hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

黒ちゃんは着々と冬に備えています。

黒ちゃんA







この春から、bird sanctuary 奥の竹林から夕方になると北側の庭に、タヌキさんたちが表れて挨拶をしたり、交流したりしてくれています。

土地にご縁をいただいて以来、代々この土地の住人であるらしいタヌキさんたちを目撃してはきたのですが ・・・・・。 この春生まれたらしい黒ちゃんは、そのお母さん(お姉さん?)らしき白ちゃんと共に、わたしとちゃんと(?!)交流してくれた初めてのタヌキさんです。

とても臆病ですが、好奇心いっぱいにわたしの作業を2mくらいのところから‘見学’したり、‘おやつ’があると欲しくて欲しくてぐんぐん前に出てきてしまう黒ちゃんは、夏を越して随分と大人になりました。

上の写真は、八月末の黒ちゃんです。この時は白ちゃんと一緒にいて、黒2ちゃん(弟分か妹分で、とても臆病で姿を現しません)もいて、物置小屋に入っていたわたしを覗きに来たところです。

この後、9月に入ると --

黒ちゃんD

あれれ -- 細面の黒い顔が、少し丸くなり、体つきもしっかりしてふさふさの毛で覆われています。

これは9月下旬の写真です。9月に入ると、黒ちゃんは相変わらず竹林の奥から現れますが、白ちゃんは時折、南側の玄関口や門のあたりでしか見かけなくなりました。明らかに、白ちゃんは黒ちゃんや黒2ちゃんと別行動をとっていました。そして、9月の半ば過ぎ、白ちゃんはばったりと姿を見せなくなりました。

かなりショックで、寂しかったです ・・・・・ でも多分、白ちゃんは、自分の棲家であり黒ちゃんたちの面倒を見たこの sanctuary を黒ちゃんに譲って、別天地を探したのだと思います。きっと、子どもの成長につれて、ある時期になると、そういうことが起こるのでしょう。

最初のうちは、夜どこかで動物の喧嘩の声が聞こえると心配して耳を澄ませ、前の国道で車の急ブレーキの音が聞こえると思わず外に出て様子を見に行ったりしていました。でも、ここまでで観察してきたここら辺のタヌキさんの行動は、隣の公園や上の神社も含め、かなり広範囲なので、白ちゃんはどこか別の場所に今はいて、いつかまたひょっこり、おやつをねだりに来てくれると信じることにしました。

(本当はこころの底からもう一度、白ちゃんに会いたいです。野生の生きものとの出会いは一期一会で -- 今の自然環境は彼らにとってとても厳しいものでありますが、それでも -- 何物にも束縛されず、媚びず、自由でいる彼らの野生のこころへは敬意と憧憬しかありません。そして、だからこそ、再び奇跡のように邂逅が叶うことを祈らずにはいられません -- 白ちゃんが無事に生きていて、再びわたしに会いに来ようと想ってくれるのは、白ちゃんと自然の神様の意思に他ならないですから。)


そして今 --

黒ちゃんOct14

好奇心いっぱいで目力あふれるあどけない表情と、びっくりするとすっ飛んで逃げ、呼ばれたりおやつがほしいと一目散にちゃかちゃか走ってきた黒ちゃんは、すっかり大人の貫録を身に着けました。タヌキらしいコロコロした体型、毛並みもふさふさで、冬の備えもしっかりとできています。

警戒心も強く、用心深くなり、わたしが一人で作業しているときは、前と変わらず近寄ってきてくれますが、他の方(ヒト)がいたり、ちょっと環境に変化があると、茂みの中から(わたしにはそこに居るのが分かるのですが)出てこないでぴたりと静かにしています。また、とりわけ黒ちゃんは、どれだけでもおやつが食べたいと目で訴える、生粋の‘食いしん坊’だったのですが、そこも大人になったのか、ある程度食べると、「もういいわ」という表情をするようになりました(お腹がとてもすいているときと、そうでないときを教えてくれます。) 


ここ一週間ほどは、雨降りやわたしが外出している夕方を除き、夕方になると作業しているわたしのところに挨拶に来てくれます。「クロちゃん!」と呼ぶと、茂みからゴソゴソ音がし、やがて顔をのぞかせます。立ったままだと人を大きく感じて怖いのか、そっとしゃがむと、また少し近づいてくれます。話しかけると、聞いています(笑)。 (逆に、黒ちゃんに構わず何か作業していたりすると、いつの間にか現れ、後ろから覗いていて、振り向くとばっと逃げたりもします。) 


そして、少しおやつを食べると、以前のように奥の竹林に戻っていくのではなく --。

これまで全く行かなかった東側の藪で音がして、そこから姿を現します。

わたしの方を振り向いて、時にはそのまま、時にはもう一口だけおやつをもらい、それを銜えて --。

まるで、「ほんじゃま、ちょっと行ってくるわ」とでも言うかのように、隣の竹藪のほうに歩いてゆきます。

その先には神社の鳥居やお手水があり ・・・・・ 黒ちゃんはきっと、これまでは行かなかった場所を新たに巡回場所にして、そこにはタヌキの集会場所があるのか、それとも恋人探しができそうな場所があるのか ・・・・・ 想像ですが、他のタヌキさんたちもいる広い世界への扉を開いて、いろんな冒険の旅を始めようとしているようです。

(気を付けて)「行ってらっしゃい」。


「夢は、いつかリボンを付けた可愛い女の子のタヌキを連れて、ここに戻ってきてくれること」と家族は言います。(が、そもそも黒ちゃんは、男の子なのでしょうか? -- まあ、どちらかと言えばそういう感じがしますが、タヌキの性別判断、結構難しいです。)













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秋に触れる暮らし

台風の影響はいかがでしたか。
こちらは、心配していたほどのことはなく、無事に通り過ぎてくれました。


先の三連休の一日、久しぶりに水戸の気功の先輩のおうちにお邪魔してきました。

95歳になられる先輩のお母様と、先輩のA様、妹様と、女性ばかりのご家族ですが、居心地の良いそのおうちは、人がひっきりなしに訪れて、みな家族みたいに長居していきます。

夏前から、お母様が時折頭痛になられることがあり、お役に立てるならと気功マッサージをさせて頂いています。(気功でも、わたしは強いパワーを出せないのですが、かえってそれがパワフルなマッサージ師さんよりもお母様には相性が良いみたいです。) 若い方々よりも、柔らかいからだに綺麗なエネルギー、健やかでいらっしゃってびっくり!! 気圧の変化などにとても繊細で、急に低くなると頭痛になられるようですが、妹さんにもマッサージの仕方をお伝えさせて頂いておうちでその都度対応できるようになってきています。

普段は鳥さんとタヌキちゃんとしか会話をしないので(!)、温かく賑やかなご家族の中に入ると急に人間を思い出します(?!) 芸術家でもあるAさまのおうちは、隅々までよく片付けられ、掃除されて、美しくシンプルです。

秋の花々

その朝 bird sanctuary で摘んだ、お花を活けてくださいました。白式部(ムラサキシキブの紫の実は、鳥さん用ですが、白い実は鳥さんには不評なのです)、姫芙蓉(横浜のH先生のところから頂いた苗が大きくなりました)、野紺菊、犬蓼。

そして -- !!
休日は妹様も加わって、いつもいつもとても美味しいお料理を御馳走してくださいます。vegetarian のわたしのために、いつも豪華な野菜尽くし -- この日は野菜たっぷりの彩鮮やかなちらし寿司をメインに、さすがとうなるお母様の秋野菜の煮物(大根、里芋、人参、蒟蒻、お揚げなど)。そしてたっぷりの絶品お漬物に、出来立ての釜揚げ豆腐(すぐ近くにお豆腐屋さんがあります)、新鮮な大盛りサラダ、デザートに珈琲ゼリーでした。

とにかく、彩も健康も安心安全も考えた季節ごとの旬の野菜が沢山で、その野菜の多くは弟様が作っていらっしゃる家庭菜園から! 野菜は毎回、お豆腐やらお揚げやらも加わって、色んなニコニコ顔、輝く顔の料理に現れます。三人の女性それぞれが得意とされているお料理がみな違って、とても賑やかです。そして、ずっと日々の暮らしを大切に丁寧にきちんとされてこなければこんな味にはならない -- と一口ごとに感じます(自分のが -- 情けなくなるほど)。 特に煮物とお漬物、そして野菜のてんぷらは -- わたしには一生追いつけないし、またここで頂くとこの先高級割烹も全然行きたいと思えません!


御馳走
 (今回のお食事は撮らせていただくのを忘れたの
 ですが、これは9月に伺ったときの食卓。

 炊き込みご飯と秋野菜の蒸し物、お味噌汁、
 サラダにお豆腐、刺身蒟蒻など。この後、
 手作りのフルーツ寒天寄席のデザートが
 ありました。)


気持ちの良い空間で、沢山の和やかなお話をして、贅沢な時間を過ごして --。


秋の野菜

採れたての秋野菜を弟様が届けてくださいました。

見事に大きな冬瓜、空芯菜、四角豆、紫の唐辛子(熱すると緑になりますがアントシアニンたっぷりだそうです。全然辛くないです。) 

さて、新鮮なうちにどうしよう? 
わたしにも野菜料理の神様が降りてきてくれるかしら?














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sunflower seeds

台風が近づいているようです。

皆様のところはいかがでしょうか?

十分にお気を付け下さいね。


10日ほど前ですが、冬に備えて、鳥たちのためにヒマワリの種が届きました。

ヨーロッパ産ヒマワリ

こちらはヨーロッパ産のヒマワリの種。震災後は、国産ヒマワリの種が手に入りにくくなってしまい、また値段もとても高騰しています。それでも農薬等ができるだけ少ない、鳥たちが食べて、土に還って、安心な種を探して、鳥のための無農薬栽培シードを販売されているお店から購入しました。(その季節ごとに、規格に合った種を輸入するそうで、ヨーロッパのどこの国のものかは分かりません。)

アメリカ産ヒマワリ

こちらの大粒のものは、アメリカ産です。日本野鳥の会のサイトから注文しました。


すでに、シジュウカラ、ヤマガラ、エナガ、コゲラといった鳥たち、稲刈りが終わるまでは田んぼに行っていたらしい雀たち、群れをつくったヒヨドリ、メジロたち、それにカケス、カラス、獲物を狙っているらしいモズ、池にはカワセミと、様々な鳥たちが飛来しています。今はまだ柿やらガマズミ、ムラサキシキブ、ウメモドキなどの実に加え、虫たちも多いので本格的な餌台設置には間があります。が、ヒマワリの種の値段が上がり、売り切れる場合もあるここのところの状況を心配するなら、とにかく何とか冬の寒い間をしのぐだけの量は、確保できました。

このヒマワリの種と、雑穀(一緒に暮らしている文鳥さんたちのために常に安心なものを確保しています)、キジバトさん用の無農薬トウモロコシの種、ヒヨドリやメジロ用のミカンとリンゴ、これが厳寒期に sanctuary のレストランに並ぶメニューです。どれも何とか安心安全なものを、できるだけリーズナブルに確保するために智慧と情報力を駆使しなくてはと想います。

そして -- これまで幾度も試みてうまく行かなかったのですが -- 来年こそ、ヒマワリの種は自家栽培を目指します。この土地はじめじめしすぎて、土質も合わず、またすぐに他の草の方が繁茂してしまい、毎年失敗しています。ですが、安心安全な種を安価に得るには、もうこれしかない!! -- お野菜の栽培(こちらもうまく行かなかったのですが、少しずつ智慧がついてきました)で得た知識と技術を生かして、成功させたいですね! 

(ちなみに、雑穀の方は、粟や黍、また神奈川のH先生が送って下さった韃靼そばなどがこぼれ種で育っています。それも、雀たちをはじめ、カワラヒワ、アオジ、もしかするとベニマシコも頼りにしていると思います。こちらも、もっと積極的に育つようにしようっ!)


皆様の暖かな励ましやご助言、綺麗なエネルギー、そして気功の会の皆様が集めてくださった貴重な御寄付とご助力、無駄なく何倍にも大きくしてここから地球全体で活かせるようにと動きながら -- 時に?しょっちゅう?失敗・停滞・試行錯誤もあるけれど -- そのためには、自然の循環に頼り、できるだけ寄り添って、その循環を大きな渦にしていくことが鍵だと思います。まだまだ、いろんな人に理解・納得・共感していただくには、智慧も力もエネルギーもありませんが、そうしたことの基礎として、自然の神々の声を聴くことができれば、種の循環も、土の循環も、水の循環も、その中で渡り鳥たちが毎年益々頼りにしてくれることも、里の鳥や夏鳥たち、その他の生きもの達が子育てをして命を繋いでくれることも、冬鳥たちが厳しい寒さを乗り越えることも、この地で可能となると信じます。




ネットにあがっている調査や経験的な情報だけでなく、近くの市でもスズメ、そしてハチやトンボやチョウが農薬のせいで激減しているという噂を聞くます。それでも、この7~10月、1400坪ほどの(しかも多くは荒れた竹林)の sanctuary には、雑穀や虫を食べ、常緑樹や瓦の隙間に寝泊まりするスズメたち、花蜜を集めるミツバチやチョウやガたち(蜜を絶やさないために、お花を求めて幾度種を植え付け、失敗してガーデンセンターに走ったか)、心地よさげにすいすいと空間を分断し、風を乗り越えてゆくトンボたち、それにカマキリやクモ、もちろん蚊も虻も!、トカゲやカナヘビ(その他もっと大きな蛇さんたち)も -- どれも人間が生態系に与えるダメージによる激減が噂されていますが -- ここでは結構な密度で、生態系の循環の輪の中に存在してくれています。(タヌちゃんもそうですが、彼らについては後日改めて報告させてくださいね。)

皆が生態系に決定的なダメージを与える農薬・除草剤・遺伝子組み換え生物などの使用を控えてくれるようになり、これまでのダメージから少しずつでも回復・再生していく智慧が得られるまでの、もう少しの間、この空間ができる限り多様な命たちの箱舟となってくれますように! 箱舟といっても、孤立していないし、むしろ世界との精妙なつながりの中にある小さな空間なので、そこでできることについての最高の叡智を自然が授けてくれますように!


台風がさらに近づき、気圧がググッと下がってきました。

太陽や月、大きな木や鳥たちとだけでなく、台風のエネルギーもまたわたしたちのからだに直接作用します。激しい雨風、気圧の変動、敏感な方は軽い運動や瞑想、呼吸法、オイルマッサージやお手当などでからだを労わってあげてくださいね。

皆様無事でいらっしゃいますよう。



















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芙蓉

芙蓉2014

朝早く、西側の窓から外を眺めると、定植を待っている苗木たちの群れの中に白い麻布の切れ端のようなものが見えました。

-- 布じゃない。もしや!

明るい白の、上品な日本芙蓉の花でした。


二年前の夏に、一目惚れしてホームセンターから連れ帰ったものの、お花が終わったら地上から上は全部枯れてしまい、もう駄目かしらと諦めかけていたところ、今年は奇跡のように涼しげな葉っぱを広げてくれました(以前枯れた細い茎?幹?は枯れたまま、根だけが生き残っていたようです)。それ以前にも、定植したら影も形もなくなってしまったことがあったので、芙蓉は難しいと、暑い夏に咲くこの涼しげな風情は半ば諦めかけていたのですが ・・・・・。


そう言えば、昨日は満月。

一昨日の十五夜から、お月様のエネルギーがとても強く、夜は白い明りがくっきりと強く夜空から照らし、昨日は白さ明るさだけでなく、その冷たさまでも感じられるようでした。(太陽の光を受けて輝く月が、太陽があれほど暖かく -- 時に熱く -- 感じられるのに、なぜ冷たく感じられるのかは、とても不思議です。)

芙蓉はきっと、あの月のエネルギーを受けて開いたのでしょう。

白く澄んだ癒しのエネルギーを、ひっそりと映していました。


もしかすると、一度は枯れかけた小さな芙蓉の木の再生の力、それは天体の力だったかもしれません。




・・・・・・・

今宵は、つくばでのyogaと瞑想の練習会でした。
瞑想が、ますます深くなっていっています。

夜に修練すると、わたしたちもまた、いかに月の影響を受けているかを感じます。

ふと見上げるだけで、気持ちを向けるだけで、お月様の力とは繋がれると想います。
お月様は優しいです。
白く、澄んだ、癒しのエネルギーですよ。










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「なぜわたしは変わらなかったのだろう?」 -クリシュナムルティの声-

動画を見ている場合ではないのですが、調べ物をしている中で引っかかってきたクリシュナムルティの動画に惹きつけられています。




ミレニアムを過ぎてから、書店で偶然彼の著書『クリシュナムルティの日記』(めるくまーる, 1983)を手にして、ページを開いたその一瞬に、詩のような瞑想のようなその文章の虜となりました。(告白すると … ミーハーですが、写真の端正な横顔、厳しく涼しい瞳に惹きつけられたのも本当です。)その後、『日記』とは違って、多くの著作は多様な人々との問答や対話の形式をとっていることを知り、その問答の中で人々の抱いている観念、前提、価値観、想いや潜在意識が明るみに引きずり出されて徹底的に追究されているのを目にして、そうした追究の行きつく先がどこなのだろう ・・・・ としっかり掴みたくて膨大な数となるその著書を読みました。

ちなみに、個人的なことなのですが、当時わたしは人々がいかにして‘知識を形成していくのか’について研究し、その研究において得られる知識もまた形成途上にあるのだという‘反射性(reflexivity)’も包み隠さず検討に入れて、学位論文を書き終えたばかりでした。二十世紀の哲人と言われるクリシュナムルティが、人々の知識自体を徹底的に否定していることもまた、わたしには驚きで、これは読まなきゃ、消化しなきゃ、と当時の研究課題の一部として計画書で申請さえしていました(三度申請して三度ともあっさり却下されたのですが …。振り返ると、クリシュナムルティほど鋭く今構築されている現実に疑問のメスを入れる思想家はいないので … 「哲人」とか「思想家」という肩書も否定していますが … 体制の傘下で研究できなかったこと自体、何を意味しているのか気付かなかったわたしが未熟でした。しかし、朧にしか見えないけれど彼によって気付きを促されている方向は、その後無視も否定もできないものでした。)

クリシュナムルティに関する解説や略歴は、簡単に調べることができます。1895年に生まれ、14歳で神智学協会の救世主となるべく英才教育をうけますが、27歳のとき瞑想中に神秘体験を得て、その後しだいに協会の教えや自らのアイデンティティを否定するようになり、メンバーを解散しました。そして、絶対的な孤独を守り、以後自由人として世界各地で講演や著作を行い、1986年に亡くなります。彼は … 彼が世界を見つめる目は、どのような目だったのでしょうか。

徹底的な否定を重ねていく対話形式の本は、時に相手が救われるかどうかが未明で(その人たちの姿が目にする大人たちと重なって)あまりにも厳しくて、それよりは『日記』や『子供たちとの対話』(平河出版社, 1992)(子供たちに向けて語っているので、いつもより静かな優しさがあります)、瞑想についての幾つもの格言、等の見守るような静謐さをわたしは好んでいました。でも今、著作ではなく映像を初めてみて、世界をどういった目で彼が見ていたのか、以前よりも少しは分かるような気がします。

ようやく今、
瞑想を深めようと想っていたこの秋、
新たな知性と感性をもって、わたしたちは変わらなければと想ってきたこの二年半、
書かれた言葉だけでなくこうした映像に出逢えたなんて ――





語りだす前に右側の虚空に触れるような瞳、質問を受けて相手に向けての言葉を紡ぐように左側の虚空をなぞる瞳、「わたしたち」と話始めて「わたし、この話の話し手」と補足しながら、どの位置から話すかの主体の在り方をずれさせるときの表情 ―― 映像だからこそ、よく分かったことでした。その瞳、意識を転換させる表情等から、彼の書いた本でも、誰が誰に向けてどんな対話をしていたか、そしてその対話の中で、何が息づいていて、何が促されていたか、どこに「愛」が在るのか、改めてそして初めて、以前よりも少しは分かったのかもしれません。

質問者を真っ直ぐに射抜く彼の瞳 -- 

―― わたしは ――

―― この瞬間、どのような変化を遂げたのだろう? ―― ポロポロと涙がこぼれました。



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神無月

金木犀2014

東京・神奈川にて、大切な方々充実した凝縮した時を過ごして、bird sanctuary に戻ってきたら、金木犀の花が満開でした。

咲き揃い、香りが立って、辺り一面に広がって金色の香りに包まれる一瞬を、今年は逃してしまいました。

ごめんね、せっかく開いてくれたのに ・・・・・ でも、濃密な秋を閉じ込めたような花々は満開で、鬱蒼とした木立がとても明るく輝いています。不在のときも辺り一面を秋の香りに染めたことでしょう。その、残り香を大切に味わいます。

長月の間、yogaの「月の礼拝」に集中していたのですが、それも一区切り -- これから秋冬の修練に向かいます。気功の先生、先輩の方々にこれからの研究に向けての貴重なご示唆・励ましも頂いて、締め切りにも間に合うことができました。

精一杯手を伸ばして、つま先立ちになって、それでも遥かかなたにある、天空の蒼のずっと奥にある透明なものに掴むために -- 翼が十分に大きくなるまでは -- 手を伸ばし続けます。


キバナアキギリ
 (キバナアキギリ)
















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