hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

お昼寝

白ちゃん昼寝

上の写真の真ん中にある薄茶色いもの -- 何だかお分かりになりますか? bird sanctuary にある中古の民家の北側の窓から見た光景を写真に撮り、そのごく一部を切り取ったものです。

緑濃い葉を広げる植木たち、草も夏の勢いでぐんぐんと伸びて、ふかふかに茂っています。その植え木の根元、草のふかふかした中で、ぐっすりと眠っている白ちゃん(タヌキ)です。


白ちゃんは家の周辺を‘my 居場所’としているらしく、窓から見える北側の庭や、グリーンカーテンの下あたりや、南側の玄関のすぐ前(!)で、良く見かけます。以前は、タヌキがこの場所にいるとしても、奥の竹林、特に人の行かない崖地の薄暗い中に昼間ひっそりと潜み、夕方になるとあちこちの茂みを通ってなわばりを徘徊する -- 夜行性の動物、と思っていました。しかし、白ちゃんは、時に朝早く、時にお昼間、時に夕方と、時間も決まっておらず(決まっているとしたら、雨が降る前によく見かける、かもしれないですが ・・・・・)、しかもこちらの固定観念を打ち破るように、身近のあちらこちらで、面白い行動をしているのを見せてくれます。まあるくなって寝そべっていたり、この写真のように、ぐっすりと眠っているのを見かけたのも、白ちゃんが初めてでした。


タヌキは夜行性なので、昼間寝るのは「お昼寝」(仮眠)ではなく、本気の眠りなのでしょうか。白ちゃんのお昼寝は、ほんとうにぐっすりの眠りです。スヤスヤの眠りが感じ取れるおなかの緩やかな動きは、気持ちよさそうです。でも、時々、見つけると「生きているよね? ね??」と心配になるほど、深く寝ているような動きです。

そして、真昼間、こんなところで、こんなに無防備に、こんなに深く眠っていて、タヌキ的にどうなんでしょうか?





ある日、こんなお昼寝シーンを窓から目撃した後、家族が撮影してくれた写真をご紹介しますね。

白ちゃんがとっても良く眠っていたのですが、鳥たちの餌台に食べ物を補給する時間になりました。しばらく起きるのを待っていたのですが、ずっと眠っているので、「ごめんね、起こしちゃうけれど」とこころで謝りながら、玄関の戸を開けて北側の庭に行きました。

白1


あれれれ ・・・・・

餌台の近くに行っても、起きません。


「ごめんね」と謝りながら、それでも近づくと --


白2


-- ようやく、起きて --

白4


-- 眠そうです。


ごめんね。寝ていたところから、どかしてしまって --


白5


でも、寝起きが悪いタヌキではなさそうです。怒っては、いません。




家族が「白ちゃんは、狸寝入りではなかった」とブログに書けというので、おやじギャグで今日はおしまいです。







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蓮花が還るところ

蓮の葉

皆様の前で散々大騒ぎして、ようやく育てることに決めた蓮の花ですが、青々とした葉っぱをいくつも伸ばしてくれました。

唐招提寺の白蓮、そして一重の桃蓮です。


蓮を育てるのは初めてで、水を濁らさないように取り替え、肥料は最初控えていましたが育ちが遅い感じなのでほんの少し入れて --。

でも、葉っぱは青々と豊かなのですが、花をつけることはありませんでした。

-- う~ん、蓮を育てる智慧と技術も、蓮の花の yoga の修練も、まだまだなのかな ・・・・・・・


yoga では、今年は動的な瞑想として、蓮の花になる動き・祈りをしています。

実際に蓮の花の開くシーズン(6~8月)に合わせ、形を追うのではなく、イメージをするのでもなく、ただ蓮の花そのものになる三昧の境地を目指しているのですが、昨年から大きく、そこへ向かう視野が変わったように感じます。それでも、まだ、もっと豊かに、もっと繊細に柔らかく、それでいてもっと遠くまで花のプラーナが広がるように、繋がるように途切れないように掬い取れるように、そして芯のところから強く薫り高く、、、、と感ずるので、まだ進化する必要があるのは確かです。

根源的なところで、つかみ切れていない何かがありそうです。



一方で、一緒に、そして各々ご自身だけの蓮の花となってくださった皆様の中には、驚くほど美しい色と形の蓮の花や、部屋中に香り広がるような花や、突然何か音を立てて驚いたように妙なる花を開かせてくださった方がいらっしゃって、ため息をつきました。そのような瞬間が訪れたことを、ただただ、yoga の神様に感謝するしかありません。ありがとうございます!


夏の終わりは、ついに蓮の花が散って水に大地に還ってゆく瞑想を行います。散るところなんて、悲しい、淋しい、ということは全くなく、大いなる生命の根源のところへと静かに還ってゆく、ゆったりと心安らかな、包まれるような感覚です。生命の根源 -- それは、どんなところ(? 境地?)でしょうか?  風に揺れる小さな葉っぱも、わたしたちのからだも、そこと繋がっているので感じ取れるという気はするのですが、感じるためには天地を繋ぎ、もっとこころを静かに、からだを透明に、そして感覚を研ぎ澄ませて、普段の時間を忘れて自然のリズムに合わせて耳を澄まさなければならないかもしれません。


・・・・・ いざ!!







メダカちゃん
  
 (花は咲いてくれない唐招提寺の白蓮ですが、とても
 不思議なことがありました。春のある日、鉢の中にいる
 小さな生きものたち -- たいていはボーフラです --
 の一つが気になり、その生きものだけは白かったのですが、
 毎日観察していたら、それはメダカの稚魚でした!!!
 
 ネットで遠くから購入した蓮の根っこにくっついていたのか、
 同時に購入した土に交じっていたのか ・・・・・ 蓮の根に
 メダカの卵が奇跡的についていて、それが、ビニール袋に
 入れられて梱包され搬送され、下手なわたしの根っこの
 植え付け時にも無事に生き残って、奇跡的に一匹が孵った!
 と思われます。

 たった一匹で生まれ、たった一匹で(餌も上げていないのに
 土と水の中の何かを食べて)育ち、一匹で泳いでいるその子が
 不憫に感じられて、迷ったけれど大人のメダカのいる睡蓮蜂の
 方に移してみました。新入りよそ者の子どものメダカがいじめられ
 ないか、最悪食べられたりしないか、ひやひやしてしょっちゅう
 のぞいていたのですが、大人のメダカたちはすんなり受け入れて
 くれて、今ではその鉢の群れの中に混じっています。

 よかった。

 花は開かなかったものの、そのメダカは白蓮の子どものような
 気がしています。)






 
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クロニちゃんの存在

皆様に、重大なご報告および訂正をさせて頂かなければならないかもしれません。
(← って、オーバーかもしれません、済みません 笑)

この春から登場しているタヌキの白ちゃんと黒ちゃん -- 関心を持っていただいたり、気にしていただいたり、共感していただいたりと、ありがとうございます!

これまで、bird sanctuary に登場するタヌキさんたちのことを、たびたび綴らさせていただいていましたが、そこでの事実をかいつまむと、

 ・タヌキ一家がここで冬越しをしていた。
 春となってお母さんと子どもたちとなり、
 わたしが出ていくとお母さんが子どもたちを
 裏山に逃がしていた。

 今は子供たち二匹を見かける。
 
    -- 『生きものたちよ ・・・ 命たちよ ・・・
        (5月20日ブログ)

 ・今やってくるのは、二匹のタヌキの子ども。
 お母さんも、見かけなくなった。

    -- 『白ちゃんと黒ちゃん
       (6月22日ブログ)

 ・二匹のタヌキ、白ちゃんと黒ちゃんは
 それぞれ個性があり、それが益々はっきりしてきた。

   -- 『白ちゃんと黒ちゃん -2-
      (7月12日ブログ)


そして、最近の『夏、突き抜けて』(8月11日)で、あまり現れなくなった黒ちゃんが現れ、少し風貌が変わったものの、相変わらず目ヂカラが強いことを報告させていただきました。

ですが、ここでご報告させていただいた黒ちゃんは ・・・・・ 実は、黒ちゃんではなかったかもしれないと今は感じています。

このブログ(8月11日)を綴ってから、黒ちゃんとはほぼ毎日、遭遇しています。

そして、タヌキさんたちを観察することから、新たなことが分かってきました。

・・・・・ この春、子どもたち二匹を観察していました。そして、白ちゃんと黒ちゃんが、時々、交互に現れていたので、彼らがその二匹だと考えていたのですが ・・・・・ もしかすると(かなりの確率で)、間違いだったかもしれません。黒ちゃんは、顔つきも所作も本当に子どもっぽく、それに比べて白ちゃんは、随分とお姉さんの感じで、黒ちゃんの面倒を見たり食べ物を譲ったりしていました。それでも、大人のタヌキと言うには幼い感じがするのですが ・・・・・ もしかすると、春先に見たお母さんと二匹の子どものタヌキ、ということからして、白ちゃんは黒ちゃんのお母さんなのではないかと想い始めました。

そう思い始めたのは、クロニちゃんの存在です。

ここ二日ほど、北側の庭の奥の茂みの方に歩いていくとき、黒ちゃんを見かけるのですが、一瞬、‘あれ、黒ちゃんが二匹?!’と感じることがあったのです。そのとき白ちゃんは、わたしの後からついてきました(笑)から、その二匹は黒ちゃん・白ちゃんではありませんでした。

・・・・・ ほんの一瞬で、瞬きをすると、黒ちゃんはやっぱり一匹ぽつりといます。

目をごしごしこすって、錯覚だったのかな、というほどの瞬間のことでした。


ですがここで、わたしは疑い始めました。

春先に見かけたのは子タヌキ二匹。それが、白ちゃんと黒ちゃんではどう見ても黒ちゃんの方が子ども。大きさも、表情や姿も、観察できる互いの関わり方からしても、子どもです -- それでは、白ちゃんは子どもではないのだろうか。確かに、黒ちゃんよりはずっと成長しているし、動作もゆったりのんびりで、度胸もいいし、人間の動きを判断して危険がなければ逃げ出さないあたり大変な落ち着きと判断力がある。ですが、白ちゃんが春先に見かけた子どもではなくお母さんだとすると -- それほどの大きさはないように思えるし、表情もあどけないように感じられるし、何よりも、春先にお母さんと認定したタヌキのあの、真っ白ふさふさの体毛も、白く面長な顔つきも、やっぱり違うと想えるのだけれど -- タヌキの毛は今は夏仕様でとても薄く、それが冬にはもこもこになることが分かっていても、やっぱり全く違って見える。お母さんとも捉えにくいし、二匹の子どもの一匹とすると、黒ちゃんとは違いがあるし ・・・・・ でもあの一瞬観えた‘二匹の黒ちゃん’は、幻覚だったのかな?

-- で、どっちなんだろう???


そして今日、夕方作業する中で、まず黒ちゃんが現れ、次に白ちゃんが現れ、そのまま作業を続けていると、薄暗がりの中にやっぱり、‘二匹の黒ちゃん’が一瞬だけ現れた気がしました。

「あれれ」 ・・・・・ 驚かさないように、よくよく観察します。‘おやつ’にあげたビスケットを白ちゃんがくわえて、歩いて行った茂みの先で ・・・・・ 「キュ~ン キュ~ン」と時折耳にする微かな甘え声がして -- あ!!! -- 二匹のタヌキがいます。が、黒ちゃんは別の回り道から自分の分の‘おやつ’を狙っています。

そして、ほんの一瞬、8月11日のブログで「少し風貌が変わった」と綴ったクロニちゃんの顔がのぞきました(すぐに隠れました)。

やっぱりやっぱり、黒ちゃん、黒2(クロニ)ちゃん、二匹の子タヌキがいます。

二匹とも顔が黒いですが、黒ちゃん(目ヂカラが強く、おやつが食べたいと前へ前へと出てきてしまう子)は細面で、困ったような泣きそうな細い顔をしています。

他方、何度か瞬間的に目にしたクロニちゃんは、それより少し丸顔で顔の黒味も薄く、多分8月11日のブログで報告させていただいたのはこの子の方です。「多分」です -- というのは、この子の方は恐ろしく警戒心が強く、わたしが出てゆくと、白ちゃんと黒ちゃんが外に出ていても素早く隠れてしまっていると推測されるから。8月11日に見かけたときは、夜闇が濃かったから出てきたのかもしれませんが(黒ちゃんと顔つきが違っていたから)、それでもこの警戒心の強さから言って、これも黒ちゃんだったのかもしれません。

クロニちゃんの存在を認めるなら、これまで白ちゃんが何度もおやつをくわえて草の茂みの奥まで入っていったこと、そしてそこであの「キュ~ン キュ~ン」という甘え声が聴こえていたことも、得心が行きます。白ちゃんは、草の茂み深くに隠れているクロニ(黒2)ちゃんにおやつを持っていってあげていたのではないでしょうか。

それでは、白ちゃんが、春に見かけたお母さんタヌキなのかどうか、どのくらいの確率で仮定できるのでしょうか。

黒ちゃん、白ちゃんの顔も姿も、もっと、もっとよく観察しておくべきでした。



黒1ちゃん1

黒1ちゃん2


こちらは、目ヂカラのクロ(黒1)ちゃん!

一枚目の写真では、鼻の横に草の葉をつけたまま訴えています。




ここまでの推測の筋が通っていたとして --

クロ(黒1)ちゃんとクロニ(黒2)ちゃんの警戒心の強さは、全く異なります。

この違いは、どこから生まれたものなのでしょうか。


これまで、鳥と親しくしていて --
感じることがあります。

生まれつき、警戒心の少ない子と強い子、好奇心が強くすぐに寄ってくる子とそうでない子、親しく懐いてくれる子と距離感を保つ子、ひょうきんでふざけ屋さん、あるいはからかう/からかわれるのが好きな子と真面目で堅物な子、と様々な鳥がいます。これは野鳥でも同じです。ただ、とても悲しいことに、これまでを振り返るなら、前者の子の信頼を、わたしたち人間の方が裏切ってきたのだと想います。そして恐らく、今いる鳥たちの多くは、後者の子たちの遺伝子を受けついているのではないでしょうか(それに、生まれるとすぐ、親やら仲間やらが命がけで警戒するように促します -- そうしていてすら、生きてゆくのは厳しいです。)

(違う時代のことを調べると、あるいは異なる文化圏に行くと、鳥との距離もまた異なることから、このことはかなり確信できます。)


・・・・・ それでも、ほんのごくたまに、野鳥であっても、好奇心が強く、何故かひょいと種の垣根を飛び越えてわたしたちのところにやってくる子がいます。

おバカだから、なのではなく、好奇心が強く自分の生活圏外にも目を向けられる(おそらく知能が高い)力を持っているからなのではないかと想えます。

きっと、野鳥だけでなく野生動物でも似たようなことが起こっているのではないでしょうか。



わたし個人は、そういう子を目撃すると、わたしたちに向かって、何か大きな意味を持つ友好の手が差し伸べられているような感覚に囚われます。

・・・・・・・

その手に対して、信頼に足るわたしでありますように!

その手が、人間への信頼を失うことが未来永劫ありませんように!!


それが、わたしの夢見る明日です。


さらに、警戒心の強い子たちにも、無理強いすることなく、適度な距離を保ちつつ、人間たちが信頼に足る存在であり続けられますように!!












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夕闇に清く

お盆の混雑を避けて遅めに出かけた買い物から戻ってくると --

ヨルガオ

この夏初めて、ヨルガオの花が開いていました。

「夕顔」として良く知られた花です -- でも、ユウガオという名の植物は、正式にはウリ科のカンピョウの元となる野菜です。夕方に開く、この美しい花はヒルガオ科で、ユウガオ、と呼びたくなりますが(現にそうして園芸コーナーで売られていますが)、本名はヨルガオです。

この夏は、とりどりの青の朝顔たちが午前中を楽しませてくれていますが、夕方のこの花の美しさも格別です。


朝顔には、天性の明るさと言うか、空高くの色や湖面の色など、透明度の高い色を素直に映し出したような、自然なそのままの明るさがあります。そして朝の喜び、一日の豊かさをパーッと広げてくれます。一方で、しゃがみこんでこのヨルガオと対話していると、夕闇の迫る中なのに一歩も引かないような純白の清らかさ、品格を感じます。


どんなに闇が深くなっても、純白は純白、pure white なままで、お花は夜を越しそうです。











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色の魔法

西荻窪のほびっと村2Fのプラサード書店で、一昨年もとめたつるありいんげんの種 -- 『たねの森』さんの無農薬・自家採取可能な健康な種です。その種を土に蒔いて、発芽した苗を、今年はグリーンカーテンに植えました。

つるありいんげん1

ぐんぐん、ぐんぐん、背を高くしていって(あまりグリーンカーテン向きではなかったみたい 汗)、スナップエンドウの純白の蝶々のような花と違い、こんなお洒落な可憐な花をつけました。



そして、お花が終わって実を結ぶ段になって驚いたのですが ・・・

つるありいんげん2

こんなに、濃い、紫紺色の鞘のいんげん豆となりました。なかは瑞々しいグリーンなのに、お洒落と言うか、どぎもを抜かれるというか、始めていただく、紫紺色のいんげんです。(でも、紫の野菜は健康にいいと言いますね。)


つるありいんげん3

昨日は、見事な鞘の中から残して乾燥させておいたものを、来年のための種(豆)とりをしました。

不思議なことに、枯れると鞘は普通の枯れた色となり、その内側は白くて、お豆は普通の薄茶になっています。



・・・・・ さて、来春に種蒔きして、来年の夏にはどんな鞘のいんげん豆ができるのでしょうか?




遺伝子組み換え、農薬やポストハーベストその他の汚染、ネオニコチド系の農薬の生態系への重大な影響と、からだにこころにおいしいお野菜を頂くのがそんなに簡単じゃなくなっていますが、お豆類に関しては、うちのような荒れ地、わたしのような素人、あるいはプランターでも、ほっこり楽しく毎年の恵みが頂けそうですよ!









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夏、突き抜けて

立秋を過ぎて、暑さは厳しいものの、ようやく「涼風至(すずかぜいたる)」の候となりました。

台風のやってきた盂蘭盆会、いかがお過ごしでしたか。
がらりと空気の変わる、地方のお盆を過ごすのも約三年目です。

先週末には、つくばの気功の先生が新たにお創りになった庵(研究所)でのご神事があり、そのおすそ分けのとても気持ちの良い時間を過ごさせて頂きました。山の庵に修練を積まれた方々が集まり、美しく整った祭壇を前に、先生の先生、気功の大先生が祝詞をあげてくださる中、空は青く高く突き抜け、空気は澄んで、緑濃い草木が光を宿して喜びを抱いていました。場の天地が繋がれるとは、こういうことかしらと感じることができました。

今もまだ、その余韻を連れ帰ってきたのか ・・・・・ 木々の中に光が観えます。闇が深くても、雨雲がやってきて薄暗くなっていても -- 暗闇があるからこそ、光を抱く木々があるのかもしれません。


ここのところ bird sanctuary に6~7羽の雛を連れてくるコジュケイたちは、無事に子育てをしているようです。

雀たちの食べ残した(もとは文鳥さんたちの食べ残した)ご飯の残りをついばんでいるのでしょうか。いえ、それだけでなく、どうもうちは「安全な場所」と認識されたらしく、雛たちを遊ばせていたり、ご夫婦でのんびりしていたり、いつもの「チョットコイ」という鳴き声でなく、独り言のように奇妙なぶつぶつ声で鳴いていたりします(最初は、蛇にでも狙われているのかとぎょっとしましたが、どうも独り言のようです)。


タヌキの白ちゃんは、グリーンカーテンの近くのみならず、最近は玄関前までやってきて、のんびりしていたり、どうもわたしを‘偵察’(??)(玄関の‘扉の向こう’にわたしがいることが分かっているみたい)しているらしかったりと、のんびりおとぼけタヌキの度合いが増しています。が、黒ちゃんは子ども時代から成長しつつあるのか、葉月に入ってからは、夜闇が濃くなってから白ちゃんとともに一度現れたきり、白ちゃんと鳴き交わしているので茂みの向こうにいるらしいのに殆ど姿を見せなくて、特にお客様がいらしていたりすると気配も全く見せなくなりました -- 気になるし寂しい気もするけれど、野生の子だから無事でいてくれたらその方がいいのかも、と想っていましたが、今日はまたまた現れました。

細面の真っ黒な顔が、少し濃い黒味が取れて前より丸顔になっていましたが、目力の強さは変わりません。

久しぶりに対話していたら、はっと気づくと面白いことに、片方の耳が裏返ってしまっていて、まあるいその耳はとっても柔らかなのだと分かりました。そして -- 仕事をしながらちらちら見ていたら、黒ちゃんのその裏返った耳を、白ちゃんがぺろぺろとなめて、元に戻してあげていました。

二匹は本当によく一緒にいて、仲良しです。

これから季節が変わり、二匹の生活環境が変わったにしても、生きもの達には大変な世界ではありますが、ここだけは安心して暮らせる場所、戻ってこられる場所であり、どうか二匹とも無事に生きていってほしいと祈らずにいられません。



暑さはきっともう、折り返し地点を過ぎ、

生命の力は鮮やかな目で、早くも次を観ている

堂々と、隆々と、立ち上がりそびえていた雲は

優しく薄く、たなびくように流れ始めて、

朝や、夕に、薔薇色や虹色を蓄えた光が反射する

振り向くと、影が大きくなっていてわたしたちはどきりとする

ハイテンションの、大声のお喋りはもうやめよう

琴線に触れる音に耳を傾け、囁き声で話そう、

風の音、虫やカエルや鳥の声、

耳に満たされている沈黙

涼しい瞳に映る夏のかなた




キュウリ
 (野菜ポットでうまく実ってくれたキュウリ)

チリ
 (唐辛子、鷹の爪と、それより数倍辛い
 ハバネロの収穫)

マーシュマロウ
 (アオイ科のハーブ、マーシュマロウの花。
 薬効が高く、昨年から大切に鉢で育てています。
 ふわふわお菓子のマシュマロと同じ名ですが、
 実は昔はマシュマロづくりでこの根の粉末が
 用いられたと言われています。地味かもしれませんが、
 この花をとても好きです)

グラジオラス
 (純白のグラジオラスの花。
 この春はイノシシ君がやってきて、お花の
 球根はみんなやられてしまったと諦めて
 いましたが、自然はちゃんと素敵なプレゼント
 を残してくれていました。)







今日は満月。

月を観ていらっしゃいますか。

わたしももう一度、夜空を仰いできます。

ご一緒に月を観ませんか。



















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葉月

再び、東京・神奈川にて、目まぐるしいけれども充実した、胸の奥がキュッとなるような時を過ごして、bird sanctuary に戻ってきました。ご指導・ご支援くださった先生・先輩方、一緒に過ごしてくださった方々、素敵な時間を共有してくださった方々、ありがとうございました!

もう葉月 -- 本格的なカーッとした暑さは、あと一か月でしょうか ・・・・・。都会ではどうにもなりませんが、日中はなるべく家にいて、家を吹き抜けるように風を通し、汗をかいては着替えて、基本冷房は使わない生活も三年目となりました。昼間は都会以上の気温となることもありますが、夜や雨降りになれば涼しく、夜に冷えたままうまく保てば午前中の早いうちは家の中は冷えています。たまに扇風機を使いますが、エアコンは基本、家の中に虫が出ないための湿気対策に使うのみです。

暑さに抵抗するのではなく、受け止め従う暮らし方、グリーンカーテン、汗をかいて水シャワー浴びて着替える、簾やよしず、打ち水、生野菜や海藻も増やしますがたまに汗をかく熱い食事でからだの芯は暖めること、暑さ対応のYoga ・・・・・ 昨夏までは7~9月は暑くてぐったりし何も手につかずに焦っていて、慣れるのに三年かかりました。この春から開業された気功の大先輩のところで持病の治療を受けているせいも大ありですが、今年はからだがしゃんとしています。


昨日昼頃、ピーョ、ピーョ、とちょっとけたたましく聴いたことのない鳴き声がするので、急いで窓から覗いてみると雀たちのために置いた餌台の下に薄いブルーと赤い色の模様の入った美しい鳥と、小さな黒い影がたくさん見えました。この春に来ていた雉のお母さんがまた子育てを始めたのかしら ・・・ ?と双眼鏡で眺めると、今度は雉のお母さんではなく、コジュケイのお母さんでした。黒いチビたちはひょこひょこ ・・・・・ 6、7羽はいます。コジュケイは、安全だと分かり慣れてくると警戒心をほどくこともありますが、ふつうはとても臆病なので、家の中でも音を立てないよう、そうっと見守りました。

3時ごろ、今度はケケケケケと奇妙な、けたたましい声がして、驚いて窓のところに走っていきました。するとなんと、昼頃雛たちを見かけた餌台近くに、タヌキの黒ちゃんがぼーっと立ち竦んでいました。けたたましい声に対して、わたしと同じく、ぎょっとしているようです。気を付けてよく見ると、コジュケイのお母さん(かお父さん)が、少し離れたところにある、庭の大きなアーチのてっぺんで体を大きくして、大げさな身振りで、その「ケケケケケ」を叫んでいます。普段のコジュケイはおとなしく臆病で、上にはカラスもいるのに、絶対にこんな場所に無防備に立って体を大きくして目立つ叫び声をあげたりしない -- おそらく近くに先ほどのチビたちがいて、のっそり出てきた黒ちゃんに対して、親が強い警戒の声を発して、雛たちに「危険な動物がいるわよ。身を伏せてじっとして。絶対に動いて出てきちゃダメ!」と言いながら、自分のほうに注意をひきつけているようです。黒ちゃんはまだ子供で、(タヌキが鳥のヒナを襲って食べるということもあるらしいですが)普段のおっとり度合いと、「な、なんだよ」と言わんばかりのその表情から、ただひょっこりと歩いてやってきただけだったのでしょう。逆にタジタジとなって歩いていきました。「黒ちゃん、そっち行っちゃだめだよ」と思わず独り言を言ってしまったわたしも、それを見届けて、窓からそっと離れました。


今日は夕方から急に暗くなって、激しい雷雨がやってきました。

今年に入ってから三回目。一度は、給湯器が落雷でやられて、大変な損害となりました。

今回も空の稲光と激しい音を聞きながら、一瞬停電となり、冷や汗をかいたのですが --。

落雷のやってくる前におもしろかったのは、生き物たちみんながそれを予期しているかのように行動するように感じたことです。

雀たちは、いつもの夕方のごはんタイムを繰り上げ(「ひどい天気になるから、クイッパグレないよう、今のうち食べとかなきゃ」)、そして雨が来るのか植物たちの水やりが必要かどうか見に行こうと外に出たら、タヌキの白ちゃんがいました。鉢物の世話をして玄関に戻ったあたりで振り向くと -- 白ちゃんがついてきていたのです。玄関のあたりでクンクン匂いを嗅いでいることもあり、また、玄関の扉を開けると音を聞きつけて中庭まで出てくることもあったのですが、子犬のようについてきたその行動に「えっ」と思い、そのまま中に入ったものの、気になってまた扉を開けると --。

-- 玄関のところで、待っていました!!

「白ちゃん、どうしたの?」と尋ねたものの、雀たちと同じだということが分かってしまいました。

(「いつもは夕方、おやつをくれるんだけれど、今日はこれから雨になるの。大雨だから、ずぶぬれで待っていられないから、今のうちにおやつタイムにしてちょうだい。」)


・・・・・・・ プチマドレーヌと芋ケンピ、くわえてもっていきました。



アマガエル
 (朝顔の咲くベランダで、瞑想モードのアマガエル君)














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