hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

冬に立つ

睦月は、年頭から鳥たち生きものたちを見守りながら、bird sanctuary での静かな時を過ごすことができ、幸せです。寒さに慣れてきたからだも、まだまだ冷えから来る失敗がありますが、野性で暮らす生きものの目線に近いところで生きてゆけることは何物にも代えがたい贈り物です。

今月の東京行きは、yogaの勉強と練習会を駆け足で通り抜け、沢山の仲間たちとの温かい交流を胸に、とんぼ返りで sanctuary に戻る段取りとなりました。いつも楽しみにしている気功のお稽古を受けられないのも残念で、心残りですが、大荒れの天気予報への警告を耳に、「よし!」と気合いを入れて荒天と追いかけっこのように早朝戻って ――


24Jan'16雪



良かった~!


Sanctuary は夜からの雪が降り積もったところでした。

沢山の鳥たちが雪枝に止まって‘朝ごはん’を待っていました。

友達のジョウ君は、北側の庭の餌台の雪を払いに行くわたしをかすめて、オレンジ色の弾丸のように飛んできました。

待ってたよね~! (三日間留守にせざるを得ず、ゴメンネ! たけど、決して裏切らないで戻ってくるから。)

ジョウ君24Jan'16


夕刻には、わたしに気づくとすぐ、タヌキの黒ちゃんが一目散に走ってやってきました。春夏はご挨拶だけのために来てくれるのですが、今はとってもおなかを空かせています。食べモノがないのか、そのため道路に出てしまうのか、小さなタヌキが可哀想に轢かれているのを最近よく目にし心痛めるので、冬だけ限定でおやつの量を増やしました(どのみち、冬しか食べないし)。もこもこの温かそうな毛皮のタヌキさんも見かけるのですが、黒ちゃんはかなり小柄で毛皮も薄目です。


気功の先輩Aさまから御葉書が届いて、「(今年は)冬を楽しんでいないことに気づきました」とありました。ドッキリ! ―― わたしもまた、寒さ厳しさ故に余裕がありませんでした。


冬は大好きです!

外の寒さは‘寒い'を通り越して、‘痛い'ほどですが --。
命が、厳しい寒さに耐えながら、生き抜こうとギュッと凝縮しています。包む込みたくなるその愛しさと、次の季節に傾いたとたんにびゅんと躍動しそうな生命力と、遠くから降り注ぐ澄んで透明な硬質の陽ざしを大切に、日々を過ごしたいと想います。









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寒に入って

寒に入って、寒さが厳しくなりました。

睦月の節気は、小寒(寒の入り 一月いつかまたは六日)と大寒(二十日または二十一日)ですが、候となると、〔雪下出麦(ゆきわたりてむぎいずる)〕〔芹乃栄(せりすなわちさかう)〕〔水泉動(しみずあたたかをふくむ)〕〔雉始雊(きじはじめてなく)〕〔款冬華(ふきのはなさく)〕と ―― 植物が芽吹く栄る花咲く、水あたたか、雉の鳴き声 ―― 厳しい寒さの中、凍てつく自然の中に、一握りの希望をいかに人が大切にしていたかを感じてしまいます。

そして現に、sanctuary では、息も白く、手も足も鼻の先も真っ赤になり凍るようになるなか、朝には外に出ると霜柱をサクサクと踏みながら、たくさんの命の胎動に出逢います。木々たちは冬芽をしっかりとつけ、越冬の草たちは大地低くにロケット上に広がって根を守り霜に耐えています。越冬蝶も越冬花蜂(はなばち)もいて、彼らのために置いた陽だまりの花鉢にやってきて羽を休めています。毎朝沢山の野鳥たちが南側の野バラの樹の根元と北側の餌台に撒く雑穀やヒマワリの種、蜜柑や林檎などを食べに訪れてくれます。人がまく食事以外でも、刈り残した雑草や木々の実、小さな虫の卵などを目当てに野鳥たちが集まります。ジョウビタキのジョウ君、アオジ、スズメ、ヒヨドリ、メジロ、カワラヒワ、ウグイス、アカハラ、シロハラ、シジュウカラ、エナガ、コゲラ、ハクセキレイ、モズ … それに時折、アオサギ、上空にはトビ。夜でしょうか、大きな猛禽が止まっていたらしき跡も見つけました。(昨年の冬に訪れてくれたクロジ夫妻、それにツグミさんたちが今年は来なくて、心配です。)それから、夕方になると、黒ちゃんをはじめとするタヌキたち、そしてイタチもおなかを空かせてやってきます。

玄関にから出るとすぐ、友達のジョウ君は、居場所を知らせに「チャチャ チャチャ」と小声で鳴いて挨拶してくれます。わたしを見つけて「僕はここにいるよ」と知らせてくれるのです。わたしもすぐ、挨拶します。そのまま自分の作業に夢中になるのですが、彼の方は、おなかがかなり空いていると、北側の餌台のところに回って、今度は「ヒッ ヒッ ヒッ」と大き目の声を張り上げます ―― 食事が出ない、と訴えるように …。面白いことに、おなかが空いていないと(そう推理しますが)、そのままわたしの作業を見守り、時折「僕はここにいるよ」と鳴き交わし(わたしと! 笑)ているだけです。

食事をしたい、と合図してくれること、そして、それだけでなく「今、ここにいるよ」と確認し合う、‘一緒にいること’への志向と希求が彼と共にできるコミュニケーションであることに悦びを感ぜずにはいられません。今、研究のために読んでいる本で、身体的に開かれて、一緒にいる(=being with)こと、相手に関心を向け繋がりを希求することが、乳幼児の原初的コミュニケーションとして観察できると書かれています(鯨岡俊 『原初的コミュニケーションの諸相』 ミネルヴァ書房)。が、人と人だけでなく、人以外の生きものたちと人でも、いえ、命であればみな、互いに共存在(inter-being)として、根源のところで相手と繋がり合おうとすることが可能でないはずはありません。それはもしかすると、逆に人だけが、自我を大きくしてしまったがために難しくなっている、命すべての共通言語なのかもしれません。

凍てつく厳しさに耐えようとするすべての命たちが無事に冬越しできるよう、ここにいると祈らずにはいられません。植樹した樹々たちの陽だまりを創りながら、豊かな緑と実りが広がってゆくように祈りとして山仕事を進めていきます。

寒の内、自然の厳しさの前には首を垂れるしかないのですが、その厳しさの中だからこそ、命のありようはギュッと凝縮されて、生き生きとした力、輝きに溢れています。

白鳥
 (sanctuary の前の貯水池や、近隣の湖沼に
 飛来しているオオハクチョウ   K氏撮影)




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A Happy New Year 2016 !

新年おめでとうございます。

旧年中は、変わらぬ温かなご支援、新しい出逢いや閃きや刺激、穏やかに調和した時間をありがとうございました。今年は、修練も研究も新しい局面を迎え、仕事も現実面で大きく転換してゆきますが、志は変わることなく、深めてゆきたいと想っています。聞こえない声を聴いてゆく、野鳥をはじめとする生きものたちとの対話、自然や環境、命あるものとの調和、sanctuary の創立 … 一年で歩めるありったけを歩み、今ここの自身の存在から、丁寧に叶えたいと感じます。

自らの内外と世界との繋がりについて初めて自覚したのは1980年代の末も末でしたが(!)、そこから90年代、ミレニアム、21世紀初頭、そして2010年代と、かくまで世界のありよう(自らのありよう)が変化することは想像すらできませんでした。特に、2011年の大震災以前のそれと、以後では、(それ以前の自分の無知のせいでもありますが)世界が一新しているようにさえ、感じられています。

命や環境の尊さ、かけがえのなさ、脆さを感じ取り、その根源からの再生、再調和を願う視野からは、一見すると、表面上急速に世界は戦慄する方向に向かっているように見えます。地球環境・生態系の破壊へと加速度的に暴走する歯車は、人が造りだしたはずなのに、人知を超えているようにすら見えます。

けれども一方で、今ほどわたしたち一人一人の個人の、内なる、そして外に向けての意識、世界との繋がりが問われていることはなかったのではないでしょうか。ハメルンの笛吹きのように、危機へと追い込む笛の音色に気づき、自分は本来どうありたいのか、真にありたい方向に向かって歩む道を探ってゆくか、笛の甘い音色やそれに従う列についてゆくかを嫌でも選択しなければなりません。否が応でも笛の音の真実に気づかざるを得ない現状がやってきているのですから、後は、音色が奏でる価値体系に準じて世界を眺めるか、本来の自分が求める世界を見つけてゆくかの選択です。

今、ここから ――

わたしは、生命と環境と調和と愛と慈悲、一択です。

水仙02
 (sanctuary の香り高い水仙 K氏撮影)







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