hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

2016年 ありがとうございました

2016年、温かなご支援をいただき、誠にありがとうございました。

本年は、四月から始まった新しい仕事に取り組み、都心と sanctuary との往復生活となり、あまり余裕のないままに時を送っておりました。色々な声を聴き届け、賜ったことばを噛みしめ、ご示唆いただいたことに気づいたり芯から受けとめたり … 大切なことを心に留めることができずに、行き過ぎてしまったことが、もしかすると多かったかもしれません。今でも、できる限り立ち止まって、受けとめたことを咀嚼する機会を持ちたいと想っています。それでも気づいていない場合は、どうぞ根気強く手を差し伸べてくださいますよう、お願い申し上げます。
 新たな仕事(主にyoga)では沢山の学びがあり、また新しい段階、展開がありました ―― 特に現代社会を生きる上での健康や自立について、多くの方に教えていただきました。しかしまた、今の段階が自分の成し遂げたい仕事、yogaの境地であるとは考えていません。今の段階でも100点満点で40~60点くらいでしょうか、でもこの段階で満足していないのです。もっともっと先に進まなければ、自分のしたいことを見据える視野さえ展開してこないです。この地球が命を育み続け、自然や生あるものたちが皆、調和の元に生き続け、生死の循環の中で再生し続けていけるように ――。わたしたちの存在は、今ある足かせや呪いを脱ぎ捨て、生命の根源と繋がって、自由に健やかに慈悲や愛に満ちた視野に立つときが来るでしょう。

 鳥も、動物も、樹木も、草も、土や水や空気も、自由に幸せに、生き生きと瑞々しく清々しく、本来の姿である時に、その場がそれだけでどれほど心地よいかは、ここにいれば痛いほどに感じられます(逆に言うと、何かが損なわれたり傷ついたりしていれば、その痛み、苦しみ、心地悪さは自らの痛み、苦しみ、心地の悪さとなります。)その感覚は感じ取るものです。そうした感覚が自然空間、身体空間として広がり、共鳴し合い、浸透していくとき、わたしたちはどこにいても sanctuary にいられるようになるでしょう。

 どうぞ貴方のうちにあるものを大きく広げ、精妙に響かせて、時空に浸透させていって下さい。そうして、その時空間を、多くの美しいもの、真なるもの、善なるものと共鳴させていって下さい。そこから世界を創造していって下さい。



apas2016





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冬櫻

先の週末、年内最後のことりyogaの練習と気功の修練を終えて、sanctuary での少し長い冬休みを過ごしています。ことりyogaでは有志の皆様、有能な幹事様が素晴らしい忘年会を開いて下さり、こころ豊かに今年を振り返ることができました。気功では大先生が冬至の貫頂、帯功に導いて下さり、場全体が太陽の光の柱となったように感じました。本年、最後の最後まで、ご指導いただいた先生、先輩方、共に精進してくださった仲間の方々、誠にありがとうございました。沢山の温かいものを胸に、帰ることができました。

年明け、東京での仕事がだいぶ先となるため、しばらくは sanctuary で自然の声を聴きながら静かな時間を過ごせます。野鳥たちのレストランは始めてすぐ、フル回転 ―― アオジ、ジョウビタキ、雀、シジュウカラ、ヤマガラ、エナガ、コゲラ、ヒヨドリ、メジロ、ウグイス、ホオジロ、カケス、シロハラ、アカハラ、ツグミ、ハクセキレイ、カワセミ、ハシボソガラス、ハシブトガラス … この冬、キジやコジュケイを見かけませんが、代わりにソウシショウが奥の竹林で朝夕歌をうたっています。また、秋から上の神社が大きな杉を幾本も伐採してしまったためか、いつもそこに巣作りしているトビが西側の大きなイヌシデの樹にいつも止まっているようになりました。つがいの二羽で、鳴き交わしています。-- ことりyogaの皆様には、sanctuary の鳥たちのためにと、沢山のご寄付を賜りました。鳥たちと共に、心より感謝いたします。

沢山育っているハーブ、薬草類の冬越しの世話も大忙しです。論文書きがだいぶ余裕なくなっていますが、時間を見つけて、少しでも苗木を植えられるよう、林の整理をしてゆきます。レストランも今は命綱ですが、本来の自然の中で生きものが命を繋いでゆけるように ――。

先月、先週と気功の練習中やその後に頂いた言葉の幾つかが、金剛石のように煌めいています。調和とは何か、調和と融合、命の大元とは、、仏性のゆくえ、天地 … 等々、未だ噛みしめていますが、少しずつ感じたことを吸収していけたらと想います。これから生きる上での希望のヒントが、そこにあるような気がします。腑に落ちて、体現できてゆきますように! 

最後の練習の後、公園に櫻が咲いているのを見つけました。フユザクラ ―― 年二回、花をつけるそうです。

fuyuzakura


さあて、「静かな時間を過ご」すと書きましたが、明日から三が日まで、ここ(sanctuary)は初詣の参拝客で年に一度の大渋滞、大賑わいとなります。どこにも行けないし、行く当てもないのですが … ずっとここで、真に清い一条の光と共に、命のおおもとからの再生を祈っておりましょう。





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太陽神の指先

昨夜遅く今年最後の都心行きに sanctuary から出発するはずだったのが、一部で暴風がひどいとの報告に気持ちがくじけ、何だかそれだけでない直観で一日延期しました。明日からの日程が体力勝負になってしまいましたが …


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朝陽を浴びながら、ああこのためだったのだと腑に落ちました。

冬至からたったの二夜で、この光 ―― 

透明感 ――

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大いなる太陽神がここに触れ

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一瞬にしてわたしは恋に落ちました。





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冬至から

願えば叶う ―― 仕事があって、どうかな、と思っていましたが、冬至の朝陽を浴びた途端「行かなきゃ」と感じて「伺えますように!」と願ったら、偶然が重なって仕事帰りに途中で先輩をお乗せして大洗磯崎神社に伺うことができました。


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年の瀬まで、世界的にも、また誰しもが、
この世界のありよう、
地球の行くすえ、
ヒトの心の向かう先について、
学び試されているような2016年ですが、

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浜辺で太陽礼拝を捧げていると、


冬至の、遠くてそれでいて最も温かく光優しく、
感謝と敬愛に胸がいっぱいになる、太陽へ

雲一つない、穏やかな澄んだ冬の空へ

青く、深く、呼吸をするように、
波を立てている海原へ

多くの年月に磨かれた丸い石たちを抱く大地へ

小さな己は突き抜けて、
貫かれてゆきました。

ただ溶け込んでゆき ――


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2011年に訪れたときは、
命の根源から再生していきますように ――
という祈りを捧げました。

それから希望を見出す長い旅に出て、

今また祈りは深くなり、
大自然や命の元に包まれ、繋がりながら、
一粒の煌めきとなりながら帰命していく
命の安らぎと幸せに
希望のヒントを見つけようとしています。

それは己を捨て去ることではなく、
自己の存在を深く知ること
本来の自己の幸せの姿に気づくこと
現世で知性と感性を磨いてしっかりと立ち
己の命のありようを
活かし愛し励ましながら--

空の鳥も海の鳥も
塩の香りのする浜辺の海藻も
海風に揺れる磯菊の花々も
浜辺の小さな貝も
まあるい小石たちも
みな、わたしとして生き、
笑い、戸惑い、踏み堪え、、
安らいで、移ろい、去ってゆき、
大きな源へと還ってゆきます。

そして、また
新たに生まれてゆく --

生まれてゆきますように。


地球よ。


命を育む星よ。





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冬至前に

間もなく冬至ですね。

Bird sanctuary は朝夕氷点下、昼までも日が陰ると気温が低く、野鳥たちは懸命に食べものを探しています。今年は都会との往復で、毎日という訳にはいきませんが、それでもレストラン開業しています。そして、レストランだけに頼られすぎないよう、皆が冬でも豊かに生きていけるよう、冬休みは植樹開始です! 

一昨日、手紙の投函がてらに寄ったホームセンターの駐車場で、もの哀しげに鳴き交わす白鳥の声を聴きました。見上げると、鍵を作って17羽もの白鳥が空を横切っていきました。この辺りには小さな池や貯水池が多く、毎冬彼らが頼りにして渡ってくるのです。

10月末から待ちあぐねていたジョウビタキのジョウ君は、今年は Sanctuary にやってきませんでした。代わりに今、ジョウビタキのお嬢さん(雌)が一羽飛来しています。このお嬢さんは何と、夕方になると台所の窓の下、グリーンカーテンやヨシズが立てかけてあるところを潜り、窓の下の杭に止まって夜眠るのです。しかしわたしは、深夜に都会と往復せざるを得ず、震災後開かない玄関からではなく、台所の勝手口から出入りするため、夜更けや早朝にこのお嬢さんを驚かせてしまうことになり、こころを痛めています。玄関を修理しようかしらとまで考えたのですが、素人では難しく、結局出入りしています。ついにお嬢さんは、それにも慣れてくれたようです(細心の注意を払って出入りしています)。

寒くて日は短いですが、冬には冬の愉しさ、ほっとする気持ち、心地よさがありますね。手足がしもやけでパンパンに腫れていた数年の後、寒さにも随分慣れてきました。太陽が本当に尊くて、今年の冬至には何かひそかにエネルギーがシフトする予感もあります。

年の瀬の街では、せかせかとした空気に巻き込まれそうになりますが、残り少ない今年の一瞬一瞬をゆったりと大切に過ごしましょうね。

fuyu-sendan

 (葉を落として立派な実だけを残した
 栴檀の樹。二本の樹を植樹後、支え合うように
 彼らはすくすくと大きくなってくれています。
 最近この実もどなたかに食べられている様子。)


fuyu-konara

 (今年は色づいたまま、葉を落としていない
 コナラの木。この樹も植樹して、今では見上げるほど
 となりました。)


妖精シュトーレン

 (昨年の冬に植樹して、日当りを塞がれそうになり
 幾度も心配したけれど、一年間健やかに育ってくれた
 ボダイジュの木の根元に、今年も妖精への捧げものを
 しました。12月になると水戸のA様より頂く、クリスマスの
 シュトーレン。命が豊かになってきたことへの、妖精への
 感謝を込めて3切れも贈ります。)





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雪月

あっと言う間に今年最後のひと月となってしまいました。
「師走」というと何だかホントニ走り出さなければいけないような、忙しない感じがしてしまいます ―― 12月の呼び名、「師走」以外に「苦寒」「暮古月」「雪月」「春待月」があるそうです。このうちの、「苦寒」は冬真っただ中の寒さから来ており、「暮古月」「春待月」は来る新春を待っての由来らしいです。寒さは「苦」だけにしたくはなく、でもやはり12月は春からはだいぶ遠くて、冬の愉しさ、ワクワク心躍る気持ち、嬉しい出来事、を追いたくて、わたしは今年から、「師走」をやめて「雪月」と呼ぶことにしました。

先の突然の大雪の時、都心との往復でやきもきしたため、昨日愛車をスタッドレスタイヤに履き替えてきました。これで雪月の準備整いました。

タイヤを保管してある山仕事用の物置き小屋で作業していて、ふと、得も言われぬ優しく甘く上品な香りを嗅ぎました。こんな季節に ・・・・・ 何の香りでしょうか?

ふんわりと優しく甘くて、古風で奥ゆかしい品があって、どこかで嗅いだことがあるのですが、こんな新鮮な空気となって吸い込むのは初めてのような ・・・・・ ?


―― それは、枇杷の花でした。

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biwaflower2
 (枇杷の花。奥に観えるのは
 緑の実をつけた栴檀の枝です。)

薬用にする枇杷の葉の焼酎漬け、同じく薬用の枇杷の実の蜂蜜漬けと、枇杷は10年以上身近で大活躍してくれる尊い樹で、sanctuary には何本も植わっています。枇杷の葉の焼酎漬けは、年代物のものもあり、自分だけでなく、周りにいる様々な方々の皮膚のトラブルを癒すのを助けてくれました(化粧水、虫刺され、かゆみ止め、アトピー皮膚炎、肌荒れなど)。蜂蜜漬けの方は、病後の方や夏負けを起こした方の回復のために働いてくれています。

枇杷は、大切過ぎて、いざと言うとき連れて逃げられるように(?笑?)鉢植えでもいてくれて、その鉢植えの枇杷の樹に今年初めて花がついたのです。(地植えの木々はもっと大きいのですが、この土地の寒さゆえ、花はつけられないのかもしれません ―― ミカン類の木々がそうなので。) 

花の香は、美味しい実の蜂蜜漬けの、その香りに似ていて、それ故どこかで嗅いだことがあるけれど、でも初めての新鮮さなのでした。

飾り立てた派手さも気取ったところもありませんが、命の力を感じさせる素のままの花、そしてたくさんの人を癒してきた慈愛の優しさがそのまま香りとなっていました。






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