hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

白ちゃんと黒ちゃん

4月29日のブログ『茶色のお客様』では、2頭のイノシシの若者の来訪を紹介させていただきましたが、今回は bird sanctuary のお客様ではなく、ずっと古くから暮らしている先住民のご一家の物語です。


北側の庭(小鳥たちと交流する場所)の後ろにある、暗い竹林の奥(多分西側の山斜面のどこかにねぐらがあります)に暮らす、タヌキのご一家です。わたしがこの土地とのご縁を頂くよりもずっと以前から暮らしており、わたしがこの土地に越してすぐの春、一緒に暮らし始めました(暮らしてすぐさま、夕方に生ごみを堆肥に出すわたしの生活に順応? -- 詳しくは2012年ブログ『遭遇!』。)

五月末からやってきているのは二匹のタヌキの子ども -- 冬には彼らのお父さんとお母さん、そして春からはお母さんとこの子達がやってきていました。春頃からお父さんはやってきたとしても別のところから現れ別行動、最初は下に降りてきていてもこの子達を庇ってわたしと出くわすとすぐに子供を逃がしていたお母さんも今はもう、見かけなくなりました。

白ちゃんとわたし

夕方日差しが柔らかくなる頃、山仕事や草木のお世話をしにわたしが外に出ると、周辺をウロチョロ(笑)しています。お母さんからは、‘人間は怖いよ~’と厳しく教えられていたようだし、子供らしい好奇心いっぱいに寄っては来るのだけれど、決して一定の距離までしか近づかない、しかもこちらが他の作業に忙しくしていたり柔らかくぼうっと視野に入れるだけならいいのですが(強い‘気’を発しないで)、‘見ようとして見ると’ザザザザ~と奥の藪まですっ飛んで逃げていきます。

しかし、しかしですね、物置小屋に入って作業していると入り口のドアのところからのぞき込んでいたり、お花の苗や苗木の植え替えをしていると後ろからのぞき込んでいたり、かがんで何かを植えているとすぐ目の前の草の茂みに二つの瞳を光らせていたり ・・・ (笑)。彼ら二匹の祖先にあたるであろうタヌキ君が、わたしが住み始めてすぐ生ごみ堆肥をあてにしたように、この子達もまた夕方出す野菜・果物クズや鳥さんのごはんの残り、加えて少しのおやつが待ち遠しいようですが、それだけではなく好奇心やら遊びごころいっぱいに北側の庭を歩き回ります。(当てが外れることなく、しかも依存しないよう、出すゴミやおやつ(!)に気を使います。)

知らない方(人間)や地元の方(人間)がいらっしゃる時は、すっかり声を潜めています。でも、sanctuary にいらした見るからに優しい方だとすぐに、そして荒仕事を手伝ってくださる怖い(??)お兄様やおじ様でも幾たびか遭遇して慣れてくると、実は優しいのだと安心するのか(笑)、姿を見せるようになります。

タヌキは、「雑食性で野ネズミや鳥類、果実などを食べるが、主な食べ物はミミズ類や昆虫類の幼虫など土壌動物。お供え物のあがるお稲荷さんや田んぼなど、さまざまな場所でフィールドサインが見つか」りますが、「積極的に人間の生活を取り入れる」里山の動物です(熊谷さとし著 『哺乳類のフィールドサイン観察ガイド』 p.30-35.)。この子達一家のトイレは、ねぐらがあるであろう辺りとはまた離れた場所にありますが、地続きの公園で捨てられる残飯をあさっているのか(?)、毒々しい色合いの発泡スチロールだとかビニール片だとかが混ざっていて、気にかかります。また、5月頃がタヌキの異動シーズンなのでしょうか? 2012年以降、この地を訪れてくださる方々から、ここ(茨城中央)だけでなく、他の市やもっと北の地方でも、「道路でタヌキが車にひかれていた」という話を耳にします。確かに、この子達を観察していると、おやつのビスケットを投げても、ビスケットがぶつかってから(←投げる側も下手 済みません!!)ポカンとしていてしかも探せなくて -- 予想よりもずっと目も鼻も利かず、反射神経も鈍いです。

彼らのお父さん、お母さんが、道路やら開発やら人間やら農薬やらゴミやらで物騒になっている今どきの里山で、それでもどこか別天地で無事に暮らしてくれていることを祈らずにいられません。




六月初めまで、毎夕必ず現れるわけではなく、またわたしの方が不在だったりで、逢えたり逢えなかったりでした。そして、逢えるとしても、二匹のうちのどちらか一方だけのことも多く、二匹とその個性がはっきり分かるようになったのは六月の第一週に入ってからでした。入梅となり、雨で想うように食べ物が手に入らなかったりするのでしょうか。最近はほぼ二匹でやってきます。週末には家族もいたので、沢山写真を撮ってもらいました。

白ちゃん

白ちゃん2

こちらが -- 「白ちゃん」。春までいたお母さんは、タヌキの顔ではないくらい(?)色白面長の美人でした。この子はまだ、お母さんほど白くはありませんが、それでもお父さんやもう一人の子と比べると顔が白いです(鼻先はまだ、赤っぽいかも)。とてもおっとりしていて、控え目でおとなしく、柔らかい動きをしています(でも、かなり運動神経は鈍そうです)。将来は、美人になると想います!


黒ちゃん

こちら(--手前で俯いているのは白ちゃんですが)が、黒ちゃん。一番黒ちゃんらしい表情の写真です。少し泣きそうな困ったような表情に見えることが多いのですが、‘目ヂカラ’がやたら強いです。意志というか気持ちがとても強くて(「もっとビスケットのかけら、チョーダイ!」)、白ちゃんに比べ小柄なのですが、気持ちで前に出ていくタイプです(「黒ちゃんはまだ食べたいの!」)。でも、何かあると(例えば、人間の仕草の何かがほんのちょっとでも怖いと)その分白ちゃんよりもビビッてすっ飛んで逃げていきます。

黒ちゃんの目ヂカラのおかげで、黒ちゃんは

 おせんべいより、甘いものの方が好き

 バナナより、ビスケットの方が好き

ということが、痛いほど伝わりました。
(タヌキさんの健康を考えると、困った事実です。)



白ちゃんと黒ちゃん


白ちゃんと黒ちゃんは、いつも一緒にいるわけではありませんが、とても仲が良いです。一緒にふざけてじゃれあったり、一度などは黒ちゃんが白ちゃんの毛繕いをしていました。でも、雨が数日降り続いた後、一度だけ、そっと置いたビスケットのかけらを独り占めしたくて黒ちゃんが声をあげて白ちゃんを追い払うという喧嘩も目撃しました。(この辺り、個性がはっきり違っていて、白ちゃんは、先にビスケットを見つけると、ある程度食べたら黒ちゃんに譲ろうとします。黒ちゃんの方は自分が食べたくて食べたくて前に出ていきますが、そういう時は白ちゃんは待っています。)



真夏になる頃には、毎年タヌキたちは姿を現さなくなります。別の場所に移動するのか、それとも体力もついて奥の林だけで十分な食べ物が見つかるようになるのか ーー まだ、彼らの暮らしの多くは分かっていないのですが、この土地で家族代々長いこと、人間の生活とはつき過ぎず離れ過ぎずで、ひっそりと暮らしているのに違いありません。彼らの暮らしを壊さないよう、そしてできることなら、生活圏を根こそぎ奪ったり、一瞬にして命を奪ったりしないよう、この土地を残し、里山の自然の食べ物が増えるようにし、土や水はもっと綺麗な生きた土・水に戻し、車の運転に注意を払って(前の道路、かなりのスピードでみんな突っ切ってゆくので、わたしもついつい、追い上げられてアクセル踏みますが、、、、汗、、、、)人間が及ぼすマイナス要因をぎりぎりまで帳消しにしたいです。彼らだけでなく、彼らを取り巻く他の命たちのためにも。


でも、白ちゃんと黒ちゃんは可愛いなあ。

野生の尊厳や美しさに敬意を払い、(生活圏が重なりはしても)手なずけるとかぬいぐるみ的発想で「可愛い」と想うのは嫌ですが、里山動物としての尊厳は尊厳のまま、相互にフェアな立場でこの sanctuary の空間を共有し、互いに不可侵な領域や知りえぬことも尊重したうえで相互作用や意思疎通ができるようになったら、どんなに素晴らしいかしら(理想の異種間コミュニケーションです。)







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石たちの声

再び、書くのが遅れてしまいました ・・・ (済みません) ・・・ 。
大洗海岸を訪れた日の追記です。

この日は、遊びにいらして下さった素敵なお客様のおかげで、深く豊かに鉱物たちと対話する日となりました。

21世紀になってすぐ、‘小鳥の声を聴く’ことがその後わたしが紡いでゆく主旋律となりましたが、そこには同時に、しかも基調のところに、‘樹の声を聴く’こと、そして‘石たちの声を聴く’ことが鮮やかに現れ出ました。

石たちに関しては -- 水晶と出逢い、宇宙から飛んできた隕石が衝突して生じた石といわれるモルダバイトと出逢い、はたまた「鳥の声を聴けるようになるからには、その先、こうした石たちの声も感じ取りたい」という直観から、いわゆる≪crystal healing≫のセッションを受けに行きもしたのです! (それが、今振り返ると、生まれて初めて受けたヒーリングであり、生まれて初めて体験した spiritual なセッションでした。そして、今思うと、いきなりだったのに日本では一流のクリスタルたちと最初から出会えていました!)

でも、、、それだけではなく、、、 吉祥寺の雑踏を歩いていても、ふと誰かに話しかけられて振り返ると、そこは古道具屋さんで角に大きな岩のような石がど~んと居たり、里山にぽつんとある石(昔の道しるべ?)や著名文化人の旧家に置かれている大きな石の置物が何かを語らんとするように感じたり、、、何かわからないままに、石たちにはぐいぐいと惹かれ、また、どちらかと言うと、≪わたしが≫惹かれている、というよりは、≪石たちが≫呼んでいる、というような感覚が生まれていました。

そうして、石にのめり込むことになって -- しかも「鉱物収集」という意図は全くないのに、「石の声を聴く」「石のエネルギーを感じる」世界にいつの間にか分け入っていて、いえ、もっと正確には、石たちと対話しながら今のわたしの在り方が生まれてきて、今に至っています。 crystal healing 歴も長くなり -- 今ではすっかり石貧乏です(笑)。


訪問してくださったお客様は、とてもとても感覚が鋭く、繊細で、豊かなので、一緒に‘石の声を聴く’遊びをしてみました。そして、ああ … やはり … ぴたり、と、こうした遊びは初めてなのに、石のひとつひとつから感じ取れる「声」は、彼女とわたしとで似通っていました。更に、見つめること、気づくこと、注目すること、敬意をもって耳を傾けること … それを喜んでいるのか、普段にも増して、どの石たちもキラキラと嬉しそうに輝いている気がしました。(そういう感覚を共有できたお客様に大感謝です!! 石たちとお客様との不思議な会話のお茶会は最高でした!)



クリスタル
 (crystal healing で活躍してくれた石たち、樹脂たち)

そのあと出かけた大洗海岸でもまた、沢山の石たちがわたしたちを待っていてくれました。

感覚が研ぎ澄まされていたせいか、ふと目が合う、幾つかの石たちに触れ、その子たちのエネルギー、言葉、生い立ちやこれまでのこと、したいことや使命、心 … とでも言いたい何かが触れ合いの中で感じられました。お客様もわたしも、crystalたちと同様、海岸の石たちとも会話しながら、本当に特別のご縁を感じた幾つかの石たちの声を聴きながら、今後一緒に歩いてくれそうな子と約束を交わし、一緒に帰ってきたのです。

大洗の石1
 (お願いしてわたしが連れ帰ってきたのは、この子たち。
 最初右側の子を取り上げ、しばらくして左の子に出逢い
 ました。その他にも幾つもの石を手にした後、最後に、
 左の子が手放せなくて、「一緒に来る?」と尋ねて、
 連れてくることにしました。そうしたら、右の子が、それなら
 自分も行く、と強く主張を始めました。

 ・・・・・・・

 どちらも、強いエネルギーを放っているわけではなく、どちら
 かと言うと、柔らかい、軽い、温かい感覚です。なぜそれなのに、
 この子らなのかしら?? と分からないまま、いざとなれば、
 またこの海岸まで連れ戻そう、と想って帰ってきました。

 ・・・・・・・

 数日後、瞑想していて、ようやく左の子、右の子の関係が
 わかりました。

 左は心臓、右は脳、です。

 ここ数年、地球ともっと調和するために、人間には新しい
 感性と知性が必要だと想っていました。そして、まずは
 自分こそそうした感性と知性を身に着けることが今のわたし
 の目標です。

 この子達は、それを教えてくれるために、今
 sancutuary にいてくれます。)


大洗の石2
 (もう一つだけ --。
 コーヒーカップとビスケットの乗った、
 何て素敵なこのお皿!

 優しい丸さのこの石は、見つけた途端、
 素敵なお皿でした。お客様も同意見。
 温かく、ナチュラルなお茶の時間を
 創り出してくれています。)













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大洗海岸・紅花栄

更新が久しくなってしまい、申し訳ありません。
・・・・・・・

まずは先週末(五月は紅花栄≪べにはなさく≫の候)の大洗海岸のことをご報告させてください。

bird sanctuary にたびたび訪れてくださる、妖精のような女神のような素敵なお客様を、大洗磯前神社、大洗海岸にご案内しました。

カーッと真夏日の暑さとなる週末を予感させる太陽の照りでしたが、風は涼しく強く吹き付けています。到着したのは既に夕刻に差し掛かった頃ですが、神社境内は明るい光で曇りなく晴れて、空の蒼と太陽の光、ときめく木々の濃い緑、そして見晴るかす海 -- 静けさの中に波音がかすかに聴こえます。満ち足りて参拝して、そのまま海岸までおりました。


大洗海岸・紅花栄2

海岸に敷き詰められた色とりどりの丸みを帯びた石をゴロゴロと踏みしめ、風を浴びます。波は高めで、時に大きな音を立て、激しい波しぶきを跳ね上げます。いつもより強い磯の臭い、時に沖を船が進み、「ア~ ア~」と声をあげてウミネコが頭上を飛んでゆきます。

空の蒼さが、こころが溶けそうなほど、素敵です。うっすらと優しく空をなでるような白雲が ・・・・・ (写真でもかすかにお分かりになると良いのですが)白い龍が泳ぐように伸びていました。


大洗海岸・紅花栄1

砂浜のある方に移動して --。

お客様は無垢な少女のように裸足になって波打ち際で波と遊び、波と一緒に優雅な舞をまわれています。わたしはいつものように、太陽礼拝をささげようと、まずは目を閉じて軽く瞑想です。

蒼い天空。白い雲。太陽の光。海と大地を駆け巡る風。海岸の松や神社に生い茂る背の高い楠・樫などの木々。浜の無数の岩と石と砂 … 夕陽が傾いても、砂に手を入れると、そこにはまだ陽の温かさがしっかりと残されています。風や木々たちの中には、太陽が残していった光が保たれています。海と空は光を映し、砂浜も空も海の水を抱え、海の中にはたくさんの生命が宿されているのを感じました。

街のなかや、家の中のように、‘細かく分断された自然’ではなく、‘まるごとの自然’が息づいて、交錯し、溶け合っています。

海を感じたとき、今、海の生きもの達に起こっていること ーー 汚染や乱獲など、ここ数十年の人間たちだけが、自然や生命の調和ある循環から離脱して、地球の生命や地球環境の死へと向かって暴走し始めている -- という考えが過って、一瞬哀しくなりました。が、わたしたち人もまた、元をたどれば海から長い年月をかけてやって来た生命で、海が命のふるさとであることに変わりはありません。この海岸に座り、‘まるごとの自然’を感じる瞬間に至るなら、誰しもが海との繋がりを想い出し、そこから歩いてきた長い道を振り返るかもしれません。もしもわたしたちが、生命としては巨大ともいえる脳を持つなら、そしてその脳によって様々な道具やその使い道、文明や文化を持つことができたなら、もう一度海岸に座って、それらの(脳や脳の産物の)新しい使い方に思いを馳せることができないでしょうか? もしも「進化」と呼ぶならば、そのどれほど長い道のりを、もしかすると少しずつずれてしまった道のりを、戻ることはできないかもしれません。でも、生命の故郷である海が、星としての地球を奇跡のように包み込み、こんなにも雄大で、圧倒的に広く豊かに生命を養っていることに気付くなら、何かに向かって分からないまま突き進んでいる恐怖を手放して、何より安心できるのではないでしょうか? 生命としてここから誕生し、ここへと溶けてゆくことに ・・・・・・。 自然や生命のその環の中の調和や循環は、だだ豊かに深く、そこにあり、その気になりさえすれば、今もわたしたちを迎え、受け入れてくれています。

‘まるごとの自然’の中では、短い瞑想で浮かんだ一瞬の哀しみはすぐ、溶け込んでゆく深い安らぎになりました。

その深い感謝の中で、海に、空に、その中に残されている太陽の光に、太陽礼拝を捧げました。

お客様も波打ち際から上がっていらして、一緒に女神のように立ち木のポーズをしてくださいました。



ああやはり ・・・・・ 今日は、ぐんぐん、ぐんぐん、海に引き込まれてゆきます。







大洗海岸にて、昨年9月に気功の先生・先輩方・仲間たちと合宿をし、一点の曇りもない大海・大空の陽の出を眺めてから(10月1日ブログ『笛の音』)、八か月もたっています。あのとき、2011年3月の大震災・原発事故後の暗いトンネルを抜け出ることができなかったところから、大きな変革がありました。

それから半年 -- トンネルから抜け出た、と想ったのに、今度は社会との戦いではなく、自分自身との戦いが待っていました。大震災をきっかけに1年後に退職して bird sanctuary に移り住んだものの、「何の結果も出せていないのではないか?」、‘残りの人生・残りのエネルギーをかけて何ができるか、そろそろ性根を据えなければ’という戦いでもありました。(少し白状しますが、揺らぎもあり、がけっぷちもあり、年末年始辺りはチベット瞑想にはまったのは良いのですが「チベットに行ってもう戻ってこないかも?」[真なる縁ならそれも良しなのですが、今振り返ると逃避行動だったかも? 苦笑]というのもありました。)「風化させない」という言葉を最近よく目にしますが、社会現象としてだけ捉えるならともかく、命や自然の問題で風化と言うのは、ないですよね。

そうして春分あたりから、自分の中心から湧き上がるように変化が生じてきています! 幾つも幾つもの目に見える形、見えない形で、きっかけやヒント、御支持やご助力を頂きました。(3月頃から言葉で、言葉以外の何かで、はっきりとあるいは密かに、関わって下さっている方々、その度ごとにうまく表現できず、御礼さえ申し上げられなかったりしますが、ありがとうございます!!) 今のこの世界で、環境の問題やわたしたちの未来の問題で、わたしにできないことは悔しく歯がゆく、無念なほどありますが、また、それでも尚、できることもまだあると信じます。


かけがえのないこの世界へ --。

いつか、というかもう間もなく(宇宙規模で捉えたら、わたしたちが生命として生まれ出て消えるのはほんの一瞬だから)この海へ、生命の大元へ、戻ってゆきますが、それまでの玉響(たまゆら)の瞬間、全ての命が幸せで輝いていますように! その玉響の瞬間が、自他を活かし、真善美の世界で彩られ、愛と慈悲に満ちたものでありますように! できますれば、空を飛ぶ巣立ったばかりの若い小鳥のように、蕾から開いたばかりの精巧な花びらのように、夏の一日を生きる薄く透き通る翅の昆虫のように、繊細で儚く精妙な命であっても、そうした命だからこそ、その命のそのままの在り方でいられますように!!


bird sanctuary 創立を志した頃(そもそもは2003年頃でした)のように、「希望」という言葉を今は、まだわたしは使えません。(これから先、結構長いこと、使えないかもしれません。) でも、以前書いていたように、希望がなければ進めない、とは今は感じていません。以前は、希望を持てない状況にあれば、どこに行動する意欲を求めればよいか、分かりませんでした。その少し後で、他に行動の始原となりそうな key words として、「愛」や「慈悲」を考えていました。でも、愛や慈悲をもって対峙することは可能でも、何かを創造できる行動に結び付けることはできませんでした。今は、そんな、key words も何もなくても、新たに強い意志をもって行動でき始めています。わたし個人の、ちっぽけな範囲は、誰よりも実行力も才覚も乏しいですが ・・・ それでも、行動でき始めています。言葉に起こすとしたら、‘奇跡を信じる’とでも言うしかないのでしょうか。


-- かけがえなく、美しい世界へ。輝くたった一つの星のあなたへ。
    この時空間で奇跡のように交錯し合えるわたしたちへ。





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