hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

なぜっ!

生きものたちと暮らしていると、あっと驚く出来事や、いつまでも心に残る不思議なことが起こります。

でも … でも … どう考えても‘絶対にありえないこと’も起こります。

ごく最近起こった、二つの事件についてお知らせします。

どなたか、謎が解ける方がいらしたら、是非教えてくださいませ。

(名探偵シャーロック・ホームズでもエルキュール・ポワロでも、解決できなさそうなんだけれどなあ。)

*****

その1 「アリたちに号令をかけるのは誰?」

ここでは報告しませんでしたが、この夏は台所の流しのところにアリさんが出没して、とても困っていました。ある日、2、3匹のアリさんが炊事場(まな板を使う辺り)を歩いていましたが、この家ではそんなことはざらなので、ティッシュペーパーでそっとつまんで外に逃がしました。

ところがアリさんたちは何を見つけたのか、台所に良いものがあると思ったらしく次から次へとやってくるようになりました。(1匹が群れ全体に「大収穫があるぞ!」といった類の信号を送ったらしく、そうすると「どこだどこだ」と後から後から来るようになるようです。)

これまでも別の部屋でアリさんが出没したことがあり、その時は見つける度に数匹を外に出し、何とかやりくりしてきたのですが、今度はそうはいきませんでした。台所の食べものはなるべく清潔に、すぐに密封して仕舞うようにしていましたが、それでもほんのちょっと果物のかけら、甘いもののかけらがあると、やってきます。(うちには果物食いの鳥さんがいて、防ぎようがありません。)甘いものに目がないようです。

アリさんの入ってきているらしい流し辺りに防水シールを貼り直したり、通り道を洗剤で塞いでみたり、とやってみたのですが、押し寄せてくる彼らに太刀打ちできません。アリさんの数は日増しに増え、お客様がいらして、お茶菓子の御羊羹を切って、お出しして、戻ってくると御羊羹に真っ黒にたかられている -- という大変困った状態になりました。

水戸在住の気功の先輩Aさまのお母様、90歳となる生活博士に、(どうしても殺虫剤等を使わず、)アリさんと平和的和解をしたいのだけれど、と相談をしました。

教えていただいたのは、薬局で売っている「汗止め」。これを通り道に撒いておくと、アリさんが来なくなる -- という生活の智慧でした。やったあ!と、早速シッ〇ロールを買ってきて、通り道に撒くと … 確かに、その匂いのせいか、それとも粉が彼らの足に付着することによって滑るのか、アリさんは困っています。引き返そうとしてくれているので、ホッとしました。

… が、生活の智慧も彼らを前に甘くありませんでした。半日もすると、アリさんたちは、別の通路を見つけてやってきます(って、この台所にあるものがよほどの大獲物であると、いったい誰がデマ飛ばしたんだあ!)。台所の壁の隙間から辿ってくる道を塞がれると、今度は水道管の接続部分から。そこを塞がれると、何と窓枠の下から! そこを塞ぐと、また元の場所から … 数日前に撒いたシッ〇ロールをものともせず、その上を平気で歩いての行進が始まります。台所は、シッ〇ロールで真っ白 … だいぶ、疲れてきました。敗北の色が濃くなっていきます。


・・・・・・・

生活に密着した(?!)ごちゃごちゃを書いてきましたが、ハイ!!!ここからが面白いところです。

水戸の先輩Aさまから、電話がかかってきました。

 「ネツ、台所にアリが出るっていって、母が
 いろいろ言ってたと思うんだけれど」

 「あ、『汗止めがいい』と伺って、よくわから
 ないけど、シッ〇ロール買ってみた。それで
 いいのかな」

 「そうそう、シッ〇ロール! あれ、効かない
 でしょ!」

 「-- エ?」

 「うちも出たのよ。甘いものにたかるのよね!
 黒山のように。」

 「そうそう、他の食べものはそうでなくても、
 蜂蜜とか、御羊羹とかは、すごくて …」

 「お砂糖とか。で、シッ〇ロールでは効かないから、
 薬を買ってやったら、いなくなったので、
 それを言っとかなければ、と思って …」

 「… 殺虫剤?」

 「ええ。」

 「… 殺すのは、嫌だな。」

 「それは、アリを殺すのではなくて、
 出入り口だと見当がつくところに、
 シュッシュッとやるんだけれど、
 それで入って来なくなったわ。
 今はそういうのが売ってるのよ」


薬の名前は聞きませんでした。
生活の師匠として、何でもよく世話をしてくださるAさまとお母様に感謝して、電話を切りました。そしてちょっと寝転んで考えました。

 薬局で売っているアリ退避の薬は、やっぱり使いたくない。
 直接殺すのでなくても、微量でも、何か毒性のあるものを
 ここで使うのは止そう。
 (ごく最近、天然除虫菊の蚊取り線香以外の殺虫剤とは
 永遠に手を切ろうと思って、いただいて残っていた薬剤を
 ひとつ捨てたばかりでした。)

 台所の食べものは徹底的に清潔にする。
 生ごみはすぐに、堆肥に出す。
 アリさんとは共存する。

そして、彼らは確かに「ここに大獲物がある」という誤信号でやってきているのだから、見つけたらとにかく外に出て行ってもらうことにしました。「獲物を見つけて仲間に道を伝えに行く」アリさんをいなくするしかありません。

一匹ずつティッシュや雑巾でつまんで外に持っていて放す -- それも、何十匹といると、数十分はかかります。それでも、やることにしました。あ~あ、夏の間、一日のうちどれだけの時間をこれに費やすのだろう? 

== ところが、です。


Aさまからお電話を頂いて、一匹ずつ出て行ってもらうことにして、たった半日で、彼らは -- 一匹残らず -- いなくなったのです。


-- なぜ??


巣を一つとする群れが、「ここに獲物があるというのは、誤情報だった」と見切りをつけたタイミングが、ちょうどぴったり、そのときやってきたのかもしれません。そうかもしれない、のですが … 

 アリさんたちが、Aさまとわたしの会話を聴いていなかったと、
 どうして言えるかしら?
 あるいは、「アリさんたちと共存する」と諦念したわたしの
 気持ちを台所で読み取ったのではない、と
 どうして言えるかしら?

と、ふと、感じられてしまいます。いえ、Aさまとの会話の日本語が、アリに聞き取れる、と言っているのではありません。ただ、Aさまとわたしの、あるいは同じ台所にいるわたしという生きものの≪意念≫をどこかしら、なぜかしら嗅ぎつけていなかったと、どうして言えて? そんな可能性が、100%ないと、1%もないと、言えるのでしょうか? そう言えば、‘異種間コミュニケーション’のパイオニアのジム・ノルマン氏は、庭の菜園にやってくるシカや虫たちに、「共存する。が、自分たちの食べる分だけは残しておいて」と意念で伝えて、それを叶えたと書いています(ジム・ノルマン 『地球の庭を耕すと』 工作舎 1994年)。

アリさんたちは、一匹一匹は分からないけれど、その‘集合意識’のようなものは結構賢くて、何かを感じ取ったのかもしれない、とどうしても、1%でも、感じてしまっています。

… だけど、もし、そうだとして …???。


アリさんたちは、Aさまとの会話の後で、殺虫剤を撒かれては大変!と思って逃げ出したのかしら? それとも、わたしが共存を受け入れたことの方をわかってくれて、台所からは遠慮してくれたのかしら? (今でも外にはたくさんいます。) 

後者だと、いいのですが(恨みも買っていないし)。




*****

その2 「メダカは淋しかった?」

bird sanctuary の家の北側には、山の斜面からの雨を堰き止めておく池があって、そこがどぶ池状態となっています。それは大きな課題で、ビオトープ的にしたいのだけれど、最初の工事で失敗して、おかしな具合に濁った水がたまったままで北側の土地の排水にも問題となっています。

再度大々的な工事をして、水をモーターで回せば淀むこともなくなるとも考えていますが、費用はとても限られているので、最適な方法が見つかるまでペンディングにしています。

この試行錯誤の段階で、水草で水を浄化しようと考えていたことがありました。

アシ、コウホネ、アサザ、ヒシ、睡蓮、ミツガシワ … 浄化力の高いと言われている水草を、当初購入したりサポートしてくださる方々に頂いたりして、色々やってみて -- 結局、植物だけに負担してもらうには水質改善は手ごわすぎると分かったのですが、分かった段階で、助けに呼んだ植物たちに一時的に甕や睡蓮鉢やバケツに避難してもらい、時期がくるまで待つことになりました。

そして、昨年春に bird sanctuary に移り住んだときすぐに、ボウフラ除けにメダカたちに来てもらうことにしました。(ずっとメダカと暮らしたかったのですが、つくばからの‘通い’のときは世話が心配でした。)

メダカもローカルな特性があるというので、なるべく地元産に近いものをと想い、近くのホームセンターで13匹お迎えして、大きな甕に7匹、睡蓮鉢に6匹棲んでもらうことにしました。

 

… 昨年の夏を越えたとき、大きな甕には3匹、睡蓮鉢の方は2匹残り(なぜ数が減ったのかは … う~ん、あまり考えたくないのですが 。。。 わかりませんでした 。。。)、睡蓮鉢の2匹から沢山の稚魚が生まれたので、それを別の甕に移し、そちらは4匹が生き残りました。(面積当たりの適正な数とか、少なくなる原因とか、掴み切れていないのですが、あまり数が多いと、勢いの良いのが弱いのを追い払ったりするので、稚魚は別置しました。)


大きな甕(3)、睡蓮鉢(2)、新たな甕(4)で、氷の張った冬を無事に越すことができました。


-- ここからです。


ごく最近のある朝、大きな甕の2匹が行方不明ではないか、ということに気づきました。これも、原因は分かりません。気をつけてはいたのですが、その甕は、鳥たちも水を飲みに来るらしく、時々水面に羽毛が落ちています。また、タヌ君(タヌキ)もやってくるし、カラスも多いし、肉食性の虫たちも来ます。でも、水面には一面にアサザの葉が広がっていて、メダカたちは深いところに逃げることができるので、この甕の子たちは大丈夫だろうと思っていました。とにかく、せっかく一年以上も暮らし、慣れてくれていた二匹が、探しても見当たらず、がっくりしました。

残りの一匹が、とても速いスピードで、甕の中、こちらにいたと想ったら、水草をくぐって、また別のところへ、そしてまた別の場所へと、大急ぎで泳いでいます。落ち着きがありません。(そのときは、よく分からなかったのですが、これは、この子の気持ちの表れだったように思います。) 何が起こったのだろう? 

もしかしたら、居なくなった二匹は、甕の底深く深く、探して見つからないくらいのところにもぐって潜んでいるのかもしれない -- あまりありえない希望を抱きながら、その日、甕や鉢を見張りながら夜を迎えました。


そして翌朝 --


到底ありえない光景を目にしました。


二匹が仲良く暮らしていた睡蓮鉢に -- 三匹のメダカがいます!


… ええ~ッ!!!


居なくなる、っていうことはあったけど、増えるって … 

… いったい??


二匹いたメダカが、三匹になっています。


( … )

よくよく、確かめてみました。


冬からつい一昨日まで:

 大きな甕(3)、睡蓮鉢(2)、新たな甕(4)


昨日:
 大きな甕(1)、睡蓮鉢(2)、新たな甕(4)


今朝:
 大きな甕(0)、睡蓮鉢(3)、新たな甕(4)



-- これ、大きな甕にいた1匹が睡蓮鉢の方に≪移動した≫と考えるのが自然な考え方(?)で、確かに睡蓮鉢の3匹を見ると、そうとしか言えない顔ぶれなのだけれど …。

-- メダカが、空中、移動した?!?


でも、事実です。

しかも、わたしはやっていない。水を飲みに来た鳥が、銜(くわ)えて他の鉢に落とした?なんてことも、考えられない。もしも、もしも、メダカが捕食されていたとしても、カラスなのかタヌ君なのか誰なのか分からないけれど、全く傷つけずにそっと移し替えるなんてことしないでしょう?


medaka-hachi
 (左が、大きな甕、右が、睡蓮鉢)



えっと、あの、最後の可能性として、メダカ自身が‘自主的に’移動した、ということを考えるのですが、[大きな甕 ⇒ 睡蓮鉢]までの移動は … だって、甕と睡蓮鉢では、高さが20センチ以上違い、距離も3センチは離れているのよ! ありえますか? ありえないでしょう(泣)!


もし、もしも、大きな甕でたった1匹となってしまったメダカが、仲間のいる隣の睡蓮鉢に移るという、無謀だけれど強い衝動に駆られたとして、トビウオのように水面を跳ね上がって、遠い睡蓮鉢の中に落ちることに成功する、というのは、この高さと遠さの違いでは、奇跡に賭けるに近い、決死の大冒険なのです。人間だったとして、たとえ恋人が隣の鉢にいたとしても(?)、どんなに純愛ドラマが展開されていたとしても(??)、どんなに麗しく勇敢なヒーローも(?)そんなリスクに賭けて無防備なジャンプしないでしょう、っていうくらいのリスクではないでしょうか?!


これまで、メダカさんたちが水面から撥ねて外に飛び出さないように、気を付けてきていました。もう一度書きますが、この甕は水面を葉っぱが覆っているし、これまでメダカが飛び出す事故は一度も起きていませんでした。


そして … 大きな甕の1匹と睡蓮鉢の2匹は、もともと同じときに同じ店で迎えたので、兄弟か仲間だったかもしれません。それでも、一年前に、別々の容器に移されて、別の暮らしをしていました。互いに別の世界の中で生きていたのだ、とわたしは想っていました。

… そう、ここで、最大の謎は、奇跡のようなこのジャンプのリスクですらありません!

なぜ、“すぐ隣に鉢があり、そこに行けば元の仲間がいる”と離れていてもわかっていたのだろう? 



いえ、人間は、皆切り離されていて、鉢ごとに、三つの別の世界がある、と想っていたけれど、そうではなかった … ?

隣の鉢に、仲間がいることを知っていた … ? ひょっとすると、鉢が別々でも、互いに何らかの手立てで交信していた … ? 



謎は -- 深まるばかりです。



だだ、実際に、昨日大きな甕にたった一匹でいたメダカがあちこち探すように、惑うように急いで泳いでいた(それ以前にそんなことはなかった)という事実と、今日になって三匹となったメダカのうち、それとわかる一匹が他の一匹にくっついていつも一緒にいるのを観察すると --


このメダカはたった一匹となってしまった淋しさに耐えきれず、一か八かの賭けに出たのではないか、と‘擬人化し過ぎかしら’と想いつつも、感じられてしまうのです。他にこのことを説明できる何かがあれば別ですが、それもなく、たった1%に満たない可能性でも、そんなこともある、かしら … と。


… ただ、そうすると、この子たちは甕や鉢が別々でもお互いの存在を知っている、ということにもなり、それは途轍もないことなんだ、と … ヒトには見えない、ヒトがまだ知らない力を、メダカたちは持っている、ということにもなります。


***************

現代の枠組みで、科学的に証明しようと考えるなら不可能に近いと言えるし、それ以外の学問的アプローチをしようと試みるのも、正直まだまだなのですが … 

もしかすると、人間の大半が「下等」と考えている生きものたちの世界にも、わたしたちの計り知れない力や、交信のネットワークがあるのかもしれない、と時々感じます。実際に、ついそう感じてしまうような、あるいはそう考えるしか説明のつかない、出来事を見かけたり、耳にすることもあります。


そうだとすると、世界にはまだ、途方もなく素晴らしいこと、途方もなく困ったことが、隠れているのかもしれません。



何もないと考えてきた場所、通り過ぎてきただけの路、しゃがみ込んでしか見えない視界に、‘途方もなく豊かで、美しく、精妙な世界’が広がっているかもしれないし、でも--


そこで展開されている世界の中で、人間以外の生きものたちにとって人がどう映っているのか、他の命たちが交信する中で人がどういう存在となっているのか、をわたしたちが知るときが来たら--



今のわたしたちは、もしかすると、消え入りたくなるほど恥ずかしい存在となっていはしないだろうか(そうでなければ、いいのだけれど --)、という気も、しないでは、ないのです。




















 






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百合の扉の翳り

もう10日ほど前(7月12日)になりますが、bird sanctuary の山百合の花が咲きました。

yamayuri

山百合は、真夏の花というイメージで、いつも真夏に楽しみに開花を待つのですが、もう咲いているのを見つけた時はびっくりしました。2010年の記録を見ると、8月12日に咲いていましたから、約一か月早いです。

今年の暑さのせいでしょうか。それとも温暖化のせい … ? 自然のスイッチがどのように入るのか、まだまだ掴めません。



街の花屋さんで百合の花(カサブランカなど)を見るのは、今はあまり好きではありません。衣類を汚す、部屋を汚すと言って雄蕊についている花粉が嫌われるので、花粉のついた雄蕊の先は切り取られています。また、百合の花の香りがあまりにも高いと、「匂いがきつい」といって嫌う方もいらっしゃいます。


日の光の明るい時の花の色や形で蝶を集めるのではなく、夕刻にこの香りを漂わせて、蛾や蜂を集めるため、暗闇の中でもそれとわかるよう、この香りはとても強いのです。彼らが雄蕊の花粉をめしべに運びます。それは百合の花の大切な営みで、それを(花粉や香りを)否定された百合は、もう百合ではないような気がします。


この山百合が咲く辺りは、昔は山百合が一面に群生していたと言います。乱獲されて、わたしが土地と出逢ったときは、1本しか芽が出ていませんでした(よくぞ生き残った!)。そう言えば、つくばに住んでいた時も、大学の中にある池に昔は大群落があったけれど、大学設立とともに開発で1本もなくなった … と近隣のおばあちゃまが嘆いていらっしゃいました。



bird sanctuary のこの土地とのご縁を頂いたとき、昔のような群生を甦らせるぞ、と誓いました。その時は、無知で未熟で、ムチャ高価な山百合の球根を購入したりしてそれをプラスして何とかしようと焦ったけれど、結局その球根は育たずで(地域の異なる山百合を混ぜ込むことはかえって混乱したかもしれないので、それは良かったかもしれない) -- そうした人間の浅い計らいとは遠いところで、山百合は毎年咲いてくれるようになりました。

今年は3本 -- 最初1本だけだったのが、翌年からは3本ずつ芽が出てくれています。この土壌と植生で、ユリ科やラン科の植物を増やすのは、とてもとても、難しい -- その知識だけは身についたのですが、3本以上増えてくれる手立てはあるのでしょうか? 

少しずつ増えてくれれば、いつか、ずっと先の未来、群生地を取り戻すという夢を見ることもできるのですが …。3本から増えないということは、何かのサインでしょうか? 


心がけがまだまだかな? いえ、そんなことをぼやいているくらいなら、百合の咲く辺りはまだまだゴミが埋まっているので、少しでも片づけて参りましょう。






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lucky star ☆

例年よりずっと早く、梅雨明けの宣言が出ましたね!
今日の暑さの中、皆様いかがお過ごしでいらっしゃいますか。

降るように落ちる鈴なりの梅の実に、一昨日の雨、そして昨日の暑さ … 落ちた梅はみるみる傷んでいきます。昨日は内外の様々な作業に追われる中、夕方になって急いで実の回収に出ました。まずは、梅の木のある生垣の外側の草地(ここも sanctuary の土地です)に落ち込んだ梅を拾おうと、ざっくざっくと丈の高くなってきた草むらに長靴で踏み込んだ途端、

 ツィー

と、緊急事態の悲鳴(小鳥です)!


なななな、なんだぁ~?~??


-- 長靴で踏み込んだそのあたりから、何か小さなものが(ちょうど、泥が跳ねるときの様に)飛び出した … ような? … ??


… ‘泥’(?)が飛び散った辺り、をよくよく眺めると、全体が黒っぽくところどころにぽわぽわの白い羽毛の混じったチビ小鳥(巣立ち雛?)が、驚いて飛んだ翼を半分広げたままで、文句を言いたげにキッとこちらを見上げていました。巣立ち雛(?)と書きましたが、まだまだからだも小さく、羽毛がようやく生えたばかりのような幼い姿です。


ウワアアアアアアア!!!!
(ふ、、「踏んじゃいないよね?」)

目をこすると、この生意気に文句言っているチビは大丈夫そう -- で、他にも落ちているチビがいて、踏んで潰れてなんかいないよね??と、足元をくまなく探しました。でも、ありがたいことに大丈夫でした。ここに「落ちて」いたのは、このチビだけのようです。(--ったく、この草地は、蛇と遭遇するのは注意する場所だったのだけれど、それも、その前の土地が駐車場となって、除草剤をまいたり軽トラが出入りしたり … になってから、虫をはじめ生きものが棲みにくくなっていると思っていたのに、まさか小鳥が落ちているとは!)


でも、そう言えば、ここ数日、生垣内の梅、金木犀、楓、柿、そして隣の椎の木の辺りに、シジュウカラ、ヤマガラ、コゲラたちの群れが飛来していました。シジュウカラとヤマガラは、幼鳥の声も聴こえていたので、神社のある山のどこかで孵った雛が巣立って、その雛を連れて、複数のカラ類の家族たちが訓練に来ているなあ、と想っていました。


… なんせうちは、農薬を一切使わず、敢えて剪定をせず(=サボっただけ?)、草木が生い茂り(=外敵から身を隠せる)、虫も一杯(←! 鳥たちのレストランの夏仕様?!)、幼い小鳥が生きるための訓練を始めるには、最適地ですから(!)。


ここ10日ほど、何だか忙しすぎて、彼らと呼吸を合わせてゆっくりと観察できていなかったのですが …。


そう言えば、朝から梅の木のところで、何羽ものヤマガラたちが大きく張りのある声で鳴き交わしていました。


そして、今も --。


草むらにしゃがみ込んでいるわたしのすぐ上に、花の咲いている萩の木があって、そのすぐ近い辺りで、ヤマガラたちが強く鳴いています。

このチビを、心配しているのでしょう。

巣立ち雛、と書きましたが、この雛はまだほんの少し飛べる程度です。下から木の枝まで飛び上がることはできず、まして遠くから飛んできたとは考えられず … もしかすると、気付かなかったけれど、親はどこか近くでひっそりと巣をかけ、子育てをしていたのかしら … ? 


とにかく、わたしの長靴が踏み込んだことで、チビもショックだったろうし、親鳥も大変な心配のしように違いありません。見上げると、木の枝々、二羽以上の大人の鳥が行き来しています。両親以外に、ヘルパー(その年の早くに育った若い成鳥や何らかの理由で子育てをしていない他の成鳥で、親鳥の子育てを助けている鳥)もいるようです。声も強く必死に訴えかけるようなので、早くここから立ち去らねば …。


急いで実をかき集めて立ち去りました。


「ごめんね。失礼しました。」(お詫び)



-- とは言え、あのチビ、あんなに幼くて、ちゃんと安全な場所まで戻れるのかしら。わたしが来ても逃げもしなかった親は、懸命に誘導して安全な場所へと促すでしょうが、何せまだほとんど飛べなさそうです。


心配しながら、少し離れたもう一本の梅の木の方の世話をしつつ、彼らの鳴き声を頼りに観察を続けました。親鳥にストレスを与えないように小さく屈んでいましたが … どうやら親鳥たち、ヘルパーたちは、それどころではないようです。幾羽かの巣立ち雛がいて、夜を越すため近くの安全な場所に移動中らしく、大家族で大騒ぎをしているようです。それはもう、大変な騒ぎで … かがんだわたしの頭すれすれを越えてゆくので、普段の作業をしている限り、わたしは脅威、ストレスの対象とはみなされていないようです(ホッ)。彼らは相当に頭がよく、普段からここに出入りして庭作業をしているわたしは、その限りで少なくとも無害と映っているのでしょう。

しばらく観察を続けると、隣の竹林や家の北側の竹林の方にヤマガラたちは移動していきます。けれど、いったん声がやんで、しばらくして、また、声が聴こえてくる -- ということは、親(かヘルパー)は、移動先に行っては、また戻ってきているのでしょう。

-- 少しずつ雛鳥を、連れて行っている? ということは、

-- あの、落ちたチビは、取り残されないかな?
   大丈夫かな??


さらに時間がたちました。だいぶ暗くなってきたけれど(ヤマガラたちにとっては眠っていてよい時間なのだけれど)、枝を飛び交う成鳥たちの大きな鳴き声は、まだ最初の梅の木の枝々から聴こえてきます。



まだ、あのチビは、移動できていないのかしら … ?


心配で、わたしもずっとそこにいました。ずっと耳を澄ましていると、少しずつ、会話が聴こえてくるようになりました(もちろん、親鳥の声、ヘルパーの声、チビの声と、声の主は聴こえてくる方向から特定できることですが、会話には勝手な推測が入っています)。


大きく、強く、張りのある、訴えるような金属音の、

 ツツー、ツツツツーッ 
 (お母さん 「がんばって、ここまで飛んでおいで!」)

それよりやや弱く、透明な声で、

 ツィー、ツィーツーッ
 (お兄ちゃん 「どこにいるの? まだ下にいるの?
  早くゆこうよ」)

ほんのときたま聞こえる、柔らかく甘い小さい声、
 
 ジャー、ニャー
 (チビ 「お母さん、ここだよお。
  ここだよお。」

親鳥やヘルパーの声が訴えかけるような切羽詰まった呼び声で、ほとんどがその鳴き交わしで、人間の「会話」のようにリズムや順番のあるやりとりなのですが、ごく時たま、そのリズムにそっていない柔らかい細い声が聴こえて、それがチビの声で … まだ、草地に落ちている … ?



うわぁ、どうしよう。



草地に様子を見に行けば、親鳥には脅威となるし、チビにもストレスになるでしょう。もし、大人たちがチビを誘導するところだったら、邪魔したら大変なことになります。一方で、チビがあそこから動けない状態だとしたら、親鳥が救い出せない状態だとしたら … もう、すぐに暗くなります。親鳥が諦めて他の雛たちのところに飛んで行ってしまったとしたら … あの場所は、蛇のいる場所で、カラスにも見つかる場所です。野良ネコだって時々やってきます … 

しばらく葛藤した上で、様子を見に行きました。


-- と、チビは、自力で少しだけ羽ばたいて移動したらしいのですが、何と梅の木の方にではなく、さらに離れた駐車場(除草剤がまかれ、軽トラも来るし、カラスにも丸見えの場所)の方に「落ちていました」!

ああ、これはだめだ --。


即決、回収して、安全で親鳥が面倒を見れる枝の上に移動です。
(雛に人間が手で触れると、親が子育てを放棄する、という説もあるのですが、わたしはこの説は全く信じていません。雛を助けるために人の手が添えられただけで、子育てを放棄するほど親の愛情は弱くも愚かでもないし、落ちた雛、はぐれた巣立ち雛を、注意や配慮を持って人の手でそっと戻し、子育てに成功した例を実際に沢山知っています。巣が落とされたり、何かの事情で親とはぐれた雛を、多くの親は迎えに来ます。もし放棄した例があるなら、そうなるまでの経過のどこかで親鳥が強い恐怖やショックを受けた場合だと思います。)


yamagara1
 (生意気チビ)


丈の高い草むらの中に転がり落ちていたチビは、相当疲れていたのか、なすすべがないことを悟ったのか、おとなしく掌の上に乗りました。


想像よりもずっと小さく、まだ頭にぽわぽわの綿毛が残っています。それでも、掌の上の小さな足は温かく、しっかりと掴んで立って、小粒だけれどずしりとした命の重みそのものが乗っかっているようでした。

-- 本当に小さな、軽い、
何かのはずみに転がり落ちたら二度と戻ってきそうもないような、
だけど、
それゆえに、驚くほど豊かな未来をもつ、命の塊。



掌を胸に近づけて、恐ろしいほどそっと、しかも急いで、生垣を廻り、どこがいいか見渡して、強い直観のもとに、梅の木の下、生垣となっているサワラの木の真ん中より少し上の太い枝の上に、チビを乗せました。ここならサワラの緑の葉っぱが茂っているから上の敵(カラス)にも下の敵(ヘビと猫)にも見つかりません。枝が安定しているからまた落っこちることもありません。そして、梅の木の枝々はすぐ上にあって、親も見つけやすく降りてきやすいし、万が一ここで夜を越さなければならなくても、大丈夫です。

チビは、掌の上で、わたしを見上げたり欠伸したり(!)していましたが、大人しく枝の上に乗りました。


それを見届けて、すぐに場所を離れました。



さっきまでここにいた親鳥たち、早く見つけて!


yamagara2


・・・・・


 ツツー、ツィー


やってきました。



そうよ! あれだけ大騒ぎをしてチビを呼び誘導しようとしていたのだもの、たとえ、一番育ちの遅い末っ子だったとしても、長いこと落ちたままだったにせよ、絶対見捨てることなんかない!! -- そう信じてはいたけれど、その通り、やっぱり戻ってきました。

やった! 偉いぞ!



しばらく枝々を飛び移っていて、ツィー、ツィーと呼んでいます。

 
 ジャー


… 見つける … 見つけた! 
(成鳥が降りていくシルエット)

 ツィー ツィー


あ、飛んで行ってしまいました。そんな -- 置いていったら駄目だよ。

 ツィー

-- と、戻ってきました。何かを確認したのか、それともご飯をとってきたのか … ?



 成鳥は、梅の木よりずっと低い、マユミや野バラの木の枝に飛んで移っています。

 うまく、誘導できるでしょうか。ご飯、食べさせたのでしょうか … ?


 ツツー、ツィー、ツィー




しばらくして(もう、真っ暗です)、辺りは静かになりました。梅の木の辺りも、しいんと鎮まっています。


暗い中、抜き足差し足(しかも、何か踏まないように)、蜘蛛の巣に引っかかりながら、チビを乗せたサワラの枝をそっと見に行きました。



もう、小鳥の影は、あとかたもなく無くなっていました。


… 何とか、誘導できたか、親の見つけた安全な場所にチビは身を隠せたのでしょう。

ヘビの気配も、カラスの羽音も、野良ネコの侵入も、なかったので、チビ鳥は安全に夜を越すでしょう。






今日になって、朝すぐに、再び梅の木の下、サワラの枝の辺りを見に行きました。

やっぱり、小鳥たちはもういませんでした。


朝の10時頃、網戸から外のその辺りを見たとき、ツィーツィーと、またヤマガラの声がしました。

今日一日、何度かそんなことがありました。


… まだどこかに身を潜めているチビのために、親鳥がご飯をあげに来ているのか、それとも、チビも移動してみんなと一緒になり、親鳥だけがパトロールに戻ってきたのか -- 。



☆☆☆☆☆


 ねえチビ、
 
 君のことを勝手に、
 「star」という名前を付けたよ

 踏まれそうになった長靴を
 文句を言いたげに見返して

 大変な場所に落ちて飛び上れなかったけど
 汗をかいて蚊に一杯刺されながら
 わたしは見守った
 大人の鳥たちは大騒ぎして
 おいでよおいでよと呼びかけた

 君を置いてゆくことはできなかった
 一緒に生きていこうと願った
 みんな君のとりこだった

 柔らかいけど強い
 温かいけどもろい
 小さいけど無限の未来を持つ
 命の大いなる塊

 昨日であった時よりも
 きっと今日は翼も大きく
 羽毛も艶やかに
 はばたきもしっかりとしているだろう

 夏の間森の奥で
 しっかりと生きる訓練を積み
 秋になったら君たちのために
 植えた木の実をついばみに
 やってきてくれる? 
 (ヤマガラたちが大好きだから植えた
 エゴノキの苗木も可愛い花を沢山つけたから
 きっと実を結ぶ)

 そのときわたしに 
 star 、君が分かるかな?

 ・・・・・

 
 きっと
 分かる ☆








 
 

 




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梅の実

umenomi


梅雨、入梅 … といった言葉の通り、梅雨入りからこちら、bird sanctuary にある二本の梅の木の様子が気になっていましたが、今年は豊作のようで、沢山の実をつけています。

小粒で種の大きい、とても酸っぱい、昔はよくあった梅の実です。幹などからずいぶん長生きの木だと分かりますが、それが小さな細い枝にまでたわわに実をつけてくれました。ここ一週間ほど、外に出ると、ぽとり、ぽとり、と絶え間なく実の落ちる音がし、昨日は静かに一編に、降るように落ちました。

筍と同じですが、大震災、原発事故後、ここで頂く自然の恵みを進んで他の方にもらっていただくことはやめました。いつもお世話になっている気功の先輩Aさんも、以前は大量に梅干をつくってくださいましたが、引き続き紀州産の梅にするとのこと -- 一方、同じくお世話になっているI さまは、今日たくさんの実を収穫に来てくださいました。ここの梅の木たちの恵みは、今できる一番良い形で生かしていきましょう。

果実には、当たり年とそうでない年があると言いますが -- 昨年は、sanctuary の梅も柿も不作 -- 今年は、まるで何かを告げているかのように、実をつけてくれて … その声をもっと聴きとりたいと想います。

まずは、こんなに実を結ぶと木の負担が半端ではないはずなので(古い大きい樹なのに、倒れんばかりの重さになっているようです)、実はできるだけ落として、冬になったら剪定し、来年はもっと木の負担のないように、二本の古木自体が寿命を延ばせるような手入れをしましょう -- 恵みは、鳥たちの分も合わせ、ほんの少し頂くだけで良いのですから。




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