素敵なご縁のあったモニター様へのヒーリング・レッスン。そして、地球や生命への祈りを捧げる舞いのワークショップや学校の授業参加など、とてもとても充実していました。

嬉しかったのは、震災後の東北・北関東の様子について、関西でも多くの方が沢山のことを感じ、そして‘立ちあがろう’とされているのを感じられたこと。そして、その中から、人間の精神性に繋がる、とても大切な共振、共鳴が自由にのびのび、生まれ出てくる可能性もあるのではないかと信じられたこと。

元気を沢山いただいて、こちらでも多くのことをしていきたいと想います。


lotus1









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新たな冬へ… 2

kudamonodai1

ようやく、鳥たち、果物の台を見つけてくれました!

いいえ … きっとこの台を作った最初から気付いていたけれど、ようやく安心して食べてくれたのだと想います。あなたがたに捧げる果物をおいた台、認めてくれました。ありがとう!

kudamonodai2

気をよくして早速、ぽんかんのスライスを奮発しました。

youseinowa

いつもの「妖精の環」にも、お菓子を献上します。


kurohimawari1
kurohimawari2

この日はまた、無農薬栽培の小鳥のごはん(雑穀類)を販売しているショップで購入した、無農薬の黒ヒマワリを土地のあちらこちらに捧げました。ぱらぱら、ぱらぱら、と無造作に播いていきます(節分の豆まきみたい)。

ヒマワリの種を播くには、時期が早すぎます。

でも、「今」なのです。

この種たちのどのくらいが、おなかをすかせた鳥たちのお腹の足しとなるか、生き残って芽吹いてくれるか(美しい花を咲かせてこころ楽しませてくれるか、放射能汚染を浄化していくための役割を担ってくれるか)、土に埋もれ土の栄養分となったり長い眠りにつくのか … 天に任せ、自然に委ね、からだで感じるままに、祈るように播きました。


三年前はこの土地には、できるだけ古来から日本で育ってきた在来種の植物を育てたいというこだわりがありましたが、(今もそれは原則変わりませんが)全ての命と対話しながら、地球の再生を祈っています。





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