FC2ブログ

hearing the unheard voices

小鳥たちと対話し、自然と人とが調和できるバード・サンクチュアリを創立しています。http://homepage2.nifty.com/birdsanctuary/index.html

おーい、小鳥さん

窓から空を見上げると、洗濯物を干すロープの上に、蜻蛉が二匹、止まっている。しばらくしてもう一匹が来たが、“あっちへ行け”というしぐさをされて、飛んでいった。二匹はじっと、空のほうを向いて止まっている。空はスコーンと抜けたような蒼色で、白い入道雲が伸びている。
 夏らしい入道雲。でも、何だかなあ ・・・ 今朝はどこかに、もの哀しさが潜んでいないか。入道雲に降り頻る蝉の声。でもなあ、何かが違う。<もののあはれ>がどこかに聴こえないか。秋の気配、どこかで探せないか。

最初はあれだけ南瓜を怖がったgaeaちゃんだが(8月6日)、今はせっせと黄金色の南瓜スライスを食べている。三日前の朝、彼の部屋のカーテンを開けて(鳥かごにかけたタオルケットを取って)、挨拶したら、顔の左半分が黄色に染まっていた。「そ、そういう顔も可愛いとは思うんだけど、一体どういう寝方をしたの?」 (以前、パパイアを差し上げて、朝起きたら、尾羽がオレンジ色に染まっていた。でもね、尾羽ならまだ、寝ているときにパパイアに押し付けちゃったと分かるんだけど、ね)

南瓜はねばついたまま、固まってしまったのか、お風呂に入っても(水浴しても)落ちていない。本人(本鳥)は、いたって平気な顔。(「急にお客様がいらしたら、どうするのさっ!」)

南瓜のついたgaea


さて、昨日の続きだが、鳥さんたちに応えるために人間としてできることは、わたしが考えつく限りでも、広い範囲にわたって沢山ある。様々なレベルで出来ることがあり、そこには、どういうコミュニケーションをしたいのか、その考え方によっても、色んな ―― 時には矛盾する ―― 可能性が含まれている。
 一番核心の、基本路線は、「コミュニケーションとして」考えるなら、ひとえに<鳥の鳴き声・‘からだの声’を聴く>ことに尽きるだろう。鳥の視点で見えてくる世界、鳥の感覚や情緒や気分に想像をめぐらせ、取り巻く状況と鳥の声、身振りやしぐさ・行動の細かな相違・変化に気づき、観察していく必要がある。これが、hearing the unheard voices の中核のテーマだ。
 広い意味で、人と鳥との関係を問うなら、特に野鳥の場合、とにかく細心に観察して、その鳥がどんな状況にあるのかを探っていかなければならない。人間を怖がったり避けたい様子が見えたら、人間側が“鳥の気持ちも考えず”無理に「遊ぼうよ」「話そうよ」などと押しかけてはいけない。ごく稀にだが、人間に興味を持って ―― 距離さえ適切に保たれていれば ―― 寄って来てくれるカラ類やキツツキ類などがいる。こういうときも“相手の声をよく聴いて”適切な関係を結ぶ。コミュニケーションとは、べったりと親愛関係を結ぶことばかりではない。ましてや、無理強いすることではない。相手を「遠くから、暖かく見守る」ことも、大事なあり方だと思う。
 人と暮らす鳥(domestic birds)の場合はどうなのか。やはり、相手の声をよく聴き、人間側が押し付けないことが大切だと思う。そして、仲良くなるには<一緒にいる>こと ―― 命ある相手と、いつも一緒の空間にいて、同じ時を過ごし、相手と暮らしているという意識を忘れないことが大切なのではないかと思う。

<聴く>以外で、わたしがgaeaちゃんに試みてきたことの一部を、思いつくまま、ちょっと挙げてみる。

1.話し掛けること
家族となってくれたばかりの頃、gaeaちゃんは、いわゆる「荒鳥(人に馴れていない飼い鳥)」だった。彼にとって、全ての人間はとても恐ろしいものだった。というより、人間を<人間のひとまとまり>と見てはいなくて、人間の<手>というものが、パニックになるほど怖く、<顔>に関して言えば、わたしが顔を近寄せても、それほどでもなかった。(多分、「<手>荒な」目に遭ったんだね(涙)) その<顔>でさえ、目を合わせることはなく、gaeaちゃんにとっては、人間の手と顔は、“怖い何か”と“ちょっと怖いような気がする何か”であって、人間は“人間という相手”であるという見方はせず、自分に近づいてくる“怖い”“ちょっと怖い”何かという見方しかしていなかったのではないかと思う。

近づくとパニックとなって、ばさばさと羽ばたいて逃げ惑うgaeaちゃんだったが、彼の位置より低く身をかがめて、静かに優しく見つめ、わたしは話し掛け続けた。一日に一回以上、「怖くないからね。誰もgaeaちゃんをいじめたりしないんだからね。一緒に暮らそうね」と言葉をかけた。食べ物や水を取り替えるときは、どうしても彼の鳥かごに手を入れざるを得ない。そのときは、必ず視線を向けて「ごめんね。ご飯を換えるね」と声をかけてから手を入れた。
 三ヶ月くらいすると、食べ物や水を取り替えるために声をかけると、ぴょんと止まり木を移って、交換の間、怯えずにじっと待っているようになった。そしてあるとき、「一緒に暮らそうね」と声をかけたとき ―― そう、それは本当にわたしのそのときの感覚的なことなのだが ―― “目と目が合って”とても嬉しそうにした。わたしは、「あ、“相手”とみなしてくれた。通じた」と感じた。そのあと数日して、「一緒に暮らそうね」の言葉をかけると、彼は嘴拭き(以下の2参照)をするようになった。

そうして ・・・ gaeaちゃんはあるとき、鳥かご越しにわたしの鼻を齧ってくれて(!)、そのうち足先を撫でさせてくれるようになり、手に止まるようになり、手に止まって粟の穂をゆっくりゆっくり食べるようになり ・・・ 長い時をかけて今のように片時離れぬ仲間になったのだ。(その間、長時間鳥かごの中で右手を彼に差し出したりして、一時は人間がひどい肩こりになった)

今では ・・・ 部屋の外に出ると、ずっと肩や腕の上に止まっている。肩の上で羽繕いしているとき、「綺麗だね~ gaeaちゃんはカッコイイ文鳥さんだね~ ハンサムだね~」と声を掛けると、さらにめちゃめちゃ張り切って羽繕いに精を出す。(ちらりとこちらを見るのだが、見つめ返すと「知らないよ~」という感じで、気付かない振りをしてスマシテイル)

2.嘴拭き ~未だ試行錯誤~
異種間コミュニケーションについての講義を受けてくださる方々によくテストをする。「文鳥が止まり木に対して、シャキンシャキンとナイフの両刃の泥を落とすように嘴を拭くとき、この文鳥は何をしているか?」 

鳥と暮らしたことのない人は分からないでしょう?

鳥は嘴の汚れを拭いているのですか? はい、そういうこともあります。でも、これは、鳥さんの喜びの表現です。「嬉しいよ!」とか「大好きだよ!」とか、そんな感じです。文鳥の飼育書や文鳥関連のサイトでも、嘴拭きについてはそう書かれています。

なぜ、よくテストするかというと、これは人間にはない行動だからだ。当たり前だが、人間には嘴がなく、嘴拭きはできない。人間は、文鳥をよく観察していなければ、文鳥のこの行動を見て、嘴の汚れを落としたのだろうと解釈するか、多くの場合、無視してしまうのではないか。(実は、わたしも長い間そうだった ―― 見ていたのに、見ていなかった)

いったん、この嘴拭きに目を留めて、よくよく観察して(その状況や他のしぐさ・声などと関連付けて)、「う~んこれってもしかして?!?」と、はたと気づくと ―― 「そうそう、そう言えば!」 ―― 文鳥さんがこれまでやっていたことがストーンと腑に落ちる。ごめんごめん、ちっとも気付いてあげられなかった。

優しく話し掛けるとシャキンシャキン。朝起きて新しい綺麗な水を運んでくるとシャキンシャキン。一生懸命鳴いて呼んでいるので近寄って返事をするとシャキンシャキン。大好きな胡瓜を差し入れするとシャキンシャキン。

そうか~! 嬉しいんだね~っ!

聞こえない声を聴くことの真髄がある。

さてこの嘴拭きに対して、どういう応答をすればよいのでしょう? 実を言うと、わたしもまだ試行錯誤だ。ある文鳥関連サイトでは、文鳥は人間の指を嘴と認識することがよくあるので、文鳥がシャキンシャキンと止まり木を嘴で拭いたら、同じようにシャキンシャキンと指で止まり木をこすると、文鳥が相手からの反応をもらって喜ぶ、と書いてあった。「嬉しいよ!」「わたしも嬉しいのよ!」「ヤッター」という感じでしょうか。

で、小露鈴やgaeaちゃんにこれを試してみたけれど ―― うまく行ったように思えるときもあるが、いまいちの反応のときが多い。それよりむしろ、弾んだ声で「そうだね~ 良かったね~ 嬉しいね~ 偉いね~ うん、そうだね~」(周りに人間がいないので、こんな感じで言っていますが、人間界では意味不明ですね)と言葉をかけてあげると、張り切ってまたまた嘴拭きをしてくれる。まあ、うちでは、この方が良いようだ。

3.羽繕い(はづくろい)
言わずと知れた鳥さんの羽繕い。親しい間柄では、お互い同士で羽繕いしたり、好きな相手の羽は繕ってあげるのでしょうか。動物番組で、鳥同士の互いの羽繕いを見たこともあるし、鳥ではないけれど、猿の仲間では毛繕いのスキンシップが群れの仲間の調和を保つために非常に重要だと、よく読んだり聞いたりする。

あるとき、肩に止まっていたgaeaちゃんが、わたしの後れ毛をスーッと嘴で梳いて、それを何度も何度も優しく繰り返してくれた。あれ、これって「繕って」くれたの? と思っていると、時には頭の上に止まって、毛の一本一本を思う方向に梳いてくれたりするようになった。(ありがたいと言うか、何と言うか ・・・ 洗髪後、よくやっていただいています。乾かす手伝いなのかな)

お返しに、gaeaちゃんが自分の羽を繕っているとき、胸の辺りのふわふわの羽毛をちょっとだけ軽く ―― ほんとに軽く ―― くわえて優しく引っ張ってみる。お、人間だって出来るよ。gaeaちゃんは怖がらないどころか、嬉しそうだ。何だかなあ ・・・ でも、まあこれもいいか、と続ける。

4.その他:「文鳥キス」、スキンシップ、遊びなど
その他にも経験的に分かってきたことや、いろいろ工夫したこともある。たとえば、文鳥の気持ちになって、相手が投げかけてきたことに、少々お付き合いすることとして、「文鳥キス」、スキンシップ、遊びなどがある。

「文鳥キス」―― レン・ハワード著『小鳥との語らい』に、嘴と嘴、人と鳥なら、嘴と鼻の先、を軽くちょっと触れるのが「小鳥流のキス」であると書いてある。人間の顔で嘴にあたるのは、一番尖っている鼻ってことなのか。
 小露鈴はしょっちゅう、gaeaちゃんはごくたまに、わたしの鼻や口に軽く接触したがる。挨拶!!という感じで、ちょっと嘴を寄せてくるので、ほどほどにお付き合いをする。「ペットとの過度の接触による感染」が話題に上ることの多い昨今であるし、べたべたの関係もちょっとなあ、と思うので、こちらからはお願いしないが、失礼にならない程度にお応えして、あとは身を引く。(それに、小露鈴がわたしの口に関心を寄せるのは、「食べ物ないか?」という興味からではないか、という疑いもある)

スキンシップ ―― 「ここ掻いて!」「ここ撫でて」「手のひらをお布団にしたいから、じっとしてて」という文鳥様の要求は頻繁である。時間の許す限り、お付き合いをしてしまう。
 実は人間のほうも、そのふわふわの毛、気持ちよさそうに目を閉じてしまう可愛さ、微かな動物の匂い、軽いはずなのにからだを委ねたとき感ずることりの重み、手のひらと羽毛の間の微かな湿り気、信頼してくつろぎ眠る姿、などなどに、はまってしまっているのだが。

遊び ―― 元気良く跳ね回る、ちょっとハイになって大騒ぎする、何かに軽く怒ったり、攻撃したりしてみる(喧嘩は文鳥のたしなみ)、いつもの自分の領土に点検に出かけたり、新たに危険区域(いや、普通の部屋の片隅なのだが)に探検に行ったり、巣づくり行動の真似をしてみる、などなど、文鳥は色んなことをしている。
 手の中に座っているときも、ちょっと眠気がおさまれば、軽くだが、頭突きや甘噛みをしてみたり・・・
 まあ、人間側もちょっとお付き合い。時には、一緒に大騒ぎ。
このページのトップへ

Search

Information

sumiko

Calendar

06月 « 2019年07月 » 08月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Categories

Links