hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

夏至を過ぎて

今宵は、不調のある若い方々を対象とした居場所づくりのためのyogaの会でした。しっかり準備を整えたのですが、出かける頃になって空が荒れ模様の気配となってきました。高速道路では、場所によって滝のような雨 ―― ワイパーはフル回転で、ライトも付けて左側車線(もともと左側で超安全運転です)で最徐行にしましたが、一時‘ぶつかってくる大量の水でフロントガラスが真っ白で、前も後ろも見えない!’状態 ―― 「でも皆、時速70キロ以上出してるよ~ これ以上スピード落とすのも危ないか …」とそれ以上徐行する勇気もないままに運転しましたが、怖すぎて全身脱力しそうになりました。(そして実際、事故も目撃。)

やりきった感のあるレッスンでしたが、遅くなった帰りは、今度は激しい雷! (こちらも大きな国道に出てすぐ、何台にも連なる事故を目撃。怖い!)空はくすんだ暗い紫色で、そこに横向きに静脈のように橙色の光の筋が走ります。激しい雨の中、皆怖いのか、雷が落ちると多くの車は速度が落ちます。梅雨の荒れた天気とはいえ、落雷など各地で危ない状況が訪れています。皆様のところは大丈夫だったでしょうか。運転しながら、色んな方々のことを想い、自然の脅威を想いました。


6月21日の夏至を過ぎてから、何かまた世界が急変したようにわたしは感じます。

皆様はいかがでしょうか。

全くの個人的なことで、もしかするとわたし個人の身辺のこと、というだけかもしれませんが(でもそれも、生命が紡ぎ合っている繋がりの中で感じるなら、「世界」と捉えることも許されるような気がしますが)、ここから姿勢が正されていくような気がします。

振り返れば、昨年末には透明な水晶の内側に入ったかのように、純度の高い透明な螺旋の中で幾たびか虹が見えました。(自分でも何を言っているか確かではありません。済みません。)それが、年が明けると自分の内面が無防備すぎると感じるほどのピュアピュアの純白に変わり、ここからいかようにも染まる気がしました。春分前、世情も関わっているもしれませんが、ふつふつと奥の方に溜まっていた(怒りや悲しみに反応したり象ったりする)最後の毒や棘のようなものが噴き出して、春分後に2か月も体調を崩して根源のところまで降りてすっかり浄化されました。過去と言っても随分昔、だからこそ自分の魂の活力を損ねるパターンとしての怒りや悲しみが解放されたかもしれません。出会うべくして授かることのできた言葉や本や自然(五大元素、鉱物、植物、動物)やきっかけ、静かな時間や、温かい手や空気感や気持ちに感謝します。

そして、夏至を過ぎて ――。

世界は、よりくっきりと、あまりにもくっきりと観えるようになりました。何の緩衝もなく、そのものが本質としての色形を表しているように感じます。出会う対象と自分との間がより直接的になり(空気が純になり)、あまりにもはっきりと本質が伝わってくるので、たじろがずにいるためには、はっとして自分の軸を確認することが度々です。その上、自分自身が発するものもストレートに伝わりすぎてしまいそうで、少し間を置いた方がいいかな、とか、相手の方にご迷惑でなかったかしら、とか、天地に繋いでこの立ち位置でよいのだろうか、とか、ジタバタしかけています。


何が始まっているのでしょうか。

皆様は何かお感じになっていらっしゃいますか。

Happy! やLucky! に恵まれている、とか(現実は逆)、自分でもいいなと感ずるような内的なエネルギーが充実している、とか、天の光が溢れるほどに降り注いでいる、とか、そういった絶好調では全くありませんが(これも、現実は逆 <笑>)、わたしは、何だか迷いのない(=逃げようのない)覚悟だけは、おなかに居座っている感じがしています。

ここ何年か、だいぶ長いこと、自分の中で埃を被っていた、力を失っていた、失われそうになっていた、大事な種たちを、取り出してできることをする最後の仕事にかかりたいと思います。人生最後の大仕事です(← 「もう人生が残り少ない」と言いたいのではなくて、学位論文を仕上げるのさえ13年もかかってしまったスローワーカーなので、ゆっくりしか‘力を振り絞れ’ないのです。) 

いまだ耳に届かない声のために。
消えゆきそうな愛しい美しい命たちのために。
全ての生命と自然のために。

調和と安らぎと穏やかさのために。
平和のために。

人の中にそれらを壊し、傷つけ、汚してしまう力の世界が、
強く濃くなればなるほど、

人の中にある、耳を澄まし、消されそうな命の声を受けとめ、
手を差し伸べ、微笑みかけ、穏やかに共振できる世界へ、

真善美と、
(真なること、善なること、美しいこと、と)
その奥に湛えられている
愛と慈悲の世界へ、
(胸の奥から広がって無償で無限に捧げられる思いやりや真心、
あらゆるものをいかなる過程にあっても分け隔てなく、
受けいれ慈しむ眼差し)

吹けば飛ぶほど、ちっぽけであっても、
ほんのひと呼吸、ひと撫ぜ、
一回きり手を差し伸べること、
ただ心で思いやりや優しさを抱くだけでも、
一回きりの微笑みだけでも、
涙することしかできなくても、
祈ることしかできなくても、

今ここで、それをしよう。


醜い世界ではなく、
愛しい、美しい世界の
力がほんの一瞬だけでも
息を吹き返すように。

人という生きものの
本当の姿がほんの一ミリでも戻るように。


ここのところ、
どなたからの手紙でも、
Sanctuary のyogaや瞑想の練習でも、
どなたも仰るには、

今、世界はとてもひどくて ――

だけど、そう感じて、
不安を抱き、未来を嘆いて、
希望を失い/失いかけて、
愛しい、美しい世界の死を見過ごさないで
こんなにも大切なのに、自ら駄目と決めて
切り離さないで

初めから諦めて、
目を閉じて、
醜い世界に巻き込まれるに任せないで、

今できることを、
無理のない、ご自身からまず健やかにいる、その
立ち位置で ――
今あるその力、エネルギー、プラーナで、

大切な世界に加担してください。
力がなくとも、
どちらを向くかの、そのベクトル(姿勢)だけでも。

世界が美しく、かけがえがないこと。
希望をもって、
生きるに値する生命として自分があること。

命にはすべて重みがあり、
人はその命たちと手を繋ぎながら、
自らを生かし、
癒されて(be healed)
世界と繋がっている存在であること。

美しい世界を創造していく方向に立つこと。

余裕がある時だけでいいので、
(「いつでもガンガンやってるよ」という方は、
済みません!)
ほんの一歩、小さな一歩やしなやかな手の差し伸べ方でいいので、
皆様も、本来の立ち位置、楽な位置で、
本当に希求する方向へ、
臆せず、たじろがず、疑わず、
綺麗なこころで進んでゆきましょう。


残り最後の種たちは、
そこに残りの力を絞るよう、わたしに
伝えてくれました。









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自然の恵み -2-

30㎝に満たない可愛い樹なのに、いっぱいの実をつけてくれた赤スグリ(red currant)の実を収穫することにしました。玄関前の鉢植え、食べ頃になっても鳥さんが食べにくる様子もないので、人が頂きます。

redcurrant2

玄関に取り込んで、小さな実を丁寧に積みます。昔ヨーロッパの朝市で、ラズベリーやらこの赤スグリやらが紙の箱にお行儀よく入って売られていて、生まれて初めて新鮮な実を目にして、その場で購入して口に入れて感動したことを想い出しました。今は日本でも森の berry 類が生で売られているのは見かけるし、それどころか、気候や風土の違いを思いやりながら育てることもできるなんて、感慨無量です。

redcurrant3

艶々の小さな赤い実は、ちゃんと房になっていて(フサスグリの所以)宝石みたいです。

redcurrant4

前回、杏の樹がやっとつけた2.5個の実をお砂糖で煮るのに失敗したので、今度は気をつけて一番小さな鍋で少しずつ火を通していきました。ちゃんと、美味しいフルーツソースになりました。デザートプレートのソースに良さそうだし(そんなお洒落なものを作る予定は今のところありませんが)、ヨーグルトやアイスクリームに添えても美しいでしょう。ただ、量が恐ろしく少しなので、遊びにいらしてこれが食べられたら幸運ですよ。

blueberry

梅雨の真ん中、冬に地植えしたブルーベリーの苗木たちも実を結んでいます。色づくために、夏の太陽を待っているのでしょう。

wildgrape

赤スグリと同じくらい小さな背丈の野葡萄も、赤スグリよりさらに小さな実をけなげに結んでいます。野葡萄はジュースもジャムも、とても体に良いそうですが、さてこの小さな実たちを鳥さんたちは食べに来るのでしょうか。





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自然の恵み -1-

camomile

おはよう!! カモマイル。

redcurrant

赤スグリ(red currant カシス)の実も色づきました。

apricot

そして … 土地とご縁をいただいて、すぐに植えた杏の樹の実も! 旧職場に数本立派な樹が合って、昔はその実りのおすそ分けを頂いたものでしたが、建物が一杯建てられて切られてしまった悲しい思い出があります。でも、その代わりに、ここで二本の樹がすくすくと育っています。

二本のうちの一本、しかも真っ直ぐに成長していなくて心配な木の方が、2.5個の実をつけてくれたのですが(普通の二個と、極小の実が一つ)、鳥さん達は食べる様子がありません。杏ジャム好きの家族のために、コンポートにしようかしら、とお砂糖で煮たのですが、数が少なくてお砂糖が焦げて失敗しました。

失敗を繰り返さないために … 赤スグリはどうしたらいいのでしょうか? (カシスのシャーベットができれば最高ですが! 難しいかしら?)


カモマイルと、あと、レモンバームとミント各種は、フレッシュハーブティーがいつでもふんだんに頂けるほど、生い茂っています。お好きな方は、是非いらして下さい(あるいは、摘み取ってすぐにお目にかかれるならお届けします)。なかなか会えない方のために、少しだけ刈り取って乾しておきますね。






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「‘かなわない’こと」

ここのところ、「かなわないなあ」とちょっと打ちひしがれていることがあります。それは ―― Len Howard さん! 1950年代~60年代のイギリスで、野性の小鳥たちと暮らした女性です。

30年以上前から、彼女の著作の翻訳版を持っていて、ミレニアムを過ぎて学位取得が叶ったところから、わたしの抱負は「21世紀の Len Howard さんになる!」ことでした。

1950年代のイギリスと、現在の日本では、自然環境も社会情勢もあまりにもかけ離れ、野鳥と人との距離も差は大きすぎます。シジュウカラやコマドリ、ツグミたちなど野性の小鳥という、愛しい生きものの種類も数も、この65年で戦慄を感じるほどに激減しました。また、ヨーロッパと日本とでは文化的に言って野鳥と人との信頼関係が異なり、残念ながら一部例外を除き、日本では野鳥にとって人は多くの場合に恐怖の対象でしかありません。

それでも21世紀の今、ここで、野性の小鳥たちの‘聞こえない声’を聴き、野生を野性のまま敬いながらも、彼らを裏切らない対話の道を開く糸口がどこかにあるだろうと探してきました。

そして sanctuary で暮らしての四年目 ―― 研究のために Len さんの本を再読しながら、ハッとうな垂れました ―― 彼女の細やかで鋭い観察力、あらゆる生きものと同じ目線、同じ時間感覚でいてこその観察、その共感の力とそれを体現する身体感覚、柔らかく温かい‘見守る姿勢’、そして … 種の違いを越えて相手の領域を感じとりしなやかに相手に耳を傾けるすべを切り開く‘創造の力’ … 圧倒的にかなわないなあと感動し、かつ打ちのめされるものでした。(ずっと異種の生きものの‘聞こえない声を聴く’をテーマにしてきて、またこの4年は「答えあってこそ、生き方あってこその研究!」を目指してきたので、彼女の「聞き耳頭巾」と自分ができたこととの差は、よく観えます。)

でも、この「かなわなさ」があるからこそ、先がもっとあるはず、まだ進む前はあるはずだということも改めて確認できました。今ここでのわたしとして、環境や能力こそ違っても、備わった環境で潜在的な力を信じることはできます。

たとえば、デジタルでスピーディーなインターネットを介してのコミュニケーション形態は、現代は従事せざるを得ないものではありますが、そのモードと、鳥たちの声を聴くためのモードは相いれません。鳥たちもスピーディに動きますが、彼らにとっては空間の広がりと、そこに在る‘空気感’のようなものが不可欠ではないでしょうか。自分たちの生活圏の空間にある、繋がっているもの(仲間など)や新たな変化(環境の変化や敵の出現など)をダイナミックな躍動の中で瞬間瞬間感じとり、からだで反応してゆける身体感覚が必要だという気がします。Len さんは常に自然と一体となれる態勢にあり、そうした空間をミクロにもマクロにも繊細に捉えられる、精妙な感覚を持っていました。二次元に集中するネットの画面は、時に中毒となるほど刺激的ですが、そのコミュニケーション形態に身を置いている限り、必要な感覚は得られません。むしろ、ずっと直観していたように、自然と調和しながらの瞑想に持続的に身を捧げ、そこでの感覚の広がりや深さに委ねてゆきたいと感じました。

一方で、野鳥たちと彼女とのことには、今のわたしたちにとって、あっと驚いたり、新たに気づかされたり、深く振り返ることのできる宝物の詰まった物語なので、ますは研究発表と並行して、ちゃんとまとめて伝えなければ。ネットのここやHPでも、異種間コミュニケーションの大事なケースとして、これから少しずつ書いてゆこうと思います。



レストラン初夏
 (冬に限定したほうがいいと考えていた
 野鳥レストランも、現在子育てに忙しいスズメやキジさん
 のために限定営業中 -- 巣立ったばかりのスズメの
 若鳥たちが近くの木の枝につかまりながら飛行訓練中です。
 写真では見えにくいですが、実はこの餌台の真下で、
 キジのお母さんが用心しながら雑穀をついばんでいます。)






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日々を紡ぐ:糠漬け、野菜作り、手料理

蒸し暑くなった今日、いかがお過ごしでしょうか。

この二か月の間に、東側の竹垣とヒサカキや椿などの生垣との間に直径20センチを超える太さで伸びてきた竹が、ちょっと脅威となってきたので、一日1~2本と決めていたのですが、昨日は残りの4本を大仕事で伐採しました。太い竹を地上1Mくらいのところで隣地に倒れないように切るのですが、敷地内にも倒れる隙間がなく、切ってからも分断するのがアクロバティックな作業です。竹たちは、竹垣にかけてある網を突き破り、グングン成長し、天をも突き破る勢いで、大きくなっていました。

そんなわけで今日はちょっと筋肉痛です(でも、作業続行です)。

数日前、初めての種類のボディワークのレッスンを受けに、水戸へ行ってきました。
夕方から始まったので、その前に気功の先輩Aさまのおうちに立ち寄らせていただきます。実は4~5月、体調が悪かった時に、自分で面倒を見ていた「糠床」をすっかり駄目にしてしまいました。そのことを告げると、95歳のお母さまがご自身で糠床を始めてくださり、何とわたしに分けてくださるというのです。同時に、糠漬けの作り方や糠床の管理の仕方も教えてくださるというので、sanctuary の家の元の持ち主の方が残して行かれた古い甕と蓋をもって喜んでお伺いしました。

お母さまとAさまがもてなして下さった、この日のお昼ご飯は … 空豆ごはんと春巻き!!(いいでしょう?) それにお母さま特製の煮もの、色美しいお漬物、トマトサラダ、etc. 

空豆ごはん

糠漬けも登場です。

糠漬け

糠床の管理の仕方や、入れるお野菜の種類、切り方、つけ方やあげ方など、丁寧に教えてくださいました。美味しい煮物やお漬物も、決して真似はできないけれど、煮方(恥ずかしいですが周りの方と比べてわたしは和食づくりが得意でなくて ―― 言い訳ですが周りに一流の方が多くて ―― いまだに駄目ですが、幾度もご馳走していただいて味を覚え、作っては失敗して理由をお伺いし、その繰り返しから自己流でやっていた頃よりずっとましになりました)や漬け方、だいぶわかってきました。

嬉しいことに、種から起こしたお野菜の苗も頂きました! 今年こそ種から育てるつもりで昨年育てた野菜の種は、とってあったのですが、この二か月の間に種まき時期が過ぎてしまっていたのです。

ミニトマト
 (黄色い≪らしい?≫ミニトマトの苗)

ムラサキピーマン
 (紫色≪らしい?≫ピーマンの苗)

かぼちゃ
 (南瓜の苗。 自然農っぽく草間に植えました。)

Aさま、お母さま、ありがとうございました!

野菜を育て、糠床の面倒を見て、日々を大切に手料理を創れる ―― 何と恵まれ、幸せなことでしょう!

糠漬け等々、うまくなっておきます。
いつか皆様も召し上がりにいらして下さいね。






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梅雨を迎えて

天候が気になる毎日ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

sanctuary では、梅雨前に急に忙しくなりました。

先月から屋根裏にどなたか(動物)が頻繁に来訪されるようになりました。屋根にしろ、壁にしろ、いろいろ隙間はあって、どこかを塞いでもまた別の方が別の場所から … という具合なので「モグラたたき」のような状態です。ただ今度は随分と派手で、売り込みに来た大工さんに‘震災後数年たつと家が崩壊するケースが多い’(←セールスなので、絶対大袈裟です)と脅かされたこともあり、梅雨を迎えて屋根瓦や漆喰やその隙間に不安もありました。そして、ありがたいことに、いつもお世話になっている気功の先輩Aさまが、瓦職人の方を紹介してくださいました。見立てていただくと、思ったような心配はないとのこと、費用のこともあり、思い切りホッとしました。ご親切にも、穴は塞いでくださり、ただ、古くてたわんだ雨どいが現状では用をなしていないどころか、良くないところに雨だれを滝のように作っている状態で、早めに掃除・メンテナンスをするようにとご助言頂きました。

―― ということで、急きょ梅雨前に雨どい掃除です。

樋掃除


いつも使っている木製の梯子がとうとう腐り、剪定用にと自分に扱いやすい長さ・軽さから購入した梯子は、屋根までの半分の距離しかない(!)、脚立ももちろんダメ、ということで、物置小屋に仕舞ってはあるものの‘わたしには扱えない’と断念していた金属製組み立て式巨大梯子(マジンガーZみたいなやつ)を運び出します … って、ロックを外して組み立てるだけで汗だく(持てない重さで巨大になるのですもの)、運ぶのでもう、フラフラ、立てかけるだけでもう一仕事終えた気分、と大変です。

毎夏葉っぱをかき出してはいるのですが、それは思ったよりひどくありませんでした。が、結構土や泥がたまっています。特に、下に水が落ちる場所に土が詰まっているため、ゴム長手袋で土を掻き出します。有能なマスクをしていますが、蜘蛛の巣やら蛇の抜け殻やら(!)、屋根ってすごいことになっています。さらに、重たい梯子をふらふらとかけようにも、木の枝が邪魔をしている場所もあり、突然剪定作業を始めたりと … 皆、放置したりさぼっていたあたり、作業が後手後手に回ってしまいます。

梯子の重さが重さなので、毎日四方位のうちの一方位の掃除でちょうどいいです(只今、南側と東側が終了)。


咳喘息となってから、竹林の整理や草刈りは保留にしてありますが、林を飛び出して東側の竹垣を突き破る勢いで成長してきた巨大な孟宗竹は、枝葉を広げる前に何とかしないと大変なことになります。幹が固くなってわたしでは切ることもできなくなるし、隣地とすれすれの場所なので、切り倒すにあたってトラブルを招きかねません。竹垣もかなり壊れかけてきたので、少しでも柔らかいうち、枝葉が広がらないうちに、一日1~2本限定で切ることにしました。太い幹を切って、倒れて樹木や垣根に引っかかった先からうまく分断し、運ぶとひと作業です。

竹の勢い


ちょっと大変なところからの作業ですが、二か月もほとんど作業ができなかったので、再びからだを思い切り動かし汗を流せるようになって、再び sanctuary の空間にこころを注ぐことができて、安らか穏やかに嬉しいです。

北側の庭に移植したエゴノキがすくすくと成長し、姿の良い樹形になりました。緑の葉っぱが潤って、健やかで美しいエネルギーをあたりに広げてくれています。

エゴノキ








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cranberry

昨日北側の庭に置いた鉢植えたちを手入れしていたら、こんな可愛い形の小さな(1㎝もない)花を見つけました。クランベリー(cranberry)の木の鉢です。

cranberry


和名ツルコケモモ(ツツジ科スノキ属ツルコケモモ亜属)。真っ赤な可愛い甘酸っぱい実。明るいツヤツヤ緑の葉っぱが笑い立つ常緑低木。この土地に生育するには‘「北」過ぎる’原産地ですが、大好きな北海道で野のコケモモを口にほうりこんでいた楽しい想い出も手伝って、また、小鳥さんたちの好み赤い実の木を集めていたときでもあって、5年も前にご縁をいただきました。なのに、可愛い実をつけるツツジ科(土壌の土の配合もこことは合っていない)の低木は地植えにすると皆消滅してしまい、ただでさえ夏が苦手そうなクランベリーとハスカップ(これも北海道の思い出の実。和名クロミノウグイスカグラ)はいまだに定植できていません。

夏は日当たりの良い家の南側へ、冬は西日を避けて家の北側の庭へと鉢を移動させて、いつも傍にいてくれるのですが、気候が厳しいのか、店頭に並んで見かけるような赤い可愛い実をつけることはありませんでした。

それが、5月から夏日だというのに、こんな可愛い花をつけてくれたなんて!

うまく実を結ぶとは限りませんが、何せここは、世の‘ミツバチ激減’の憂慮から遠く、幾種類かのミツバチやハナアブたちが採蜜にいそしんでいます。

草陰におかれた小さな鉢の、小さなお花ですが、どうぞ花蜜を集めにいらして下さいね。



いつもは花をつけない、珍しいハーブたちも花盛りです。


chicory
 (チコリ chicory)

feverfew
 (フィーバーフュー feverfew)





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森作業始動

4~5月と体調のことでご心配頂いておりましたが、順調に回復しております。漢方のせんじ薬と食療法、それに日々の暮らしの中からの治癒なので、ゆっくりですが、根源から良くなっている気がします。先週末、漢方薬局でも「体力をつけるために運動はいいのでは?」とお墨付きをいただき、衰えた体力のトレーニングも始めることにしました。温かなお気持ちを、本当にありがとうございました。

停滞していた sanctuary の作業、今週には何とかアプローチと家の前の箇所(隣接する土地が駐車場敷地で、放っておいて草ぼうぼうだと、こちらの土地にまで除草剤を撒かれてしまいそうなところ)だけは、草刈りをしたいと思っておりました。これまでも折を見ては、ほんのちょっとずつ ―― 郵便ポストのあるあたりや車を留める辺りなど) ―― 配達の方・出入りの方に迷惑がかからないよう、鎌で草を取ったり、はみ出た枝を剪定したりしていました。が、最近までは、外に出ると咳が激しくなり、慌てて家に入っていたのです。でも、今朝外に出たら、何だか咳き込む感じが来ないのに気づきました。

何が原因だったのか知る由もありませんが、もう大丈夫です!

思い切って … 刈り払い機のエンジンオイルを購入しにホームセンターに行って、さらに思い切って … (無理しない程度に)今日は草刈りです。

ここのところ、ミツバチ激減の元凶と言われるネオニコチノイド系農薬の食品残留基準が13倍にも緩和されてしまいました。EUでは禁止、他の国でも暫時減らしていく流れの中、農業や、ミツバチをはじめとする生態系、わたしたちの健康を大切に思う声が届くかと思いきや、すり抜けるように日本は流れに逆行する決定をしてしまいました。ミツバチも、他の昆虫も、鳥たち動物たちにとっても、もちろん人にとっても、影響は計り知れないと思います。3.11以降、不思議なほどに、大地や命を痛めつけ、傷つける勢いが強くなり、ストップがかけにくくなったのは何故なのだろうと考え込みますが、政府や大企業に抗して(少なくとも乗っからないで)、日々の暮らしの中でもっとできることはないでしょうか。

―― と考えていたところだったので、考え込まないで、とにかく前の土地の草を刈って綺麗にして、少しでも除草剤を撒かれないようにしよう! と思ったら、居ても立ってもいられなくなりました。


前の土地は斜面が多くて、作業ものろくて、今日一回で片付かなかったですが、刈り込んだ草を積み上げて運んでいたら、後から後からナナホシテントウ君を見つけました。彼らは北側、西側の庭へ ――。少なくとも、アブラムシを食べてくれるナナホシテントウ君たちが除草剤にやられる前に、安全な場所にうつすことができました。

森作業


あと一日で、前の土地の作業は終わるでしょう。もっと安全な敷地内は ―― 只今、スズメさん、キジさんの最初の子育てが終わった頃で、若鳥たちが沢山います。彼らの隠れる場所や、草地にもしかしたらひっそり隠れて巣があるかもしれないキジさん、コジュケイさんのことを考えると、必要なところだけ、そっと手入れする方が賢明でしょう。


早くも水無月! 今日は美しい十五夜です。







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