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hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

大洗海岸・紅花栄

更新が久しくなってしまい、申し訳ありません。
・・・・・・・

まずは先週末(五月は紅花栄≪べにはなさく≫の候)の大洗海岸のことをご報告させてください。

bird sanctuary にたびたび訪れてくださる、妖精のような女神のような素敵なお客様を、大洗磯前神社、大洗海岸にご案内しました。

カーッと真夏日の暑さとなる週末を予感させる太陽の照りでしたが、風は涼しく強く吹き付けています。到着したのは既に夕刻に差し掛かった頃ですが、神社境内は明るい光で曇りなく晴れて、空の蒼と太陽の光、ときめく木々の濃い緑、そして見晴るかす海 -- 静けさの中に波音がかすかに聴こえます。満ち足りて参拝して、そのまま海岸までおりました。


大洗海岸・紅花栄2

海岸に敷き詰められた色とりどりの丸みを帯びた石をゴロゴロと踏みしめ、風を浴びます。波は高めで、時に大きな音を立て、激しい波しぶきを跳ね上げます。いつもより強い磯の臭い、時に沖を船が進み、「ア~ ア~」と声をあげてウミネコが頭上を飛んでゆきます。

空の蒼さが、こころが溶けそうなほど、素敵です。うっすらと優しく空をなでるような白雲が ・・・・・ (写真でもかすかにお分かりになると良いのですが)白い龍が泳ぐように伸びていました。


大洗海岸・紅花栄1

砂浜のある方に移動して --。

お客様は無垢な少女のように裸足になって波打ち際で波と遊び、波と一緒に優雅な舞をまわれています。わたしはいつものように、太陽礼拝をささげようと、まずは目を閉じて軽く瞑想です。

蒼い天空。白い雲。太陽の光。海と大地を駆け巡る風。海岸の松や神社に生い茂る背の高い楠・樫などの木々。浜の無数の岩と石と砂 … 夕陽が傾いても、砂に手を入れると、そこにはまだ陽の温かさがしっかりと残されています。風や木々たちの中には、太陽が残していった光が保たれています。海と空は光を映し、砂浜も空も海の水を抱え、海の中にはたくさんの生命が宿されているのを感じました。

街のなかや、家の中のように、‘細かく分断された自然’ではなく、‘まるごとの自然’が息づいて、交錯し、溶け合っています。

海を感じたとき、今、海の生きもの達に起こっていること ーー 汚染や乱獲など、ここ数十年の人間たちだけが、自然や生命の調和ある循環から離脱して、地球の生命や地球環境の死へと向かって暴走し始めている -- という考えが過って、一瞬哀しくなりました。が、わたしたち人もまた、元をたどれば海から長い年月をかけてやって来た生命で、海が命のふるさとであることに変わりはありません。この海岸に座り、‘まるごとの自然’を感じる瞬間に至るなら、誰しもが海との繋がりを想い出し、そこから歩いてきた長い道を振り返るかもしれません。もしもわたしたちが、生命としては巨大ともいえる脳を持つなら、そしてその脳によって様々な道具やその使い道、文明や文化を持つことができたなら、もう一度海岸に座って、それらの(脳や脳の産物の)新しい使い方に思いを馳せることができないでしょうか? もしも「進化」と呼ぶならば、そのどれほど長い道のりを、もしかすると少しずつずれてしまった道のりを、戻ることはできないかもしれません。でも、生命の故郷である海が、星としての地球を奇跡のように包み込み、こんなにも雄大で、圧倒的に広く豊かに生命を養っていることに気付くなら、何かに向かって分からないまま突き進んでいる恐怖を手放して、何より安心できるのではないでしょうか? 生命としてここから誕生し、ここへと溶けてゆくことに ・・・・・・。 自然や生命のその環の中の調和や循環は、だだ豊かに深く、そこにあり、その気になりさえすれば、今もわたしたちを迎え、受け入れてくれています。

‘まるごとの自然’の中では、短い瞑想で浮かんだ一瞬の哀しみはすぐ、溶け込んでゆく深い安らぎになりました。

その深い感謝の中で、海に、空に、その中に残されている太陽の光に、太陽礼拝を捧げました。

お客様も波打ち際から上がっていらして、一緒に女神のように立ち木のポーズをしてくださいました。



ああやはり ・・・・・ 今日は、ぐんぐん、ぐんぐん、海に引き込まれてゆきます。







大洗海岸にて、昨年9月に気功の先生・先輩方・仲間たちと合宿をし、一点の曇りもない大海・大空の陽の出を眺めてから(10月1日ブログ『笛の音』)、八か月もたっています。あのとき、2011年3月の大震災・原発事故後の暗いトンネルを抜け出ることができなかったところから、大きな変革がありました。

それから半年 -- トンネルから抜け出た、と想ったのに、今度は社会との戦いではなく、自分自身との戦いが待っていました。大震災をきっかけに1年後に退職して bird sanctuary に移り住んだものの、「何の結果も出せていないのではないか?」、‘残りの人生・残りのエネルギーをかけて何ができるか、そろそろ性根を据えなければ’という戦いでもありました。(少し白状しますが、揺らぎもあり、がけっぷちもあり、年末年始辺りはチベット瞑想にはまったのは良いのですが「チベットに行ってもう戻ってこないかも?」[真なる縁ならそれも良しなのですが、今振り返ると逃避行動だったかも? 苦笑]というのもありました。)「風化させない」という言葉を最近よく目にしますが、社会現象としてだけ捉えるならともかく、命や自然の問題で風化と言うのは、ないですよね。

そうして春分あたりから、自分の中心から湧き上がるように変化が生じてきています! 幾つも幾つもの目に見える形、見えない形で、きっかけやヒント、御支持やご助力を頂きました。(3月頃から言葉で、言葉以外の何かで、はっきりとあるいは密かに、関わって下さっている方々、その度ごとにうまく表現できず、御礼さえ申し上げられなかったりしますが、ありがとうございます!!) 今のこの世界で、環境の問題やわたしたちの未来の問題で、わたしにできないことは悔しく歯がゆく、無念なほどありますが、また、それでも尚、できることもまだあると信じます。


かけがえのないこの世界へ --。

いつか、というかもう間もなく(宇宙規模で捉えたら、わたしたちが生命として生まれ出て消えるのはほんの一瞬だから)この海へ、生命の大元へ、戻ってゆきますが、それまでの玉響(たまゆら)の瞬間、全ての命が幸せで輝いていますように! その玉響の瞬間が、自他を活かし、真善美の世界で彩られ、愛と慈悲に満ちたものでありますように! できますれば、空を飛ぶ巣立ったばかりの若い小鳥のように、蕾から開いたばかりの精巧な花びらのように、夏の一日を生きる薄く透き通る翅の昆虫のように、繊細で儚く精妙な命であっても、そうした命だからこそ、その命のそのままの在り方でいられますように!!


bird sanctuary 創立を志した頃(そもそもは2003年頃でした)のように、「希望」という言葉を今は、まだわたしは使えません。(これから先、結構長いこと、使えないかもしれません。) でも、以前書いていたように、希望がなければ進めない、とは今は感じていません。以前は、希望を持てない状況にあれば、どこに行動する意欲を求めればよいか、分かりませんでした。その少し後で、他に行動の始原となりそうな key words として、「愛」や「慈悲」を考えていました。でも、愛や慈悲をもって対峙することは可能でも、何かを創造できる行動に結び付けることはできませんでした。今は、そんな、key words も何もなくても、新たに強い意志をもって行動でき始めています。わたし個人の、ちっぽけな範囲は、誰よりも実行力も才覚も乏しいですが ・・・ それでも、行動でき始めています。言葉に起こすとしたら、‘奇跡を信じる’とでも言うしかないのでしょうか。


-- かけがえなく、美しい世界へ。輝くたった一つの星のあなたへ。
    この時空間で奇跡のように交錯し合えるわたしたちへ。





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