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hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

なぜっ!

生きものたちと暮らしていると、あっと驚く出来事や、いつまでも心に残る不思議なことが起こります。

でも … でも … どう考えても‘絶対にありえないこと’も起こります。

ごく最近起こった、二つの事件についてお知らせします。

どなたか、謎が解ける方がいらしたら、是非教えてくださいませ。

(名探偵シャーロック・ホームズでもエルキュール・ポワロでも、解決できなさそうなんだけれどなあ。)

*****

その1 「アリたちに号令をかけるのは誰?」

ここでは報告しませんでしたが、この夏は台所の流しのところにアリさんが出没して、とても困っていました。ある日、2、3匹のアリさんが炊事場(まな板を使う辺り)を歩いていましたが、この家ではそんなことはざらなので、ティッシュペーパーでそっとつまんで外に逃がしました。

ところがアリさんたちは何を見つけたのか、台所に良いものがあると思ったらしく次から次へとやってくるようになりました。(1匹が群れ全体に「大収穫があるぞ!」といった類の信号を送ったらしく、そうすると「どこだどこだ」と後から後から来るようになるようです。)

これまでも別の部屋でアリさんが出没したことがあり、その時は見つける度に数匹を外に出し、何とかやりくりしてきたのですが、今度はそうはいきませんでした。台所の食べものはなるべく清潔に、すぐに密封して仕舞うようにしていましたが、それでもほんのちょっと果物のかけら、甘いもののかけらがあると、やってきます。(うちには果物食いの鳥さんがいて、防ぎようがありません。)甘いものに目がないようです。

アリさんの入ってきているらしい流し辺りに防水シールを貼り直したり、通り道を洗剤で塞いでみたり、とやってみたのですが、押し寄せてくる彼らに太刀打ちできません。アリさんの数は日増しに増え、お客様がいらして、お茶菓子の御羊羹を切って、お出しして、戻ってくると御羊羹に真っ黒にたかられている -- という大変困った状態になりました。

水戸在住の気功の先輩Aさまのお母様、90歳となる生活博士に、(どうしても殺虫剤等を使わず、)アリさんと平和的和解をしたいのだけれど、と相談をしました。

教えていただいたのは、薬局で売っている「汗止め」。これを通り道に撒いておくと、アリさんが来なくなる -- という生活の智慧でした。やったあ!と、早速シッ〇ロールを買ってきて、通り道に撒くと … 確かに、その匂いのせいか、それとも粉が彼らの足に付着することによって滑るのか、アリさんは困っています。引き返そうとしてくれているので、ホッとしました。

… が、生活の智慧も彼らを前に甘くありませんでした。半日もすると、アリさんたちは、別の通路を見つけてやってきます(って、この台所にあるものがよほどの大獲物であると、いったい誰がデマ飛ばしたんだあ!)。台所の壁の隙間から辿ってくる道を塞がれると、今度は水道管の接続部分から。そこを塞がれると、何と窓枠の下から! そこを塞ぐと、また元の場所から … 数日前に撒いたシッ〇ロールをものともせず、その上を平気で歩いての行進が始まります。台所は、シッ〇ロールで真っ白 … だいぶ、疲れてきました。敗北の色が濃くなっていきます。


・・・・・・・

生活に密着した(?!)ごちゃごちゃを書いてきましたが、ハイ!!!ここからが面白いところです。

水戸の先輩Aさまから、電話がかかってきました。

 「ネツ、台所にアリが出るっていって、母が
 いろいろ言ってたと思うんだけれど」

 「あ、『汗止めがいい』と伺って、よくわから
 ないけど、シッ〇ロール買ってみた。それで
 いいのかな」

 「そうそう、シッ〇ロール! あれ、効かない
 でしょ!」

 「-- エ?」

 「うちも出たのよ。甘いものにたかるのよね!
 黒山のように。」

 「そうそう、他の食べものはそうでなくても、
 蜂蜜とか、御羊羹とかは、すごくて …」

 「お砂糖とか。で、シッ〇ロールでは効かないから、
 薬を買ってやったら、いなくなったので、
 それを言っとかなければ、と思って …」

 「… 殺虫剤?」

 「ええ。」

 「… 殺すのは、嫌だな。」

 「それは、アリを殺すのではなくて、
 出入り口だと見当がつくところに、
 シュッシュッとやるんだけれど、
 それで入って来なくなったわ。
 今はそういうのが売ってるのよ」


薬の名前は聞きませんでした。
生活の師匠として、何でもよく世話をしてくださるAさまとお母様に感謝して、電話を切りました。そしてちょっと寝転んで考えました。

 薬局で売っているアリ退避の薬は、やっぱり使いたくない。
 直接殺すのでなくても、微量でも、何か毒性のあるものを
 ここで使うのは止そう。
 (ごく最近、天然除虫菊の蚊取り線香以外の殺虫剤とは
 永遠に手を切ろうと思って、いただいて残っていた薬剤を
 ひとつ捨てたばかりでした。)

 台所の食べものは徹底的に清潔にする。
 生ごみはすぐに、堆肥に出す。
 アリさんとは共存する。

そして、彼らは確かに「ここに大獲物がある」という誤信号でやってきているのだから、見つけたらとにかく外に出て行ってもらうことにしました。「獲物を見つけて仲間に道を伝えに行く」アリさんをいなくするしかありません。

一匹ずつティッシュや雑巾でつまんで外に持っていて放す -- それも、何十匹といると、数十分はかかります。それでも、やることにしました。あ~あ、夏の間、一日のうちどれだけの時間をこれに費やすのだろう? 

== ところが、です。


Aさまからお電話を頂いて、一匹ずつ出て行ってもらうことにして、たった半日で、彼らは -- 一匹残らず -- いなくなったのです。


-- なぜ??


巣を一つとする群れが、「ここに獲物があるというのは、誤情報だった」と見切りをつけたタイミングが、ちょうどぴったり、そのときやってきたのかもしれません。そうかもしれない、のですが … 

 アリさんたちが、Aさまとわたしの会話を聴いていなかったと、
 どうして言えるかしら?
 あるいは、「アリさんたちと共存する」と諦念したわたしの
 気持ちを台所で読み取ったのではない、と
 どうして言えるかしら?

と、ふと、感じられてしまいます。いえ、Aさまとの会話の日本語が、アリに聞き取れる、と言っているのではありません。ただ、Aさまとわたしの、あるいは同じ台所にいるわたしという生きものの≪意念≫をどこかしら、なぜかしら嗅ぎつけていなかったと、どうして言えて? そんな可能性が、100%ないと、1%もないと、言えるのでしょうか? そう言えば、‘異種間コミュニケーション’のパイオニアのジム・ノルマン氏は、庭の菜園にやってくるシカや虫たちに、「共存する。が、自分たちの食べる分だけは残しておいて」と意念で伝えて、それを叶えたと書いています(ジム・ノルマン 『地球の庭を耕すと』 工作舎 1994年)。

アリさんたちは、一匹一匹は分からないけれど、その‘集合意識’のようなものは結構賢くて、何かを感じ取ったのかもしれない、とどうしても、1%でも、感じてしまっています。

… だけど、もし、そうだとして …???。


アリさんたちは、Aさまとの会話の後で、殺虫剤を撒かれては大変!と思って逃げ出したのかしら? それとも、わたしが共存を受け入れたことの方をわかってくれて、台所からは遠慮してくれたのかしら? (今でも外にはたくさんいます。) 

後者だと、いいのですが(恨みも買っていないし)。




*****

その2 「メダカは淋しかった?」

bird sanctuary の家の北側には、山の斜面からの雨を堰き止めておく池があって、そこがどぶ池状態となっています。それは大きな課題で、ビオトープ的にしたいのだけれど、最初の工事で失敗して、おかしな具合に濁った水がたまったままで北側の土地の排水にも問題となっています。

再度大々的な工事をして、水をモーターで回せば淀むこともなくなるとも考えていますが、費用はとても限られているので、最適な方法が見つかるまでペンディングにしています。

この試行錯誤の段階で、水草で水を浄化しようと考えていたことがありました。

アシ、コウホネ、アサザ、ヒシ、睡蓮、ミツガシワ … 浄化力の高いと言われている水草を、当初購入したりサポートしてくださる方々に頂いたりして、色々やってみて -- 結局、植物だけに負担してもらうには水質改善は手ごわすぎると分かったのですが、分かった段階で、助けに呼んだ植物たちに一時的に甕や睡蓮鉢やバケツに避難してもらい、時期がくるまで待つことになりました。

そして、昨年春に bird sanctuary に移り住んだときすぐに、ボウフラ除けにメダカたちに来てもらうことにしました。(ずっとメダカと暮らしたかったのですが、つくばからの‘通い’のときは世話が心配でした。)

メダカもローカルな特性があるというので、なるべく地元産に近いものをと想い、近くのホームセンターで13匹お迎えして、大きな甕に7匹、睡蓮鉢に6匹棲んでもらうことにしました。

 

… 昨年の夏を越えたとき、大きな甕には3匹、睡蓮鉢の方は2匹残り(なぜ数が減ったのかは … う~ん、あまり考えたくないのですが 。。。 わかりませんでした 。。。)、睡蓮鉢の2匹から沢山の稚魚が生まれたので、それを別の甕に移し、そちらは4匹が生き残りました。(面積当たりの適正な数とか、少なくなる原因とか、掴み切れていないのですが、あまり数が多いと、勢いの良いのが弱いのを追い払ったりするので、稚魚は別置しました。)


大きな甕(3)、睡蓮鉢(2)、新たな甕(4)で、氷の張った冬を無事に越すことができました。


-- ここからです。


ごく最近のある朝、大きな甕の2匹が行方不明ではないか、ということに気づきました。これも、原因は分かりません。気をつけてはいたのですが、その甕は、鳥たちも水を飲みに来るらしく、時々水面に羽毛が落ちています。また、タヌ君(タヌキ)もやってくるし、カラスも多いし、肉食性の虫たちも来ます。でも、水面には一面にアサザの葉が広がっていて、メダカたちは深いところに逃げることができるので、この甕の子たちは大丈夫だろうと思っていました。とにかく、せっかく一年以上も暮らし、慣れてくれていた二匹が、探しても見当たらず、がっくりしました。

残りの一匹が、とても速いスピードで、甕の中、こちらにいたと想ったら、水草をくぐって、また別のところへ、そしてまた別の場所へと、大急ぎで泳いでいます。落ち着きがありません。(そのときは、よく分からなかったのですが、これは、この子の気持ちの表れだったように思います。) 何が起こったのだろう? 

もしかしたら、居なくなった二匹は、甕の底深く深く、探して見つからないくらいのところにもぐって潜んでいるのかもしれない -- あまりありえない希望を抱きながら、その日、甕や鉢を見張りながら夜を迎えました。


そして翌朝 --


到底ありえない光景を目にしました。


二匹が仲良く暮らしていた睡蓮鉢に -- 三匹のメダカがいます!


… ええ~ッ!!!


居なくなる、っていうことはあったけど、増えるって … 

… いったい??


二匹いたメダカが、三匹になっています。


( … )

よくよく、確かめてみました。


冬からつい一昨日まで:

 大きな甕(3)、睡蓮鉢(2)、新たな甕(4)


昨日:
 大きな甕(1)、睡蓮鉢(2)、新たな甕(4)


今朝:
 大きな甕(0)、睡蓮鉢(3)、新たな甕(4)



-- これ、大きな甕にいた1匹が睡蓮鉢の方に≪移動した≫と考えるのが自然な考え方(?)で、確かに睡蓮鉢の3匹を見ると、そうとしか言えない顔ぶれなのだけれど …。

-- メダカが、空中、移動した?!?


でも、事実です。

しかも、わたしはやっていない。水を飲みに来た鳥が、銜(くわ)えて他の鉢に落とした?なんてことも、考えられない。もしも、もしも、メダカが捕食されていたとしても、カラスなのかタヌ君なのか誰なのか分からないけれど、全く傷つけずにそっと移し替えるなんてことしないでしょう?


medaka-hachi
 (左が、大きな甕、右が、睡蓮鉢)



えっと、あの、最後の可能性として、メダカ自身が‘自主的に’移動した、ということを考えるのですが、[大きな甕 ⇒ 睡蓮鉢]までの移動は … だって、甕と睡蓮鉢では、高さが20センチ以上違い、距離も3センチは離れているのよ! ありえますか? ありえないでしょう(泣)!


もし、もしも、大きな甕でたった1匹となってしまったメダカが、仲間のいる隣の睡蓮鉢に移るという、無謀だけれど強い衝動に駆られたとして、トビウオのように水面を跳ね上がって、遠い睡蓮鉢の中に落ちることに成功する、というのは、この高さと遠さの違いでは、奇跡に賭けるに近い、決死の大冒険なのです。人間だったとして、たとえ恋人が隣の鉢にいたとしても(?)、どんなに純愛ドラマが展開されていたとしても(??)、どんなに麗しく勇敢なヒーローも(?)そんなリスクに賭けて無防備なジャンプしないでしょう、っていうくらいのリスクではないでしょうか?!


これまで、メダカさんたちが水面から撥ねて外に飛び出さないように、気を付けてきていました。もう一度書きますが、この甕は水面を葉っぱが覆っているし、これまでメダカが飛び出す事故は一度も起きていませんでした。


そして … 大きな甕の1匹と睡蓮鉢の2匹は、もともと同じときに同じ店で迎えたので、兄弟か仲間だったかもしれません。それでも、一年前に、別々の容器に移されて、別の暮らしをしていました。互いに別の世界の中で生きていたのだ、とわたしは想っていました。

… そう、ここで、最大の謎は、奇跡のようなこのジャンプのリスクですらありません!

なぜ、“すぐ隣に鉢があり、そこに行けば元の仲間がいる”と離れていてもわかっていたのだろう? 



いえ、人間は、皆切り離されていて、鉢ごとに、三つの別の世界がある、と想っていたけれど、そうではなかった … ?

隣の鉢に、仲間がいることを知っていた … ? ひょっとすると、鉢が別々でも、互いに何らかの手立てで交信していた … ? 



謎は -- 深まるばかりです。



だだ、実際に、昨日大きな甕にたった一匹でいたメダカがあちこち探すように、惑うように急いで泳いでいた(それ以前にそんなことはなかった)という事実と、今日になって三匹となったメダカのうち、それとわかる一匹が他の一匹にくっついていつも一緒にいるのを観察すると --


このメダカはたった一匹となってしまった淋しさに耐えきれず、一か八かの賭けに出たのではないか、と‘擬人化し過ぎかしら’と想いつつも、感じられてしまうのです。他にこのことを説明できる何かがあれば別ですが、それもなく、たった1%に満たない可能性でも、そんなこともある、かしら … と。


… ただ、そうすると、この子たちは甕や鉢が別々でもお互いの存在を知っている、ということにもなり、それは途轍もないことなんだ、と … ヒトには見えない、ヒトがまだ知らない力を、メダカたちは持っている、ということにもなります。


***************

現代の枠組みで、科学的に証明しようと考えるなら不可能に近いと言えるし、それ以外の学問的アプローチをしようと試みるのも、正直まだまだなのですが … 

もしかすると、人間の大半が「下等」と考えている生きものたちの世界にも、わたしたちの計り知れない力や、交信のネットワークがあるのかもしれない、と時々感じます。実際に、ついそう感じてしまうような、あるいはそう考えるしか説明のつかない、出来事を見かけたり、耳にすることもあります。


そうだとすると、世界にはまだ、途方もなく素晴らしいこと、途方もなく困ったことが、隠れているのかもしれません。



何もないと考えてきた場所、通り過ぎてきただけの路、しゃがみ込んでしか見えない視界に、‘途方もなく豊かで、美しく、精妙な世界’が広がっているかもしれないし、でも--


そこで展開されている世界の中で、人間以外の生きものたちにとって人がどう映っているのか、他の命たちが交信する中で人がどういう存在となっているのか、をわたしたちが知るときが来たら--



今のわたしたちは、もしかすると、消え入りたくなるほど恥ずかしい存在となっていはしないだろうか(そうでなければ、いいのだけれど --)、という気も、しないでは、ないのです。




















 






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