hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

蒼い夜明け

梅雨明けが発表されましたね。

今日の暑さのなか、皆様ご無理なさらずお過ごしでしょうか。

天上の蒼

ここのところ毎朝、『天上の蒼』という朝顔の花に迎えられて雨戸をあけています。


以前から、“heavenly blue”という素敵な名前の西洋朝顔にちょっと惹かれて、でも、なるべく土地に合った在来のお花を育てる方針だし、我慢我慢 ・・・・・ と鉢に手を伸ばすことはしなかったのですが ・・・・・ 今年はグリーンカーテンを増やしたいし、何と言っても『天上の蒼』という翻訳名なんてつけられたことには、育てない訳にはいかないではないですか! -- なんて、時々名前から一目惚れに入ってしまう悪い癖が治っていないようです。

その涼しげな蒼色を起きたばかりの瞳に映すことができる瞬間、とても幸福です。


21世紀に入った頃でしょうか? -- 蒼い色にとても惹かれて、それまではセージ色やミント色などの青みがかったグリーンが自分の基調色でしたが、aquaカラーやブルー、インディゴなどの色を身の回りに選ぶようになりました(ホームページの基調色も、そんな感じで決まりました)。そして、2006,7年あたりでしょうか? -- とにかく狂おしいほどロイヤルブルーの色が恋しくなり、とにかく何でもいいからロイヤルブルーの色にくるまっていたいと居ても立っても居られない時期がありました。ロイヤルブルーのカーテン生地でもいいから買ってきて、それにくるまって過ごしていたい! そんな衝動を抑えられず、(一生行かないと思っていた)バーゲンセール真っ盛りの街に飛び込み、何でもいいからその色の身に着けられるものを探したりもしました。

・・・・・ あれは、何だったのでしょう ・・・ ?

今でも、狂おしいというほどではないですが、ブルーの色をまといたくて急に切なくなることがあります。


色彩心理学やカラーセラピーでは様々な説が展開されていますが、ブルーは、平和の色、または、鎮静、真面目さ、冷静、水をイメージすれば浄化や清らかさの色だと想います。そして、インディゴは、霊性や宇宙の色ではないかと想います。

天の深いところの澄み切った色を、わたしは「蒼」と言いたくなりますが、その色からは天上の守護のようなものを感じる時があります。

蒼が恋しくなるときは、たいてい、結構ピンチの時だったりしますが(そう言えば今もそうかも …)、蒼い色にくるまれていると、瞑想しているときのように、揺るがずぶれず自分の中心があって落ち着きが戻ってきます。そしてもっとピンチの時は -- 「たとえ何があっても大丈夫」という強い守護が下りてくるような気がします。


記憶でも辿れないような、本当に幼いとき、蒼い色を探していたのではないかと想います。確か少女の時、青いドレスがとてもとても着たかったのですが、残念ながら色黒だったので「似合わない」と言われ着ていたのは黄色や赤の服でした。大学生時代後半から社会人になった時、自由に手を伸ばせるようになったのに、何故か手を伸ばしていたのは緑色系の服でした。今はきっと、その埋め合わせもあって、ブルーを身にまとい、できるだけ体内深くまで青や蒼、インディゴを吸収しようとしているのだと想います。


今、毎朝静かに、朝顔の涼しげな『天上の蒼』いろを透明なからだいっぱいに映すことの幸せは、細やかに見えるかもしれませんが、魂レベルでは震えるくらい、魂が喜びの歌をうたいそうなくらい、失った自分自身の大切な鍵を取り戻すのと同じくらい、幸せなことです。


もし皆様も、琴線に触れるような色、あるいは音や薫り、それ以外の感覚があったなら、どうぞ十分に、魂が満たされるまでそのエネルギーを注いであげてくださいね。時期によって、その時の感じ方によって、響く何かは違っているかもしれません。それは、とても、大切なことだと想うので、十分に感じ取ってくださいね。



水戸あおい
 (こちらは『水戸あおい』 -- ご当地朝顔
 [ここは水戸と比較的近い]として売られていた
 ものの売れ残りが、あろうことか売れ残ってセ
 ールになっていて「ナンテコト!」と数日前に
 連れ帰ってきました。小さなポットの中に長くいた
 ので、まだまだ未熟ですがグリーンカーテンとして
 育てています。)



青い朝顔たちは、種を残して、来年夏も育てましょう。

ブルーに惹かれる方がいらしたら、種をお分けしますので、仰ってくださいね。












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白ちゃんと黒ちゃん -2-

白ちゃんと黒ちゃん(6月22日ブログ参照)について気持ちを注いでくださった方が多くいらっしゃって、ご心配、お問い合わせくださりありがとうございます。

その後の台風や大雨、雷、地震にもめげず、東京・神奈川に行った後も、二匹とも元気です!

「白ちゃん(あるいは黒ちゃん)の方が気になるでしょ?(あるいは、可愛いんでしょ?とか、お気に入りでしょ?)」という質問もいただきます。

先にご紹介したように、二匹は、とても仲良しですが、表情も性格も、全然違っています。

最近では益々その違いが出てきて、わたしとの距離の取り方もそれぞれの個性が表れてくるようになりました。白ちゃんは、朝方や昼間にも家の周辺で見かけることが多く(←タヌキは夜行性ではなかったのか?!)、家との距離がとっても近いです。夕方になると、玄関の戸を開けると、わたしが出てくるのか、見に来ることもあります(!) -- 堆肥用の食べ物の残りやほんの少々のおやつが気になるのかしら? ただ、あまりがつがつした感じはなく、わたしとも適度の距離をとり、こちらの動作が少しでも怖く映ると(気を付けているのですが)、逃げ出します。でも、視線を合わさないで作業をしていると、ほとんど逃げず、動じません。

ここ数日、白ちゃんは午後にグリーンカーテンの脇に座り込んで、涼んでいる(?)ことが多いです。タヌキは昼間は藪のなかとか暗い穴に潜んでいるのかしら、と想っていたのですが、開けて風通しの良いその場所がお気に入りらしく、まるまってくつろいでいたり、一度などはすっかり眠っていて、わたしが近くにいる音に気付いて慌てていました(気を使います ・・・)。タヌキらしからぬ白い顔、白っぽいうす茶のからだでまるまっている姿を見ると、こちらも、「あれ、うち、犬が居たっけ?」と何となく思い込んでしまいそうです(?)。

一方黒ちゃんは、普段は北側の藪の中にいるらしく、出逢うのは夕方 ・・・・・ 現れない日もあります。とても臆病で、何かちょっとでも怖いと白ちゃんを通り越して藪の奥まですっとんで逃げていくのですが --。反面、少しだけ出すおやつがとてもとても楽しみらしく、わたしが白ちゃんを意識しながら堆肥のところに行ったりすると、急にザザッと音がして、ものすごい勢いで白ちゃんを越してすっとんでやってきます。一心にわたしを見て、「何か黒ちゃんにチョーダイ」と目で訴えます(笑)。からだは臆病で逃げ腰なのに、目で(想いで)、一生懸命、一生懸命、訴えに来る、という感じです(圧倒されます)。

かがんで何かの作業に夢中になっていると、目ヂカラをフルに発揮しながらいつの間にかすぐ近くまで来てしまう ・・・・・ のも黒ちゃんです(白ちゃんは、安定して一定の距離でゆったりしていて、わたしのことをのぞきにも来るのですが、黒ちゃんの勢いがあると譲っています)。

白ちゃんも、黒ちゃんも、どちらも好きです!!


黒ちゃん2
 (グイグイとやってきてしまった黒ちゃんをパチリ。
 彼らを驚かせないために、写真は家族に遠くから
 撮ってもらうときのみ、と決めていたのですが、
 おやつが欲しくて欲しくて、黒ちゃんはわたしの
 カメラをまったく気にしませんでした。)



大雨の後は、ずぶ濡れになって「フゥ ・・・・・」という顔で出てきます。

最近は蚊が多くなって、わたしも刺されまくりですが、彼らも顔の辺りにたかられ、掻いていることが多いです。


雨の日はあまりごはんが食べられないらしく、昼間見かけるときは大体、前日の雨の時間が長かった時です。


この場所を安らかな聖地に(一応、bird sanctuary で、今雀たちを始め沢山の子連れ鳥がやってきますが)、というのはもとより、もっと彼らの習性を観察し、自然の力や流れを感じ取り、手と足を使って山仕事して、沢山の命が調和して豊かに暮らせるようにするためにできることの鍵をつかみとりたいです。(でも多分、白ちゃん・黒ちゃんのほうが、わたしのことをずっとよく観察している気がします。)














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梅の雨

昨夜の台風、関東への直撃を心配しておりましたが、無事に通過してくれたようですね。こちらでは、大雨だけでなく、地震もあって何だか心配な一日を過ごしました。かわって今日は -- 台風一過、とても蒸し暑くなりました。

ここのところ、激しい雨に見舞われたり、雷雲が去らずに近くで雷が長時間なり続けたり、天気の様子を見てすることやからだの調節をすることが増えています。六月末の雷では ・・・ 何と外付けの給湯器が壊れてしまい(涙)、そんなことってあるのかといろいろ調べたりご助言いただいたりして、でも結局買い替えるという大散財となりました。以前落雷で、長時間停電したこともあるのですが、今回はそれほど近くに落雷したと思わなかったのですが、地中に放電されて電気が走ってきて給湯器が感電(と言うのでしょうか?)することは時たまあるそうです。

今日の暑さ、少しずつからだを夏に慣らしてゆくために、家の中の湿気を飛ばした後は、窓を開けて風でしのいでいますが、家の鳥さんたちは暑い様子 -- うたた寝をしたり、嘴を開けて舌まで見せて、「暑い、暑いぞ。何とかして~」とやや不機嫌です。

皆様はおからだ無理されていらっしゃらないでしょうか? 

梅雨が明けて、暑さはこれからですが、湿気が少ないカラリとした夏になる頃には、からだも慣れてきてほしいですね。


梅雨が始まる頃から、梅の実が色づき始めました。

梅の実1

青々した葉っぱの影に可愛い実がたくさんついて、五月頃から少しずつ大きくなって、六月半ばに黄色く色づき始めます。そして程よい頃に、ぽとり、とか、ガサリ(他の葉っぱに当たると)、と音を立てて落ちてくれます。

樹の上のものを一度に収穫するのでなく、自然に任せていたので、落ちている実を拾いに行くと、すでに鳥さんの嘴の跡があったり、落ちてから虫に先を越されていたり ・・・。なかには、実りながら他の枝に突き刺さってしまって、小枝に刺さったまま落ちてくる実も ・・・(もう少し上手に剪定しなきゃ)。それでも毎年沢山の実をつけてくれて、溢れるほどの収穫があります。


念のため今年もカウンターで汚染を計り、(何事もないものの、やはり)まだ他の方にお送りしたりすることはしませんが、この豊穣をどうするかにも、頭や腕を使います。

梅干しづくりではお恥ずかしいながら、まだまだ失敗ばかり ・・・・・ そのうえ、作り方を聞いたあちらこちらの‘達人’が失敗に同情してくださって絶品の梅干を下さったので、宝物のような梅干しの貯蓄はまだあります。昨年までは、まずはそのまま冷凍して、家で食べる用のジャムを何度かに分けてつくり ・・・・・ その残りは、忙しさのあまり朦朧としたまま(どんどん実が落ちてきて、一気に体力が追い付かなくなって)結局一番面倒臭くないので焼酎につけて梅酒用としてしまいました。そして、いくらお酒好きと言っても、とても飲みきれないだけの梅酒が贅沢にもできてしまいました(そして、梅酒貧乏に ・・・ 汗)。

その反省も踏まえて、今年は梅ジャム、梅酒に加え、梅の酵素ジュースを作ってみました。

想い切って沢山お砂糖を入れて、梅のエキスだけで、それを毎日混ぜて梅の実の自然な酵母を発酵させるだけですが -- これが今、絶品の美味しさとなっています! (興味ある方は今すぐいらっしゃらないと駄目です。どんどん発酵して、お味が変わってゆきます。)


梅の雨と書く梅雨時は、本当に、梅の実とお天気に追いかけられますね。

梅の実2

何て綺麗な紅色!

青い梅の実や黄色く色づいたものは、お店でもよく見かけますが、自然に色づいて落ちてきたものの中には、とても綺麗な紅色に頬を染めたものや、その紅が濃くなってはっとする模様となったものもあります。皆様にお見せしたいのですが、加工した後は色が変わってしまうため ・・・・・ この美しさを目にできるのは汗だくで拾った人だけの特権ですね!


おうちの湿気をとって居心地よくされて、おからだを大切に労わって、夏バテしないからだで梅雨明けを迎えましょうね!







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蓮の祈り

報告が遅れましたが、水無月末、再び東京・神奈川を訪れることができました。

今回も、大切な先生方や先輩方、仲間たちと水晶がきらめくような、胸の痛くなる程すてきな時間を過ごさせていただきました。

ありがとうございます!!!

いつも宇宙を感じ、命の種、清々しいエネルギーに満ちた平塚の気功の会で、今回は今の一瞬一瞬、先生や先輩方と交流できるそのことが、どれほど有り難い(=奇跡とも感じられるご縁、スパーク)ことか、染みるように感じました。皆様の進化や昇華、輝きが眩しく、長年かけて磨き上げられた場・空間がどれほど豊かなことかを生身で感じることができました。先生が「魂の進化」という言葉をふと口にされたのですが、その真意を呑み込むには修行不足なものの、何だかここで、壮大なことが起こりつつある最中に立ち会っているのだ、という感覚は感じ取れたように思います。



出逢えること、交流し合えること、交感 ・・・・・ 身体的な共振、目には見えないけれど何かかけがえのないことをわたしたちが共有し合っているのだという感覚、潜在意識も含め幾重にも折り重なった気付き ・・・・・・・ 掴みとれなければ、失うのも一瞬のうちの、何かの煌めき、豊かさ、深み、表層はほんのかすかだけれど奥深いところの至福、わたしたちが透明になってゆく,澄んでゆくことへの感受性は、まだわからないけれど確かにそこにあるような気がします。大変なことが多すぎる時代だけど、いえきっとそういう時代だからこそ、素晴らしいことも生まれているのかもしれません。


ことりの会のyogaでは、昨年も行った蓮の開花の動きを、今年は動的(ダイナミックな)瞑想法として練習しました。 ・・・・・ そして ・・・・・・ ありがとうございます! ・・・・・ 一緒に開花の祈りをしてくださった皆様の、その蓮の花としての美しさに圧倒され、涙ぐんでいました。一年間、駄目だ駄目だと頭ポカポカ打ちながら、自信のないまま、あるいは緊張のあまりのハイテンションにもなって(そのあまりの未熟さに自分でも呆れて)続けてきましたが、借り物ではない‘今、ここでのyoga’‘内なる自然と外の自然との調和’‘一人一人のそのままの美しさの蓮の花’を求めてきて良かったと心から想うことができました。



神様が微笑みかけてくれたとしか想えないのですが、とても恵まれて、贅沢に、敬愛する気功の大先輩が開業されて、長年抱えてきた持病や、山仕事で痛めたままの腕の治療をここのところ受けています(ありがとうございます!なんと感謝してよいか!!)。肉体だけにとどまらず、こころも、、、、そしてこころの奥も奥も(降りかかってくる現実も、その都度変わるので、もしかすると魂レベルでも)急速に変化しています。降りかかってくる(結構大変な)現実も、自分の内側の変化も、笑ってしまうほど大変なような気もしますが、びっくりするほど平静なのは、どこか‘起こるべくして起こっている’という感覚が生じているからなのでしょうか。


沢山のよい刺激を受けて sanctuary に戻ってきて --

白蓮
(唐招提寺の白蓮)

桃蓮
 (中国の桃一重の蓮)

迷いに迷った後、春先に購入した蓮たちが新葉をすいすいと伸ばしていました。


タヌキの白ちゃんと黒ちゃんも、雨続きで心配していましたが、戻ってから数日やや警戒心が強かったものの、早速現われてくれて、変わらず元気です!(ブログを読んでくださり、心配してくださった皆様、ありがとうございます!!) 雀たちも子育て(3番子?)に忙しく、sanctuary は急減している雀たちの数が少しでも増えてくれることに、確かに貢献していると思います(エヘン?!) 後は、燕とか、水と親しい鳥や動物、昆虫たちが健やかに暮らせる場所に近づければなあと想います。生きもの達の助けになることをしつつ、ここの抱える水の浄化(北側の池を物理的にきれいにすることと、エネルギー的な意味合いでの浄化の両方)をできればなあ。






時代は、生きている間にここまで来るとは信じていなかったほど大変と言えば、大変ですが、だからこそしっかり今、ここで、この瞬間を抱きしめていましょう!


大変な時だからこそ、自分の内なる鏡を、しっかり、クリスタルに、透き通るほどに、磨きましょうね!!

鏡は、歪んだ、荒んだ、醜い世界もありのままに映します。
けれど、明るく、澄んだ、驚くほど美しく素晴らしい、妙なる世界も映します。


しっかり映し出すことができれば、美しい世界を大きく、豊かに、あるいは深く、するためにできることが観えてくる気がします。

あとはからだが鍵!!!かもしれません。鍛錬し、生き生きと動くことができるように、精妙なエネルギーを感じ受け止め発することができるように、感動したり琴線に触れることをそのまま行動できるように、からだ本来の(=生命本来の、魂本来の)知性を発揮できるように、信頼して委ね、行動してゆきましょう。



ひどい世界ですが、目をこすると、なんと美しい世界に、活かされていることでしょう。

息が途切れるほどに苦しいですが、それでも尚、生きていることは何と素晴らしいことでしょう。
外で見かける一人一人の方、どんな生きものも、かけがえがなく大切でぎゅっと抱きしめたくなります。

宇宙から、銀河系から、惑星レベルで見たら、ほんの一瞬しか、わたしたちに生は与えられていません。
その短い中で、蛍の光のように瞬く、その瞬間、そして蛍が飛び交うように淡く互いに交差できる瞬間が生まれるということは、何と尊いことでしょう。

さらに、魂のレベルで見たら、きっともっと不思議なことが起こっているに違いありません。
一瞬、一瞬の出逢い、気付きには、どんな意味が隠されているのでしょうか?
魂の底から大切なことを、無駄なく、しかも十分に発揮できているのでしょうか?
魂のレベルから見ると、後悔するようなことが重なっているような気がするのですが(わたしは)、真に、必要な時、必要な場所に居て、必要なだけのこころの注ぎ方ができていたでしょうか?









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ホタル

ホタル

もう、10日ほど前の夜、台所の勝手口の扉越しに、ほんのかすかに何かが光るのを見ました。

インクの切れかかったエメラルドグリーンの蛍光ペンを、誰かが力弱くなぞっているような ・・・・・。

最初は目の錯覚と想い、それでもその光が消えたかと想うとまた現われるので、改めてよくよく見てみました。

-- 闇夜の中の、消えそうな微かな光。




蛍 -- ?


良く分からないけれど、あまりにも儚くて脆そうで、漆黒の闇に向かって扉を開ける勇気はありませんでした。


この土地とご縁を結んだ5年前の夏、「沢山の」とか「群れ」とは呼べないけれど、蒸し暑い夕方に蛍たちがきらめきながら宙を飛ぶのを眺めました。

まさか sanctuary として手にしたばかりのその土地に蛍が飛ぶなんて -- 清流も池も田んぼもないのに驚きでした。

その頃は、隣接する土地の一部が水田として使われており、地元のその地主さんはあまり農薬を使う方ではなかったようです。その田んぼで育った蛍たちがふわりふわりと夜空を舞い上がり sanctuary の土地まで上がってきたのに違いありませんでした。蛍の飛び交う夜闇に立ったのはそれが初めてで、厳かと言ってもいい気持ちで静かにいつまでも眺めていました。彼らの生きられる空気や土や水のある場所続きに sanctuary があるとは、何て幸せなことでしょう。それは、かけがえのない、短い夏の夜の輝きでした。


翌年、その土地は稲を育てることなく捨て置かれ、さらにその隣の土地は駐車場で、夏には度々除草剤が蒔かれるようになりました(その土地が駐車場となったのは、わたしの不動産取引と同時期で、誰が土地を購入するにせよ、sanctuary の土地の取引と関わって起こったことらしいので、胸が痛みます。)

蛍たちはそれきり、姿を消していました。



-- それが、今 ・・・・・。


たった一匹の、しかも切れそうなほど微かな光ですが、蛍は生き残っていたのです。



今日はつくばでのyoga・瞑想の練習会で、帰宅したのは11時近くでしたが、雨に濡れながら台所口を潜るとき、濡れた草むらの中にまた、か弱い緑の光が点滅していました。

蛍、こんなところで、小さな睡蓮鉢しかないこの土地のこの場所で、命を繋いできたのでしょうか ・・・・・? 

ここから南側に出てゆくと、すぐに除草剤をまいてある駐車場の土地。出て行ってほしくないけれど、ここで、命を繋いで行ってもらうためにわたしは何をすればいいの? 



蛍の飛び交う夏の夜を(まだ間に合うのなら)取り戻すのも、永遠に失うのも、わたしたち(人間たち)次第なのでしょう。

少しでも多くの人が取り戻す方を選んでくださることを、わたしは祈ります。

わたしたちにとってかけがえのない風景だから、というだけではなく、蛍の命(そして蛍だけでなくすべての生きものの命)がかけがえがないから、という想いから --。


祈るだけでなく、さてわたしは、この一条の光のために、何ができるでしょうか。













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夏支度

あっと言う間に文月となりました。

天候や、気温・気圧の変動が激しく、一週間前にこちらでは数時間もの激しい雷雨の被害もありました。yogaでお疲れや不調を訴える方もいらっしゃいますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

暑さが苦手で、ここ数年、梅雨の辺りから9月の雨の頃までの長い期間、ぐったりとすることが多かったのですが、今年は元気に過ごしています -- 段々とヒートアップする日本の季節に慣れたのか、「暑い、暑い」と想うよりも暑さを受け入れるような感覚が少しですが芽生えてきたかもしれません。何より、暑いけれど、通り過ぎる風の心地よさを感じたり、朝や夕方の陽の翳りに癒されたり、家屋の工夫や木立の日蔭に助けられたり、生い茂る草木や水辺に目をやったりと、鳥や動物たちのそばで自然と寄り添っていられる暮らしとなったのは恵まれています。(コンクリの中で冷房の助けをかりない分、蚊に刺されながら汗を流すことも増えましたが。)

水無月の後半は、梅雨の合間の夏支度に追われていました。

雨どい

梅雨に入ってまず心配だったのは、気象異常なのかしらと想える天候(激しい雨や雷)と家の湿気。ちょっとした山の麓にあるこの場所に流れてくる水量も相当なものですが、そのうえ排水も悪く、水を溜めてから流すための池もうまく機能してなくて、水を流す工夫のために造った土地の傾斜や溝もままならず、家の北側の土地は浸水状態です。その上、家の雨どいも古くて詰まったり壊れたり ・・・・・ 落ち葉の掃除だけではもうどうにもなりません。といの途中からあふれ出てくる水は、大雨だと ・・・・・ 大滝のよう。

雨どいの付け替えの工事の見積もりを取ると結構な費用 ・・・・・ どうしようかしら、と1年前からぐずぐず考えていましたが、梅雨に臨んで「何とかせねば!」と判断しました。そして、工事の依頼をする直前、sanctuary の一番大変な荒仕事を一手に手伝ってくださるK先生にご意見を伺った途端、「いや、自力でできますよ!」「!」「今すぐ、◎○(ホームセンター名)に行きましょうか?!」「!!!!!」 

あまりにも長いために、途中でたわみ、大滝を作っていた雨どいを途中で分断して、排水できるようにしてくださいました。

雨どい2

しかも、その後わたし一人でもちょっとした修繕ができるよう、やり方や必要な工具も手ほどきしてくださったのです。

早速翌日、雨どいが受けた水が家や庭木を損ねないように、水のルートを作りました。
(K先生、本当に本当にありがとうございました!)

簾

二年前、暑さや日照をしのぐ工夫に取り入れた「すだれ」や「よしず」(2012年6月8日[よしず]と[すだれ]参照)も、随分と古びて弱ってきたので、思い切って新調しました。

台所の南窓、左側にかかっているのが古い簾、右側が新しいものです。古いのは、もう伸びきっていてかなりボロボロです(しかも、古いカマキリの卵塊なんかが、あちらこちらに残っている!)

葦簀

左は葦簀(よしず)。しかも、その外側にグリーンカーテン!

パッションフルーツ

ここ二年続けたゴーヤのグリーンカーテンですが、昨年はあまり青々と茂ってはくれませんでした。連作障害を心配し(連作障害とは、特定の場所で同じ野菜を作り続けるとその野菜が必要とする土壌成分がなくなってうまく育たなくなること。後で話を伺うとゴーヤの連作障害はほとんどないとのことで、単に栄養不足かもしれません)、今年は新たなエコカーテン、パッションフルーツに挑戦です。

-- うまく行くかしら --?

同時に、あの甘酸っぱい実がみのって、鳥さんと一緒に味わえたら、とても素敵ですよね。

つるムラサキ

「つるもの」(つる性植物)なら良いかしら、と想って、よしずの前にはツルムラサキの苗を植えてみました。ちょっと斬新だったかしら?


草刈り後

太陽を浴び、水と土の栄養を吸って、草も樹もぐんぐんと成長していきます。草の緑も木立の緑も、生命力を溢れんばかりに感じさせてくれます。そのままがいい!という想いもありながら、やはり、保護して育てている苗木や草花の周辺、あるいはつる性植物に巻きつかれている辺り、日当たりを作るために草を刈ります。さらには、最低限の通路、家の周辺、小鳥の来る辺り(下から外敵に狙われないため)、と、夏になればなるほど、段々と草を刈らなければならないところが増えてゆきます。そして、日当たりすべてを奪うほど背の高い草、他の植物の成長阻害物質を出す草、種子でゲリラ的に増殖する草も、ちょっとばかり遠慮してもらわねばなりません -- 生命全てを尊重したい!と本道で考えつつも、自然に人間が関わることは結構難しく、矛盾もありますが、それでも、知りえないことや考えが及ばないこと、冒せない領域があること、原罪を痛感しつつ、迷いながら、草刈りや剪定をします(現実には、多分なすべき作業に体力的に追いつけないくらいですが。)

他の地主の方の土地と接している場所も、ご近所迷惑となりそうだったり、それどころか放っておくと勝手にこちらまで除草剤をまかれてしまう可能性がある場合は、キチンと草刈りするに越したことはありません。いつもお世話になり、yogaにもいらしてくださるI様が、土地の前側の草刈りを買って出てくださいました。刈り取った草は、堆肥や草木灰、野菜の周辺の敷き詰めるなど利用します。

夏野菜

この土地では、いろいろ苗を植えてもほとんど野菜が育たず、また、ここは bird sanctuary で、小鳥のための苗木を植えこそすれ、土地も労働力も予算も時間も野菜を育てる余裕はホントにすっかりありません。・・・・・ が、苗木の育たないほどの荒れた土地もあり、少しずつ豊かにするため、土に適した植物を知るため、そしてほんとは何より、いつか本当に困っても食べられるよう(わたしがです)、今の時代に安心安全な種(無農薬の固定種)の命を繋ぐため、今年は思い切って夏野菜作りにも時間を割きました。

キュウリもカボチャも、ウリ科の野菜は全く育たなかったのですが、気功の先輩A様のところから頂いたカボチャの苗を、ひと苗ずつ別の場所(日当たりも土の成分も排水も周辺の雑草もかなり違う場所)に実験的に植えてみました(写真右手の地植えのものも、その一つ)。キュウリも同様 -- さらに、キュウリはポットでも育てます。左手の三つの鉢植えは、手前から青紫蘇(鉢)、四葉キュウリ(ポリポット)、カブ(ポリバケツ) -- 生まれて初めて電動ドリルを使ってポリバケツの底に穴をあけて、この家に元からあった蓋なしのポリバケツをリサイクルしてみました。あれこれやってみて、経験で覚えていくつもりです。

 注: この写真を撮って約10日後の今日、このポットのキュウリと地植えしたひと苗のキュウリが実をつけています! どうもキュウリは、品種によって悪条件でも成長できるかの強さが違うようです。


バジル、オレガノ、Wストロベリー

野菜を育てるのにはまだまだ工夫が必要ですが、大好きなハーブたちは野草に近いからなのか、元気、元気!! ハーブの仲間たちの中には、共生植物として野菜と混植にすると、野菜に虫を近寄らせないという働きもしてくれる子もいます。ただ、彼らの一部は本気で野草化してしまうので、里山の在来植物と境界線を引いたり、食用にする場合は安全に食味や質を維持するよう、気を付けます。

写真は、プランター植えのバジル、オレガノ、ホワイトストロベリー。

バジル、オレガノは、大好きなイタリア料理の助け人(草)。ホワイトストロベリーは、つくばの宿舎にいた頃からお付き合いしてきた苗です。とてもお洒落で甘く美味しい苺なのですが、鳥さんたちは色が白なので(赤か青か黒でないと美味しくないと感じるのか)、全く無視 -- なので全てわたしの口にポイ! 丈夫で玄関前は小さな苺畑(小さなおやつカフェ)です。


バジリコスパゲッティ

バジルが大きくなってきたので、剪定がてら恵みを頂きました。パスタ・ジェノベーゼの一歩手前(一般にパスタをあえるジェノベーゼ・ソースは、バジルの葉、松の実、ニンニク、オリーブオイルなどをミキサーで撹拌して作りますが、わたしはそれぞれをそのまま投げ込んで味わうのが結構好きだったりします。)



時間はかかるし、失敗も多いし、大変な労働だったりもしますが、手足を使って自分に心地よいことを探して、ほんの少しできることから、夏を瑞々しく楽しむ支度をしていきましょう。
















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