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hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

shock!! --大地の悲喜こもごも--

苗木たちの移植はほぼ終わったはずですが、注文から入荷が遅れていた野草の苗が、あと少しすると届くはずです。昔は日本の里山のどこにでも微笑んでいたはずの野の花で、だけど今は開発やら外来種に駆逐されるやらで、絶滅しつつある野草たちです。これらの植え付けが終わると、この作業は一段落して、しばらくはスコップや鋸を手にした作業から一休みのはずが … 

数日前、八郷で野鳥の森をお創りになっているS先生から分けていただいたヤマウコギの苗を定植しようとして、スコップを当てた土地で -- ガーンとなるほどショックな手ごたえが来ました。

そこは、土地を手にしたとき建てた物置小屋の後ろ … 夏でも直射日光がほどよく遮られ、上に書いたような絶滅しつつある野草たちのと幾本かの苗木のあるコーナーなのですが、スコップが地面すぐ下で跳ね返されるような硬いものに、広範囲に当たり、まったく土が掘れないことが分かりました。

う~む。。。

よくよく見ると、その土地の一部(たたみ1.5畳くらい)が不自然に盛り上がっています。

さらにスコップで土を掘り返してみると、ビニール破片がわんさか出てきて、その下にとても固い石(か、コンクリ)があります。ひとまず、苗木を植えるのはあきらめてさらに、その、埋まっているものを探るように土を掘ると -- 

どうやら、かなり大きな石(か、コンクリ)の分厚い板が、何故か透明のビニールシートに覆われて、意図的に埋められているのが分かりました。

一体いつ、誰が、こんなことを … 

・・・・・

そこに物置小屋を建てるのを決めたとき、そのあたりはコンクリの土台が小さな家一軒分くらい残されているのが(半分埋められていたので、不動産屋に紹介された時は全く気付きませんでした)分かり、その土台の半分を残して、その上に物置小屋を建ててもらいました。残り半分は、業者さんにお願いして廃品としてリサイクル法にのっとって処分していただいたはずでしたが …。

う~む、う~む …

今となっては、その土台の下にあったものなのか、それとも土台として処分していただいたはずのものの一部だけが何故か埋められてしまったのか … (問い合わせても、処分していただいたはずのものの下にあったと言われてしまうだけでしょう)。まさか、そのあと誰かがこっそり「不法投棄」したなんてこと、ないよね … それに、何故、単に石(コンクリ)の板を埋めるだけでなく、ご丁寧にビニールシートに包むなんてことをしたのだろう? (そのために、土の中に、どれだけ篩にかけて自然の土だけにしようとしてもすべて回収できないような細かなビニール破片が散らばってしまう結果となっています)。


もしもたまたま何かの理由で埋められたというだけなら、あるいはたまたまこっそりゴミを残してもいいやという人がいた、というだけなら、それは、そういうこともあるさ!で、(以前はわたしも怒っていたけれど)片づければいいだけです。

ですが … これだけではなく、家の裏手、野鳥たちとの遊び場は、今でも、掘っても掘っても、瓦のかけら(これは、ここにあった廃墟を片付けてもらった業者がひそかに大量に埋めたのでしょう)が大量に出てきます。ここ(野草を植えている場所)は、土地を手にしたときから土地に凹凸があり、その上に草が生えていたのですが、少し掘るとすぐに、お茶碗のかけら、ガラス片、大量の黒いビニール辺(分厚いビニールシートが沢山捨ててあったようです)、電柱(!)、古い古い乾電池、家電製品の一部とみられる金属片やコード、金属のチェーン、植木鉢のかけら、等々、大量のごみが出てきました。どうも、ここに住んだ代々の方がゴミ捨て場にしていたようです。

お茶碗のかけらやガラス片、ビニールひもの切れ端と思える石油系のごみは、元の畑地や裏の竹林からも出てきて … 

大地をゴミで埋めるのは、心無い業者だけでなく、土地の持ち主の方も、当たり前にしてきたこと … ??!!



土地探しをしていたころにも、ほとんどの田舎の山地、里山に、ゴミが捨てられている場所が目につき、どうしてこんな美しい自然林の中に、こんな無残に?!と悲しくなることが多かったのを想い出しました。そこに住んでいる友人に伺ったところでは、捨てるのは、多くは、何と地元のお年寄りで -- 推測ですが、ゴミを捨ててもゴミ(=もとは人間が利用したモノ)の多くは、自然に還っていた、そういう昔の風習を未だに引き継いでいるからだろう、ということでした。きっとその上に、一度誰かが捨てた場所は、どんなに美しい自然があろうとも、他の人も、捨てていい、皆で捨てれば怖くない、と勝手な解釈を重ねるのだろうと想います。

しかし、人の暮らして使われるモノが、「土」という自然に還っていった時代は遠く、今は、何を消費するにしてもそこに(包装に、体裁だけでなく「衛生上」「品質管理上」不可欠な形で)、土に還らず、一度きりで捨てるしかないもの、石油系のものも抱き合わせで消費する時代となってしまいました。

捨てる人だけでなく、こういう製品が作られていること、それをわたしも消費せざるを得ないことを、考えさせられます。



けれど、自分で土地と関わってみて、大地、土に触れ、そこで育まれる生命の営みに近寄ってみて、感じるのですが、大地はもがき、淀み、毒素や老廃物を抱えて苦しんでいます。土に還れないものを抱えれば抱えるほど、スコップを当てると、淀んだものが貯めこまれ、臭いにおいが瞬時に立ちのぼります。草木の根は張れず、土の中の様々なものを分解してくれるはずの土中生物も全く見られません。そこにあるのは、わたしたちと繋がる大地の劣化、そして最後は自然や生命も衰えて死に向かっていく姿です。


以前、笠間に借家住まいをしていたときも、程度はずっと楽だったものの、家の庭にこうしたゴミが埋まっていました。最初は、怒り、続いて、嘆くようにゴミを取り除いてきましたが、この土地に来てからは、少しでもゴミを除いて、水はけを良くし、大きな木々たちが落としてくれる葉っぱがいずれはふかふかの土を取り戻してくれると信じて、何より、わたしたちの命の大元のところで、自然が喜んでいるのが感じられて、わたしまで気持ちよくなります。


… ただ、いくらゴミを片付けて、行政の指示にのっとって、適切な形で処分したとしても、そのゴミは、どこか社会が決められた場所に堆積したり埋められたりするという事実も、忘れられません。いえ、石油系のビニールやプラスチックのゴミのように、取り決めに従って今は燃やされるとしても、有害物質のことは無視できません。ここに埋まっていた大量のゴミを取り除いて、ここを自然や命のサンクチュアリにするために、そのゴミをよそに引き受けてもらっている … その事実は、涙が出そうですが、絶対に重く背負わなければならないと想います。


本来なら、地球という星が、まるごと自然や命のサンクチュアリであってほしいのに。


suisen


ゴミを除いた後の土地に、この春は木々が根を張り、溜まった水が循環するようになり、土の下の生きものも上の生きものも元気を取り戻す -- それをイメージして、まずはこの地から、大地を甦らせましょう。その元気な姿を見ながら、それと同時に、今できることとして、ゴミの少なくなる買い物や、ゴミ、有害物質の出るのをできるだけ控える暮らしをもう一歩、進めてみましょう!!



… と、この大きな石の板とビニールの破片を掘り出しますが … 板の上の土(板は地下50センチくらいのところに埋まっています)を取り除くまでは、わたし一人でできますが、多分(いや絶対)、板はわたし一人の力では持ち上がらない -- ということで、誰か(女性でも男性でも)腕っぷしに自信のある方(できれば複数人)、通りかかったら、気合と共に、大地の人助けに加勢してくださ~い! この板は形状と材質を見た上で、可能ならゴミにせずリユースします。
















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