hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

小鳥の森増勢project 1

奇跡のようですが、先の土曜日、bird sanctuary に7人の聖者(? 天使?)が集まって鬱蒼と暗い奥の竹林に光を入れて下さいました。

ミレニアムから志が芽生え、2003年に bird sanctuary 創立の初心を抱いて、そこから紆余曲折して、2006年にご縁があった、この土地  --。当初の3000坪という希望は叶いませんでしたが、奥の竹林を入れて、約1400坪の土地です。土地は、神社の麓(推定するに、昔は鎮守の森でしたでしょう)、昔の記事によると神社仏閣の集結する「聖地」であったであろう土地柄です。他方、現在は奥のかなりの面積が隣地からの孟宗竹が蔓延ってしまった暗い場所、そして過去には歴史的因縁のあった場所(凄惨な惨殺事件がありました)、そして仮登記としかならない一角もあり、その他、情けなくも今のわたしには手に負えない、どうしてよいかわからないことを抱えています。

それでも、希求を抱いてから数多くの清々しい方々に感謝し尽くせないほど支えていただいてきました。そして、初心が間違っていたとはこれまで一瞬も思っておりません。

-- 小鳥たちが、野生の生きものたちが、守られ、安らかに暮らしていけるような場所に。
-- 自然や命がすべて調和し、共生していけるような場所に。
-- 生命や自然の循環がずっと続いてゆけるような場所に。
-- この地球上で、ほんの僅かな面積でも、他の同様の、あるいは先陣を切ってくださっている空間たちと共振し合い、そうした空間が少しでも広がってゆける、そういう空間に。
-- わたしたちが心(ハート)から、慈悲や愛や調和を感じ、癒し癒されて、それを自ら体現してゆけますように。

そして、これが叶う中で、繊細な野生の小鳥たちが、わたしたち(人間)への信頼を取り戻して、安心して肩や頭や掌にとまってくれるような場所になりますように。


夢物語ではない。妄想ではない。ほんの小さなところから(細々とでも)始めたい。

しかし、現実はまた厳しいものでした。
(3.11の厳しい体験は、当初、失われた尊い命を悼みつつも、わたしたちが変革できるチャンス!と感じられましたが、そこから社会は加速度的に暗転していってしまっていますね。)

それでもぶれずにいたい、と決意しながら、2年半前から都心でのお仕事をいただき(命を養うヨガ関連のお仕事なので有意義で、経済的な窮地を脱することもできた天の助け)、都心と往復し勉強しなければならないことが増えて、筍が生え竹林が増殖する時期に咳喘息を起こすようになって、プロ(業者)の筍盗人に狙われるようになって、竹林に入ることができなくなりました。少しでも多くの命、小鳥や小動物たちが安心して暮らせ、渡り鳥が毎年頼りにして渡ってこられる、里山の恵みに溢れる広葉樹の森にしたい、という思いとは裏腹に、鬱蒼と暗い、孟宗竹が増殖して困ってしまう場所になりつつあったのです。

正直に申し上げます。

初心を抱きながらも、難しいなと感じる瞬間が多くありました。

そんな中で、天の一声で、心身たくましい、凛とした方々が集まってくださいました。


小鳥の森1

孟宗竹が蔓延り、手が付けられなくなっていた場所。竹を倒すのにも、光を求めて頭上で絡み合っているため、思ったようにいきません。抜群のアイデアで、竿を使いできるだけ竹の上部にロープをひっかけて、二方向から引っ張りつつ、チェンソーで切りつつ安全な方向に倒しました。チェンソー使いの方、ロープをかける方、引っ張る方(2名)、全体を見渡す方、4~5名での作業です。午前中で、何と40本の竹を伐採して下さいました。

わたし一人で竹を倒すときは、倒すだけなら一日3本が限度で、実は倒してから幹を分断し、枝を払い、運ぶ作業が大変で、その作業まで含めると1本で一日かかります。和竹(真竹)なら比較的楽ですが、太い孟宗竹は、直径20センチ以上のものが多く、重さも半端ではなく、倒すとき危険です。しかも、遥か上部で絡みついている場所の竹や、足場の悪い場所の竹は、倒せません。宙ぶらりんになったまま、放置せざるを得ないことも多く、そのうちの一部は、放っておくと風で揺れて思わぬ方向に落ち、危険なのですがどうしてよいかわかりません。また、倒れる時も、意図しない方向に倒れて、他の木に引っかかってしまったり、苗木を潰したりする可能性があります(もう、そうした場所には苗木を植えないようにしていますが)。更に、倒れる瞬間、竹の幹が縦にパーンとはじけてそれが体に当たって危険なこともあります。この8月には、家屋と竹垣に近い、足場の悪い狭い場所に生えてしまった今年の竹を切り、その切った上部がくるりと回転してしまい、滑り落ちて、片足をかけて作業していた脚(腿)の上に乗って、そこから脚をはずそうとしたらふくらはぎの上に落ち、片脚全治2か月あまりの怪我をしてしまいました。

… なんて、泣き言は嫌いですが、この天使のような方々が素晴らしいチームワークで40本片付けてくださる、


小鳥の森2


というのは、天から降りた奇跡、としか言いようがありません。

推定するに、ずっと昔からこの地に生きてきたシデの大樹(イヌシデか、アカシデと推測しますが、葉っぱも実も遥か上なので、今まだ識別不能です)が、無数の孟宗竹に日射を遮られ、横枝を張れていませんでした。(正確には、幹を見ると、張っていた横枝の全てが日照を受けることができず、枝を落としてしまったようです。) それが、奇跡の伐採で、明るい太陽のもとにその幹を晒すことができました。この大樹はこうして何十年も、てっぺんの僅かな冠・頂からのささやかな陽光を頼りに、生き延びてきたのです。暗い奥の林の中心に位置している、シンボルの大樹がこうして光を取り戻しました。

小鳥の森3


他の場所に光が入った時に、そこにあった樹木は、ひょろひょろとした幹に細い小枝を這わせ、少しずつ幹を太らせていきました。

どうか、このシデの大樹も、本来の太さ、逞しさ、しなやかさを取り戻してゆきますように! そして、命の根源との繋がりを太くし、たくさんの生命をはぐくむ仲間となってくれますように!


午後、輝く素晴らしいチームワークで、切られた竹は分断され、枝を払われ、土地境界内の適切な場所へと積み上げられてゆきました。担ぐのは、重たくて二人掛かりとなりました。更に、片づけられていなかった倒木(竹)までも片づけてくださり、sanctuary の一角はすっきりと、清々しく、光の降りる空間へと変革しました。これからもっと良い場所に、と夢を語ってくださった、聖人(助っ人)の方々の心意気 -- ひれ伏しても頭が上がらない程、眩しいものでした。

声を上げてくださった気功の先生、お弟子様の方々、修練の先輩と御仲間、ヨガのお仲間、大切な方々、心よりの感謝を捧げたく存じます。気持ちを丁寧に表せるのがいつもゆっくり過ぎますが、取り急ぎ、ここで謝意を表します。誠にありがとうございました。


いつの日か、この地が、多様な樹種からなる豊かな生態系を育む場所となり、小鳥たちが安らいで飛び交い、巣をかけることになるでしょうか -- そこでわたしたちが静かに安らいで、微笑んでいられる場所に? たくさんの命がつながっていく場所に? 

なってほしい。いえ、なるために信じて歩きます。

うん。

なる。





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ジョウちゃんが帰ってきた?!

深夜に都心を出て3時間弱かけて bird sanctuary に戻ってきました。5時半過ぎに到着することになるのですが、この時期、辺りはまだ漆黒の闇です。気温は0℃ -- 凍てついた暗闇ですが、深い闇もまた群青の奥の色合いで美しいです。

西側に立てかけたよしずをくぐって勝手口にまわると、入り口付近から夜闇の中へ何かが飛び出ていきました。「あらら」――何だか覚えのある、飛び方です。スズメより少し大き目の鳥だったのでしょうか。もしかすると ――

朝になって勝手口のそのあたりを確認すると、昨年と同じく、出入り口脇の窓の下のフックに鳥が止まっていたらしく、その下にフンが落ちていました。よしずの内側で暖をとっていた明け方の眠りを邪魔してしまったのでしょうか(悪かったな …)。そして、ここで寝ていたのは ―― 昨年と同じく、ジョウちゃん(ジョウビタキの雌)でしょうか? 

この秋も、何羽かのジョウビタキがここを訪れ、実った紫式部や、ガマズミや、ハニーサックルの実を啄んで、常駐してくれるのかと思えば、また南を目指し数日で去っていきました。そうしてここは、何羽ものジョウビタキたちの渡りの中継地点となっていました。

ジョウ君と友達になったのは三年前 ―― ジョウ君(ジョウビタキ雄)は翌年も奇跡のように訪れてくれたけれど、三年目はやってこなくて、代わりにジョウちゃん(雌)が留まって、親しくなってくれました。そしてまた … そうだとしたら … とても嬉しいけれど …

昼になって、北側でジョウビタキの声がするので慌てて外に出ると、ジョウビタキ雌の姿が見えました。「ジョウちゃん!」と声をかけて、鳥たちのレストラン(餌台)にご飯を置くと、すぐにやってきた!! ジョウちゃんです!

ですが、不思議なことに、今日はレストランにジョウビタキ雄がやってきました。ジョウ君?と思うのですが、ツヤッとした羽根と見事な体格は立派な成鳥になりたてのそれで、ちょっとジョウ君とは違いました。 … ジョウちゃんは、どこにいったのかしら? この時期、鳥たちはテリトリー(縄張り)を守ると言いますから、二羽のジョウビタキが共存できるかは、分からないです。この新入りさんがここに留まることになるのでしょうか … 1年前、2年前の、10月末から常駐のジョウ君がいてくれた昔と、今は違うようです。鳥たちの世界は、まだまだ分からないことが多くて、奥深いです。



Dec17-1
見えづらいですが(済みません)、真ん中の緑の中木(ストロベリー・ツリー)の下に、レストランがあります。ここに、雀、キジバト、山雀、ジョウビタキ、モズ、が立ち寄ってくれます。

Dec17-2
上は綺麗に紅葉して、その葉が落葉し、地面にふかふかの落ち葉のじゅうたんを作ってくれている最中です。


Dec17-3
澄んだ冬空は、混じりけない蒼い天空で、見上げると瞬時に無心になれます。







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十三夜月

昨夜の十三夜月は、息をのむほど神秘的で深い何かを湛えていました。
この世の美しさとは異なる、別次元のうつくしさなのかもしれないと感じました。

東京在住の、とても素敵な方からたまたま届いたメールにも「今日は月が綺麗でした」とあったので、都会の皆さまもご覧になっているかしら、と想っていました。ですが、深夜に都心へと移動して、sanctuary を出たときに広がっていた世界が、到着して見上げた空にはありませんでした。なので、写真ではお伝えしきれませんが、UPしてみます。


十三夜1

日が傾いてからすぐ、差してきた月の光 -- これは6時少しすぎの空です。夕暮れに山仕事用の物置小屋を片付けて(昨日は青梗菜・レタスの苗を植えて、霜にやられ始めた大文字草やランタナの花鉢等を植え替えてベランダ・玄関にいれ、メダカたちの世話をして、竹を2本片付けました)、タヌキたちにおやつをあげて、見上げた空です。はっと息をのみました。夕闇が降りても、辺りは明るいのですが、その明るさは冷たく白く、見慣れた景色がこの世のものではない発光体となっているようでした。


十三夜2

sanctuary を出発する、深夜23時すぎの月です。広い夜空一面に、無数の細かい雲がびっしりと広がっています。気温は2℃でした。月には光の輪が滲み、不思議な蒼い光や鞘えんどう色の光が時折浮いていました。空を「宇宙の海」と想いました。わたしたちは宇宙に浮かぶ船のように、この星に乗船しています。今、ここのこの場所も、間違いなく、宇宙です。


みな、ここから来て、ここへ戻ってゆく。





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