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hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

蓮そのまま -7-

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秋分の日の一日前の、
「蓮の生命のyoga ワークショップ」に向けて、
準備を詰めている毎日です。

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妙なる蓮の花の prana を
どう動き、どう感じ、どのように祈るか ・・・・・

泥土の中で生まれ、目覚め、
水を通り、蕾を開かせ、
花色の彩を変容させ、
芳香を放って、燃えたつ陽光に感謝を捧げ、

そうしてゆっくりと、
聖なる時空のなか、
厳かに、大地に
生命の根源へと還ってゆく

yogaの行法を通して、
蓮の御花と繋がり、
一体となって、いいえ、
蓮の花となってゆく ・・・・・

pinklotus3

そのことを毎年、花の咲く季節に
yogaを通して、多くの皆様の中に
眩しく仰いできたのだけれど、

時として一瞬のうちに、その瞬間が生じて、
美しい蓮の prana がその方から放たれるのを、
全身が蓮花そのものとなってしまわれるのを、
その方が変容してしまわれるのを、
眩しく仰いできたのだけれど、

自然界をめぐる、
まるで天界で開くかのような蓮の開花、
その生命の循環そのものに触れることは、
その蓮であるということは、
わたしが最も憧憬する三昧行の眩しい扉 --
そうに違いないのだけれど、

蓮の花になるとはどういうことなのか、
蓮の命に触れるとはどういうことなのか、

その扉の鍵が、
どこにあるのか、

鍵のある辺りが混沌とした暗がりになっていて、
その暗がりの中にずっと佇んでいました。

whitelotus1

それは --

蓮の花や茎や葉を象って動くということではなく、
蓮にちなんだ印(ムドラー)を結ぶということではなく、

蓮の御花をイメージすることではなく、
それをありありと想像するということではなく、

そのための空間を
創造するだけでは駄目で、

わたしたちの身体は、
蓮の身体とは違うのだから、
‘蓮を演じる'ということではなく、

‘ちなむ'とか‘あやかる'ということとは、
遠く、

多くの方が集合意識の中で持っている
「蓮」の性質や意味を表現してこたえてゆく、
ということではなく、

神々しさや神聖さ、
生命の豊穣や美しさを
体現してみせる、ということですらなく、

そうしたこと全てを越えて、
その先まで手を伸ばさないと、
届かない鍵でした。

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静かな、
ひっそりと置いてあった、
力強い、
鍵。

最初からヒントは、
(このブログを始めた時から、
いえ、HPを開設した時から)
与えられていました。

5年以上続けてきた蓮の花のyogaが
満を持して、蓮の生命のyoga、
と変容していったのも、
大事なことを告げられていたからでした。

pinkilotus5

生命(いのち)の本質、
循環、
自然、
死と再生、
その根源にあること。

「蓮の御花になる」
-- ではなかった ・・・・・

・・・・・ わたしたちは、
わたしたちは、皆、すでに、
蓮の花なのです。


わたしたちは、

あの背の高い、優しい木蔭を差し伸べる、
樹です。

小鳥であり、

野ウサギであり、

赤とんぼです。


土であり、

水であり、

そこでそよいでいる風であって、

透明な光です。

そして、空(無限)です。


蓮の命そのものです ・・・・・


whitelotus2


こんなにも神々しいと感じるのは、

わたしたちのなかにも、

その神々しさと響き合う弦があるからです。


響き合う時空間を透明にしてゆくこと、

それが祈りです。
















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