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hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

如月随想

雪形

二度の大雪、皆様のところは大丈夫でいらしたでしょうか。
まだ雪深いままの山梨を始め、東北、神奈川、北関東の皆様のご無事をお祈り申し上げます。



雪の後

最初の雪の頃は、全てを覆う清らの白世界に想わずぼうっと夢見をしましたが、二度目の大雪、(雪も降りしったものの)、こちらでは15日の夜半から激しい暴風「雨」(何とまあ、バケツをひっくり返したような、多量の大粒の雨ですよ!?)がやってきました。ここよりもずっと暖かいはずの、つくばや、東京、神奈川では大雪だというのに、9月の台風と3月の嵐を合わせたかのような強風と豪雨が北からやってきて、停電する世帯も多く、昼間も暗いままでした。bird sanctuary の奥の竹林では枯れた竹や木の枝が倒れて飛んできたり、家も簾が吹き飛び物干し台が倒壊し、北側の池は溢れて地面は水浸しとなりました。

その前日に頭の芯から広がってくるような頭痛がしていたのですが、気圧がかなり低いままで停滞しているのが分かり、その頭痛の謎も解けました(気圧の変動で、ごくたまに頭痛になります)。昼も暗いままの時間の中で、かつて二月に経験しなかった気象を目の当たりにして、一緒に暮らす鳥さんたちも不安げでした。大きな被害がなかったことに感謝しつつも、メール等で雪の被害がもっとひどい地域の方々からご心配いただき(ありがとうございました!)、ニュースで山梨県のことやその救助に出動した新潟の救助隊のことなど知り、地球温暖化とか、世界各地の気象異常のこととか、人類が進んでいく方向について、考えていました。



 ・・・・・・・


旧暦の新年を過ぎて、立春となり、そして14日のバレンタイン・デーは小鳥たちが番い始める日です。寒さはまだ厳しいですが、確かに春は近づいてきており、自然や自然に生きる命たちは着々とその準備を始めてゆきます。


そんなソワソワ、ワクワク、心待ちにする季節のはずが、今年はそうなれていません。

今はまっているチベット瞑想について、ちょうど「カルマ(業、精神の刻印、こころの種)」を勉強し始めた辺りから(あの都知事選の頃でしょうか)、‘自分の心のありようがまだいかに定まっていないか’を思い知らされるかのように荒行を強いられている感じです。大きな試練なら心して立ち向かい、時に理解者や協力者も得られるかもしれません。しかし、小さな嫌なことが連なるように列を組むようにやってくると、一つ一つは解消できると思っていても、いつの間にか‘解消済みでないものが解きほぐせないように絡まって蓄積されてゆく’のを思い知ります。

絡まり合って澱になってしまったものは、心の底で暗くぼうっと淀んでゆきます。


-- 澄んだ光を新たに入れるか、光に通ずる道を見つけてエネルギーを循環させるか、あるいは底に下りて行って一つ一つ解きほぐしていくしか、やっぱりないでしょうかしらね。



地球温暖化 -- わたしたちが総力をあげて今すぐ取り組んでも地球の未来や生命の存続のために道を見出すのが難しいのが確かなのに、何だかわたしたちは、その取り組みの何歩も手前で他の棘やら毒やら(地雷やらブラックホールやら(?))に足元をすくわれているようです。3.11という、多くの犠牲や悲嘆や反省を伴ったけれども、(個々に立場は違えども)(少数派であろうとも)「命」や「生きる環境」や「自然」を大切にする個人がそれらを守るそのことのために共に歩めたであろう大きなチャンスも、協調という点でほとんどは失われてしまったかのように見えます。(もちろん、希望を捨てず、地道に活動を続けていらっしゃる方々はいらっしゃいます。)


そこからの再起を想うとき、わたしは -- 少なくともわたし自身、自分ができることとして感じられることは -- たとえ皮膚にもう傷口ができていてもその皮膚のずっと奥、からだの芯の方、こころの奥の方から、まず≪真に変わること≫にしか、人間(人類全体としても/個人としても、生物としても/その精神性の面でも)に未来はないように感じられてしまいます。同時に -- 皮膚の傷口の血や膿もできるだけガーゼでふいて手で押さえつつ、ガーゼを配ったり手当に駆けつけたりしながら。


そう考えて、すると、では今、からだの芯の方、こころの奥の方に、何があるんだろう … ??


マスメディアに繋ぐと、絶え間なく膨大に入ってくる様々に操作された情報 … コマーシャルや娯楽や煽情の強い刺激。メディアでも街でも、ひょいと拾ってしまう、強い怒り、憎悪、エゴ、競争と対立、暴力や圧力、冷たい無関心や非関与、人を人と、命をいのちと感じられない心、恐怖と閉塞感、そして「助けて」の声、喘ぐ声、命を振り絞る声。

-- それらは、「世界」であるけれども、わたしの芯、こころの奥と繋がっており、その点を掘り下げてゆくなら、わたしの「心」でも、あったのですね。






小さな範囲からでも、変換できるところから、変換してゆこう。

どれだけ大きく変換できるかも大事だけれど、「変換する」というそのこと自体の方が、遥かに大事だから。(今はまだ、大してできないからと言って、悲嘆しないで、変換できたというそのことがまず、素晴らしいことだから。)


それと同時に、沢山沢山、心(世界)に新しい種を蒔こう。

蓮の花、大地深く根を張り天にまっすぐに伸びてゆき沢山の生命を宿す生命樹。

清廉な香りの花々、緑や白の薬草、鳥たちや動物たちを匿い養う樹木たち。



一粒、一粒の種を大切に育てることから。





梅の開花

昨日は、yogaの練習にいらしてくださったIさまが菜の花の苗を沢山持ってきてくださいました。練習前に苗たちを植えていたら、白梅の花が早くも綻びているのを見つけ、皆で梅の花を見上げ、香りを嗅ぐことができました。


菜の花苗

右上が菜の花、左上の緑は昨年末植えた芽キャベツですが、まだ小さいままです。それに比べて、左下のブロッコリーは葉っぱだけですが、雪を押しのけてまあまあ育ってくれています。











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