hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

この一年ありがとうございました

2012年、多大なご厚意を賜り、誠にありがとうございました。

お心遣いいただいたこと、お世話になったことに報いられるどころか、十分に感謝の気持ちを表すことさえできなかったことが多くあります。さらにまた、わたしの気付かないところで、無償の温かなお気持ちや手を添えていただいたことと想います。


鳥たち、動植物たち、生きもの・命たちよ -- 益々厳しい時代となっていくかもしれません。でも、希望に向かって、益々あなたたちに寄り添っていこうと想います。痛みや苦しみだけでなく、喜びや生きる美しさもまた、ともに感じていけるよう、気付きを深め、歩んでゆきましょう。


どうぞ皆様方、そしてすべての生命に、幸多い2013年が待っていますように!

yakiguri








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お正月の支度

とうとう2012年最後の一日です。

昨日は、いつもお世話になっている気功の先輩A様のおうちで、お正月のお餅をつくとのことで呼んでいただきました。毎年、お世話になっている方々にお餅つきのことは伺うのですが、わたしにとっては全く初めて -- わくわく、どきどきしながら伺いました。

いつも隅々まで心をかけて美しくしていらっしゃるお家に入ると、普段よりもさらに小ざっぱりと、そして晴れやかな張りつめた空間。92歳になられるお母様と、Aさんと妹様 -- 今は女性だけのご家族ですが、沢山のご親せきや近所の方が出入りされています。それだけここには‘よい氣が回っている'のが感じられます。

ゆっくりお話しする間もなく、台所とお茶の間を皆活気溢れて行き来しながら、声を掛け合って、次々にお正月のご馳走が仕上げを待ちます。総監督(?)のお母様が、いつもより強く厳しく、凛として美しい気合でてきぱきと指示をされています。

勢いのよい働き者のエネルギーの渦のなか、結局、何も勝手が分からず、感心して眺めるだけのわたしは、できたてのお餅やご馳走を「頂くだけ」(?!)に呼んでいただいた(?)ようで、どんどん運んでくださるお餅とご馳走を「柔らかいうち、出来立てのうちに、食べてみる」その感動を味わうことに、いつのまにか専念(?)しておりました。大きな餅つき機(昔は臼と杵だったそうですが)がお餅をこね、湯気の立つ熱いお餅の水加減を調整して、そしてできたてのアツアツのお餅を丸めていただいて … それをすぐ食卓で頂く、至福の時です。

お正月の支度
  (ピンボケですが、上の二つのお皿に納豆餅と黄な粉餅。
   左がお大根の漬物<柚子添え>。取り皿を挟んで、
   真ん中の小さいお皿に盛られた金色の美しいのは、
   お母様の手作りの柚子と林檎の甘い漬物。何と、
   煮ることなく甘く漬けてジャムやコンポートよりも
   絶品のお味です!その隣が、茨城県の郷土料理の
   「煮合い」 -- 少し酢の入った煮ものですが、
   各家庭で味付けや材料は違います。Aさんのお家のは、
   牛蒡、白滝、椎茸、蓮根、お揚げに金胡麻が効いて
   いて、酢もまろやかな調和した最高のひと品です!
   一番手前のまあるいオレンジ色の入った器には、
   Aさんがゆっくり煮られた柚子が入っていて、これに
   お湯やお茶を注いで飲み物としていただきます)


その他、おぜんざいのお餅、おせちとして準備してくださった野菜の煮物(里芋・蓮根・人参・大根)、紅白なます(これまで苦手だったのですが、何とも繊細でまろやかな味で一編に好きになりました)、黒豆、等々、できたてで湯気の立つ美味しいものを持ってきてくださって、「美味しい!」のコメントと共にお母様に作り方や由来をうかがうのに忙しく、写真に収めることができませんでした。

何とも贅沢な、食いしん坊の一日です。

一つだけ、大切な方から頂いた昆布を使いこなせないでいるわたしのために、昆布巻きのプチ講習会をしてくださって、できたてを家族にも持ち帰るよう帰途をせかされて、初めて一人暮らしをする子どもになったような気持ちになるほど、上記のおかずやお餅、お菓子の手荷物を沢山沢山いただいて戻ってきました。温かいお気持ちを降るほどに浴びて、ずっしりした感謝の気持ちを抱えて、荷物は幸せな重さでした。


こぶ巻き
  (教えていただいた昆布巻きを、今日は煮てみて
   います。わたしが結んだので、かんぴょうの‘おび’
   が、ちょっと飛んだり跳ねたりしていますが。。。
   中身は、牛蒡と真っ赤な綺麗な京人参。)


yoga や気功を習い、bird sanctuary 創立の活動を始めてから、沢山の方々からご厚意を頂き、支えていただいてきました。特に、3.11後の希望を見出すために3月に退職し、bird sanctuary の地で仮暮らしを始めてからは、以前からお世話になっていたかけがえのない方々に、目に見えるところ、見えないところで多大なサポートや温かなお心遣い、お智慧を頂き、その大きさに気持ちが打ち震える気がしています。紡ぎ出した暮らしの糸に、Aさんやそのご家族が糸を下さったり、ほつれやおぼつかないところに手を添えて下さらなかったら、糸は切れていた(少なくとも切れそうになっていた)でしょう。その糸が来年はまた、ほんの少し美しく強いものにしていけるような希望が、今は持てます。


各地の自然環境や生きものたち、わたしたちの命の姿を想っても、都会の雑踏を歩きながら社会における人の精神(こころ)を感じても、2000年以降は特に、その混沌、閉塞感、絶望感、闇の深さに、背を向けたくなることが正直多くあります。が、また、多くの深い闇や不安を抱えつつ、見えないところにまで差し伸べられる手や、暖かな言葉や笑顔、どんな環境でも濁ることなく清く美しく遣われるこころ、変わらずゆったり泰然と調和している方の気高さが、(闇の濃い分だけ)何と眩しく輝いて、愛しく、(自分もまたこころを持つ人間であることを)誇らしく嬉しく感じられることでしょう。


今できる一つ一つのことに限りなく愛を注いで、今日一日(あとは掃除)を締め括りましょう!






   
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鳥たちのrestaurant

strawberry tree 3
  (11月末頃の bird sanctuary 敷地内の
   strawberry tree 。鈴のような可愛い花と
   小粒苺そっくりの実を同時に付けてくれた!
   在来種ではないが、鳥たちのための餌台近く
   に身を隠すための常緑樹として立っていてく
   れている。
    甘く可愛らしい姿からは意外だが、とても
   静かな、こころやすらぐ空気をいつも湛えている)

11月末からは、駆け足となってしまいました。
更新が遅く、申し訳ありません。

東京・三鷹との往復、根を詰めての翻訳仕事(これでお正月が越せます^^)、北茨城のSさまご夫妻のお力をお借りしての家や外の作業、yogaや気功の練習、yogaを初め新しい活動のための新たな仲間たちとの交流 … そしてとにかく、部屋の中でも吐く息が白いという寒さの中で暮らすための支度、云々 -- あっと言う間に、本当の年の瀬です。

この冬は寒いといわれますが、これまでよりもずっと寒い土地に移り住んでの冬の暮らしに戸惑い、でも夏の暑さと違って頭だけはシャキッとしているので、鳥たちのことも含め、周りの方々から貴重な智慧を頂いて寒さへの工夫をしています。何せ、翻訳仕事で明け方近くまでキーボードを叩いていたら、‘しもやけ’で手がグローブのように腫れてしまい、握ることさえ難しくなってしまい、そんな寒さは初めて経験しています。そのおかげで、からだの隅々までをよく感じ、ちゃんと動けるようにその声を聴いて、自然に沿って働き、暮らしていくという基礎に立ち返りつつあります。


赤紫に熟したヨウシュヤマゴボウの実、夕陽のような柿の実、朱く色づいたマユミの実、小さな紫色のムラサキシキブの実、紅色のザクロ、黒紫のヤブランの実 … もちろん甘くてトロッとした strawberry tree の実も … 鳥さんたちの食べられる実はどんどん売り切れてゆき、今、残されているのは、真っ赤なガマズミの実と固いノイバラの実。それも、減りがどんどん加速化しつつあります。

この寒さの中、届く自然保護系の会誌を読むと、奥山も里山も実りは少なく、また植物や昆虫の異変があちこちで観察されているようです。里に出てくる野鳥や野生動物はこの冬多いようですが、奥山は全くと言っていいほど生きものの息遣いが聞こえない、食べものがなく暮らせなくなった生きものが里に下りているだけ、という話も載っていました。

この bird sanctuary でできることは僅かですが、それでも昨年同様、蜜柑や林檎、ヒマワリの種や雑穀など、今集まってくれている野鳥たちのために restaurant は三月まで無休営業です。

ジョウビタキ、アオジ、ウグイス、アカハラ、シジュウカラ、エナガ、ヤマガラ、コゲラ、アオゲラ、モズ、ヒヨドリ、キジバト … 上記の食べものでは賄えない子たちも多く、もっともっと広葉樹を植えたい(エナガたちは幹や枝についた小さな虫の卵を探して一生懸命飛び回っています)、そして健康でふかふかの落ち葉ももっとあれば(落ち葉の下の虫を探してアカハラなどは嘴で一生懸命落ち葉を動かしています) … もっともっとこの地が健康な森に近い環境に近づけば … と想いが熱くなります。

警戒していた人間のわたしが危害を加えないと分かりほんの少しずつ許してくれているのか、それともそれほどまでに生きるのに窮しているのか、鳥たちとの距離も近付きつつあります。蜜柑を出すのが分かっているのかサッとやってきて木の枝にとまってこちらを見ているヒヨドリ、雑穀を出すと待ち構えたようにやってくるキジバト -- 野山で生きる彼らと、野山の実りを奪ってきた人間としてほんの少しでも生きる手助けをしたいわたしと、その適切な自然の距離を保ち、なおかつ人として彼らの信頼を裏切らないように、細心の注意を払って関わっていこうと想います。

joubitaki

  (ノイバラの中にいるジョウビタキ。
   棘のあるバラの樹は、大きな敵が入り込めない
   からなのか、その他アオジなどにも人気です)


生きるためにやってくるお客様たちを、どうか皆様も寛容に見守ってあげてくださいね!









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白鳥再来

澄み切って、雲一つない蒼穹。

凍てつく朝だからこそ、染みわたるように感じることのできる
薄い金色の太陽の光の温かさ。

空気が綺麗で、外に出て深呼吸したら、ハートが安らいで広がって静かな調和で満たされました。

そんな中、鳥たちの世話をしたり(まだ餌台にはやって来ないけれど、お蜜柑を乗せたフルーツ・テーブルにはお客様がいらっしゃいます)、昨日格安で売っているのを見つけたビオラの苗(凍てつく中でも花が開いてくれ、それを目当てに越冬中の蝶やミツバチ・ハナアブがやってきます)を植えたりして、外仕事を手伝ってくださる方が立ち寄ってくださったので、少し立ち話して(今日は、つくばでのyogaなので急いでお別れして)時を過ごしていました。

家に入って少しした時、突然、何とも言えない、切なく物悲しく、でも同時に華やかに訴えるような、声の連呼が聴こえてきました。‘切なく物悲しい’と、‘華やか’は全く相反する感じなのですが、そうとしか書きようがない声なのです。

その声が響いた途端、胸が熱くなりました。

熱いものが解けて、哭きたくなるような気持ちのまま、家の外に飛び出しました。

ああ!! 白鳥たちです。

白鳥再来

  (済みません。分かりにくいのですが、サンクチュアリからの
  路の向こうに道路があって、その向こうに少し畑があり、
  駐車場があって、貯水池があります。左側、貯水池の際
  に木が一本あり、続いて右側にフェンスに貼られた看板
  がありますが、そのあたりに白鳥三羽の頭が見えます)


また、来てくれたんだね ・・・・・・・・


五羽、いました。


大震災のとき、この貯水池の堤防はガラガラと瓦解し、黒茶色の土煙が上がり、白鳥たちは(そのときも池に彼らはいました)狂ったような声をあげて、茶色に濁った鈍い暗い色の空を猛スピードで旋回しました。白鳥のあんな声は、その時にしか聞いていません。それほど異様な声をあげていました。大地の異形の姿 -- 彼らの住処だけでなく、飛来してきた数少ない場所のどこもが異様に荒れ狂い、行く場がなく逃げ惑って -- どんなにか強い衝撃だったことでしょう。

その時の彼らがどこに逃げたのかは分かりません。

そして昨年、貯水池はすっかり壊れて、池の水は流れ去り、地割れした池底でもがく魚を救うこともできず、それを目当てに来た肉食系の鳥たちが乱舞した後は、池は死に絶えていました。白鳥の飛来する場所がなくなった、いや、白鳥自体数が減ったというニュースに打ち沈み … それが今年初めになっていくつかの無事だった貯め池に白鳥が飛来しているのを見かけ、これからもできることからやっていこうという誓いを新たにしました。

春になり、ようやくサンクチュアリの前の貯水池も、復旧工事がなされました。

そして、一年のブランクを経て、今 --。

ちゃんと、忘れないでいてくれたんだね。

それより、生きていてくれたんだね。

ありがとう。



ここのところ、また地震の揺れが激しくなり、不安の声をよく耳にするようになりました。
震災、そして、原発事故、その後の人々の意識の変化、社会の変化。

白鳥の再来に、鳥たちの無事と、彼らがずっと安心して飛来してくれるような自然を大切にしようという想いを強くする今朝となりました。それと同時に、


鳥たちがまたやってきてくれ、
命のサイクルを紡ごうとしてくれていて、
空も、大地も、水も、植物も、動物も、微生物も、
自然が織りなす中での調和・バランスを取り直そうとしてくれ、

そこから遠く外れて久しい、
命のことば、
調和の調べ、
愛を、
忘れ去って久しい、人間たちにも
まだ手を差し伸べて、待ってくれていて、

もう間に合うかは分からないけれども、

その手をつなぎ返すかどうかは、
今のわたしたちの一瞬一瞬の意識にかかっていて、



命こそをまず大切にする時代が切り開かれなければならないということ、

今、

でなければもう赦され赦すことはないのかもしれないということ、


それは
わたしたちのからだ、
こころ、たましい、その在り方が
命であり、
自然であり、
そのことからして疑いようもないこと、

-- 白鳥たちが再びやってきてくれたことは、この朝のその瞬間、胸を突き刺すメッセージとして感じられました。

白鳥(しらとり)は、神の使いです。

神を感じるかどうかは、さておいて、少し前の人間たちは、神の使いが何を伝えに来てくれたのか、きっと感じ取れていたような気がします。







  
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冬支度 ~1~

12月となりました。

昼前から降り出した雨は、昼過ぎ、ほんの少しだけ雪に変わりました。

このまま降り積もるとすると -- 車の運転が心配となってくるので、来週の予定が変更となるかもしれないことを急いでメールで伝えたり、鳥さんたちの新鮮な食べものを昨日の内に買っておいて良かったと胸をなでおろしたり … 

夏は東京・三鷹と同じくらい(かそれ以上)暑かったのに、11月に入ってから常に3~4℃以上(最低気温はもっと)寒い bird sanctuary の土地です。でも、何だかからだが寒さに強くなったみたいで風邪もひかずに済んでいます。ただ、冷え込みは家の造りのせいもあるので、夏に green carten や簾・葭簀を工夫したように、冬支度に取り掛かり始めています。もうすぐ、泊まりがけのお客様もいらっしゃいます。

家が寒いのは、日当たりもあるけれど、隙間風が多いのと、壁が薄く、床も湿った地面のすぐ上にある状態だからなのでしょう。三日前から、隙間風を防ぐため、破れたままになっていた(!!)障子を張り替えています。

障子2
  (張り替える前<左>と張り替えたもの<右>)

もともと貼ってあった障子は、かなり古いままで破れ・はがれもあり、色も古びた色となっています。破れが引っ越しの時に拡大し、さらには日々の鳥さんたちの「ビリビリ(←めくれた紙を嘴で引っ張る音)」や「ボスッ(←嘴で突き刺す音 ^^;)」もあり … エコロジーで‘始末の良い暮らし’の師匠と仰ぐ北茨城のSさんに、初夏頃に障子の張り方のご指導を頂きました。しかも、一部貼るのさえ手伝っていただいたりもしたのですが … なかなか一人では手につかず、気づいたら訪れる友人や yoga の仲間たちにも「ごめんね」「見ても見ぬ振りしてね」(←!!)の状態が続いていました。

隙間風が気になるまで放っておくなんて、と自分のだらしなさを恥じ、でも年末は障子張り替えシーズンらしいので「季節に沿った仕事となったか」なんて開き直って、始めてみたら結構楽しく、はまってしまいました。

障子1

今日は玄関から入ってすぐの、「御柱立て」(2010年11月6日ブログ)をして頂いた大切な部屋の障子を張り替えます。

古い紙が貼られている桟に、霧吹きで水をかけて湿らせ、貼られた時の糊が緩んだところで綺麗にはがします。桟の埃を払い、雑巾がけした後、乾くのを待ちます。(この間、普段は紙が貼られて見えない景色を楽しみます -- って、鳥さんたちは怖がって、逃げて行ってしまいました。)

乾いたら、新しい障子紙を張っていきます。この桟全部を覆うような大きな紙も売っていますが、この家の持ち主の方が残されたものの中に障子紙のロールがありました。それは、20数㎝の巻紙のようなもので(微妙にこの桟の格段のサイズとも違う)、それが再利用できることをSさんにご指導いただいて残していたので、桟の各段ごとに、大きさに合わせて切って、貼っていきました。

障子3


ほら、綺麗に貼れました。(って、あまり細かく見ないで、遊びにいらして下さっても細かすぎるチェックしないでくださいね~ この仕事、紙を測って切って貼って … というときに正確さ・几帳面さ・丁寧さについての性格がまともに出ちゃうような気がします 汗。)


障子は、暑い時には涼しげですし、寒い時には保温効果があって、部屋の中で暖房をつけると熱を逃がさず温かに保ってくれます。風情もあるし、新しい紙に張り替えると部屋も明るくなるし、年末に障子貼りをして新しい年を迎えるとき、手間はかかるけれど、こころを新たに年を迎えるためにわたしたちは大切な時間を過ごしていたのだなと感じます。日本の家屋って、やっぱりとても上手く出来ていたのかもしれません。

ちょっと残念なのは、障子貼り用の糊など、なるべく水に流しても無害な、ナチュラルな素材からできているものにしたかったので、ホームセンター等探し歩いたのですが、そのとき、最近の障子紙は「和紙」ではなく、石油由来の色んな素材がパルプに合成されたものしか置いていないと知ったことです。特に、‘破れない’とか‘水をはじく’という性能を強化するために、パルプを石油系の「ポリ○○」等でサンドイッチして補強した紙(「紙」と言っていいのかしら …?)が「最高級」とされているのです。

「和紙」が実際に、希少で、手間がかかり、高価だということは予想していたのですが --。

それにしても、今の日本人が(障子を張るような方でも)障子紙に求めているのは、(自然に反してでも)「破れない」「水を弾かない」「安価」の三基準の価値だけなのでしょうか … ? そうでもないような気もしますが … ?? 甘いのかな?

年に一度、新しい年を迎える大切な時間の中で障子を張るのであれば、元の持ち主の方が残されたロールを使い切ったら、お小遣いを貯めておいて(破れたところだけに限定して)、本当の「和紙」を探して、貼ってみようかな~ そうしたら、古くなっても焚き付けにして、土に還せます。サンクチュアリの庵には、その方が嬉しいし、何より素敵なことです。きっと部屋で呼吸するのだって、その方が気持ちいい!! もしどうしても「和紙」が無理なら、フェアトレードで売っている、どこかの国で手仕事で創られた自然な天然紙を …。 そうだ! 「糊」だって、次から昔のように残りご飯を煮て、作ってみようかな?


*******

実は、障子貼りって、とても楽しいですよ!

何が楽しいかって … ここだけの話ですが、古い紙って、もう引き剥がしてお別れするものなのです。

-- ということは、子どものときやりたかったけれど、できなかったこと、できるよね?!

-- そう!! げんこつの握りこぶし作って、「ぼすっ」って突き破っても(^○^)、指一本「ぷすっ」と差しても、‘いいんです!!OKOKOK (^^)v’ -- 一応、わたしは yoga 修行の身で、‘非暴力’‘不殺生’を目指しながら日々反省するばかりでありますが -- 楽しいです!!


なので、鳥さんたちの嘴での「ビリビリ」や「ボスッ」も、「コラ~!!」と言える立場ではありません。











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