hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

檸檬の光

春先、一番近いところにある小さなホームセンターで、檸檬の樹の苗に出逢いました。

果樹コーナーは -- bird sanctuary の家に近い土地には、果樹の苗を植える場所がなく、奥の竹林は、なるべく古くからあったと想像できる里山の自然林(小鳥の好む実のなる木中心)にできたらと考えるので -- 手を伸ばすのをやめていました。(目が合うと、お迎えしたくなってしまうので、急いで素通りです 。)

お店の入り口の、値下げ品(たいてい、花が終わりかけている花苗)を扱っているコーナーの、しかももうちゃんと水も与えられていなくて廃棄されてしまいそうな片隅に、ひょろりと一本枝(幹?)を伸ばしている苗でした。4月というのに、葉っぱも、新芽さえも、ありません -- 「生きているのかしら?」と心配になるような、苗でした。このシーズンに、太陽を浴びる葉っぱさえ、ないなんて …。しかも、その一本の枝(?)は1m弱とかなり成長しているのに、根を見ると、とてもとても小さなポット苗で … 果樹コーナーで長い月日、売れることなく何とか生き延びてきたに違いありません。根はポットの中で成長できないまま、水も含んでいませんでした。


値段は -- 定価の五分の一ほどに値下げされていて、それでも「この子、生きているか、もう駄目か、わからないくらいだから、いくら安くても誰ひとり買わないかな~」と心配になりました。

そういうセール品は、時々あるのですが … 

それがたまたま、‘檸檬’だった故に、‘檸檬’だったからこそ、黙っていられなく(??)なりました!


-- 檸檬は、高貴な樹 -- !

なのに、こんな目に遭うなんて、「絶対駄目! 許せない!」(← ?!?)とばかりに、むんずと掴んで、一目散に家に連れて帰ってきてしまいました(?)。

すぐに背丈に見合う素焼きの鉢に苗を移し(根はほとんど成長できていませんでした)、南側で太陽の当たる場所に置いて、気を付けて水やりをしました。ここの冬はマイナスの気温になるので、もしかすると鉢のまま、冬は玄関に取り込む必要が出てくるかもしれないので、当分鉢植えで行くことにしました。二週間、三週間と立ちましたが、檸檬の枝はうんともすんとも言うことなく、根も葉も出ないので、「やはり、駄目だったのかな」と想いかけた頃 --

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こんな可愛い花蕾!

…って、檸檬は常緑樹。花を咲かせて実を結ぶより先に、葉っぱを伸ばして太陽の光を浴びて、栄養をつけなきゃダメじゃないの~、何をやっているの~と心配になって叫んでいると、

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後から、可愛い新芽が出てきました。



ところが、もう5月も半ば、ちょうど色んな虫たちが出てきて食欲旺盛な時期で、この季節外れの柔らかな実と新芽は、何と、あっと言う間に跡形もなく食べられてしまったのです … !

きっと根にはもう栄養分は残っていなくて、再び新芽を出すだけの力はない、なんて可哀想なことをしたんだろう。今なら十分に陽を浴びて、すくすく育って行けたのに、虫さんに目をつけられてしまうなんて! いえ、お店でもっと早く出逢っていたら -- ! と嘆きました。


ところが -- 檸檬は生きていました。

さすがに実はつけなかったものの、枝を伸ばすだけの余裕はなかったものの、葉っぱをすくすくと伸ばし、増やして、虫さんへの耐性もできたのか、葉っぱを大きく広げています。

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毎朝、夏至を過ぎた明るい太陽をいっぱいに受けて、フレッシュグリーンの葉っぱが光でキラキラしています。

素晴らしい生命力です。

いえ、もしかするとこの檸檬は、幸運を告げる樹なのかもしれません。


太陽の明るさと交信を重ね、いつかその香気溢れる果実が実り、樹は薄い黄金色の光に包まれるでしょう。


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赤い実の明暗

初夏の前にたわわに実る桑の実が、今年も沢山の実をつけてくれていました。

bird sanctuary 創立を志してすぐ、小さな苗木として迎えて(2007年11月12日『鈴なり桑』)、この土地を入手して本当にすぐ、植えました(2009年3月19日『木を植えよう ~2~』)。湿った土地を好むので、よく根付いて大きく茂ってくれて、毎年このシーズンにたわわに実を結んでくれていました。

今年も、沢山の実りで撓んだ枝に、ヒヨドリたちがとまって、口の中を赤くしながら(←推定)おなかいっぱい楽しんでくれるのを -- そしてほんの少しジャムを作りたい人間にお裾分けしてくれるのを、楽しみにしていました。が、たわわに実ったと思ったら異変が … !!

mulberry


紅く色づき、それから赤黒く熟して柔らかくあま~くなるはずの実が、灰白色や薄茶色に変色してすかすかになってしまいました。… どうしたんだろう! -- 大ショックです。鳥さんたちもものすごくがっかりしているはず!! -- 何より、ここまで一生懸命実をつけた木が不憫です。

気象異常? じめじめした土地だから安心していましたが、雨が降らなかったせい? それとも … もっと怖い異変? 近くの方々に尋ねたり、ネットで調べたりしましたが、ネットで同じような現象で不安に思っていらっしゃる方のブログが見つかったものの、どうしたら良いのかご存知の方と出逢うことはありませんでした。

しかし、ここ数日、変色した実の周辺の葉っぱまで季節外れに黄ばんできたので、樹の負担をどうすれば減らせるかしらと考えて --。 直観に任せて、今日、病変した部分を思い切ってばっさりと剪定することにしました。そうしたら、日当たりを求めて不自然に伸びた枝々や、幹の下の方で下草や地面に触れかかっている枝々、他の草木と争いながら不安定な樹形を作っている枝々も多く、大きく伸びた下草と共に、思い切って片づけて整えてみました。活きの良い、整った枝を中心に、さっぱりと風通しも良くなりました。

そうして再びパソコンを開いて調べると -- これまで見つからなかったのに、桑の木の異変は「クワ実菌核病」であることを発見しました。この実の病変は、キノコの一種の胞子がついたことによるものだったのです! そのキノコは、実を異変させて落とし、土中で冬を越して、また翌年桑の実にとりつくようです 。。。

-- じめじめした土地が好き、なるべく自然に任せたい、と剪定や手入れを怠ったことが原因だったようです。再び、大ショック!! -- あちらこちらの木々、下草が鬱蒼としすぎているな~と感じてはいましたが、ちょうど若鳥たちの巣立ちのシーズンで、隠れる場所も虫も多い方がいい、ご近所迷惑になる場所以外は、剪定はもう少し先延ばしに -- と考えていました(基本、あまりにも作業が多いので、サボっていました)。 

でも、やっぱり、木だって、適切な風通し、負担のない樹形でいたかったよね 。。。 (ごめんなさい)。

ここのところ、人間が不必要に手を加えて、自然の‘あるがまま’を失うことも怖くて、自分の理想と‘それぞれの自然に任せる’ことの間で揺れていましたが -- 大切な木々の健やかさを保つ作業は、極めていこうと想います。





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一方で、これまで玄関脇で育てていた赤スグリ(red currant)が、家の北側の‘小鳥たちと交流する space’に移した途端、まんまるの赤い可愛い実をつけてくれました。個々の木が、何を必要とし、何を負担とし、どうすれば喜んでくれるのか -- 木の声を聴くのは、まだまだ難しいです。



小さな苗木なので、まだ鳥たちは気づいていなくて -- 一粒試食してみると -- 甘酸っぱくて、最高に美味しいです♡












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光の輪を宿す大樹

昨年は大掛かりな引っ越しで全く余裕のない春を過ごしましたが、この春の bird sanctuary は沢山の大切な仲間や恩人が訪れてくださっています。

先週末も、そのお一人が泊りがけでいらして下さり、翌朝ゆったりと過ごした後、あれこれ迷った挙句に直観に従って笠間まで足を延ばしました。

行先は -- あの懐かしい稲田神社です。bird sanctuary の土地探しのために一年間借りしていた稲田にある、奇稲田姫をお祀りしている優しく柔らかい聖地です(詳しくは、2008年5月2日ブログ『奇稲田姫 -6-』)。

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入梅となっても雨が降らず、深い緑の中に光が映える日曜日です。湿度は高いものの、小高い山に祀られている神社の大きな木々の間を吹き抜ける風は涼やかです。

そして -- 久し振りに遭いたかったのは --


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この素晴らしい、木。

大らかで、優しくて、細かい綺麗なエネルギーを辺りに放っている、大樹です。

いつ訪れても、この木には特別の光が宿っていて、神様、聖なるものを感じます。



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美を追求するお客人が、樹に溶け込むように静かにスケッチをされている間、境内の木々の間を歩いて緑のシャワーを浴びました。 … が、そのうちどうしても居ても立ってもいられなくなってきて、最初は遠慮がちにですが、呼吸法、そしてその朝の yoga で行じたばかりの‘立木のポーズ Vrksasana’を大樹に捧げました。

最初は … 他に参拝の方がいらしたので、はいていた下駄のまま(!)そっと片足立ちでしたが、人気がなくなったので、タオルを敷いて素足になりました。大洗磯前神社の海岸では、幾度も‘太陽礼拝’を捧げていますが、自然の中や公園ならともかく、気の綺麗な聖地、尊敬する大樹の前で‘立木のポーズ’をするのは初めてです。正直、失礼にあたるのではと遠慮が働いていましたが、この優しい光の大樹は励まし、包み込むように居てくれて、からだが勝手に動いていました。

天高い光に向かってからだを伸ばし、大地深く、地球の中心まで一本の太い根っこを伸ばします。大樹と向き合い、‘立木のポーズ’で自分も樹になっていると、すっと気持ちの良い軸が通ってきます。この大きく優しい樹がわたしに映り込み、これまで聞こえてこなかった樹の声が聴こえてくるようです。

まっすぐな軸だけでなく、ハートがどんどん開いてきて、枝葉がどんどん広がると同時に、あっと想いました。大地に伸びる根も、深く伸びるだけでなく、豊かな枝葉の様に地中にどんどん広がってゆきます。まるで、大地の中に豊かな生命の力が広がってゆくようでした。ああ、沢山の小鳥たち、空の生きものたちが豊かに宿るように枝葉が広がるだけでなく、沢山の地中の生きものたちが豊かに息づくように根が広がっている、それが生命樹なんだ、と感じました。空では光を宿し、地では水を宿し、命の再生や循環をしている神の木を感じました。



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礼をし、合掌し、それから瞑想をしました(別れ際には、それでも足りなくて抱きついて気持ちを伝えてきました)。本当に素敵な時空間でした。翌日になっても、足の裏、そして足の下1メートルくらいまでに、ポカポカと温かい感覚が残っていました。












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