hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

lotus dream

来月(弥生)にはワクワクと真剣になることがあって …

蓮の花のことです。

夏のちょうど暑くなる頃に、この世の花とは信じられないほど美しく、聖なる花をうっとりと開かせる蓮 -- まだ凍るように水が冷たい3月初めに根を掘り起こして植え替えをしなければならないのですが、この3月、sanctuary に蓮の根を届けてもらうことにしました。

振り返れば、bird sanctuary で初めて仲間たちと yoga の練習ができるようになった頃、気功の先輩A様に「これで裏(=窓から景色が見渡せる北側の庭)に、蓮の花でも育てられれば …」と示唆を頂いていたのですが、その後、全く余裕がないままに年月が過ぎてしまっていました。


それがふと今年初め、いつも苗木を購入しているお店の一つで、今年は途轍もなく良い蓮の花が予約販売になっているのを知りました。大賀蓮と言われる古代蓮を始め、白蓮、紅の蓮、薄ピンクの蓮、中国の黄蓮、多頭蓮、一重の蓮、様々な種類の小型の蓮 … そして唐招提寺の池の白蓮も紹介されていました。いつもなら、予約開始と同時にすぐに売り切れになってしまうのに、日を重ねてもそうならず -- ああ、良いなあ。でも、今のわたしには手が届かない -- という時期が長かったのです。

どうして手が届かないかというと、言うまでもなく今 sanctuary での最優先事項、そして唯一の優先事項は命や自然のためにできる限りのことをすること。現実に、時間と体力をフルに使っていても、荒れた土地を少しでも片付け、豊かな自然再生に向けての苗木を植えて、小鳥たちが生き延びられる環境に替え、ご理解・ご支援いただける方々との交流の場としてゆくこと、多大なご支援を頂いている皆様のお志を活かし恥ずかしくないものにしていくことだけでも、まだまだ行き届いていません。それを、ガーデンセンターなどに出かけてしまうと、ついつい、例えば前からのこだわりの端正な薔薇や、はたまたエキゾチックで魅力的な熱帯性のブルーロータスなぞには、目にしたら動けなくなってしまうほど惹かれることもありましたが、「道楽のためにやっているのじゃない」ことをすぐさま想い出して、向くべき方向を再認識してきたからです。蓮の花にこだわれば、それを育てる作業や費用がいかに大変かを、鉢で育てていらっしゃる方々に伺って、いくら yoga のときに常に胸に抱いている花であったとしても、それはやっぱり「道楽」だと思ってきました。


… それが … 唐招提寺の白蓮がいつまでも予約完売とならずにいるので、その間、山仕事用の倉庫を頭の中でスキャンすると「鉢(蓮を育てる用の鉢)は買わなくても、ずっと使わないままの火鉢があったじゃない!」と思い当ったり、家族がひょいと蓮の根を購入する分だけのお小遣いを渡してくれたり … そして、その後すぐ sancutuay でのyogaの後、お茶を飲みながら、皆様がいかに家族や他の人を喜ばせるために心を込めてお花を育てていらっしゃるかを伺って、迷う自分の方が気持ちが座っていないのかな、と感じられてきました。


先月の井の頭の yoga の後、再び思い切って皆様に相談してみると、いつも落ち着いて調和し成熟した精神性をお持ちのS様より「是非育ててください!」の声を頂きました。さらに、平塚の気功の会の後、同じように相談させていただいて -- すると、凛と涼やかに整ったK様より「他の人の思惑を気にせず、○さん(=わたし)が本当に良いと思うことをしてください」とのお言葉を頂き、はっとしました。


-- はっとしたというのは、反省し、恥ずかしくなり、目覚めた、ということです。

ここまでのところで、わたしは、sanctuary で何をすべきか、ということは、沢山のご支援・ご助力に支えられて、生まれ、維持てきていることなので、注ぐエネルギーの方向性で失敗をすれば申し訳ないと感じ、(蓮の花に惹かれるのに、それは贅沢、道楽なのではないかと心配になって)皆様に相談しようとしていました。でも、その裏には、自分が正しいと信じた道をまっすぐ進むことをせず(そして全責任を負うことをせず)、相談という形で皆様の御赦しを求め責任逃れをしていたような気がしました。それが何だか、浅ましいような気がしました。


今、改めて、寒い時期の水仕事の労働や真夏の水替え、蚊よけ対策などの労働を押して、蓮の花を育てることが本当に必要なのか問うてみるなら -- わたしは、とにかくやってみよう、育てて、訪れる方に花に触れていただきたいし、花と共にyogaをしたいし、もし失敗したとしてもそこから学びたい、ただ、それも結構な労働とエネルギーを使うことなので、やるなら蓮の花の精神性をきちんと汲み取るまで極めたいし、それで植樹、自然再生、生きもの達のサポートの仕事を怠ってはならない、と感じます。


家族の後押しにも従って -- 唐招提寺の白蓮と、一重の薄桃色の蓮を予約しました。

さあ … 頑張らなくては!!


来る夏には、妙なる蓮の花をご紹介できますように。



lotus13
 (白の茶碗蓮の花)







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如月随想

雪形

二度の大雪、皆様のところは大丈夫でいらしたでしょうか。
まだ雪深いままの山梨を始め、東北、神奈川、北関東の皆様のご無事をお祈り申し上げます。



雪の後

最初の雪の頃は、全てを覆う清らの白世界に想わずぼうっと夢見をしましたが、二度目の大雪、(雪も降りしったものの)、こちらでは15日の夜半から激しい暴風「雨」(何とまあ、バケツをひっくり返したような、多量の大粒の雨ですよ!?)がやってきました。ここよりもずっと暖かいはずの、つくばや、東京、神奈川では大雪だというのに、9月の台風と3月の嵐を合わせたかのような強風と豪雨が北からやってきて、停電する世帯も多く、昼間も暗いままでした。bird sanctuary の奥の竹林では枯れた竹や木の枝が倒れて飛んできたり、家も簾が吹き飛び物干し台が倒壊し、北側の池は溢れて地面は水浸しとなりました。

その前日に頭の芯から広がってくるような頭痛がしていたのですが、気圧がかなり低いままで停滞しているのが分かり、その頭痛の謎も解けました(気圧の変動で、ごくたまに頭痛になります)。昼も暗いままの時間の中で、かつて二月に経験しなかった気象を目の当たりにして、一緒に暮らす鳥さんたちも不安げでした。大きな被害がなかったことに感謝しつつも、メール等で雪の被害がもっとひどい地域の方々からご心配いただき(ありがとうございました!)、ニュースで山梨県のことやその救助に出動した新潟の救助隊のことなど知り、地球温暖化とか、世界各地の気象異常のこととか、人類が進んでいく方向について、考えていました。



 ・・・・・・・


旧暦の新年を過ぎて、立春となり、そして14日のバレンタイン・デーは小鳥たちが番い始める日です。寒さはまだ厳しいですが、確かに春は近づいてきており、自然や自然に生きる命たちは着々とその準備を始めてゆきます。


そんなソワソワ、ワクワク、心待ちにする季節のはずが、今年はそうなれていません。

今はまっているチベット瞑想について、ちょうど「カルマ(業、精神の刻印、こころの種)」を勉強し始めた辺りから(あの都知事選の頃でしょうか)、‘自分の心のありようがまだいかに定まっていないか’を思い知らされるかのように荒行を強いられている感じです。大きな試練なら心して立ち向かい、時に理解者や協力者も得られるかもしれません。しかし、小さな嫌なことが連なるように列を組むようにやってくると、一つ一つは解消できると思っていても、いつの間にか‘解消済みでないものが解きほぐせないように絡まって蓄積されてゆく’のを思い知ります。

絡まり合って澱になってしまったものは、心の底で暗くぼうっと淀んでゆきます。


-- 澄んだ光を新たに入れるか、光に通ずる道を見つけてエネルギーを循環させるか、あるいは底に下りて行って一つ一つ解きほぐしていくしか、やっぱりないでしょうかしらね。



地球温暖化 -- わたしたちが総力をあげて今すぐ取り組んでも地球の未来や生命の存続のために道を見出すのが難しいのが確かなのに、何だかわたしたちは、その取り組みの何歩も手前で他の棘やら毒やら(地雷やらブラックホールやら(?))に足元をすくわれているようです。3.11という、多くの犠牲や悲嘆や反省を伴ったけれども、(個々に立場は違えども)(少数派であろうとも)「命」や「生きる環境」や「自然」を大切にする個人がそれらを守るそのことのために共に歩めたであろう大きなチャンスも、協調という点でほとんどは失われてしまったかのように見えます。(もちろん、希望を捨てず、地道に活動を続けていらっしゃる方々はいらっしゃいます。)


そこからの再起を想うとき、わたしは -- 少なくともわたし自身、自分ができることとして感じられることは -- たとえ皮膚にもう傷口ができていてもその皮膚のずっと奥、からだの芯の方、こころの奥の方から、まず≪真に変わること≫にしか、人間(人類全体としても/個人としても、生物としても/その精神性の面でも)に未来はないように感じられてしまいます。同時に -- 皮膚の傷口の血や膿もできるだけガーゼでふいて手で押さえつつ、ガーゼを配ったり手当に駆けつけたりしながら。


そう考えて、すると、では今、からだの芯の方、こころの奥の方に、何があるんだろう … ??


マスメディアに繋ぐと、絶え間なく膨大に入ってくる様々に操作された情報 … コマーシャルや娯楽や煽情の強い刺激。メディアでも街でも、ひょいと拾ってしまう、強い怒り、憎悪、エゴ、競争と対立、暴力や圧力、冷たい無関心や非関与、人を人と、命をいのちと感じられない心、恐怖と閉塞感、そして「助けて」の声、喘ぐ声、命を振り絞る声。

-- それらは、「世界」であるけれども、わたしの芯、こころの奥と繋がっており、その点を掘り下げてゆくなら、わたしの「心」でも、あったのですね。






小さな範囲からでも、変換できるところから、変換してゆこう。

どれだけ大きく変換できるかも大事だけれど、「変換する」というそのこと自体の方が、遥かに大事だから。(今はまだ、大してできないからと言って、悲嘆しないで、変換できたというそのことがまず、素晴らしいことだから。)


それと同時に、沢山沢山、心(世界)に新しい種を蒔こう。

蓮の花、大地深く根を張り天にまっすぐに伸びてゆき沢山の生命を宿す生命樹。

清廉な香りの花々、緑や白の薬草、鳥たちや動物たちを匿い養う樹木たち。



一粒、一粒の種を大切に育てることから。





梅の開花

昨日は、yogaの練習にいらしてくださったIさまが菜の花の苗を沢山持ってきてくださいました。練習前に苗たちを植えていたら、白梅の花が早くも綻びているのを見つけ、皆で梅の花を見上げ、香りを嗅ぐことができました。


菜の花苗

右上が菜の花、左上の緑は昨年末植えた芽キャベツですが、まだ小さいままです。それに比べて、左下のブロッコリーは葉っぱだけですが、雪を押しのけてまあまあ育ってくれています。











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祈り

今朝早くからの大雪の予報に、音の消えた雪の朝の眠りを楽しもうとして、はっとして目覚めました。

音もなく激しく雪が降りしきる世界は、前回にも増して厳しい寒さの本格的な雪世界です。

生きもの達の気配もなくて -- 急いで蜜柑、林檎、雑穀類を外の定位置に出します(冬限定のレストランで、ここのところ繁盛しています)。案の定、昨夕出しておいた食べ物もすっかりなくなっていました。

ものみな真っ白な雪に覆われてしまい、食べるものさえ分厚い雪が被さっている中で、彼らはどのようにして生きようとしているのでしょう。


吹雪く中、雑穀を雪に埋もれないようにまき、蜜柑を刺したり置いたり、家の周辺を一回りするかしないかのうちに、「ピーッ、ピーヨ」という元気なヒヨドリの声がして、メジロやシジュウカラたちの声がそれに続いて聴こえてきました。ヒヨドリたちは、植木の真下の雪のかぶらないところやシノダケの茂みの中、キジバトたちは常緑樹の金木犀の茂みの中で雪に耐えていたようです。急に賑やかになりました。


(-- あ~ッ 皆いた。良かった。)


ヒヨドリ蜜柑



少ない食べ物をできるだけ沢山ついばむことで、寒さに耐えています。

人間がもたらした環境の劣化をきちんと取り消すだけの力は、まだ残念ながらないけれど、今日一日君たちが何とか生き延びる分だけは、たとえほんの少しでも -- 祈るような気持ちです。

今日は雪が降り続け、昼にもう一度食べ物を補給し、夕方にも見回って足して回りました。


それにしても夕方となると、踏み荒らされていない、綺麗な雪原の上にもあちらこちらに、ポツリポツリと可愛い足音が沢山ついています。カラス、キジバト、アオジ、(もしかするとキジ?かコジュケイ?)、そして、タヌ君(タヌキ)かしら … ?? 

夕方、何かないの~っと必ず現れる二匹のタヌキ君のためにも、今日は健康に良さそうな残飯を出しておきましょう。













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氷点下

晴れていて、光がキラキラしてて、雪もさらさらと落ちて溶けてゆくのに、温度計を見ると氷点下!!という不思議な経験をしています。

昼の明るい光の中では、どう見ても陽だまりは暖かそうで … 寒い寒いとも感じませんが、氷点下なのですね。東京にいるときは(4~12℃くらいで)曇天で風が冷たいと「寒い」という感覚がありますが、この冬のこちらではそれよりも、晴れていて空気が「痛い」のです。特に、顔や手足など、衣類で包んであげられない部分は、真っ赤になって腫れてゆきます。「痛さ」の中、動かそうとしてもからだがフリーズしていく感じです。

昨年ここで冬を越して、手がグローブのようになるほどしもやけで腫れ上がり、お風呂など色んな工夫をしてやりくりをして踏みこたえたので、今年はもう、寒さに慣れた -- と高を括っていましたが、傲慢でした。北国、雪国で過ごされている方には笑われてしまうと思いますが、ここのところの寒気には動きが鈍くなり、作業は遅くなり、水仕事や土仕事は先延ばし -- 書き物、パソコンさえ片手温めながらで、夏の暑さに動けなかったのと同様、もどかしくなりました。



それでも!! 氷点下の晴れの日の、光の中って美しいです!

そして何より、踏みこたえているのは人間たちだけでなく、鳥たちも!草や木も!生きもの達みんな!! …で、鳥たちは陽だまりの中で暖をとり、少ない食べ物をできるだけ沢山ついばみ、それはそれは忙しくしています。草木は光に向かって、ぐんぐん、ぐんぐん成長するエネルギーと勢いを持っています。ほんの少しの雪解け水を口にして、寒さに耐える格好で、できるだけ光を受けるために、すでにもう、氷点下で成長しています!

氷点下でも、新芽を伸ばすんですよ!


・・・・・

歯医者さんにお世話になったついでの水戸で、気功の先輩のAさまが偕楽園に連れて行ってくださいました。

「梅のシーズンになると観光客で一杯で道路は渋滞で一寸も動かない。でも、今なら大丈夫。早くももう、梅は咲き出しているらしいから」


水戸市内も晴れていて、ぽかぽかと温かそうなのですが、氷点下です。

氷柱

 (庭園の門の一つに氷柱)

まずは、徳川家(黄門様)ゆかりの常盤神社に参拝です。天地の気が凛と整っていて気持ちの良い場所でした。徳川家の興した水戸学の質実剛健さを感じるような、学問の御神徳があるようです。

常盤神社

常盤神社楠

空に手を伸ばして光を集めるかのような楠が、ご神木でした。

この神社には、不思議なことに大きな楠の樹が数本あり、巨木(160年以上の樹齢)もありました。不思議というのは、どの樹も、光を受けて健やかにゆったりと優しく立ち、優しく気高いたたずまいなのです。楠は、暖かい地方が好みで、これまで平塚の気功の練習に伺う時、平塚や大磯(ここよりずっと暖かい)の楠は何て優しくて綺麗なのだろう、と憧れていました。筑波山あたりで、楠は出逢うには出逢うのですが、あまりゆったりと成長したものは見かけず、葉も寒さにやられて茶色くすすけています。

それがここは … 千波湖を見下ろす丘陵の太陽の下、光一杯の楠の群れがご神域を守っていました。


偕楽園を歩きながら、あの大雪の後すぐ、梅の木々は雪解け水を吸い上げ、花芽たちは雪を冠っていながらも光に向かって花開く準備を整えたのを目にしました。

紅梅

大雪の翌日、氷点下なのに、この艶やかさ、明るさ …! 


花びらは柔らかく、繊細で、冴えた色に染まり、薫り高く -- 氷点下でですよ! -- 脱帽、合掌です。



氷点下には、氷点下の、夢も希望も沢山あって--。
もっともっと光の方を向こう … 天地に沿いながら、明るい方へ手を伸ばそう --。






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立春

節分 … そして立春の今日、寒いですが皆様いかがお過ごしでしょうか?

ここのところ、アルバイトが入ったり(痛みがあるのではなく、健康的な田舎住まいのための)集中的歯医者通いで忙しかったりしたのですが … 水戸にとても良い歯科医さんが見つかって、水戸市街の運転が苦手なわたしは、水戸育ちの気功の先輩A様にすっかりお世話になっておりました。

そして昨日(節分)、Aさまのおうちの温かさにすっかり長居してしまい、近くの吉田神社にご一緒に参拝させていただき、節分行事を初めて見学することができました(恥 … 神社とご縁が深いところに間借りしている割に、今までわたしは節分にお参りに伺ったことがなく、それどころか行事があるなんて知りもしなかったのです)。そして、旧暦の新年を迎えるにあたり、A様を真似て、美味しい年越しそばまで手に入れることができました。

節分は … 小さな頃から「鬼は外~、福は内~!!」の豆まきこそすれど、玄関に魔除けのヒイラギの葉を飾ることを今年になって知り(ヒイラギの苗木をお迎えしたため)、本来はヒイラギにイワシの頭(臭いが魔除けとなる)を刺して、土地の角々に据えること … 因みに当世どこでも目にする「恵方巻」は関西の習慣でこの辺りはしない、等々、90歳を超えるA様のお母さまから一つ一つ教わることができました。



そして、立春!!!!!

神社でご挨拶をし、年越しそばまで頂いて、旧暦の新しい年となりました。(新暦の新年、たいして気迫も凛とすることも無く過ごしてしまったような気がしていたけれど、ここに来て、エネルギー新たに頑張ります!)


天気予報では一番の寒さがやってくると伝えていましたが、朝、雨戸を開けると、水仙の花が目に飛び込んできました。


水仙


うわ~! この寒さの中、春の香りを届けてくれるなんて!!
驚きです。


同時に雪が降り出し、お昼頃から積もり始めました。

慌てて外での用事を済ませ、3時過ぎると、もう本格的な雪模様です。

雪模様


気温も急降下、寒さは厳しくなるというので、馴染みの鳥たち、生きもの達のために、食べ物を追加で出します。


綿雪


結晶の綺麗な、綿雪。
(まだ残っているジュズの実の上に
かぶさってゆきます)

モノクローム


何もかも新しくなるために、
モノクロームの世界。


大雪

夜になると、本格的な雪世界となりました。
夜だというのに、雪の世界独特の、耀さと静けさで、辺りはいつもと全く異なっています。

明日朝は、無事に出かけられるのかしら? という心配、そしてこの現世に蔓延しているはずの世界についてのあらゆる心配事を今はいったん脇において、自然が与えてくれた、飛び切り美しい白い光景 -- 闇だけれど明るく、凍るような白一色の真下で命が安らぎの眠りを深める、限りなく豊かで、しいんと静かで、一人だけれどはしゃぐように賑やかな、この雪の光景にウキウキ、うっとりとしています。


手が真っ赤になるのも構わずに外に居て -- 雪と寒さが極まる中、ここから春に向かうのを感じます。














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