hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

ベニマシコ飛来!

昨日のブログでは、薄桃色のエネルギーのことを書いたのですが …。

降雪が心配された昨夜~今朝、雪は途中から雨となりましたが、朝となっても薄暗く静かで、寝坊してしまいました。目覚めても寒いのでしばらく寝床の中にいると … 西側の竹林から奇妙な鳥の声が聴こえてきます。

家の一番西側は台所で、ここのお勝手口があります(夏に、西陽をよけてゴーヤのグリーンカーテンを作ったのですが、用心のため、ゴーヤが枯れても支柱やネットはそのままにしてあります)。そのお勝手口のドアをそっと開けると --


(奇妙な声の主ではなく、)もっと小さな小鳥が家の角を横切ってスッとまっすぐに飛んで、ドアから見える雪柳の枝にとまりました。と、続いてもう一羽、同じ雪柳の木の茂みに飛び込んでいきました。

あれっ、なんだろう -- 今はたくさん飛来してくれているアオジではないと直観しました。飛んでいるとき、全体では黒い尾羽の両脇の白が目立ったけれど -- 雪柳の木の中にいるのは -- ホオジロかな? と、珍しい感じがしたのでちょっとドキドキして、久し振りに肉眼ではなく双眼鏡を持ってきて、そっとドアから覗きました。

そして … ドキッ! 胸のあたりが薄い紅色に染まった、それは綺麗な小鳥でした。

瞬間、ハギマシコ(オスの胸の色が、同じ赤い小鳥でも朱色や赤ではなく、‘分厚いすりガラスの向こうに透ける梅干し色’で、赤い小鳥の中では一等好きな色合いなのです)だ!と思ったのですが、黒い尾羽や風切り羽に白色が入っていてコントラストが目立つので、あれっと感じて、今度は鳥類図鑑を持って戻ってきました。(アトリ科の赤い小鳥には、ここ数年出会っていなくて、どうも識別能力が落ちてきています …)。

候補となる赤い小鳥のページをめくって、う~ん、ハギマシコでもウソでもなく、ベニマシコでした。

最初に飛んできた赤い小鳥がオス、続いて飛んできた小鳥の方は、全体が目立たない薄いミルクティーの色で、メスです。二羽はつがいのようで、仲よく雪柳の中で雨宿りをし、緑の新芽を少し食べているようでした。二羽とも尾が長く、すらっとしています。

ベニマシコ飛来
 (写真の左の、ネットから少し上にいるのがオス。
  その右上 -- 写真全体の真ん中より少し右側
  -- にいるのがメスです。)


冷たい雨がやまない中、二羽で、小さな声で「フィ フィ」と鳴いているのが微かに聴こえます(「フィ フィ」という鳴き声ではウソが有名ですが、それよりもずっと細やかな鳴き方です)。

ベニマシコは、「紅猿子」と和名では書きます。スズメ目アトリ科ベニマシコ属で、日本では北海道(青森県の下北半島でも記録あり)で繁殖し(夏)、冬になると本州以南へ渡ってきて、丘陵や山麓の林縁や草原、河原などで越冬します。越冬地では、イネ科やタデ科の草の実を啄んでいるそうです。



わ~い、可愛いな♪、可愛いな♪、可愛いな ♪

sanctuary では、垣根の外、近隣の方が目にする側は、人目を気にして綺麗に草刈りしたのですが(全面的に手伝ってくださったK先生、ありがとうございます!)、家の後ろ側の苗木が植わっている辺りは、ちょっとばかり‘マシコ’たちを意識して(← 本気です!サボって … ではありません)、近隣の方にも何も言われないことを願って、ぼうぼうの雑草も秋口に生えたものは放っておきました。特に、実のある穂をつけた草は、食べてね~っと願っていました(そう言えば、平塚のH先生が送って下さったダッタンソバの実は、人の口に入ることもなく、消えていました)。




‘マシコ’たちは、草原や低木を好みます。

大きな木のある「森」ばかりでなく、そういう場所も、渡ってきてくれた彼らのために少し残しておこうと誓いました。竹林の鬱蒼としたあたりもそうですが、それぞれの生きものがそれぞれの生息適地、ニッチ(niche)を持っていて、土地としては細やかなここでも、どうやって見つけるのかしっかり見つけてくれていて、頼りにしてくれているのです。しかも、渡り鳥たちは、どうやって見つけるのか、どうやって覚えてくれていてくれるのか、どうやって代替わりしてもわかるのか、本当に遠いところから遥々やって来てくれるのです。

無意味な開発や、不必要な自然破壊、慎重な観察をしないままに自然を改変してしまうことをやめて、昔からあった自然の営みをそのまま活かしていくことが、どれほど多くの -- 多分私たちの目に見えないところではもっと多くの -- 生きもの・命を支えることになるのかは、計り知れないと感じます。でも、かく言うわたしも、ここに住むことによって、しかもこの地を sanctuary にしたいという活動によって、大なり小なり、ここの自然に影響を与える存在で、自然に手を加えていく中で、罪深いことも、無知なことも行っているだろうし、今この瞬間にもしているのではないかという怖れを忘れてはいません。

一つの答えは出せないけれども、少なくとも徹底的に観察を重ねて、鳥の目線、タヌキの目線、蛇の目線、虫の目線、微生物の目線、樹木の目線、草花の目線、etc. を少しずつ身に付けて、大元の命のエネルギーと繋がりながら、鳥類、そして、日本のこの地域の風土に古くから息づいていたけれども今は消えそうになっている命や、この土地をわたしが手にしなかったら(開発でも放置でも)死に絶える運命にあった生きものを「人として、裏切らない」でいられたら、どんなにか嬉しいだろうと想います。


鳥類だけで言っても -- 実は、識別できていないので、ブログには書けないでいましたが、2月になってから西側の鬱蒼とした竹林では、夜9時ごろから朝方まで、「コホ コホー」という太くて大きな鳴き声が聴こえます。 … えっ! フクロウ? コノハズク? (← 鳥の鳴き声のCDで聴くと、かなり近いのですが、何分、夜中にひとりで入っていける場所ではないので … 泣)。さらに、今朝聴こえた「キョー キョー」という大きな声。そう言えば、今朝がたの雨の中、キジの鳴き声も聞こえました。

bird watching よりは山作業に忙しい毎日ですが、まだまだ分からない、十分観察できていない鳥たちがここと関わっているなあ … と想います。

あちら、こちらに、蓋を開けていない宝の箱が見つかって -- 振り返れば、もうこんな箱はすべて失われるのだと悲観した原発事故から二年目となろうという今、真剣勝負で、でも穏やかに繊細に、今ここの自然と関わってゆくことの意味を問われているのだろうと感じます。



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寒波を辿って

木々の枝先の芽が少しずつ大きくなり、霜や霜柱にも負けず春の球根が緑の芽を出して、水仙と雪柳の花の蕾はもう膨らんでいます。寒さが続く中、大地にも生きものたちにも空にも、小さな春のしるしが見受けられるようになりました。

二月中、寒さが染みたのか身もこころも元気いっぱいには動けず、こんなんで月末にずっと暖かい都会に出て皆と同じに活動できるのかしらと心配していました。それでも先週、東京に出て -- 一か月に一度会える素敵な先生方や大切な仲間たちとボディワークや yoga や気功に出ると、わっと花開いたような気持ちになれました。ちょうど一か月のうちの三週間と数日を、サンクチュアリの地で頑張って、それを街でお稽古しながら振り返り、反省したり元気を授かっている感じです。今回は大切な仲間たちと新たなワークも始め、薄くなっていた自信も取り戻すこともできました。

凝縮したときからまた静かな時間に戻ります。

朝6時前に到着して早速に辺りや、特に小鳥たちと餌台を見回ります。寒波が来ていたので、雑穀もヒマワリの種も、もちろん果物類もなくなっていました。急いで補給すると、待ちかねていたようにアオジたちの群れが集まり、ヒヨドリやアカハラたちも声をあげます。移植したばかりのガマズミやコマユミ(2月18日ブログ)も、大丈夫でした!


竹整理

三月中に移植したり植えつけたりしなければならない苗木たちが目白押しです。

苗木を植え付けられる場所を確認するため、土地のあちらこちらを歩きました。その途中、つい先日竹垣の補修にいらして下さったKさまご夫妻と枯れ竹を整理したときの勢い(かなりすっきりして、鬱蒼と荒れた真竹の林に太陽の光が透けるようになり、エネルギーが良くなったので)に乗って、大きなイヌシデの樹の周りに倒れ掛かっている枯れ竹を片付けました。辺り一帯、以前は大変な荒地(もともと鯉を飼う大きな池があったらしく、ずぶずぶの沼地の上に真竹が生い茂り、さらに二三本の大きな藤の蔓がこれでもかというように数本の竹をからめ捕り、締め付けて、枯れたり折れたりした竹までが遥か上の方にぶら下がり、ほとんど陽が入らない)で、いつも sanctuary の‘ハードボイルドな仕事’を買って出てくださっているK先生が、お一人黙々と片づけてくださっていたのでした。


一本一本を横倒しにして、枯れ竹を集積している場所に積み上げられる長さに切って、枝を鉈で払って(そのままだと、うまく重ならないうえ、目を突いたりして危ないです)片づけていきます。

終わると、写真のように、堂々としたイヌシデの大樹がすっきりと立ち現われました。これまであまり日が当たらなかったため、枝の張り方が不自然ですが、これからはすっきりと自らの自然に任せて枝を張り緑を茂らせてくれるでしょう。風も吹きわたり、気持ちいいです。


赤い実
 (枯れた真竹やシノダケを片付けたら、現れた
  可愛い草の実 … 図鑑で調べたけれど、葉っぱも
  枯れて落ちたのか見つからなくて、何の実なのかは
  わかりません)



sanctuary 創立の由来についてたびたび書いていますが、その抱負を声に出した気功の会で一番に賛同してくださった気功の大先生のおかげで、諸先輩方がお世話くださり sanctuary 創立の資金としてご寄付を頂いています。沢山の方々にご支援いただいた浄財の追加分を昨年後半にも賜ったのですが、その使い道として、初心に戻り(小鳥好きの方もそうでない方も含め)人の未来にとって最も希望が託せる‘荒れ地に苗木を植える’ことに使わせていただくことにさせていただきました。戻ったらあと一か月はこちらに滞在するので、急ぎ、お正月にこの土地のエネルギーと約束した通り(1月8日ブログ)、ヤマザクラの苗木を購入することにしました。春先に葉と同時に花開き雑木の山に綿雪が乗ったようなお化粧をさせるヤマザクラは、櫻の原種であり、花は美しく、その実を野鳥たちに好まれ、大樹となれば神社続きの林を自然豊かなものとしてゆくに違いありません。

ずっと狙っていた苗木を二本、インターネットで注文し、届くまでに大きな穴を掘ったり、そのとき大地に交差するように伸びている竹の根を切ったり、土の様子を見て排水をよくし適度に肥沃な土にする土壌改良用の土や有機肥料を混ぜたり -- 大忙しとなりそうです。

その他にも、野鳥の森を育てていらっしゃるS先生のところからお嫁に頂いたウワミズザクラの苗木が鉢で待機しています。


ゆっくりと土を踏みしめて歩きながら … 植え付けの候補となる場所に立ち、足の裏で大地を感じ、上を見上げて天を感じます。そして、「ここ!」と感じられる位置を探します。周囲の木々との関係(ある程度 -- と言っても、大樹となる場合、5~10mとなりますが -- 距離がないと後々可哀想)、日当たり(冬にはどのあたりから太陽が昇りどのあたりへ沈むか、夏になるとどうか、どのくらいの日照を必要とするかなど)や風当り、土壌もそうですが … そうした客観的条件を見積もって位置を定めても、10センチほどの違いでピンとこないことも多いです。少し位置をずらし、足踏みしたり、感覚全てを開いて、自分で立ってみると … 「絶対にここ!」という位置があります。そこに立つと、天地の軸がすきっとします。そうして … 苗木の気持ちになって、いえ、植えつける苗木そのものとなって立ち、頭の上遥か天空を感じ、太陽の光を感じ、竹林から吹き抜けてくる風を感じ、足の裏でつながっている地球を感じます。

… すごく、幸せです。


サクラたちは -- 春先に、薄桃色のエネルギーの帯となって、この土地の気を紡いでくれるでしょうか。








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移植SEASON

この土地では、まだ少し寒いかもしれないのですが、苗木の植え付けや木々たちの移植で忙しい時期となりました。

植え付けや移植の適期は、ほとんどの樹木で12~3月と言われています。ただし、大地が凍土となり、植え付け後にお水をあげてからそれが凍って根が死んでしまう可能性のある、極寒期をのぞきます。したがって、この時期までに、植えつけたい樹種や移植する必要のある樹木、その場所を決めて、必要な場合はあらかじめ根回しをするなどして、準備をしておく必要があります。

冬になってから耐寒性のある草花(越冬している蝶や蜂、ハナアブたちのために!)やハーブを植えたのですが、その時の感覚で、この地の1~2月は、根が凍ってしまいそうでちょっと危ない気がしました。それが不思議と、まだまだ寒い日は続くのですが、ここ数日の間に「今だ!」という感覚の波が襲って(?)きました。 … 植え付けや移植は、あまり遅いと、根に蓄えていたエネルギーを芽吹きのために使ってしまい、新しい地で傷を受けた根を癒して広げる前に葉っぱが育ってしまい、植えてからの負担が大きくなりすぎます。



この冬を過ごして、野鳥たち、その他の生きものたちのためには、もっともっと実のなる樹種や外敵にやられやすい小鳥たちが身を隠し風をしのぐ常緑樹・針葉樹が必要だと知りました。それらを注文したり植えたりもしたいのですが(← すでにインターネットで目をつけているものもあります! ただなるべくこの地方に近い場所から入手、となると、ガーデニングにメジャーなものしかなくて、遠方からとなってしまう場合も多く、そうすると温度差を考えて、南からのものはもう少し待ちます)、まずは移植の必要な木たち、植木鉢で待機している子たち、のことを考えます。


ガマズミ移植2

一昨日は、土地とご縁があって最初の年に行った土木工事の折、クスノキやエノキの樹と近すぎるところ、しかも大きな栗の樹の下に植えられてしまったガマズミの樹(すでに「苗木」と呼んでは失礼なほど、成長してくれています)の移植を行いました。

ガマズミは、他にも土地の中心近く、ナナカマドの隣に育った1本があります。そちらは11月頃に真っ赤な実をつけ、年が明けてから、毎朝ジョウビタキが訪れては、そこで二つ三つ実をついばむのを日課としていました。日に日に食べられる実が少なくなり、ついには全部の実を食べきって、ジョウビタキはここにはもう食べ物がないと諦めたのか、よそへ移っていきました(数日に一度、朝早く、遊びに来てはくれます)。もう少し、冬遅くまで残っている実がなくては、と猛烈に反省し、気づいてみると、栗の樹の下のこちらのガマズミの方は、日陰が苦しいのか背丈は高くなっていますが、実をほとんどつけてくれていませんでした。 … しかも、大樹となるクスノキやエノキのすぐ近く … 成長速度や木の大きさから考えて、ここではこの子の未来はありません。


苗木を植え付けるときは、その樹がどのくらい大きくなるか、どんな樹形となるか、どのくらい根をはるか、どんな性質かを、日当たりや土壌や周辺の環境も十分に考えて、土地の面積や周辺の木々の将来の様子も含めて(樹を植える方はどなたもそうだと思いますが、世話をする人間の寿命も!)計算して、植える場所を決めます。bird sanctuary では、わたしたちがこの世を去ってからずっと先も、生きものが頼りにできる自然環境であることも念頭に入れて、植え付けの計画を練ります。

… が、土地が手に入って、あの木も、この木も … 野鳥たちが昔から好んできたことが第一条件ですが、他にも、在来の、この土地に古くからあったことが想像できる、できるだけ多様性のある、豊かな森となるための木々、特に人間から価値がないとみなされて深い考えもなく伐採されて数が減少している樹種をできるだけ植えようと決めました。10年近く土地探しがうまくいかなかった後の嬉しさも手伝って、本当に欲張って色んな樹種の苗木を購入し、考えたつもりでしたが … 計算はしても、未経験の未熟さや計算間違いや、不慮の出来事(工事で勝手に移植されてしまうなど)もあって、「ここに植えたけれどこのままではまずい」「早く移植しなければ、移植が難しいほど大きくなりすぎてしまう」苗木たちが、結構あります。

ガマズミ移植1

このガマズミに関しては、鳥たちが好む木なので、家の北側の自然との対話spaceで、家から3mほどの空きスペースに植え直すことにしました。(家の周辺は、当初リフォームを考えていたこともあり、工事が始まったら木々が危ないということで大きく間を取っていました。が、リフォームはケチって!このまま do it yourself! のやりくりすることがほぼ確定なので、もう少し植えても大丈夫、と目途がつきました)。ガマズミ用の穴をできるだけ大きく掘って、腐葉土を入れていきます。

ガマズミ移植3

次に、かなり大きくなってしまったガマズミの根を掘り起こします。直観で検討をつけて、この辺 -- とそうっとスコップを土に充てると、うまく入っていく場所と、根のようなものに当たる場所があります。根のような硬いものに当たった時は、そうっと、そうっと、傷つけないように -- さらに周辺を掘っていきます。


… 思ったよりも、地表近くで四方八方に根が長く伸びているようです。土地が、森の中のふかふかの黒い土とは違い、固い粘土層が幾重にも含まれているので、地表で伸びやすかったのでしょう。背は高くなっているけれど、このガマズミは、地下で(根を張るところで)耐え抜いていたようです。ごめんね、と謝りながら、気を付けて横に長く伸びている根のうち二本を何とか救出しましたが(ひげ根からうまく掘ったので、水を吸い上げるのには十分でしょう)、斜め下に固い土の中を伸びている一本は、ごめんね、と謝って途中で切らざるを得ませんでした。八郷の野鳥の森のS先生に根巻きを教えていただいたときのコツを想い出しながら、どんどん乾いていく根の負担や、作業全体(ここまでで数時間かかっていました)を見越しての決断です。さらに、周囲の根は掘り出しても、ガマズミの樹が動かないため、よくよく確かめると、直下におりている根が一本あり、これも途中で断念せざるを得ませんでした。全体の根とガマズミの樹の強さを信じ、そのまま掘り起こしましたが、この時期(栄養をたくわえた根がまだ眠っている)でよかったと思いました。


ガマズミ移植4

植え付け場所に樹を据えて、≪腐葉土+元の土+EM資料≫を具合を見ながら敷き詰め、さらに横に伸びていた根のために穴を広く拡大してすべての根を保護し、根をふかふかの土の中で固定し終えたら、周囲に水を含ませ、凍結防止のために草マルチを敷いて、さらに根が固定するまでの支柱の竹を添えて、作業を終えました。(後は、できるだけ毎日、木の傍で語りかけ、観察し、祈ります。) 午前中に作業を終えるつもりでしたが、その考えが甘かったというか、思いのほか根が四方に張っていたため、一日がかりとなりました。


このガマズミが、移植の負担に耐え、傷を受けた部分をすこやかに回復して、無事に根を張り、(根っこのダメージの分だけ葉っぱを広げる負担を減らすよう少しだけ枝を選定しましたが)固い芽を開いて瑞々しい葉を広げ、春夏には大きく茂り、緑の葉の間から白い花を咲かせ、秋には綺麗な濃い赤い実をつけてくれますように! 小鳥やわたしと友でいてくれますように! sanctuary のかけがえのない仲間でいてくれますように! 


・・・・・

昨日は、同様の理由で桑の木の真下に縮こまって育っているコマユミの苗木を助けようと、大きな穴を掘りましたが、二日続けての穴掘り作業で、(人間の方の)足腰がギブアップ! 今朝に回すつもりが、今朝は寒気と雨で結局順延となりました。お天気次第・体力勝負の作業ですが、無理したり疲れ過ぎでやっつけ仕事になってしまいそうなら、やりません -- 人以上に、植えつけられたり移植される木々にとっては、命がけの作業ですから、こちら(人)も、無条件に力を注げる最高のコンディションで、無心になってありたけの力を捧げます。









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春告げる囀り

soushun1


霙雪が降ったり、霜が降りたり … まだまだ両手両足にしもやけができたり、家の中で息が白かったりの毎日ですが、春の鼓動と共に暮らしているのを確かに感じます。今日は、光の春でした。木々の芽も大きく力強く膨らんでいます。



先週末、東京・井の頭のヨガ教室のメンバーの皆様に、今月末のヨガ練習の日程を、こんな文章と共に送らせていただきました。


 二月も中旬となると、毎日春の兆しを感じるように
 なります。14日のSt.バレンタインデーは、寒さの
 厳しい冬を生き抜いてきた小鳥たちが、この日を境に
 求愛の歌を歌い始めることにも結び付けられていると
 いわれますが、毎冬の観察で、本当にこの日から
 小鳥たちが春の歌を囀り始めているな~と想います!

 ヨガでも、春に向けての準備として、からだの面では、
 筋骨格の歪みのバランスを取ること、意識面では、
 からだの外側の自然に向けて内側の自然を開いていく
 ようなポーズ、動きを予定しています。

 (何だか、小鳥の話題ばっかりのヨガのようですが、
  井の頭でのヨガ教室は、‘からだの中をやわらかな風が
  吹き抜けたり、生き生きとした生命樹そのものになったり、
  小鳥が安心して止まってくれるような瞑想をしたり、、、
  何より、皆様の内側に各々の蓮の花が静かに開いてゆく’
  ような、そんな、自然を内外に感じる yoga を目指す
  という抱負のもとに、‘ことり’関連の教室名で会場を
  採っています)
 


そして -- 今朝 -- バレンタインデーの前日、ですが、そう -- 本当に、ホオジロの今春初めての囀りを耳にしました! 

凍てつく寒さの中、生き延びるのにやっとの鳥たちですが、着実に春の来るのを感じ取り、早くも春に向けての恋の準備です。 … いえ、春早い囀りを聴いていていつも感じるのですが、「求愛」とか「恋の準備」とか、動物行動学的には鳥たちの生命リズムは冬を耐え抜くことから子孫を残す新たな段階へと向かい、生理的に、求愛行動の囀りがリリース(解発 : プログラムされている生得的行動が発動されること)されているのかもしれないけれど … でも、真実はそれではなくて … 


純粋に、厳しく辛かった冬の寒さが、あともう少し、あともう少しで終わり、あと数週間生き延びることができれば、草木が一斉に芽吹き、花開き、命が躍動し始めて、天空からの光が地上に溢れるように満ちてくる、あらゆるものの微笑む春、が訪れることにいち早く気付いた小鳥たちが、喜びでいっぱいになって歌い出す … 胸の中嬉しさに溢れ、喜びから、自ずと囀ってしまうのではないか … と感じます。 (だって、実際にはまだ、食べ物もほとんどない厳しい寒さの中、生きるか死ぬかの、二月ですもの … 恋する余裕もなく、鳥たちは必死に生きているのを実感しますもの …)


kusunoki

土地とご縁があってすぐの夏に植えた、クスノキの苗木は、光を受けて大きく大きく成長しました。今日の陽光も、その枝葉一杯に抱きしめています。

matsunoki

まだ小さい、松の木も、天の光をいっぱいに受けています。松の木は、天空の光と最も近い樹木 -- 幼いころから、その素質ははっきりとしています。


soushun2

木々たちが、その葉っぱの栄養を還したあとの大地。生きものたちを包み込み守りながら、冬の光を受けて、命の春の躍動を待っています。


joubitakiB4a
  (外の水道口に止まるジョウビタキ。
   K氏撮影)


鳥たちよ -- 明日はSt.ヴァレンタイン。チョコレートの甘いドキドキは、わたしにはないけれど、あと少し、命長らえて春を謳歌する準備をしよう!! チョコレートより甘い春陽を吸い込んで、からだの中の生命力を目覚めさせてゆこう!!  今年の冬は寒さも実りも厳しくて、ジョウビタキの好む、赤いガマズミの実も、ヤブランの草の実も、すでに尽きてしまったけれど(来年はもっと、草木を育てます) … あと少し、生き延びてください。あと少しだから。









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雪物語

いつも気功や yoga でお世話になっているK様とその旦那様が sanctuary の竹垣の補修に来てくださいました。K様は、植物が大好きで清楚なお花や優しい草木そのものの透き通る柔らかいエネルギーの持ち主で、ご一緒に yoga をしていても、すぐに風にやさしく揺れる花々や木々になられてしまいます。旦那様は、飛び切りおいしく優しいお味の野菜をおつくりになり、友人の竹やぶで炭焼き作業をされたり、公園の清掃をされる方と親しくなってお野菜と交換に落ち葉を頂いてふかふかの堆肥をお創りになったり、、、自然と調和して生き生きとした暮らしをされています。

sanctuary の土地は、その外にある自然や人との繋がりを大切にし、決して外と敵対する要塞のような≪防御壁≫を築いて、異物を除外しようということはありません。(それでは、「サンクチュアリ」とはなりませんし、第一、鳥たちに境界線はありませんもの …) ですが、‘ここにいれば護られている’という場所であるため、風通し良くその境界を告げる、竹垣は、今は大切です。

法律上の土地の境界のだいぶ内側に、そんな守護の垣根があって … 尊敬する樹木や夢をかけた苗木たちがいっぱい居て、K様をはじめ沢山の方が手を添えたり支えたりしてくださって、その他にも目に見えないものたちが沢山 … 護ってくださっています。


竹垣の雪


一日作業して垣根近くの荒れ地を片付けて、K様の旦那様が、抜けていた杭をもう一度打ち込んで、竹垣を組み直してくださいました。周辺の、倒れ掛かってきている枯れ竹や何もかもに絡みついている藤の枝も片づけて、少しすっきりしました。

翌朝は … 雪。

綺麗になった竹垣の上にも、うっすらと積もっています。


サンクチュアリ雪景色


降り出す半日以上前から、天空の気配が変わり、サンクチュアリで暮らしている生きものたちも‘しいん’と息を潜めて、姿を消す鳥たちがいたり、一方でとにかく餌をついばんで盛んにおなかを満たそうと忙しい鳥たちもいて --。

ひとたび、またひとたびと、雪が来るたびに、乗り越えて命を繋ごうとする、生きものたちの呼吸を感じます。巡りくる自然の厳しさと、命の大元とが対話するような、大きなリズムに沿って、まだ手探りながらわたしも調和の呼吸をしていきます。


雪物語


雪の後、落ち葉や生ごみを堆肥に還している場所に、いくつもの足跡がありました。タヌキさんと大きめの鳥さんでしょうか … 雪の前後はみな、生きることをかけて一生懸命です。




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拝受

さあ、2月です。

八郷の森:冬

久方ぶりに、野鳥の飛来する森づくりの師として仰いでいる八郷のS先生ご夫妻のところに、お邪魔してきました。

冬枯れの森は、葉を落とした木々の枝の合間に、ところどころ常緑樹の緑と竹や笹の緑が覗くほかは、透き通った青空、そして枯葉でふかふかの温かい色合いの大地 … 透明な太陽の光が森の隅々を貫いて温めて、まだ固く結んでいる小さな木の芽や、凍てついて縮みこんだ草の葉に、芽吹いていくときに向けてエールを送っているようです。何だか冬は、森の奥では -- 気温は低いけど -- とても温かで、土もふかふかの気持ち良い生命のベッドみたいです。

検査されたり入院されたりでしばらく心配でしたが、S先生は優しい奥様と共に変わらず温かく迎えてくださいました。お元気にしっかりと森の奥まで案内してくださり、気持ち良い森林浴ができました。



今回は、自然観察や森での作業の実習ではありません。日常お使いの自然観察用の図鑑類を除き、書庫を整理されるということで、ご不要となった野鳥や植物や昆虫、自然保護関係の資料のうち必要なものがあったら取りに来なさいという申し出をいただきました。申し訳ないと思いつつ、「日本野鳥の会」の古い会誌など、わたしのこれからの研究で必要な資料もあるらしく、二つ返事でお伺いします。


森が観えるテラスでお茶を頂いた後、段ボール箱や大きな紙袋にぎゅっと入っている本や雑誌を拝見して -- わ! 予想してはいたけれど、やっぱりこれは夢中になっちゃうわ -- 野鳥関係、樹木関係の自然観察の本や自然との関わりの本は、念入りにチェックしているはずですが、知らなかったものがずらりとありました。それもそのはず、S先生が自然観察を始められたのはわたしが始めた遥か前、しかも専門性も関心範囲も遥か上で、あああ無我夢中で本選びに没頭しちゃいそうです。

それでも何となく手探りの‘直観’だけはあって(古本屋さん巡りで鍛えたかもしれない)、標題や著者名から「この本!」と手に取ると、もうそれは手放したくない宝物です。

「さすがですね … まずそれを取ったね」。
「それから、植物なら … このシリーズはいい本でね。上級者レベルですが。一つ一つ(の植物)を細密画にしていて、ほら、このチゴユリの解説なんか … (後略)」

S先生も思い入れの熱を込めて説明してくださり、一冊一冊を見事に解説をしてくださいます。

… が、そんなことをしていては、日が暮れても選びきれないので、すぐに、

「じゃあ、この中で、すでに持っているものを抜いて。あとは持っていきなさい。」

… と、なりました(汗)。



トランクの本
  (1月14日の大雪の日、後ろからスリップして
   きたスタッドレスタイヤを履いていない車に
   愛車silfを追突されて、今はガタピシの代車。
   トランクにいくつもの段ボール箱を積み、
   頑張って走ってくれました。)



大学職を退職してからもうすぐ一年となり、研究室や共同研究室から運んできて奥の部屋に山積みしていた沢山の本を前に、ようやく‘これから必要な本’‘もう役目を果たしてくれた本’を区別する目が冴えてきました。もう過去の話ですが、長い研究歴の中、前半はとにかく、‘学術的に難解さで最高峰の知識や思考を身に付け、自分をストイックに研ぎ澄ましていくことで’きっと違う景色や先にある光が観えると信じていました。(← 今振り返ると恥ずかしいですが、何だかそんな感じで頭が良くなりたかった、でした。)そうして思い切って購入した、難解な哲学書や思想書も、たとえどれだけ高額な(!)原書でも、どのような価値に根差して著されたものか、何をもたらすかがすっと観えると、もう不要だったりします。


気功やエネルギー学習の世界でよく、「エネルギーは出し惜しみしないでどんどん出すと、どんどん新しいエネルギーが入ってくる」とか「不要なものを出すと必要なものが入っている」とか聴きます。


まさにその通り、不要な書物を片付け始めた途端に、S先生が必要なものを授けてくださいました。これから身に付けていきたい、自然の知識、自然と関わるための知識が詰まっている資料です。これから、何を勉強しなければならないか、天からぽんとお預かりした感じです!

(… ま、きちんと不要なものは片付け終えないとなりませんが … 汗)


コゲラの穴
  (一緒に頂いた、キツツキ・コゲラの巣穴の
  断面。コナラの枯れ木にコツコツと穴をあけ、
  ここで子育てしたのを、先生ご夫妻は観察され
  ました。本や雑誌だけでなく、これも貴重な資料!)



どれだけ一生懸命本を読みこんだところで、S先生のようなナチュラリストの水準には一生かかっても到達できませんが、八郷の野鳥の森のような鳥たちの楽園を少しでも地球上に増やすため、日々頑張っていこうと誓います! S先生と奥様ありがとうございます。しっかり勉強します!(また、森の子供の苗木も、分けていただけるよう、よろしくお願いします!!)















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