hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

ユウスゲ

水無月も終わりに近づいて、ユウスゲの花が一夕おきに開いています。

夕暮れとなって開くこの花は、希望の灯みたいで、その温かくほど良い陽のいろを両手に包みこみたくなります。

ユリ科のこの花の香りが大好きで、絶やさないよう鉢植えにしています。
瑞々しい、胸の底を揺らすような、清い優しい甘さです。

yusuge


夕暮れとなると、奥の竹林へと通ずるアーチの下の草の茂みから、タヌキが一匹現われます。草の中にほとんど隠れているのでよく見えないのですが、鼻筋のあたりから黒い顔をしているので、ちょっと大きくなった子ダヌキでしょう。

友達だったクロちゃんは、今年2月に現れたとき、ひどい疥癬にかかっていました。3月になってそのあまりのひどさに、野生動物に詳しい方々や尊敬するお医者様に相談しながら、どうすればいいのか悩みに悩み、決意してお薬を飲ませたりしました。

薬自体、症状によって結果としてどう出るかが難しく、試みた量は適切だっただろうと言っていただいたけれど …。 もうこれは本当に、できることなら何でもしたいけれど他にどうすればいいのか途方に暮れて(ネットで調べて、行政や動物病院の対応や、野生のタヌキを保護され助けられた方々のブログや、保護したなら連れていけるであろう病院なども探し)、クロちゃんが逃げない距離で幾たびか対話しましたが、(薬に賭ける以外に体力に追い打ちをかけずに保護して助けられる術や場所も見つからず)風に揺れる草の中で陽を浴びているクロちゃんを見かけた次の日、冷たい雨が降り続け、その日以降見かけなくなりました。

雨の中、傘を差してクロちゃんの名を呼び、夜は懐中電灯でねぐらのありそうな場所を歩いて名を呼びました。

あんなに辛そうだったのだから、できることなら陽を浴びていたあの時、もっと長いこと傍にいて、できたらギューッと抱きしめたかった。(ですが、野生動物としての野生の気ままさと尊厳を保ったまま、クロちゃんが現れなくなったことは、クロちゃんを護って下さる何かの意志かも知れない。)

その後もずっと、クロちゃんが現れるアーチの下に向かって、夕暮れ時になると「クロちゃん」と声をかけ、ほんの少しばかりのおやつをそっと置いていたのです。

―― 友だちがよくなって現れてくれることを願って。


今は、「クロちゃん」と呼ぶと、顔の黒い子タヌキさんがアーチの下から顔をのぞかせます。

タヌキは、冬になると何匹も現れる日がありますし、この地で子タヌキは何匹も見かけました。ですが、ヒトが声をかけたのを聴いてくれて、「何?」とそっと反応してくれるタヌキは、これまでに最初出逢った男の子とシロちゃんとクロちゃん、そしてこの子タヌキだけです。

子タヌキはクロちゃんではない ―― というのが現実的な人の見方だと想いますが、クロちゃんは何らかの形でわたしが独りにならないようにしてくれているのではないか … と感じてしまいます。






このページのトップへ

カイツブリ

都心での仕事帰り、公園の池の橋を渡るときに、聞き慣れない鳥の声がしました。橋から覗くと、大変ちっちゃな鳥が二羽水辺に浮かんで、金属質を帯びた、か細い声でキヨキヨキヨキヨと鳴いています。そこへ、ぽっかり水中に浮きあがった親鳥が現れ、カイツブリの雛だと分かりました。

まだ、人の握りこぶしの四分の1もなくて ―― 

どこかに造られた水上の浮巣から水面(みなも)に出たばかりらしい雛たちでした。

親鳥は頻繁に水に潜るので、その度にか細いけれどけたたましく、キヨキヨと声を張り上げます。

そこへ、もう一羽、「エエ~ッ」と驚くほど小さな、先の二羽の雛よりもさらに小さい、雛が懸命に追ってきました。水面に浮かんだ屑と見間違うほどで、それでもどうにか進んできます。三羽目の雛は、明らかに二羽よりも育っていなくて、それでも(それ故)命すれすれの一生懸命さの塊のようでした。

親鳥は水面に浮かぶと、三羽目の雛に口移しに餌を渡すのですが、それはすぐに他の二羽に奪い取られてしまいます。 ―― ああ、こうやって生まれ遅れたハンデで成長もゆっくりなのでしょう。

そんな全員が、橋の下をくぐり、大きな池の真ん中の方まで泳いでいくのを見守りました。三羽目の雛も全身水かきになったかのように揺れながら泳いでゆきました。

kaitsuburi3

このところ、蓮の生命のyogaをしたり瞑想したりの中‘祈り’を続けています。

何かの意念を抱いたり描いたり送り届けようとするのではなく、ただただ透明になって祈りの存在そのものとなります。

そうして座っていると、時に、その祈りの存在が浮かぶ世界が観えます。

夢や、美しさや、若い意思や希望、穏やかさ静謐さが揺るぎなく在り、
しかしまた、
地球を包む空間を威圧するかのように、戦争、暴力、憎悪の存在が大きくのしかかります。
―― 集合意識に大きく影を落とすかのように。

地球上のすべての命よ、自然よ。
自然とも生きものたちとも寄り添って共に生きていく、調和への希求 ――
変わらず暖かく支え合い、共感し合える大切な方々 ――
尊敬する師、憧れの先輩、大事な仲間 ――
かけがえのない一羽一羽の鳥たち、動物たち、植物たち、虫たち、
 海の生きものたち、微生物たち ――

どうぞ、祈りの空間と共に、今ここに。

―― この難局での命の存続は、すべて、ヒトのこころのあり方次第なのです。

kaitsuburi2

続けながらも、時にのしかかる影に抗うのに一杯だったり、祈りの力の弱さに気落ちしたり(力が弱いことでなく、ここまできて未だに気落ちするだけの覚悟でしかないということが修行不足です)、そんな自分に躓いている時間はもうないのだと焦ったり …

そして正直に書いてしまえば、
 ヒトとヒトとの間でさえ理解も共感も調和も共生もこれほどまでに成し難く、
 進化の過程でヒトの脳は知性も感性も、生命制御さえもボタンを掛け違えたメカニズムで進んでしまいすぎたのかもしれず、
ヒト同士だけでさえ難しいのに、一体どうやってすべての生きものたちとヒトは折り合い、共に生きてゆけるというのでしょう … ?
という‘影’が、わたし自身を離れることはありませんでした。

そういう想いや恐れと共にあっては、
‘祈り’が宇宙と響き合うのは難しかったのです。



途中から、カイツブリたちを眺めるわたしの周辺に、公園に遊びに来ている若い女性たちやカップルが集まり出していました。女性たちは口々に「可愛い!」とコメントし、雛たちが遠くに泳いでいってしまった後、カップルの男性は女性の手を繋ぎながら「可愛いよね」と歩き出しました。

若い彼らは、野鳥に詳しい様子ではなくて、三羽目の雛を見つけなかったかもしれないし、この雛が生き残れるだけの幸運に恵まれているか、自然や世界が十分に優しくありますように!と胸で強く願っていたわたしのようではなかったかもしれません。それでも、ヒト以外の命の溢れ出るような力、生きる懸命さや切なさと響き合い、足を止めてくれました。

・・・・・

カイツブリたちにこころを開いてくれた、彼らに感謝します。
カイツブリたちにも。
改めて教えられました。

Bird sanctuary の現状整備は、なかなかこの公園のようにはいかないけれど、それでも sanctuary で生きものとの対話を続けよう!! ヒトのなかにある、自然や生きものを感じ、繋がり、響き合い、35億年前にひとつの源から来たことを、想い出す力と感性を信じ続けよう。


三羽目のどうしようもなく小さな雛の生きようとする力は、大きな力でした。

いきろ!!

‘祈り’そのものとなって、今ここにいよう。


kaitsuburi1





このページのトップへ

contact

ここのところ土地を掘り起こす工事をしていた方がわかりました。

お昼過ぎの2時頃、PCでメール返信していたわたしが聞いた音は、

ゴンッ!

大きな堅いものがぶつかる音。

ゴンンッッ!!

Sanctuary の敷地内にたった一人でずっと居て怖くないの? と尋ねられることがありますが、怖いには怖いのですが、わたしは音には敏感で、ここで聴こえてくる音は今ではだいだい何の音か、聴き分けられます。ですので、聞き慣れない音がしない限り、普段は安心していられます。反対に、聞き慣れない音が少しでもすると、ビクッとして用心してすぐに確かめずにはいられません。

この、ゴンッッはとても重たいものがすぐ近くでぶつかっている音で、こんな音は絶対に怖いです。さて、何だろう … 音のする西側の窓を通して、昨日ようやく土の中から掘り起こしたとても重たい瓦礫(ブロック片)が倒れているのが目に入りました。

だ、誰が … と窓からのぞくと、あ、アロエを植えた大きな野菜ポットが大っぴらに地面にぶちまけられ、土が掘られて … いましたよ、工事をしていたゲンコウハン。

マーガレットやシロツメクサの辺りでクンクン匂いを嗅ぎながら、何とお洒落なのかロマンティックなのか、彼はタンポポの綿毛をパクンと一口で口に入れてしまいました。それから、今度は倒れたブロック片の近くで日光浴させていた、種まきから芽が出たばかりの青いロベリアの新芽をわしわしと食べ ――

 「あ~~ それは駄目 …」

と思わず口にすると、食べるのをちょっと止めて、風を嗅いで、だけど動じることもなく逃げもせず、また草花の探究を始めました。

こちらにやってきます。今度は西側のグリーンカーテン近くの、大切に大切にしているジュニパーの苗の鉢を倒し、だけど興味はないようで …

 「駄目だよ~」  ← (聴こえているらしいが) ガン無視(涙)

もっとやってきます。匂いを嗅ぎながらです。西側のグリーンカーテンに興味があるのか ―― えっと、えっと、そこは植えたばかりの大切なハヤトウリさんがいるんですよ。

急いで、わたしは勝手口に行って、戸を開けました。
(以下、グリーンカーテン用の網ごしの会話です。)

 「ほ~ら~。」

inoshishi

  ナニナニ? 

 (前にやってきたイノシシ君は、誰かに追われているのか、ここに飛び込んできて、わたしをみると「ウォッ!」と叫び声を出して、ドドドド トットットットッと猪突猛進で奥の竹林まで大変なスピードで逃げていきました。笠間で出逢ったイノシシたちもそのように逃げたので、こんなにのんびりしたイノ君とのコンタクトは初めてです。)

ア、ソウイエバ 鉢イッパイタオシチャッタンダッケ。
トリアエズ、ニゲヨット。

inoshishi2
 (右下は彼の倒したジュニパーの鉢)

inoshishi3
 (右下は彼の倒したアロエのポット)

ダケド、コノヘン モウチョット ミタイナア。
コノバケツ、オモシロイ。

inoshishi4

ヤッパ モウスコシ タンケンシチャオ。
タオスクライ、マ、イイヤ。



あの~ もしもし。

土を掘り起こし、植木鉢を倒しているのですが、以前冬に考えていたように、ミミズ目当てでもなく、二年前にカサブランカの球根を全部食べられてしまった時のように、オイモ(球根)目当てでもないようです。

ここが気に行っているらしいですが、散策しながら、何をしているのかな。

話しかけてみて分かったのは、目や耳よりも、鼻で世界を嗅ぎ分けているということ。
最初、窓から覗いた時も(慣れていない雀たちならそれで逃げる)、コホッとか軽く咳払いするふうに気配を出した時も、殆ど注意に入れてくれなくて、「駄目~」とぼやいた時も、ほぼ無視( って… )。だけど、絶えず風の匂いを嗅いでいる。匂いを嗅ぎながら、移動している、出逢って相手を匂いで確かめている。
 
わたしは、どんな匂いだったのだろう?

今度は、どんな匂いをさせて話しかければいいのだろう?
そして、彼の匂いを、わたしは嗅げるかな?

極めて、呑気そうな、sanctuary で一番大きな野生動物との邂逅でした。







このページのトップへ

水無月の仕事

都心との往復が増えて、bird sanctuary で過ごす静謐な時間は、珠玉のときとなりました。戻ったその日の夜は深い眠りが訪れます。都会の夜とは違う、ここの夜闇は天空の星や月に護られて遠いところに落ちるかのように、眠りが深いのです。

翌朝、薄紫の控えめな花をつけた栴檀の樹の下まで来たわたしは、何者かの気配にハッとしました。

shimahebi-futon

ちょうどわたしの目線と同じ高さの栴檀の木の梢ですやすやと眠っていたのは、結構大きなシマヘビでした。通り過ぎかけて、ハッとしたのですが、向こうはまだ眠っていて、寝ぼけまなこで音を聴きつけ、それでも眠いようでした。枝は八方に広がって、葉を茂らせていて、蜘蛛の巣がかかっており、ハンモックのような感覚で寝床にするのはちょうど良かったのかもしれません。蛇がこんなところで風に揺られて眠るなんて、空想もしませんでした。

蛇は小鳥の天敵ですし、田舎にいても忌み嫌う人も少なくありません。ですが、道路が縦横無尽に舗装化され、わき目もふらずに80キロ(時速は50キロ)で突っ走る車が多いこのあたりで、鳥はまだ空高く飛べば何とかなりますが(それでも幼鳥の交通事故は多いのです)、蛇やカエル、今一つ動作がとろいタヌキさんたちは、一等先に交通事故の犠牲者となります。彼らも季節や繁殖などの理由によって、山から山へ、森から森へ、水辺から水辺へ、草原から草原へ、茂みから茂みへの移動が必要なのです。
 小鳥の巣には近づかないでほしいけれど、嫌う方がいらしても、蛇はやっぱり生態系の大切な仲間です。(基本的には ―― 命を狙われそうなほどいじめられなければ ―― 臆病で用心深いです。そして結構かわいい顔です ―― ただ、独特の「気」というか … 気配を発しています。人が嫌う理由には、見た目や感触の生理的な反応、人が擬人化して創りあげた(「邪悪な」などの)イメージのせい、刺されることや毒の怖さもあるかと思うのですが、本当の理由は、人が無意識レベルでこの「気」を感じるとき、捉えどころのない、掴みどころのない何かに気づいてしまい、理解できないその何かに無条件の恐怖を感ずるからかもしれません。)

都会との往復で、運転時間が長くなり、ガソリン代からするとエコにいいわけではありません。それでも、命や自然の大切さということで少しでも響き合える仕事なら ―― かつて大学を止めたときに「やりたい授業は打ち切りか変容してしまい、(当時はボランティアでやっていた)yoga以外伝え・捧げることがなくなった」と感じていたところからの大逆転なので ―― 社会と繋ぎあいたいところで繋ぎあえるこの仕事は踏ん張りどころです。自然や野生の生きものたちとの対話から得られたことを都会で伝えて、都会での仕事を糧として、ここでの活動をより一層揺るぎないものとできるなら …。

留守日が増え、命に対して十分に注意深くできなかったり、手痛い失敗があったり、竹の整理や草刈り、野菜作りなどの仕事が追いつかなかったり、の反省もあります。そのうえ、水戸のA様のお母さまに頂いた沢山の里芋(種イモ)の芽がようやく出たというのに、イノシシ君(?と疑っては失礼かも知れないけれど、タヌキちゃんだったらよほどの力持ちでしょう)がみんな掘り起こしていたり … 他方で、朝そとに出ると、沢山のモンシロチョウがヒラヒラと舞い踊っていて、生まれて初めて沢山の蝶に纏いつかれ、行く手を先導するので傷つけないように苦労したり(おかげで、アブラナ科の野菜は全滅です) … 里芋をもっと植えようと堀った地面が相変わらずの瓦礫だらけ(今回は大きなブロック片がゴロゴロ)で、何度も腰痛になりかけて、あきらめて、「こういうところこそ、イノシシ君どうか助けて掘って!」と心でヤケクソ気味に頼んだら、本当に夜中にイノシシ君が掘るのを手伝ってくれたらしく(??) 、そんなに悪い奴じゃないなと思ったり … 

雀、コジュケイ、キジ、シジュウカラ、ハクセキレイ、しっかりこの地で子育てをしています。今日は水辺に、翡翠もやってきました。

今年は種蒔きから、原種に近いミニトマト、四川胡瓜、ネギ、浅葱、ニラ、ツルムラサキ、ハヤトウリ、ハーブ類(ルッコラやチコリ、サラダバーネット、イタリアンパセリ、パセリ、コリアンダー、ディル、フェンネル、スープセロリ、ナスタチウム、チャイブ、三つ葉、紫蘇、等々)を育てています。野生に近いものでないと、ここでは(andわたしの腕では)無理です。レモンバームや多種類のミント、赤紫蘇、パセリ、韃靼そばは勝手に野生化しています。

nasunotane
 (一晩水につけておき、今日蒔いた美味しい
 茄子の種 + 野鳥の好む多年草の花の種)

この冬にタヌキの黒ちゃんが疥癬にかかってしまったらしく、心痛め、尊敬する方々に相談させていただいて、薬をあげたりしましたが、三月の冷たい雨の日以降、姿が見えなくなりました。傘を差し、夜は懐中電灯で、声をかけながら、幾度も探しに行きました。ぽっかり空いてしまったこころのスペースに、彼が挨拶に来る夕暮れの色が濃く染み込みましたが、同時期にあらわれていた別のタヌキがおりました。茂みがガサガサ音を立てて揺れると、黒ちゃんかもしれないので「黒ちゃん!」と呼んで、おやつを置いていましたが、いつも翌朝しっかり無くなっていました。

その別のタヌキさんは大きいタヌキでしたが、ここ数日、茂みのガサガサが数か所から聴こえて、今宵はタヌキの子どもと遭遇しました。ちっちゃな、好奇心の強そうな、子タヌキです。わたしが夕方の山仕事を終えて最後におやつを置くのをちゃんと分かっていて、おやつを待ちかねてガサガサと音を立てては、わたしの反応にびっくりしてちょっと逃げ、また近寄ってきて、を繰り返していたようです。


ぽっかり空いた夕闇の空洞で、誰かがちょっと微笑んでいました。


wild strawberries
 (小粒で美味しい、ワイルドストロベリー。
 まだ朝のヨーグルトに沿えるほどしか採れませんが、
 いつか甘酸っぱいジャムを作りたい。)










このページのトップへ

メダカ日和

水無月、梅雨前の大気は水の色に染まり、緑は濃く、瑞々しくどこまでも溢れてゆくようです。潤いを含んだ風が吹き渡り、光が揺れています。

都心での仕事の合間の bird sanctuary の時間は、以前にもまして、静かな大切な時間です。

今日は手紙を投函しに行ったついでに、気になっていたホームセンターに寄りました。この時期、ごく短い間、このホームセンターには若いメダカが入荷されます。二週間ほど前に立ち寄ったとき、たった一匹残ったメダカがいて気になって店員さんに相談しました。数匹お迎えしたいのですが、追加でメダカを迎えると先住メダカとうまく行かないことがあるので、結局悩みつつ、再入荷を待つようにという店員さんの助言を受け入れました。後ろ髪をひかれつつ後にして、ようやく再度立ち寄れる機会が訪れました。

今度も残り僅かしかいなくて、「済みません。残った子全部ください!」ときっぱりお願いしました。七匹いました。

medaka

Sanctuary の北側の池は、葭やアサザなどの水草に、水辺を好む鳥たち、トンボ、メダカたちと、ビオトープのようにしたいとずっと望んでいます。しかし、自然な形で雨水を溜めるだけでは難しく、その池にこれまでも水質浄化のための水草を植えてきましたが、なかなかうまく育ってはくれません。それでも今はカエルさんたちが自然に棲みついています。そして、翡翠、カルガモ、青鷺までがやってくるのですが …。

この池のためにいつかは植えたいと、今でもアサザや睡蓮を育てています。そして、yoga をしつつ、心震える大切なシンボル、蓮(唐招提寺の白蓮、桃蓮)も …。そのため家の付近には水鉢や甕やバケツがいっぱいで、どうしたって竹藪で蚊が多いうえに、さらにボウフラの繁殖に協力する結果となってしまうのですが、メダカさんたちは、心強い味方なのです。

お迎えした子は元気いっぱいで、大急ぎで帰って、とりあえず盥の中で休んで落ち着いてもらいました。移動で酸欠になることが多いのです。そして、先住の三匹とは別の、睡蓮の甕とアサザの甕に棲んでもらうことにしました(ひと冬越した先住メダカさんたちは、おっとりのんびり暮らしています。)

shijuukara-waka

二日前に戻ってきたのですが、シジュウカラたちが再び訪れてくれています。若鳥の数羽の声も聴こえてきます。巣箱で育った子たちでしょうか。写真の、遥か高い樹の梢で葉の茂った小枝の間を飛び交っています。シジュウカラたちがもっと育って増えてくれたら、いずれ下の方の樹々にも遊びにやってきてくれるのではないでしょうか。こことご縁を結んでから植えた、ハシバミ、センダン、ヤマグワ、エゴノキ、ナナカマド、ムラサキシキブ、等にも、いつか、安全に、やってきてくれますように! ―― きっとそのとき、あの子たちの声をもっと親密に聴くことができるでしょう。

その瞬間が今から観えます。ここまで添えてくださった心温かな手、そして水色に染まる空のずっと奥にある微笑み、ありがとうございます!





このページのトップへ

Search

Information

sumiko

Calendar

05月 « 2016年06月 » 07月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Categories

Links